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【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~  作者: ハムえっぐ
番外編

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277/322

プレゼント

 ー大陸暦1118年ー


 柔らかな陽射しに、ようやく春の訪れを感じるようになった3月。

 リョウはファインダ王国の王都リオーネの兵舎に併設された厩舎で、愛馬であるフタエゴとバラオビの身体を洗い、丁寧にブラシをかけていた。

 2頭は気持ちよさそうに目を閉じている。


 ガーデリア地方での死闘の後、リョウたち一行はファインダ王都リオーネへと戻り、傷を癒しつつ次の目的地を探るため、しばしの休息を取っていたのだ。


 リョウはフタエゴとバラオビの濡れた身体から滴る水をタオルで拭き取りながら、ふと空を見上げた。

 雲ひとつない澄み切った青空が広がり、暖かい陽射しが心地よい。


「気持ちいいか? フタエゴ、バラオビ」


 リョウの問いかけに、2頭はブルルッと気持ちよさそうに身を震わせた。


 リョウには特技が2つある。

 ひとつは洗濯だ。シミひとつ残さず完璧に仕上げる腕前は、所属しているアラン傭兵団でも洗濯名人として有名だ。


 もうひとつは武具の手入れ。

 幼い頃から、兵士として戦いを強いられてきたリョウにとって、武具の手入れは生死に直結する重要な作業だ。

 寝る間も惜しんで手入れに打ち込むうち、いつしか磨き職人も舌を巻くほどの腕前になっていた。

 馬の手入れも、リョウにとっては武具と同じ。馬の調子が自身の生存率に直結するのだ。


 武人として当然の心がけではあるが、リョウの場合は趣味の領域に達している。

 飲み歩いたり賭博に興じたり、女遊びにうつつを抜かすこともなく、ひたすら武具の手入れや剣の腕を磨くことに時間を費やすリョウの姿を、実直な男だと見る者は多い。


 ただ、洗濯の際に少女たちの肌着に汚れや匂いが残っていないか念入りに確認している様子は事情を知らない者が見れば、ムッツリスケベだと誤解されても仕方のない光景だったが。


 リョウはフタエゴとバラオビからタオルを外し、綺麗になった2頭の身体を優しく撫でた。

 馬たちは気持ちよさそうに身体をくねらせる。


 不意に厩舎の外が騒がしくなる。

 リョウが視線を向けると、そこにいたのはローゼだった。

 相変わらず見事な金色の髪を風に靡かせながら、悠然とこちらへ歩いてくる。

 ローゼの美しい姿に、兵舎にいた兵士たちが振り向き、ざわめきが起こったのだ。


 輝く金髪のショートヘアに、透き通る碧眼。抜群のスタイルを持つ絶世の美少女が、気品あふれる顔立ちで歩み寄ってくる姿に、誰もが思わず見惚れてしまう。

 彼女は魔女であり冒険者を名乗っているが、正体はベルガー王国の元王女。

 生まれながらにして人を惹きつける特別な魅力を備えているのだ。


「リョウ、ここにいたんだ」


 声も鈴の音のように愛らしい。

 馬糞や馬体の匂いが漂う厩舎だというのに、ローゼはまったく気にする素振りも見せず、リョウに近づいていく。


「何かあったか?」


「ん〜。特に用事ってわけじゃないんだけど、ほら、この子たちの世話って、基本リョウがしてるでしょ? 私も少しは手伝ったほうがいいかなあって。……それに、この子たち、絶対に私のこと見下してるし」


 ローゼがそう言うと、フタエゴとバラオビは彼女の方を見て、「へっ」と嘲笑うかのような仕草を見せる。

 なるほど、たしかにローゼは馬たちに軽く見られているようだ。


「馬は人を見るからな。もしかしたら馬に対して、ローゼは少し苦手意識があるのかもしれない。それをこいつらは本能的に感じ取ってるんじゃないか」


 リョウが言うと、2頭は彼の顔にスリスリと頭を擦り寄せていく。

 リョウは優しく頭を撫でた。


 すると馬たちはリョウには見えない角度で、ローゼに向かって小馬鹿にするように、歯茎を剥き出しにして見せつける。


(こ、こいつら! 絶対、私に見せつけてるでしょ! 私ができないことを簡単にやってる自分たちが羨ましいか〜? って! おのれフタエゴ、バラオビ! あんたたち馬でよかったな。人間だったらとっくに私の敵認定して、魔法で丸焼きにしてたぞ!)


