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最終話:未来ある黎明

 ユカリちゃんに引っ張られる様にして外へ出た私は手を繋いだまま、街の中を歩いていた。そこら中で忘れられてしまった人や妖怪、果ては神様達がお互いに立場の境無く話したりしている。

「ねぇサエ、私達が初めて出会った日の事、覚えてる?」

「え? えぇっと確か……この街が変わっちゃってた時だよね?」

「ん、そうだね。黄昏が夜半に穢されたあの時」

「……どうしたの?」

 ユカリちゃんは私の方を一切向かず、ただ真っ直ぐ前を見ていた。

「……ねぇサエ。サエは、さ……外の世界の事、どう思う?」

「どうって?」

「私はさ、あっちの世界は正直そこまで好きじゃないんだ。元々黄昏街が夜半に染まったのも、外の世界の人間がヒツケさまを利用してこっちの世界に悪意と穢れを入れてきたのが原因だし……」

 ヒツケさまは元々人の記憶を消去して、辛い記憶から逃れさせる神様だった筈だ。だけど、いつの日か外の世界の人達はそれを悪用した。自分にとって都合の悪い記憶や人、物をこっちに送ってきた。その結果、悪意に触れ過ぎたヒツケさまはただの荒魂に成り下がった。

「私があっちの世界で……10年前に飛び降りたのだって、結局は人間関係が上手くいかなかったからだし」

「ユカリちゃんは、どうしたいの?」

「……分からないよ。どうするのが正しいのか分からない。私はこっちに長く浸り過ぎた。だからサエを追って街を出た時、何度も呼び戻されたんだと思う」

 今のは初めて聞いたなぁ……私の知らない所で、ユカリちゃん大変な目に遭ってたんだ……。

「サエが戻りたいなら、私も一緒に戻るよ。だけど、もし現実が辛いなら……ここでずっと温かい過去に浸り続けてるのもいいと思うんだ」

 本当にそれでいいのかな? 確かに辛い事はいっぱいあるけど、でもそれだけじゃない。楽しい事だってあるし、悪い人ばかりって訳でもない筈だよね……。

「ユカリちゃん……私は、戻りたいかな……」

「ん……そっか」

「あのねユカリちゃん。確かに嫌な事ってあると思うんだ。未だにいじめられたりするしさ」

 私はチクリと傷んだ心を自分で誤魔化す様に笑う。

「でもね、いつもそうって事は無いでしょ? 素敵な事だってある筈だし、現に私はユカリちゃんっていう素敵な人と出会えたんだしさ」

「……偶然だよ」

「そうだね。でも私はそんな偶然も大切にしたいなって思ってるんだ。だって本当なら私とユカリちゃんって10歳も年が離れてる筈でしょ? ユカリちゃんの方が遥かにお姉さんだもん」

 街の喧騒が私の恥ずかしさを緩和してくれる。今じゃないと言えない。

「だけど私はこうやって同じ年齢位の見た目をしたユカリちゃんと出会った。これって何だか不思議で素敵じゃないかな?」

「素敵かはともかく不思議ではあるかな?」

「でしょ? 不思議って分からないからこそ、不思議だと思うんだ。分からないからこそ怖いと思うし、だからこそ調べたい、理解したいって思うんだと思う」

「サエ、何か分かりにくいよ?」

「あははっ……えっとね? きっとユカリちゃんは前に進むのが怖くなってるんだと思うんだ。いったい何があるのか分からないから、怖くて進みたくないんだと思う」

 カラス達が鳴いている。

「それって当然の事だと思う。だから何が起きたか分かる過去にずっと居たいんだよね?」

「……そう、なのかな」

 繋いだ手を強く握る。

「ユカリちゃん。確かに未来っていうのは明るくて目も開けられない位に眩しいかもしれない。不安かもしれない。時には光が強過ぎて、私達の体は焦げちゃうかもしれない。だけど、逃げちゃダメだと思うんだ。逃げちゃったら、きっとその先にあるものが掴めないから」

「その先にあるものって何……?」

「……分かんない」

「ふふっ……何それ」

 優しく笑ったその顔を見て安心する。きっと……大丈夫だ。そういう顔が出来るんだもん。

「分かんないから一緒に探そうよ。素敵な家族かもしれないし、素敵なお家かもしれない。おいしいご飯かもしれないし、かわいい動物かもしれない」

「もし何も無かったら?」

「その時は……」

 答えは決まってる。

「素敵な思い出だよ。一緒に作ろう? ユカリちゃんと一緒なら、きっと素敵な思い出が作れるよ」

 独り善がりな考え方だと自分でも思う。押し付けようと思わない。もしユカリちゃんがそれでもここに残りたいって言うなら、一緒に残るつもりだ。

 遠くにアサヒさんが管理していた湯屋が見える。グラグラと不安定に揺れており、いつ崩れてもおかしくない。それなのに街の皆は気にも留めていない。きっとあそこもまた、この街から忘れられてしまうんだろう。最初から存在しなかったみたいに……。

