Lo209.エールちゃんはこの国の為に戦いたくない
源義経。
鎌倉幕府を築いた源頼朝の弟で、『壇之浦の戦い』で平家を破った源平合戦の主人公みたいな歴史上の英雄。
その最期は、兄の頼朝と対立して自刃という悲劇的なエピソードも相まって、日本の歴史の人物では屈指の人気を誇ります。
その源義経が、勇者としてこの世界に来ていたとは……
てっきりモンゴルに渡ってチンギス・ハーンに名前を変えたかと思ってました!(珍説を支持するな)
「えと、エールちゃん。やっぱり強いんですか義経って?」
「勇者クロウはこの世界において数々の英雄的逸話が残しています。当時の魔王と同等の存在……悪神フシイカヅチより強いかもしれません」
「ひえええ……」
私は正面にたたずむ義経を見ます。
ゾンビのはずなんですけど、風貌がゾンビじゃないです。
シミひとつない陶器のような白い肌。腐っているところは見えず、神々しいまでの出で立ちをしています。
そう、アンデッドというより神霊……神様に近い雰囲気があるような気がします!
え、あれと戦うんですか私達?
日本の歴史上でも軍神とまで呼ばれた英雄を相手に?
日本でも一般人どころか底辺同人作家でしかなかった私が?
勇者クロウ……源義経!
転生者で勇者という私と同じ立場かと思いましたが、生前の日本での格が違いすぎるんですけど!!!
「フヒヒッ! ワタクシの力は歴史すら思いのままに支配するゥ!! アナタ達に、この最強の勇者クロウを倒せますカァ!?」
悪神フシイカヅチは勝ち誇ったように嗤います。ぐぬぬ、あやつさっきから空中で高みの見物を決めています。それを聞いて西蓮寺さんが呟きます。
「まるでイギリス人なら知らない人はいない伝説の騎士、タルカスとブラフォードを復活させたDIOみたいで草」
「今までろくに台詞言わなかったのに、ジョジョネタには素早く反応するのやめてください」
西蓮寺さんは口下手なくせに、口を開くといつもこんな感じです。
あなた、ホントにそのクール系美少女の容姿が詐欺すぎますよ。
……そういえば、なんで西蓮寺さんがボス戦に挑む面子にさらっと入ってるんですかね?
相手がこんなに強そうなら、もうちょっと頼りになる面子を連れてきたかったです……
「相手めちゃくちゃ強そうですよ……どうしますエールちゃん?」
「最強の勇者クロウですか……誰が最強の勇者かというのは諸説ありますが、私はやはり勇者タケハヤが最強なのではと思慮します」
「いや、最強議論スレをしたいわけじゃなくて! というか誰ですかそれ!?」
全然知らない人の名前を突然出されても困るんですけど!
エールちゃんまでボケないでくださいよ!!
そう言ってる間にも義経がゆったりと歩き始めました。
大太刀、大弓、大鎧の鎌倉武士フル装備なのに、まるで重さを感じさせない足取りです。
こちらに段々と近付いてきて……
ふっと蜃気楼のように消えました。
「え、消えた?」
「……上です!」
「うえ?」
エールちゃんが反応したとき、既に上空には鳥のように高く跳躍する義経。
現実ではありえない跳躍力ですがここは異世界、それ自体は驚くことじゃありません。
しかし、義経は跳躍したはずなのにまるで力みを感じさせず、飛び立つ瞬間が分かりませんでした。
「うちおとす。【いしのだんがん】」
ノノちゃんのゴーレムが手の平を空中の義経に向けました!
そのゴーレムの手の平には銃口のような穴が空いており、そこからガトリングのように石弾が発射されました!!
なんですかそのギミック!?
ずっと思ってたんですけど、ノノちゃんのゴーレムの構造ってファンタジーっぽいゴーレムじゃなくて、SFのロボットみたいですよね!?
コックピットに騎乗できるスタイルとかもロボットっぽいです!
発想がいちいち先進的すぎます!!
ドドドドドと連射される石弾が空中の義経に向かっていきます!
なまじ飛んだから逃げられませんね!!
と、思ったんですが……
「なんだと」
ノノちゃんが思わず声を上げます。
義経が空中を蹴り、横にスライドして石弾を避けていました。
二段ジャンプできるんですか!?
いや、また空中を蹴って方向を変えます!
三段ジャンプ!?
いや、それ以上も可能だったりします!?
空中で自在に駆け、軌道を変えてノノちゃんのゴーレムの背後に回り込む義経。
ノノちゃんが振り向く間もなく、その大太刀が振るわれます!
煌めく刃により、ノノちゃんのゴーレムの胴体がすぱんと斬られました!
「ばかな……いわよりかたいはずなのに」
危険を感じたノノちゃんは素早くゴーレムのコックピット部分をジェット噴射で緊急離脱させました!
いやだからロボットの機構ですよねそれ?
しかしそれを追って義経は跳躍します!
追いつかれる!
「させません」
エールちゃんは力強く地面を蹴り、義経の後ろから強襲します!
小さな身体いっぱいに大きく杖を振りかぶり、義経の背中に勢いよく振り下ろしました!
しかしその攻撃が当たる寸前に……ふっ、と義経が空中から消えます。
これは手品でも魔法でもありません! 単なる身体技能です!!
義経はバク宙でくるりんぱして、エールちゃんの頭を踏みつけました!
「くっ」
そのまま蹴飛ばされるように地面に落ちるエールちゃん。しかし攻撃はそれだけでは終わりません!
いつの間にか大太刀を納刀していた義経が、大弓に矢をつがえています!
キリキリと弓を引き絞り、発射!