 そんなローゼの内心の叫びなど知る由もなく、リョウは馬たちの身体を撫でながら口を開く。


「明日から、こいつらの世話をやってみるか? もちろん、わからないことがあれば教える」


「やる!」


 ローゼは即答した。

 そんな彼女を、2頭の馬は余裕の表情で見つめ返していく。

 こうして魔女と馬たちの、いつ終わるとも知れぬ戦いの火蓋が切って落とされたのだった。


 ***


「本屋に行って、馬の世話に関する知識を仕入れてくる!」


 と、意気込むローゼと別れたリョウは滞在している宿に一旦戻り、井戸水で身体の汗を拭き、武具の手入れを始めることにした。

 いつ何が起こるかわからない。常に万全の状態を整えておかないと、どうにも落ち着かない性分なのだ。

 愛剣の手入れに集中していると、不意に部屋のドアがノックされる。


「リョウ様。少し、お話ししてもよろしいでしょうか?」


 扉を開けると、そこに立っていたのは旅の仲間であるヴィレッタだった。

 いつものクールビューティーな表情で、リョウを見つめている。


 深い青色の髪に、ローゼと同じ碧眼。スレンダーな肢体を上品な青色のドレスに包んだ姿は、ベルガー王国の公爵家令嬢としての気品に満ち溢れている。


「何かあったか?」


 リョウは彼女を部屋に招き入れようとしたが、ふと、男女2人きりで密室というのはまずいのではないか、と思い留まり、代わりに自分が廊下に出た。

 ヴィレッタは清廉潔白で、数少ない神聖魔法の使い手であることから、聖女とまで呼ばれるほどの美しく潔癖な少女だ。

 下手に扱えば、また長い説教が始まるのは目に見えている。

 それだけは勘弁してほしい、とリョウは考えた結果だ。


「リョウ様! 訪ねてきた女性、それも旅の仲間に対して部屋に入れるのを躊躇なさるなんて、リョウ様の感覚はいったいどうなっているのですか! リョウ様は女性への配慮というものが、あまりにも足りないのではないでしょうか? そもそもですね……」


 外した! と、リョウは内心で慌てる。

 とにかく他の仲間たちや、宿の宿泊客の目に留まるのは避けたい。

 リョウは凹みつつ、ヴィレッタを部屋へと招き入れることにした。


「コホン。それで用件ですが、リョウ様。あと1ヶ月ほどで4月になります。4月といえば、何があるかおわかりになりますか?」


「4月? そうだな……今よりもっと暖かくなるな」


「リョウ様、これは謎かけではありません。もっと真剣にお考えください」


 ヴィレッタはぷくっと頬を膨らませた。

 謎かけをしたつもりは毛頭ないリョウだったが、ヴィレッタの可愛らしい怒り方を見て、これは正解しなければならない問題だと察する。

 それに彼女がこういう態度を取るのは、大抵がローゼのためだ。

 そこまでは見当がついているが、4月になったら何があるというのか、皆目見当がつかない。


「4月……ローゼ……魔女……4月……あっ!」


 リョウはポンと手を打った。

 ヴィレッタは目をキラキラさせて答えを待っている。

 ここで間違えました、などということになれば、この少女は間違いなく本格的に怒り出すだろう。

 それは面倒なので避けたい。

 ヴィレッタの期待のこもった眼差しを受け、リョウは思いつくままを口にしていく。


「暖かくなるから、ローゼの得意な炎魔法の威力が増すんだな。だから、これからの魔獣との戦いでは炎よりも氷系の魔法を使ってほしい、という相談か?」


 リョウの答えを聞き、ヴィレッタはがっくりと頭を押さえて深いため息をついた。

 何か間違っただろうか? そう目で問いかけるリョウに、ヴィレッタは答える。


「まったく違います! リョウ様! リョウ様はローゼと出会ってから、どれくらいの月日が経ったか覚えていらっしゃいますか? その間、ローゼはずっと15歳でした。この意味が、おわかりになりますか?」


