エピローグ
ー大陸暦55年ー
ディンレル王国の滅亡から65年後、大陸統一王朝ラフレシアが滅びた年。
春の陽射しが、古都リュンカーラの廃墟に柔らかく降り注いでいた。
そんな廃墟に、7人の老婆が立っている。
それぞれが、かつての輝かしい記憶を取り戻していたのだ。
赤髪のチャービル。
かつては豊かな農村の地主の妻。
今は皺だらけの手で、枯れ草色に染まった杖を握りしめている。
金髪のディル。
地方都市で学者の妻として知られた彼女は今はかすれた声で、かつての知性を垣間見せるような呟きを繰り返していた。
紫髪のローレル。
第二王都の役人の妻で、気品のある顔立ちを残しつつも、静かな光を瞳に宿している。
緑髪のアロマティカス。
地方領主の側近の妻であった彼女は、声にかつての華やかさを偲ばせる響きを残していたが、今は衰えた体でひっそりと佇んでいた。
水色髪のタイム。
大陸を航行する船長の妻であった彼女は、荒波に揉まれたような人生の深みを感じさせる表情で廃墟を眺めている。
白髮のフェンネル。
地方官僚の妻で、過ぎ去った時間を懐かしむように、腰を曲げていた。
黒髪のマツバ。
魔王を滅ぼし、世界を救った七英雄の1人、アランの妻。他の6人と同じように静かにそこに存在している。
彼女たちはラフレシア滅亡による混沌の中で、前世の記憶を呼び覚ました。
魔法など使ったことのない人生だったのに、魂が覚えているかのように、前世で得意とした魔法が使えるようになっていた。
誰もが一国を滅ぼす力が、その手に宿し。
混乱と戸惑いの中、老婆たちは故郷リュンカーラへの想いを募らせていた。
想いが募り、やがて転移魔法を発動させ、彼女たちはこの廃墟へと辿り着く。
偶然か、必然か。
7人の老婆は、かつて過ごしたこの場所で運命の再会を果たした。
喜びの涙が溢れ、老婆たちは抱き合う。
前世の友との再会に、言葉にならない感情が込み上げてくる。
嬉々として今の生活を報告しあった。
魔王軍滅亡、魔族が完全に駆逐された時の喜びを、それぞれの立場で語り合う。
話題は、かつて仕えたディンレル王国の美しい王女姉妹へと移る。
七英雄の美しき魔女として語り継がれる妹王女、アニスの名前が、老婆たちの口から溢れ出した。
彼女たちはこの肉体では一度も会えなかったと嘆き、それでもアニスが永遠に語り継がれる存在になったことを誇りに思い、嬉しそうに。
姉王女アリスと、彼女の夫でありマツバの前世の兄だったヒイラギの話題も出る。
彼らの最期は、伝え聞く魔王軍との激闘の話にも出てこなかった。
師であるクレマンティーヌの話題に移る。
魔法の天才、女神の神聖魔法の使い手、体術と剣技の達人。
あの楽観的な性格が彼女たちには頼もしくもあり、誇らしくもあった。
七英雄に師の名前がないことに、老婆たちは首を傾げた。
七英雄に、あの神官ザックスが含まれていることに、彼女たちは笑いあう。
大陸統一王朝ラフレシアの初代宰相として、栄光に包まれたザックス。
呑兵衛で駄目な大人だった彼がねと、誇らしげに語る。
アニスの夫、七英雄のレイン。
剣士として名を馳せた彼の人となりについて、老婆たちは想像を巡らせていく。
マツバの夫、アラン。
七英雄の1人だったという事実を知り、老婆たちは驚きマツバへ根掘り葉掘り聞いていく。
マツバはアランとの短い時間を悔やみつつも、彼の最期を聞いた時の悲しみを語った。
アランからは、七英雄の話はほとんど聞いていなかったとマツバは語った。
マツバ自身も、結婚後に彼の真実を知ったのだ。
エルフの双子姉妹、エレミアとエレノア、教会の下働きをしていたササス、ドワーフ工房店のグラベック。
楽しい仲間たちとの日々を、老婆たちは懐かしむ。
夕焼けが、リュンカーラ廃墟を茜色に染める。
かつての栄華を偲ばせる石造りの断片が、風雨に晒され朽ち果てようとしていた。
彼女たちは互いに言葉を交わす。前世の記憶があると思い出した、あの日の出来事も。
「あの奇妙な夢……皆、同じ夢を見ていたのね」
「そうよ、あの、光……そして、あの声……」
彼女たちの記憶に黒い影が忍び寄った。
彼女たちは一度死んだのだ、という事実。
魔王軍の白髪の男に、ガーデリアで殺された瞬間。
再びこの世界に生まれた、という事実。
不思議なことだと首を傾げながらも、老婆たちは喜び合った。
仲間との再会は何ものにも代えがたい喜びだったから。
数日間語り合い、別れを惜しみつつも、7人はそれぞれ故郷へと帰っていった。
それから数十年の時間が流れた。
導かれるように7人は再びリュンカーラ、今は復興した賑やかな街に揃う。
7人全員が生きて死に、再び生まれ死ぬを繰り返している事実に気づく。
恐怖が、彼女たちに芽生え始めていた。
予知の才能を持つマツバが、震える声で告げる。
「……数百年後も、私たちはこうして集まっている」
マツバの予言は彼女たちの心に、氷のように冷たい恐怖を突き刺した。
これは女神からの罰なのか?
