73 ?視点:誘拐作戦 後編
「まずいよ、ステラ。ババアが動いた」
急に立ち上がり、そう言ったアース。
なぜか、彼は不気味な笑みを浮かべていた。
「ババア? お前のばーちゃんのこと?」
ばーちゃんが動くのは良いことじゃん。
元気な証拠じゃん。まずくないじゃん。
そう思っていたが、アースは首を横に振った。
「違うよー。女神のことだよー。今、リアムの未来を見ていたんだけど、ルーシーが暴走する未来が見えたー」
「ルーシーが暴走? どういうこと?」
「うーん。詳しいことは分からないけど、僕の予測だと、女神がルーシーの聖女の力を暴走させたんじゃないかなと思うー」
確かに女神から邪魔をするとは聞いていた。
でも、まさかルーシーを暴走させて、僕らの計画を頓挫させようとするとは。
「……分かった。ちょっとリアムのところ行ってくる」
僕はいつもの白コートを取り、転移魔法で移動。
急いでリアムのところへ向かう。
しかし、到着した頃には、地下の部屋は。
「は?」
大風が吹いていた。
天井にはぽっかり穴が開いている。
その部屋の中央にはルーシーがいた。
でも、彼女はゲームで見たような姿ではない。
髪は乱れ、白目は黒く、瞳は真っ白。
まるで怪物のよう。
「なんで、あんたがここに……」
実行を任せていたリアムは動揺しているのか、冷静に動けていないようだった。
らしくない。
けど、彼女が暴走するとは思ってなかったから当たり前といえば当たり前か。
「お前ら、さっさと逃げな。ここは僕がなんとかしておくから」
リアムは元々裏で動く人間だ。
素顔が見られたらまずい。
誰か他の人が来る前に退散させておくべきだろう。
リアムたちは僕に礼をすると、出口へと走っていった。
――――さて、どうしようか。
部屋の地面には夜空が広がっている。
綺麗な景色だが、見とれている場合じゃない。
その景色を作り出しているルーシー。
あの様子だと、正気を失っている。
大量の魔力を感じるから、魔力を奪って、暴走を抑えた方がいいか。
「あんた、誰だ?」
そう尋ねてきたのはカイル。
彼は拘束させておいたはずだが、拘束はとけていた。
警戒されているな。
でも、邪魔をしないでほしい。
僕はルーシーの暴走を止めたいだけだから。
「お前、ルーシーを助けたいんだろ?」
「え?」
「だから、どいてくれ」
僕はカイルを退けさせ、ルーシーへと近づく。
「大丈夫だよ、ルーシー。僕がいるから」
僕はルーシーを抱きしめ、そして、彼女の魔力を奪う。
しかし、予想以上に魔力があり、一瞬びっくりしてしまう。
…………うーん。
ルーシー、結構魔力を持ってるな。
奪い切れるかな?
そんな心配があったが、意外と魔力は奪えた。
徐々に地面に広がっていた綺麗な夜空は消えていく。
大風も感じなくなった。
魔力を奪いきると、ルーシーはふらっと意識がなくなる。
僕はその彼女の体を支え、そして、地面にそっと寝かせた。
暴走のせいで、ルーシーの髪は乱れ、服もボロボロ。
ごめんね、ルーシー。
こんなふうにさせちゃって。
「ねぇ、これどういうこと?」
背後から問いかけてきたのはカイル。
彼はかなり苛立っているようだった。
「なぜあんたたちは僕らを攫ったんだ?」
「…………」
それはルーシーをアストレア王国に転送するため。
僕と一緒に暮らして、幸せになってもらうためだよ。
しかし、そんなことを彼に話せない。話すことなんてできない。
黙ったままでいると、遠くの方から声が聞こえてきた。
「あっちから! あっちから! ルーシー様を感じたんです! 私、確かに感じたんです!」
「……なんだ、そのスピリチュアル的な発言は。怪しすぎる占い師みたいだな」
徐々に近づいてくる複数の声。
その声は聞き覚えのあるものだった。
ムーンセイバー王国の王国の兵士……ではないな。
聞いたことがある声だから、攻略対象者だ。
3人ぐらいだから、きっとルーシーの近くにいたあの3人だろう。
「話は戻るけど、さっきの光の魔法って、もしかしてルーシー様を誘拐した犯人だったりしてね……って、あれっ? あなた、カイルじゃない。なんでそんなところにいるの?」
そんな声とともに、その声の主の姿が見えた。
ぽっかり天井に空いた穴から顔を覗き込ませていたのは、リリーにエドガー、そしてキーラン。
「もしかして、さっき放ったのってカイル?」
「いや、違う。ルーシーだよ」
「えっ!? 姉さんがやったの!? てか、姉さんがそこにいるの!?」