 さっぱりわからん! と言いそうになったが、ギリギリのところで飲み込んだ。

 もし口にしていたら命はなかったかもしれない。

 それほどまでに、ヴィレッタはリョウの鈍感さに本気で腹を立てているようだ。

 ヴィレッタは続ける。


「1年もの間、ローゼは15歳だったのです。それが、4月になれば16歳になります。……つまり、ローゼの誕生日が来るのです」


 あっ! とリョウは今度こそ声を上げた。そうか、ローゼが誕生日を迎えるのか。

 リョウ自身に、誕生日という記念日を祝う習慣はない。物心ついた頃には戦場にいたため、昔はあったのかもしれないが記憶になく、正直なところどうでもいい行事のひとつだった。

 ただ、誕生日が祝うべき行事であることくらいは知っている。


「わかった。プレゼントを用意すればいいんだな?」


 リョウの口から出た言葉に、ヴィレッタは少しだけ怒りを鎮めたようだ。


「その通りです。そしてリョウ様、その日はローゼとリョウ様が初めて出会った日でもあるのです。ですから、リョウ様はプレゼントを2つ用意しなければなりません」


 意味がまるでわからない。リョウは思考をフル回転させるも、ヴィレッタの言い分に理解が及ばない。

 リョウはローゼと出会い、共に旅をしている今の状況に幸運を感じているし、後悔など微塵もない。

 ただ、出会って1年が記念日であり、そのためにプレゼントを贈らねばならない、という風習はどうにもピンとこない。

 が、ヴィレッタがそれを許さないであろうことも理解する。

 彼女はローゼのためになることなら何でもするし、それをリョウがしくじれば、またあの長い説教が始まるだろう。

 それだけは是が非でも避けなければならない。リョウは意を決する。


「……わかった。2つだな。用意しよう」


「さすがはリョウ様です。期待しております。無論ですが、当日までローゼに内緒でお願いいたします」


「それで、ヴィレッタ。何をプレゼントすれば良いのか、教えてくれないか?」


「それはご自分でお考えくださいませ。ローゼが喜ぶもので、リョウ様がお選びになったものであれば、何でもよろしいのです」


 それでは困るのだ。参考にするものが何もないではないか。

 リョウはピシャリと言い切ったヴィレッタを、困惑して見つめていく。

 そんなリョウの様子を見て、ヴィレッタはクスクスと楽しそうに笑うのだった。


「ローゼさんへのプレゼントっすか? いやあ、リョウ様も少しは成長したっすねえ。自分に訊きに来るなんて」


 旅の仲間の1人、フィーリアは感動したように目頭を押さえ、リョウを褒めた。

 リオーネの街で1番品揃えが良いと評判の雑貨屋を訪れ、プレゼント選びの助言を求めると、フィーリアは心底感心した様子でそう言ったのだ。


 緑色の髪を短いツインテールにし、茶色の瞳をした小柄なドワーフの少女フィーリアにそう言われ、リョウは少し複雑な気持ちになる。

 ただ、旅商人であり知識豊富なフィーリアは魔女が好みそうな魔導具に関しても専門家だ。

 この手の相談に、うってつけの相手と言えるだろう。


「ローゼさんは白いブラウスに紺のスカート、白銀の杖っていうのが基本装備で、貴金属類とかはあまり身につけてないっす。でも、ローゼさんも年頃の女の子で、しかも魔女っすからね。魔女ってのは貴金属類に目がない、ってのが定説っす。理由は魔力増幅効果のある魔導具に偽装しやすいからっすねえ。きっとローゼさんも喜ぶと思うっすよ」


 さすがはフィーリアだ。相談して良かった。

 魔導具なら値は張るだろうが実用的だし、これからの旅でも有益な品になる。


「これなんて、どうっすかね?」


 フィーリアが指差したのは指輪だった。

 キラキラと眩い光を放っている。透明なのか白いのか、判別もつかないほどの輝きだ。

 値段は……大金貨2枚⁉ 1日の食費が大体小銀貨1枚で、小銀貨10枚で大銀貨1枚、大銀貨10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で大金貨1枚だから……?


「まあ、こういうのは給金3ヶ月分が基本っすね。商人が買う時は大体小金貨9枚が目安っすけど、リョウ様はアラン傭兵団の傭兵で、知名度もあるっす。このくらい、もし足りなければ自分がお金貸しますっすよ」


 給金3ヶ月分、か。どこかで聞いたようなフレーズだな……?


「おや、お若いお兄さん。もしかして結婚かい? このダイヤモンドのリングはとっておきだよ」


 ……結婚?