だがエールちゃんが矢に対してバリアを張ります!
ドオン!
バリアと矢が接触し、あたりは土煙に包まれます!
「エールちゃん!」
私はエールちゃんを呼びます!
やがて土煙が治まり、エールちゃんが立っているのが見えました。
「エールちゃん大丈夫ですか!?」
「平気です。しかし……厳しい戦いになりそうですね」
エールちゃんの肩に矢が刺さってました。義経の矢はエールちゃんのバリアを突破していたようです。
ノノちゃんと西蓮寺さんを乗せたコックピットは無事離脱しましたが、代わりにエールちゃんが手痛いダメージを受けてしまいました。
エールちゃんは肩に刺さった矢を乱暴に抜きました。赤い血が出て痛そうでしたが、エールちゃんは傷口に神気を当てて治療します。傷はみるみる治っていきました。
「私は多くの混沌魔物を倒してきましたが……私は武芸者ではありません。あのような縦横無尽の動きをどう捕らえればいいのか……」
むむむ……エールちゃんが敵わないというんですか?
義経はというと、今は着地しておりゆったりとたたずんでいます。
むぅ……余裕ありそうですね。
「勇者クロウはパワータイプではなく、スピードやテクニックに優れているようです。正直、苦手な手合いですね。巨大な怪物の方が幾分か倒しやすい」
エールちゃんは幼女ですけど、めちゃくちゃパワータイプの印象があります。どんなに強いパワーでも、あの動きに翻弄されたら無意味となります。
「しかしノノもゴーレムが敵わない以上、勇者クロウには勝てないでしょう。かといって、サイレンジやあなたが勝てるかというと不安が残ります」
「……確かに!」
「同意しないでください。……結局は、私が勇者クロウの相手をするしか無いというわけですか」
エールちゃんは杖を握りしめます。しかし、そこにいつものような圧力を感じません。
「せめて、私が全力で戦えれば良かったのですが……」
そうでした。エールちゃんは今、結界の維持もやってるんでした。
その様子を見て、悪神は嗤います。
「オヤオヤ……随分と苦しそうデスねェ? そんなにオツライなら、民衆など見捨ててしまえばいいデショウ?」
「そういうわけにはいきません。私は特級聖女です。罪なき民は助けるのが務めです」
「矛盾してマスねェ? この国のニンゲンに罪なき民などいるのデスかァ?」
「それは……」
うつむくエールちゃんに悪神フシイカヅチがいやらしく言います。
「本来ならもっと強いハズのアナタが結界の維持程度でここまで消耗してる理由……分かりマスよォ?
神術を扱うのに必要なのは、何よりも心が大事なんデスよねエ」
心……ハートだと……?
悪神に似つかわぬワードが出てきましたよ!?
「特級聖女リュミエール。アナタは幼い身ながら、この国によく尽くしてキマシた。アナタは数多くの混沌魔物をたった一人で討伐しマシタ。アナタがいなければ、とっくにこの国は滅びていたカモしれませんネェ?」
急に褒めてきたんですけど。やっぱりエールちゃんは頑張ってるんですねぇ。
「デスがァ……この国の人達はアナタの行為に報いましたかァ? 感謝してマスかァ?
いやいやむしろ逆ゥ! 妬みや恨みの方が多く向けられているのデはないデスかァ!?
あるいは恐怖! 【片目の怪物】という聖女に似つかわぬ異名から分かりますよネェ!? みんな強すぎるアナタのことを怖がってますヨォ!?」
悪神が喜色満面の声でそう言い放ちます。
ぐ、グゥの音も出ません。確かにエールちゃんの頑張りに対して、この国の人達はあまりに冷淡すぎると思ってたのです! もっとエールちゃんは褒められるべきです!
というか、普通に嫌ですよね。そういう人達を守るの。私ならやりたくありません!
エールちゃんはそれを聞いて、深く頷きながら言いました。
「悪神フシイカヅチ……貴方の言う通りです。私はこの国の人達が大嫌いです。だから、私は結界の維持程度にこれだけ消耗をしているわけです。
神術は心。向いていないことをやると、とことん弱くなる」
「アはッ! やっぱりそうデスねェ! アナタは無理をしている!! 本当は特級聖女なんてやりたくナイィ!! 辞めてしまえば良いのにィ!!」
「いえ、それでも特級聖女の地位は誰にも渡しません。私にとっては、何よりも大切で価値のあるものです」
エールちゃんは前を向きます。
そして言います。
「私は特級聖女シャイナス様の妹です。私を地獄から救ってくれた、誰よりも大切な人です。私は彼女の妹として相応しくありたい」
悪神と対峙するその目には、もう一辺の迷いもありませんでした。
「だから私は……悪神フシイカヅチを倒し、ついでに非常に嫌ですけどここにいる民衆も全て救います。それが、特級聖女の役目なので」
エールちゃん、偉いです。嫌なこともやるところが大人で偉い!
この国の人達は嫌な感じしますけど……こうなったら、私も協力します!
要するに、エールちゃんが報われればいいのです! この戦いが終わった後は、この国の意識改革です!!
みんながエールちゃんを褒め称えるように、私が可愛い絵を描いて布教しましょう!
そのとき、闘技場の扉がバーンと開け放たれました!
「よく言ったでよ! 流石はうちの妹!」
……なんか見覚えのある人がエントリーしました!
チーちゃんが見覚えのある人……一体何者なんだ!?
ということで次回に続きます。
こうやって正体を伏せていくことで、次回への強烈な引きになるということですね!
突然エントリーした謎の人物の正体が明かされるのは次回! 誰もが予想できないその正体とは!? こうご期待下さい!