ああ。
ごちゃごちゃうるさい。
静かにしてほしい。
ルーシーが眠ってるのだから。
すると、攻略対象者の1人が僕に話しかけてきた。
「ねぇ、そこの人。姉さんから離れてくれない?」
別にいいじゃないか。
君たちはいつだってルーシーの近くにいれるのだから。
僕は今は彼女の近くにはいれない。ずっと一緒には、まだなれない。
すると、多数の足音も聞こえてきた。
…………ああ、騎士団も駆けつけてきたのか。
まぁ、転移魔法を使えるし、逃げるのは容易だから、気にする必要もない。
それよりも。
ルーシーをアストレア王国に連れていけなかった。
しかも暴走なんてさせてしまった。
本当にごめんね。ルーシー。
「お前……何者だ」
誰かがそう尋ねてきた。
だが、僕は答えない。面倒だった。
「ルーシーから離れろ」
そう言われて、僕はようやく立ち上がる。
そして、周囲を確認し、彼を見た。
ルーシーと同じ銀髪の弟、キーラン。
僕が一番変わりたいルーシーの義弟。
ルーシーと同じ家に住んで、毎日顔を合わせて。
最高のポジション。
そんな彼に対し、真っすぐに指をさし。
「お前を恨む」
そう言って、僕はその場を去った。
★☽★☽★☽★☽
アストレア王国に帰って、僕は作戦について振り返っていた。
計画に関しては問題はなく、誘拐するまでは順調だった。
「でも、まさかルーシーが暴走するなんて」
ゲームではこんなことなかった。
少なくとも、無印の方ではなかった。
続編でも、ルーシーが魔法を使うことがあっても暴走なんてない。
『私はあなたたちの邪魔をするわ』
彼女は以前そう言った。
ルーシーが暴走したのは、アースも言ってたように、あの女神のせい。
「アース。ちょっとあのクソ女神に会いにいってくる」
「えー? どうやって会うのさー?」
「寝たら会えるだろ。だから、そこのソファを借りるな」
★★★★★★★★
ソファに寝転がり、目を閉じる。
そして、女神に会えるように念じる。
気づけば、白い世界にいた。
「何? 突然呼び出して」
不満げに女神はそう言った。
いつもなら、立っている彼女。
しかし、今日は地べたに寝転がっている。
そのためか、気品さはない。
どっかの仏像に似ている寝姿だった。
僕は立ち上がり、彼女に問う。
「なぜあんなことをした? なぜルーシーを暴走させた?」
「そんな理由分かるでしょ? 私、言ったはずなんだけど」
寝転がっている女神はうっとおしそうにこちらをみる。
「いや、言ってない」
「いいえ、言った。私は確かに言ったの」
女神はパチンっと指を鳴らす。
すると、白い世界ががらりと変わった。
僕らは空の上にいた。
足元には、ムーンセイバー王国の街が広がっている。
「私の気分次第ではあなたの邪魔をするって、ちゃんと言ったわよ。だから——」
「今回、邪魔したって言うのか」
ルーシーを使って。
「ええ。それが私の仕事だと思うもの」
怒鳴り散らしたくなる思いをぐっとこらえ、女神に問う。
「だからって、ルーシーを使って邪魔することないだろ。僕らに直接邪魔をすればいいじゃないか」
「直接邪魔をしたら、あのアースがちゃんと対処するかもしれないじゃない。あの子だけは私の力関係なしに好き勝手するのよ。だから、ルーシーちゃんの能力をちょっとだけいじったの。それならアースもきっと対処できないだろうと思ったのよ」
だからって、ルーシーを暴走させるなんて。
能力の暴走はかなり体に負担がかかる。
「あんたは僕の邪魔のためなら、何だってするのか」
「ええ。なんだってするわ」
「……なら、場合によっては、あんたの気分次第で僕らは殺されるって言うのか」
「私は殺さないわよーん。そんなことしたって意味がないもの。私の願いが破綻するもの」
「ハッ、あんたみたいなやつにも願い事があるのかよ」
神なんてなんだってできるっていうのに、願い事とか。
全く、どこまで傲慢なんだよ。
僕はいら立ちを隠すことなどできず、歯ぎしりをしてしまう。
「神様みーんな、願い事があるわよ? そのためにこうしているんだもの。まぁ? 私はまだマシな願い事を持つ神様だとは思うけど」
クソ女神は何がおかしいのか、フフフと笑った。
「さっきも言ったけど、私の仕事は邪魔することだと思うから。だから、せいぜい頑張って」
「ルーシーを利用した邪魔をするな。邪魔をするなら僕たちに直接邪魔をしろ」
そう言ったが、女神からの返事はなかった。