「しっ! おばちゃん。今はまだ気づかせちゃ駄目っすよ」


 フィーリアは人差し指を口元に当て、店主の女性に合図を送る。


「おやおや、そうかい? でも結婚は良いものだよ~。好きな娘さんがいるなら、早く一緒になったほうが良いよ~」


「い、いや! まだまだ未熟者ですので! そ、それに、そういう関係ではありませんので!」


 リョウは慌てて否定し、店主の女性は、ん? と首を傾げたが、フィーリアに肘でこづかれ、何か事情があると察したのか、それ以上の追及をやめた。

 リョウは妙に居心地が悪くなり、そそくさと店を後にしていく。


 ***


 気分転換に、何か1人でこなせる依頼はないかと冒険者ギルドに立ち寄ると、テーブル席でベレニス、レオノール、クリスの3人が話しているのが見えた。

 レオノールがリョウに気づき、元気に手を振ってくる。

 彼女の声に気づき、ベレニスとクリスもリョウに視線を向けてきた。


「師匠! お一人でどうしたんですか! 今日は休養日ですので、ゆっくりなさると言ってませんでしたか⁉」


 元気一杯にリョウを師匠と呼ぶのは、灰色のショートヘアに銀色の鎧を纏った少女レオノールだ。

 ファインダ王国の王女であり、ローゼの従姉妹にあたる。

 二対の剣を巧みに操る剣技は、リョウも一目を置くほどだ。

 そんなレオノールに、クリスは苦笑しつつリョウに話しかけてきた。


「ん~。まあ、リョウも私たちと同じで、結局じっとしてられないってことじゃないかな~」


 赤髪の長いボサボサヘアに赤い瞳を持つ美少女で、長身の背中にロングソードを背負っている。

 彼女はファインダ王国宰相ダリム・クリムトの娘だが、本人は立場に頓着せず、自由気ままな冒険者生活を楽しむ、その身に赤き竜の力を宿す少女である。


 もう1人、ベレニスが声を上げた。


「フン。傭兵のくせに生意気ね。あんたも例の儲け話をもう耳にしてるってわけ?」


 口の悪さはいつも通りだが、今日のベレニスはどこか上機嫌のようだ。

 すらりと伸びた手足、長い白銀の髪に緑の瞳、尖った長い耳。緑色の動きやすい服。

 エルフの女王である彼女も、リョウの仲間の1人だ。


「儲け話?」


 きょとんとするリョウに、ベレニスは「しまった、分け前が減る」とでも言うように、慌てて両手で口を覆った。


「まあまあ、ベレニスさん。言ってしまった以上、師匠も一緒にお連れしましょう。大丈夫ですよ。師匠は無趣味ですし、お金を無頓着に使う方ではありませんから、強欲に分け前を要求しませんし」


 レオノールがそうフォローする。

 たしかにリョウは金遣いが荒くない。最低限の生活で満足する性質だからだ。

 しかし、この3人は一体何を企んでいたのだろうか……?

 すると、クリスが答えるように口を開く。


「今朝ギルドに戻ってきた冒険者の人がさ~。近くの迷宮の最深部で、すんごい財宝が眠ってる部屋を見つけたんだって~。でも、グリフォンが部屋を守ってて、倒せなくて諦めたんだってさ~」


 グリフォン。

 鷲の上半身にライオンの下半身を持つとされる伝説の魔獣だ。

 翼を持ち空を飛ぶため、厄介な相手であることは間違いない。


「3人で行こうとしていたのか?」


 最近、各地に突如として出現した迷宮。

 難易度は様々だが、リオーネ近郊に出現したこの迷宮は比較的安全な部類だとされていた。

 実力的にはこの3人で十分かもしれないが、何が起こるかわからないのが迷宮探索だ。

 現に、新たにグリフォンの存在が確認されたのだから、単なる金儲け気分で挑むのは危険だろう。


「ヘーキヘーキ。ていうか私、フィーリアにお金借りてるじゃない? 早く返さないと、またウェイトレスやらされるかもしれないのよ! それだけは絶対に避けなきゃいけないんだから!」


