義弘公と豊久
私は関ヶ原では父家国が急死したため急遽家臣を率いて兄と共に参戦した。
武谷松平藩松平家清の庶子である松平家国の家臣であり、庶子とはいえ母親も水野忠重の庶子である娘なので待遇は悪くない。
父も忠重の長子である勝成について大名を渡り歩きかぶき者として歩き回っていたので、その縁で家国の家臣となったと言うことであった。
兄は父が急死して家を継ぐこととなり私から見てもいつも以上に気合を入れているようで私は何度も落ち着くようにと言ったが気にせず旗本に混じり前を見ていた。
私も馬に乗り前方を見るとすでに戦いは始まっておりそれを見つめるしかなく、兄の隣には主である家国殿が落ち着いた様子で兄である信成をたしなめており、年上のはずの兄が幼く見え本陣が前方へ移動を開始してからもかなり文句を言っている。
戦いは一進一退であったが小早川は動かず、後方の毛利も吉川がいるため動けず徐々に西軍は押されていった。
お使い番が走り抜け、いよいよかと兄がいきり立つが鉄砲の組頭に指示しており、移動を開始して止まると小早川へ鉄砲をはなたせた。
兄は何であんな遠距離で当たりもしないものをとグチグチいい私は呆れながら見ていると小早川が山を下り始め大谷勢に突撃を開始したところであった。
主は、
「さすが家康公だ、小早川をこちらにつかせるとはなあこれで決まったな信忠」
そう私に聞いてきたので、
「大谷勢はよく押し返していられますが多勢に無勢飲み込まれましょう」
そう言いながら大谷勢が見事に押し返す様子を見つめていた。
数度押し返したが飲み込まれていると家康本陣と共に前方へと進み始め、前線へと投入されると、福島勢の前で鉄砲の一斉射が始まり旗がちりじりになり混乱しているのが一目でわかる。
その後ろにいた小早川はすでに逃げまどい始めておりそこを抜けてくる旗を見ると島津勢であり家康からの使い番も走り、松平と井伊そして本多勢が押しつつむように突撃を開始して鉄砲の一斉射を貰いさらに突撃をしてくる。兄や旗本は走り出し、私は出遅れ様子を見ていると次々と徳川勢は混乱して撃ち取られていっており、島津と家康の本陣を隔てるものは私しかおらず私は思わず家康の本陣を見た。
家康であろう本人は立ち上がり刀を抜いておりその緊張は見ていてもわかるものだった。
私は大きく深呼吸をすると扱いなれた鉄砲に火縄をつけると乗馬のまま前に進みながら鉄砲を構える。
戦闘は名のある武将であろうと思い、手に汗をかきながら先頭で向かってくる赤備えの様な赤い鎧を身に付けた
武将にあわせ狙いをしぼった。
ゆっくりと引き金を絞っていくと不意にその武将は左にそれていき他の島津勢もその後についていき、もう一人若い島津の武将が十数人とその場に残り追撃してきた旗本を鉄砲で槍でと次々と殺していった。
私はゆっくりとその武将に狙いを定め引き金を引き終わると弾が発射され背中に当たったようだが怯みもせずこちらをにらみながら前面に向かい切り込んでいく。
私は恐怖にかられるより興味の方が大きくなり私は左へ向けると彼を追った。
いきなり近づいてはいかず様子を見ながら追っていくが、十数人程でしんがりをつとめ追いついてきた徳川などの兵を鉄砲の一斉射で迎え撃ち槍で突撃を繰り返し、一度などは井伊直政が鉄砲で射たれ落馬をして部下に連れ去られたり本多忠勝も馬を射たれ追撃を断念している。
上石津の手前で島津本体と離れた武将と部下二人は道を外れていき私は慎重に後を追って森へ入り寺の前で休んえでいた武将を見つけると馬を降りて火をつけたままの鉄砲を構えて茂みから出ていった。
兜を脱いだ武将は私を見ると、
「ようやく来たな小僧、わしを狙い撃ちにしてその後間隔を開けたまま熊を狙う猟師のようについてきおって、待たせるなこっちへこい。」
そう言われ部下も手を出すなと言われているのか横で待っている。
私は少し考えてから火縄を消し木に鉄砲を立て掛けると赤い鎧をきた武将のもとへ向かい一礼すると、
「徳川家旗本松平家国が家臣松平信忠」
そう言うと武将は頷き、
「島津義弘が家臣の島津豊久」
そう言うと苦しそうな顔をしており命もそう長くなはないと思っていると部下から水を所望され竹の水筒を渡す。