それとも何か、もっと恐ろしい何かが、彼女たちをこの運命に縛り付けているのだろうか?
謎を解き明かすため、彼女たちは大陸各地を旅し始める。
数年に一度、リュンカーラで再会して情報を共有していく。
だが、一向に手掛かりは見つからない。
やがて、彼女たちの行動は変化する。
非人道的な実験が彼女たちの誰かの手で始まった。
いや、正確には同時進行で始まったのかもしれない。
人間を殺すことすら躊躇しなくなったのだ。
いつしか、彼女たちは『七賢魔』と呼ばれるようになった。
協力者も現れるようになる。
世に恨みを抱く者、女神を信じない者、力を渇望する者、死を愛する者。
邪教徒と蔑まれながらも、彼女たちは組織を拡大していった。
七賢魔の持つ膨大な知識と実験データと、この世界の裏側を暴く鋭い眼差し。
いつしか組織は『真実の眼』と呼ばれるようになった。
表の歴史には関わる気はない。
邪魔をする者がいれば皆殺しにする程度。
時間は無限にあるのだから、気にしたこともない。
徐々に輪廻転生への恐怖よりも、真実を追求することに彼女たちの目的は移っていく者さえ現れる。
そんな活動に危機感を抱く者も現れた。
マツバの予知、それは大陸に再び魔王が現れるという、衝撃的な内容を告げた時だ。
「……これ以上、この世界を探しても無駄よ。魔界に行ってみるのも手かもしれないな」
魔界の門は魔王のみが開ける。
ならば魔王となる器を見つけ、育てよう。
皆が頷く中、ディルだけが反対した。
「不死で良いじゃないか。今まで通り実験して時間を潰そうぞ」
ディルの言葉は全員を凍りつかせた。
知識欲が誰よりも強く、輪廻転生の原因を徹底的に探っていたディルが言ったのだ。
口論の末、ディルは七賢魔から離れていった。
「魔王が復活していても、覚醒しなければ意味はないさ」
ディルはそう言い残して去った。
そんなディルの後ろ姿を見て、マツバは未来でディルが金色の髪の少女に日記帳を渡す予知を見る。
「その日記帳、パルパティーン宰相が持ち、アレゼル様が封じた人生の体験を他人へ譲渡する魔導具……なるほど、その者を殺して自ら魔王になるつもりね」
マツバは、独り言を呟くようにディルに問いかけた。
いや、それはマツバ自身への問いかけだったのかもしれない。
知っていて止めようとしない、自分自身への。
六賢魔となった彼女たちは魔王となる器を探し続けた。
それは容易ではない道程。
魔女狩りが盛んになり、魔女の質が低下していたことも原因の一つだっただろう。
六賢魔は待ち続けた。
清らかな心、膨大な魔力、魔族を統べるカリスマ性。
アリスのような人物が誕生するのを。
時間は無限にあるのだ。
さらに数百年の時が過ぎ、ついにその時が来る。
ベルガー王国にローゼマリー姫が生誕した。
後はどのように魔王にするか。
それだけが、彼女たちの目的となった。
【魔女ローゼマリー伝説】第1部完