 ベレニスはテーブルをドンと叩いて力説する。


「私はグリフォンと戦ってみたいのです! うおおおおお! なんだか燃えてきました!」


 そう言って、レオノールは勢いよく立ち上がった。


「まあ、ローゼの誕生日も近いしね~。お金はたくさん持ってたほうがいいでしょ~」


 クリスは相変わらずマイペースだ。


「おっと、そういえば! その財宝の部屋には魔導書らしきものもあったそうですよ。それを姉様へのプレゼントにするのも有りですね!」


「え~? 誕生日プレゼントに本ぅ? 私だったら、そんなの貰ったらビリビリに引き千切るわ」


「ローゼなら、きっと喜ぶだろうな~」


 そんな女子たちの会話を聞きながら、リョウは(女性へのプレゼント選びというのは本当に難しいものだな)としみじみ思うのだった。


 ***


 リョウたちは、例の冒険者が発見したという迷宮へとやってきた。

 場所はリオーネの街から南へ向かう街道を外れた林の中だ。

 入口は巧妙に岩に偽装されており、一見しただけでは迷宮の入口とは気づかない。


 リョウを先頭に、後ろにレオノールとベレニスが続き、クリスが殿を務める陣形で、慎重に中へと進む。

 道中に出現する魔獣はゴブリンやスライム、イビルアイといった、さほど強くないものばかりだ。

 特に問題なく歩みを進める。


 やがて、ひときわ大きな扉の前にたどり着く。

 ボス部屋だろう。リョウは立ち止まり、気配を探った。


 扉から、獰猛な唸り声が響いてくる。

 グリフォンだ! リョウは静かに剣を抜いた。


 扉を開けると、そこには三対六枚の翼を持つ巨大な魔獣がいる。

 金色の鋭い瞳がリョウたちを捉え、鷲の上半身とライオンの下半身を持つ魔獣は、鋭利な嘴をカチカチと鳴らしながら威嚇してくる。

 次の瞬間、翼を広げ、襲い掛かってきた。


 リョウたちは即座に散開して応戦するが、空を自在に舞うグリフォンにはなかなか攻撃が届かない。

 ベレニスのレイピアも、レオノールの剣技も、空しく空を切る。クリスのロングソードも同様だ。


 リョウは深呼吸をひとつすると、グリフォンに向かって駆け出し、地面を強く蹴って跳躍し、大きく振りかぶった剣でグリフォンの頭部を斬りつける。


「グギャアアア!」


 悲鳴を上げて地面に落下したグリフォンに、リョウは間髪入れずに追撃を加えていく。

 レオノールとクリスもすぐさま攻撃に加わり、最後にベレニスが止めとばかりに風の精霊魔法を唱えた。


 グリフォンは一度大きく痙攣し、そのまま動かなくなった。


「フフン♪ ま、ざっとこんなもんよね~。さすが私!」


 ベレニスはルンルン気分でスキップしながら、部屋の奥に見える、金銀財宝の山と宙に浮いた魔導書が置かれている一角へと向かう。

 だが彼女が近づくと、目の前にあったはずの金銀財宝の山がぐにゃりと歪み、次の瞬間にはたった3枚の金貨へと変化してしまった。


「ちょっ⁉ ど、どういうことよ、これ!」


 ベレニスは驚愕し、愕然と立ち尽くしてしまう。


「まあまあ、ベレニスさん。とにかくグリフォンは倒したのですから。それで良しとしましょう」


「だったら、この金貨3枚は全部、私のものってことで良いわよね?」


「それとこれとは話が別です! これは私たち4人で勝ち取った記念品であり、思い出の品なのですから!」


 たった3枚の金貨を巡って、ベレニスとレオノールが言い争いを始めていく。

 クリスも記念品は欲しいらしく、にこやかに2人に近づき、口論に参戦しだした。


「4人いるのに金貨は3枚……これは由々しき事態です! 正確に4人で割ると、銀貨に換算して……だ、駄目です! ややこしくてわかりません!」


 1人青ざめるレオノールは、どうにかして4人で公平に分けられないかと考え込んでいる。

 そこへリョウが頭を掻きながら、1つの提案を口にする。


「俺はこの魔導書をもらう。金貨は3人で分ければいい」


「しょうがないわねえ。傭兵がそう言うなら……って、は⁉ その魔導書が、金貨1枚以上の価値があったらどうすんのよ!」


「ていうかリョウに魔導書って、豚に真珠じゃないの~?」


「ずいぶんボロボロですけど、これを姉様へのプレゼントにするんですか? まあ師匠がそう仰るなら、私は反対しませんが」


 口々にリョウの提案に対して意見を述べる女子たち。


「プレゼントねえ。ふ~ん。ま、あんたがそれでいいって言うなら、別に構わないけど」