水を飲むと豊久は、
「すまないがわしの首の代わりにねがいを聞いてくれぬか」
そう言われ頷くと、横にいる家臣を見て
「わしの家臣、名寄利光と丸和家茂わしが死んだ後義弘公の元に連れていってくれ」
そう言われ、
「わかりました。しかしそのままでは不味いので現地で雇った私の家臣と言うことにしておいてください。」
そう言うと豊久は頷き二人に、
「その方らの忠嬉しく思う最後までついてきてくれわしはしあわせだ。この後は信忠殿に仕え命を拾え、決して粗末にするな。」
そう言うと二人は泣き出し「必ずや」と言いながら私に臣下の礼をとる。豊久は二人を下がらせると難しい顔をして悩みながらも決めたのか話始める。
「誰にも話してはいないのだがわしには十歳になる娘と、去年生まれたばかりの息子がいると言うことを三成が挙兵した日に遊廓の馴染みの女郎からこの書状が来て知らされたのだ。生きて帰ることは叶わないが任せる。」
そう言われ仮名で書かれた手紙を見て頷く。
「それと義弘公が無事ついたか見届けてくれ、これは頂いた兼光だこれが礼になるかわからんがこれを見せれば義弘公も気がつかれよう。」
そう言いながら腰に差していた太刀を私に差し出し、私は両手で受け取った。
両手で受け取ったそれは自分の腰に差したものとは違う。
私は自分のと入れ換えて腰に兼光を差すと、
「私のちからの及ぶ限りそれらの事を進めていきたいと思います。」
そう言うと頷き、
「介錯を頼む。」
そう豊久は言うと首を垂れ私は兼光を抜くと「南無」そう言いながら太刀を降り下ろした。
家康の本陣に戻ると首実検が始まり私は豊久と共に文官である本多正純に申告を行い長く並んでいる列に並ぶ。
関ヶ原にある古い寺で行われておりようやく呼び出され寺の門をくぐる。
私は髪をすいて臼化粧を施した豊久の首を家康の前に進み出て差し出す。
正純と忠勝そして家康が待っており正純が、
「松平家国が家臣松平信忠、島津豊久が首」
そう言うと家康は、
「あの島津のつわものか、信忠その方は本陣に切り込んできた島津勢を豊久を撃ち退けたなわしが立ち上がり太刀を抜いた時に」
私は頷き、
「豊久の腹を撃ち抜きましたがそのまま戦い抜けました。忠勝殿の馬を撃ち抜いてさらに戦い続けそして倒れました。」
忠勝は頷き、家康も頷く。
「その方の兄が亡くなったと聞く、父もその直前で亡くなったそうだな、そして何より旗本が慌てて本陣を空けてしまっていたのをその方は冷静にとどまった。」
家康は正純に促すと、
「松平信忠、家を継ぐ事をゆるし俸禄を五千石とする。そして直家として仕えることしばらくは家国の付家老とする。そして金を与える。」
そう破格の物を貰うこととなり感謝をしながら金をもらい私の首実検は終わった。
本陣が大谷吉継の本陣後に移動を終えると裏切りをおこなった小早川や脇坂、朽木、赤座、小川を引き出し三成が居城の佐和山を攻めるように申し付け田中や負傷した井伊そして私に軍監を家康は指示をすると、主の家国と合流できずに小早川秀秋の横に馬を進め佐和山へと向かった。
私の後ろには利光と家茂が従い、利光は主であった豊久の鎧櫃を背負従う。
小早川秀秋は私と同い年の18才であり本来は大名として前途洋々としているはずだが、裏切りの重圧か大谷吉継の怨念か昼間から酒をのみ井伊を苦々しくさせている。
私は、
「小早川殿、そんなに気にやむ必要もありますまい裏切ったとしても処罰されるがここで功を上げれば大丈夫でしょうし、大谷の事は気にしなくてもよかろう三成が仕出かしたことなのだから恨むなら三成か自分を恨めばいいと。」
そう言うと大谷の所でビクッとなり私の顔を見る。
「大丈夫、無事に責務を果たすことさえ考えればよろしいかと」
そう言うと下を向いてしまい傷の深さを見せてしまっている。
琵琶湖に出て京へとの街道を進むと佐和山が見えてきて総勢二万の大軍をもってしても主不在の城は落とされるのを拒んでいるように美しい姿を見せる。
小早川、脇坂、朽木、赤座、小川は城を囲むといきなり総攻撃を始め、ここで我ら軍監にけちをつけられないようにと必死であり犠牲をかいりみることもせず城に取りついていく。