「……ねぇサエ」

「うん?」

「私の人生に素敵な思い出なんか、きっと無かった。そんな私に素敵なものの判別なんてつくのかな?」

「大丈夫だよ。きっとその時が来たら、自然と分かるよ。これって決まってるものじゃないもん」

「そっか……」

 そう言うとユカリちゃんは立ち止まった。それに続く様に私も歩みを止める。

「サエ」

「うん」

 私は黄昏の橙色に染められた家族の顔を真っ直ぐに見る。

「ずっと側に居てくれる?」

「うん」

 きっと大丈夫

「ずっと家族で居てくれる?」

「当たり前だよ」

 優しい子だから。

「一緒に……未来に進んでくれる?」

「うん。ユカリちゃんがそうして欲しいなら、どこまでも付いていくよ」

「…………ん…………じゃあ、戻ろうか」

「うん、そろそろ皆帰って来てるかもしれないもんね」

 私達はあのお店へと戻り始める。気のせいかもしれないけれど、その帰り道は来た時よりもどこか明るく感じた。



 戻ってきた私達を出迎えてくれたのは、コトヒラさんだけだった。中に居た筈のサキモリさんも戻ってくる筈の由紀さん達もどこにも居なかった。

「金刀比羅だけ? 由紀達は?」

「……戻ってこない」

「……何言ってんの?」

 今の私には何故皆が居ないのかは分かっていた。もし私が同じ立場だったら、きっとそうするだろうから……。

「三瀬川、どうするの? 一回切った縁は基本的には戻せない。思い直すなら今だよ」

「いいえ。私、ユカリちゃんと一緒に決めたんです。あっちに戻るって」

「そう……じゃあ始めるよ」

「ちょっと待って! 由紀達はどこに……!」

「すまない……」

 そう言うとコトヒラさんはユカリちゃんの言葉を無視する様に鋏を取り出すと、カチンと鳴らした。その音を聞いた途端、急な眠気に襲われたかの様に視界が歪み、その場に座り込んでしまう。隣では既にユカリちゃんが倒れているのがうっすらと見えた。

「ありがとうござぃま……」

「……ああ」

 ちゃんと伝わっただろうか。最早呂律すら回っていない状態で、ちゃんと言えてたかどうかも怪しい。本当はきちんと皆にお礼やお別れが言いたかった……だけど、きっとユカリちゃんは……皆に会ったら迷ってしまう。ユカリちゃんにとっては由紀さん達も家族だから。それが分かっていたから皆姿を見せてくれなかったんだと思う。だけど……どこかで見てくれてたと思う。あの人達は、優しい人達だから……。

 ついに私の意識はプツリと途切れ、倒れ込んだ。






 目を薄っすらと開けると眩い光が目に飛び込んできた。その眩しさに思わず目を瞑ってしまう。しかしそれは決して嫌な眩しさではなく、どこか心地良いものだった。涼しい風が私の肌をくすぐり、耳に聞こえる波の音は心を落ち着かせてくれた。

 私はこの場所を知ってる。忘れる訳がない。この子と再会出来た場所なんだから……忘れる訳がない。忘れろって言われたって絶対に忘れない。

 うんと伸びをする。まるで長い間眠っていたかの様に不思議な気怠さがある。隣では私の大好きな大切なあの子が眠っている。本当は私よりもお姉さんなのに、寂しがりやで怖がりな子。しっかりしてる様に見えて、本当は怖がりな子。前に進むのが怖くて、過去に閉じこもっていたかった子。私と一緒に居る事を選んでくれた子……。

 さて、そろそろ起こそうかな。もう私達の未来は始まったんだ。日は昇ってる。沈む事もあるだろうけど、それも未来なんだ。未来は待ってくれない。

 私は眠っている家族に声を掛ける。彼女は小さく呻くとゆっくりと目を開き、今居る場所を確認すると上体を起こし、私に優しい笑顔を見せた。

 私はそんな彼女に微笑み返すと手を伸ばす。彼女はそれを見ると何の迷いも無く、その手を取った。私達は共に立ち上がり、海の反対側に位置する見覚えのある建物の方を……私達の家の方を向く。

 さあ行こう。もう日は昇った。

「行こう、ユカリちゃん?」

「ん。行こう、サエ」

 未来が始まった。

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