 ベレニスも納得したようだ。

 魔導書をペラペラとめくってみたが、古代語で書かれているらしく読めず、興味も湧かないと判断したらしい。

 レオノールとクリスも、まあいいか、と金貨1枚ずつの取り分で納得し、その場はなんとか丸く収まった。


 リオーネの街に戻り、フィーリアに金銀財宝が金貨3枚になった顛末を話すと、あっさりと仕組みを教えてくれた。


「幻覚っすよ、それ。金貨3枚を餌にして、お宝の山に見せかけて人をおびき寄せる古典的な罠っすね」


 リョウは頭を掻きながら、ついでにこの魔導書をローゼが喜んでくれるだろうか、と尋ねる。


「こ、これは! とんでもなく貴重な本っすよ! オリジナルが失われたって噂の、数百年前の魔女シルビアの魔導書の写本じゃないっすか! きっとローゼさん、大喜びするっすよ! これで残るはもう1つのプレゼントっすねえ。もし指輪で良ければ、また一緒に選ぶお手伝いするっすよ」


 親切に言ってくれるフィーリアへ、リョウは「指輪以外のものを」と頼み、宿の自室へと戻った。


(ふう、残り1つか。でも、これが貴重な魔導書で良かった……)


 さて、もうひとつは何にしようか。武具の手入れをしながら考え込んでいると、部屋の扉がコンコンとノックされる。

 扉を開けると、そこにいたのはやけに上機嫌な様子のローゼだ。


(もしや、あの魔導書のことを知って、誕生日を待たずに早く読みたいと催促に来たのだろうか?)


「ねえリョウ、聞いて! 今日、ヴィレッタと買い物してたんだけど、古書店ですっごいの見つけちゃったんだ~! これ! シルビアの魔導書の、なんとオリジナル! いや~、これって本当に貴重なんだよ~。まさかリオーネで発見するなんてビックリだよ。ファインダ王国の地に流れ着いてたって噂はあったんだけどね。シルビアの出身は今のベルガー王国だった、という説が有力なんだ」


 シルビア? 魔導書? それって……?


「リョウは興味ないかもって思ったんだけど、フィーリアにこの話をしたら、リョウにも教えてあげたほうが良いっすよって言われちゃって。ま、幸せのお裾分けってとこかな? なんだかベレニスたちの視線が妙に泳いでたのも気になるけど……まあ、いっか。じゃあ、お休み、リョウ」


 まずい……リョウの額に、じっとりと冷や汗が滲んだ。

 ローゼが去った部屋で、リョウはプレゼント選びが一から振り出しに戻ってしまった現実に、がっくりと頭を抱えるのだった。


 ***


 それから、1ヶ月後。


 4月になり、ローゼは無事に16歳の誕生日を迎えた。

 場所はファインダ王国南西部の街オレンにある宿の、少し広めの談話室。

 一行は南部諸国連合王国を目指しており、この日を束の間の休息日にした。


 仲間たちだけで開かれたささやかな誕生日パーティーは、和やかな雰囲気で進んでいく。

 フィーリアが手配した特注の大きなケーキを囲み、レオノールやベレニスが歌い、クリスが手拍子で盛り上げる。

 主役のローゼは満面の笑みを浮かべ、照れながらも心から嬉しそうだ。


 街の店を何度も巡り、フィーリアに呆れられながらもアドバイスを求め、時にはヴィレッタの厳しい視線を感じながら、リョウが悩みに悩んで選んだ2つのプレゼントも、無事にローゼへと渡された。

 彼女はそれを宝物のように大切そうに抱きしめている。

 そんな光景に、ヴィレッタも満足そうに微笑んだ。


 ケーキを食べながら、ふとレオノールがリョウに尋ねた。


「そういえば師匠、師匠のお誕生日はいつなんですか? 師匠もずっと17歳ですよね?」


 レオノールの問いに、全員の視線が一斉にリョウへと集まる。


「俺か? 年齢はもう18だぞ」


「「「「「えええええええっ⁉」」」」」


 ローゼ、ヴィレッタ、ベレニス、フィーリア、レオノール、クリスの悲鳴にも似た声が談話室に響き渡った。


「18⁉ ちょっと傭兵! あんた、いつ誕生日を迎えたのよ⁉」


 ベレニスが目を丸くして叫んだ。


「し、師匠! いつの間に18歳になられたのですか⁉ というか、お誕生日はいつなのですか⁉」


 レオノールが興奮気味に詰め寄る。


「リョウ様……なぜそのような大事なことを黙っていたのですか?」


 ヴィレッタが呆然と呟く。


「いや、誕生日は特にない。記憶にないんだ。幼い頃に少年兵になったからな。傭兵になってからは年始に1つ歳を取る、ということになっていた。今年も年始に1つ歳を取った、ただそれだけだ」