これならば時間の問題かと同じ軍監の田中と見ていると城内から喚声があがり次々と小早川勢を追い返して撤退の指示を小早川の家老である稲葉が指示した。
思った以上の手痛い反撃であり今日は一旦兵を引き明日再度総攻撃をすると言うことが決まった。
三成の兄である正澄が降伏をしたいと小早川を追い落とした家康の旧臣である津田清幽を使者に送り込んできて降伏交渉に入った。
井伊は清幽に好意的であり正澄の自刃、開城とひきかえに他の一族、城兵、婦女子を助命するという条件で降伏を認めると伝え、私と田中も同意する。
清幽は感謝をしながら佐和山へ戻り、明日の開城に備えることになった。
私は農家の一室で利光と家茂と共に休んでいると朝方不意に喚声があがり、
「城内の裏切りにより軍監の田中勢佐和山へ突入しました。」
そう言われ直ぐに前線に出ると井伊が立っており、
「吉政め好機とはいえやられたわ、これで清幽に違約を責められるわ、信忠後は頼む」
そう言うと本陣へと戻っていき、私は城門前まで来ると清幽が三成の三男佐吉をはじめとする生き残った者連れて脱出してきたところに出くわした。
私を見つけると清幽は怒りの顔で私に近づき、
「信忠殿、これはどう言うことであろうか降伏を決めたのに攻め入るとは違約ではないか」
そう言われ私は、
「確かにその方とは約束はしたが田中が別の者とも結んでいたようだ、そちらの方が行動が早かったと言うことだけだ。清幽殿がよければ命乞いをすればよかろうどうする。」
そう言われ顔をさらに赤くしたが、
「よろしく頼む、残ったものだけでも助命してもらいたい」
そう言うので農家に入れ利光と家茂に監視を任せると後ろから来る家康の本陣へと向かった。
到着して正純に家康への面会を求め直ぐに通されると家康は懐かしい顔で津田を迎え入れる。
「清幽よ三成への斡旋以来だな、佐和山から来たというがどう言うことだ。」
そう聞くと田中吉政が違約をして降伏するはずの佐和山を攻め三成の三男である佐吉以外を殺してしまった。それについて家康になじり始め家康も頷き私に、
「信忠よ清幽の申し出如何かな、戦いはそのときの状況で変わるものましてや吉政は佐和山を落としたしな。」
そう言われ、
「ごもっともなことですしかし違約もまた事実、なので清幽をつれてきたのでございます。」
そう言うと家康は、
「佐吉は高野山に向かわせろ、清幽残りの少年11人に仕官の口利きを斡旋するように、しばらくは信忠の預かりとする。良いな信忠」
そう言われ二人で礼をのべると佐和山へと戻り、井伊に報告の後利光と家茂に面倒を見させ、大垣城を落とすために井伊と共に包囲軍に合流するため向かった。
大垣城は西軍の総司令が置かれていたところで士気も高く攻めあぐんでいるようだった。
私は父の親友である水野勝成の陣へ一人訪れると猛将といっても過言ではない勝成が嬉しそうな顔で迎えてくれ、
「父の事そして兄の事は残念であったがお前があの島津を撃ち取るという快挙を成し遂げたと聞いて要領だけは相変わらずだなと思ったぞ、どうぜタイミングよく鉄砲の引き金を引いたら目の前に猪が走ってきて当たったと言うことであろう。」
そう豪快に笑いながら私の肩をその分厚い手のひらで叩き悲鳴をあげたくなるのを我慢しながら頷き、
「それは否定できませんね、それと当たったのですがそれをへとも思わず走り去ってしまったのを慌てて追いかけただけですから。」
そう言うと何度も頷き、
「しかしいきなり千石から五千石とは、わしらが必死に島津を追い回していた頃本陣前で高みの見物をしてそれが認められたのは強運だな。これでわしとおなじ直臣であり父も喜んでおろう。」
そう嬉しそうに答え私は、
「勝成殿も西軍の誘いを蹴り父上が暗殺され刈谷三万石を継がれたと、これで勝成殿も本領発揮ですね。所で当然大垣城を攻める算段は終わっているのでしょう。」
ニヤリと私を見ながら、
「秋月に内応の約束をさせたからもうしばらくすれば結果も出よう。」
そう笑いながら食事をして大垣城を見上げた。
自分達の本陣にしている農家に戻り堀尾や津軽勢が攻撃を続けており後方から井伊勢が督戦をかけており猛攻撃をしていたが反撃が手痛く繰り返され落ちるとは思えなかった。
それから1週間ほどたったのだがどうやら三の丸の九州勢はこちらに寝返る約束をしたのだが、本丸と二の丸は関ヶ原の敗北を知ったはずだが後がないのにまだまだやる気があるようで気勢をあげている。
勝成からの呼び出しに本陣へと向かうと苦笑した顔で、
「秋月の奴等は二の丸と本丸を気にしてなかなか実行できんらしい、信忠何か策はあるか」
そう聞かれ城を見ながら、
「まだまだやる気があるなら宴会でも開いて討ち取り二の丸を落とせば本丸は降伏するでしょう。」
そう言うと、
「腹黒さは父親譲りだな、よかろうあれだけやる気なのだからのってくるな」
そう笑いながら言うと勝成は連絡を取るために出ていった。
その夜に二の丸で罵声があがり争う声と井伊勢等が次々と大垣城に突入していく。
本丸はそれでも立てこもっているらしく井伊が悩ましい顔で本丸を見上げて、
「信忠、家康公に報告を頼む、もうしばらくかかるとな」
私は一礼すると皆を率いて大津へと行っているであろう家康の本陣へと向かった。
琵琶湖を南下してもう少しで大津と思っていると先触れで別動隊を率いて中仙道を進んできた徳川秀忠の軍が急いで進むので前をどけと言うことで蹴散らして進んでおり、面倒なことはごめんだと思いながら道を譲ることにする。
私は軍を避け茶屋があったのでそこで休むことにして婆さんに茶と食べ物を人数分頼み急ぎ街道を進んでくる秀忠勢を見つめる。
強行軍できたらしく関ヶ原では参戦していないはずなのにボロボロであり大分脱落しているようで大将である秀忠の焦りが見えてくるようだった。
秀忠の本隊が通過するので皆に頭を下げさせ私も片膝をついて眺めていると、焦っている秀忠と表情を顔に出さない本多正信そして軍監で疲れた顔をしているが前を見ている榊原康政が進んできており私を康政が見つけ首をこちらにふり後で来いというしぐさをしている。
私は頷き通りすぎた後ゆっくりお茶お終わらせ大津へと向かった。
大津では兵であふれかえっており、私は離れたところの農家を借りて宿とし報告のため家康の元へ向かう。
途中噂で今回の秀忠の遅参は正信が指示したものと言うことが出回っており、秀忠のやりそうなことだと思いながら本陣で正純に報告のための面会を求めた。
茶室に珍しく通され数日中には大垣を明け渡し井伊殿もこちらへ向かうことを報告すると、家康は苦々しげに
「秀忠め正信に責を押し付けようと噂を流すとは相変わらず陰険だとは思わないか信忠」
そう言われ、
「今回の遅参は狸親父にはめられましたな、しかし殿もあまり宛にしてはいないような真田の狸に餌を与えたということでしょうか。」
そう言うと目を細目、
「まあいい、しばらくは会わんこれで何かを得ればいいが」
私は首をふり、
「思慮深く見えて感情で暴発でしょう、しばらくはおとなしくしていますが秀忠殿は」
そう言うと手をふられ退室した。
しばらく歩くと康政が待っており、
「上様は秀忠殿には会わないと言うことだがかなり不味い状況か信忠」
そう聞かれ、苦手な人なんだよなと思いながら、
「ここで会っても双方よい方向にはなりますまい、しばらく会わなければ家康公も息子の事について私的な感情は挟まず対応しているということで、秀忠殿は謝り倒し許してもらえると言うことが少しはよいことかと思います。」
そう言うと、
「しばらくすればか、わかったその時は秀忠殿の所に一緒に来てほしいわかったな」
そう言われ頷くしかなかった。
翌日朝早くに正純から呼び出され
「昨日と一昨日に三成と小西が捕らえられこちらに向かっているので正門に連れていき待たせる手はずを。」
そう言われ、急ぎゴザ等を敷いたりして竹中と田中からそれぞれ小西と三成を受け取り座らせ利光と家茂に監視役として横に立たせた。
小西は憔悴しきっており、三成はお腹を下しておりかなりきつそうな顔をしていると次々と東軍の諸侯が次々とやって来る。
まずは福島正則であり三成とは犬猿の中であり一方的に福島が三成をなじり始める。まあよくもと思うくらいの恨み辛みであり、私を呆れさせ黒田長政が到着するとようやく終わり先へと向かっていく。