 リョウは何でもないことのように答えたが、彼の言葉は彼女たちにさらなる衝撃を与えた。


「誕生日が、ない⁉ そ、そんな……」


 ローゼが悲しそうな顔で俯いてしまう。


「はあ……これだからリョウ様は。年始ってもう3ヶ月も前のことじゃないっすか」


 フィーリアが嘆息して呟いた。


「プレゼント……用意、できなかった……」


 クリスがしょんぼりと肩を落とす。


「なんで今まで言わなかったのよ! 傭兵って、本当に馬鹿なんじゃないの⁉」


「いや、別に祝われるようなことでもないし……」


「「「「「それが問題だって言ってるの(です)(っす)!」」」」」


 再び、女性陣の怒りとも呆れともつかない声が重なり、リョウはたじたじするしかない。

 なぜこれほどまでに皆が騒ぐのか、リョウには今ひとつ理解できない。

 だが彼女たちが自分のために、本気で怒ったり心配したりしてくれていることだけは伝わってくる。


(来年からは……年始に、祝ってもらうべきなのだろうか……?)


 そんなことを、リョウはぼんやりと考え始めていた。


 ***


 パーティーも無事にお開きとなり、ローゼはリョウからのプレゼントを改めて眺め、幸せそうに頬を緩めている。

 結局リョウが選んだのは魔力を安定させる効果があるという銀細工の髪飾りと、頑丈で使いやすい革の手袋である。

 どちらも実用的でありながら、ローゼの好みも考慮された心のこもった品だ。


 ローゼの様子を微笑ましげに見ていたヴィレッタが、そっとリョウの隣に移動する。


「リョウ様、ローゼはとても喜んでいます。素晴らしい贈り物でした」


「ああ、そうみたいだな。良かった」


 安堵の息を吐くリョウに、ヴィレッタが悪戯っぽい笑みを向けた。


「ところでリョウ様。ローゼの誕生日が無事に終わりましたが、それで終わりではありませんよ?」


「……え?」


 嫌な予感がした。ヴィレッタがこういう顔をする時は、大抵リョウにとって面倒な話が持ち上がるからだ。


「ベレニスが5月、フィーリアが6月、わたくしが8月、レオノールが9月、クリスが11月に、それぞれ誕生日がございます。引き続き、リョウ様の心のこもったプレゼントを期待しております。ローゼには誕生日と出会いの記念日で2つお渡しになりましたが、わたくしたちには1つで結構ですので」


 ヴィレッタは淀みなく、完璧な淑女の笑みをたたえて告げた。


「わ、わかった。任せてくれ。……しかし、今年いっぱい、みんなへのプレゼントで悩み続けることになりそうだが……」


 リョウは遠い目をして呟く。

 これからほぼ毎月、誰かの誕生日プレゼントを考えなければならないのか。

 しかも相手は個性豊かで好みのうるさい女性陣ばかりだ。考えるだけで頭が痛くなりそうだ。

 そんなリョウの心中を察してか、ヴィレッタはさらに言葉を続けた。


「何を仰っているのですか、リョウ様。今年だけではありませんよ?」


「え? い、一体、いつまで……?」


 リョウは恐る恐る尋ねた。

 ヴィレッタはそれはもう当然のこと、とでも言うように、にっこりと微笑んで答える。


「無論、死ぬまで、でございます」


 ヴィレッタの言葉にリョウは固まった。死ぬまで? 毎年? 全員に?

 これから先、幾度となく繰り返されるであろうプレゼント選びという名の試練を思い描き、リョウはただただ空を仰ぐしかなかった。


 そんなリョウの様子を見て、ヴィレッタは満足そうに、楽しそうに微笑んでいく。


 こうしてリョウの新たな悩みの種は尽きることがないが、仲間たちとの賑やかで騒がしい日々はこれからも続いていくのである。

 

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