長政はどうかと思っていると三成に労りの言葉をかけており、その後の浅野幸長も同じように労りの声をかけている。
ようやく一息ついて城外に目を向けるとそこには佐和山を落としようやく落ち着いたように見えた小早川秀秋がこちらへ向かっており、城門を潜りながら三成を見てみないようにして進もうとしたときに小西が「秀秋か」と呟くと三成が顔をあげて怒りの目付きで、
「中納言、何を考えれば我らの前に出てこられたか一族として最後に裏切り太閤殿下にどのつらさげて会うと言われるか、先に太閤殿下に会い申し伝えておくぞ。」
そう言うと秀秋は悲鳴をあげて逃げていく。私は腰から水筒を外して水を飲ませると三成は、
「すまない冷静さをかいてお見苦しいところを見せた。」
そう言うので、
「気にしておりません、まあ中納言もあの精神状態だと長くはないと思いますが」
そう言うと少し笑いまた目を閉じると静かに座り続けた。
翌日に正純に呼ばれ軍監として水口城にたてこもる長束正家を池田輝政と共に攻めよと言われ与力二千と共に向かうことになり準備をしていると、康政が来いと家康の前に連れていかれてしまう。
「信忠、康政からの申し出どう思うか」
そう家康から言われ横には静かに目をつぶる正信が座っておりなかなか返答に困るが、
「諸大名の配置変えが有りますので長引かせても、主要な西軍の大将は捕まり長束も数日後には、」
そう言うと康政も頷く、家康が
「正信、信忠の事も一理ある毛利や上杉のこともあるどうだ」
そうふると正信はゆっくりと目を開き、
「我らは遅参したみお任せいたします。」
そう言うと家康は頷き、
「信忠、使者としてでむけ、ただしだぞ」
そう念をおされ秀忠に私が使者となり面会を許可することを伝えに康政と共に向かった。
秀忠の前に座り憔悴しきった秀忠に、
「お待たせいたしました上様がお会いになります。しかしお気をつけ下さい」
そう言うと嬉しそうにした秀忠が訝しげに、
「信忠、何を気をつけるのだ何を」
そう親孝行の息子の顔から本来の感情的な闇の部分がかいまみえる。私は、
「その顔でございます。秀忠殿は隠していると孝行息子としての顔でしかし上様は知っておられます。それをお気をつけください。」
そう言うと私は兵を率いて水口城へと向かった。
私は秀忠のあの隠された顔は良い意味でも悪い意味でも家康に似ており、感情的な起伏を押さえられなければ家康がいなくなった後大変なことになると思いながら水口城へと到着する。
池田と稲葉勢が包囲を開始して輝政がやって来る。
「松平殿、どうされますか」
そう言われ長束の妻は忠勝の妹と思いだし、
「信忠でいいです。急がず交渉しましょう上様が今日に入るまでもうしばらくありましょう」
そう言いながら大阪にいる毛利輝元を自国へ戻す交渉をしており籠城されれば豊臣家家臣である諸大名がどういう動きをするかと言うことになり、避けなければならないと思いながら交渉を任せると私は最近江戸の遊廓で雇った初老の小太郎に、
「そうそう島津義弘の足取りはどうかな」
そう言うと孝行爺のような顔で、
「大和に向かわれております。兵糧もつきており80人程でしょうかかなり厳しい状況であります。」
そう言われ腰の兼光を撫でながら、
「すまないが知り合いの寺に誘導してくれ、金は」
そう関ヶ原でもらった恩賞を渡して小太郎は頷くと消えていった。
私は数日様子を見て長束がどうやら開城に同意したと言うことで、忠勝の妹が無事に送り届けられると思いながらその様子を本陣から見守った。
長束と数人が出てくると池田勢が不意に取囲み捕縛してしまう。そのまま輝政と共に連れてこられると、
「徳川は約束をも違えるのか、明け渡せば本領の安堵を約束したというのに」
そう言われ輝政を見てから、
「それはそれは、逆の立場ならそんな甘い話はまずあり得ないとわかっているでしょう、なのでおとなしく五条河原に首をさらしてください。」
そう言うとうなだれ大人しく京へと連れていかれた。
長束の妻であり忠勝の妹の栄子は妊娠をしており苦しそうな顔で座り込んでおり私は、
「その子の事は考えよう」
そう言うと輿を簡単につくると京へと向かった。




