性善説と性悪説と尊い事と
Ai を創作には使用はしないが、大っぴらに人に言えない事や、知識を得る為に利用している。
先日タイトルの通り、性善説と性悪説を解説してもらった。
孟子と荀子と告子。
考え方は、告子に近いけど敢えて荀子の性悪説を推したい。
孟子の性善説、それは美しいものだけど。
人は生まれ持って善性を備えてるのではなく、善性に憧れているのではないか?
これが私の持論。
人は欲望に流されやすい。善い行いは素晴らしいと思う。
でもね……、私は思う。
誰にも知られず、バカ正直に生きる。
バレる事もないのにズルをしない。
欲はあるけども、自分の理性で欲望を押さえ込む。または、欲に負けてしまった自分を恥じる。
それは善い行いをした事と、同じくらい凄い事なんじゃないかって。
性悪説派の私は、そんな人が好きだ。
悪を悪と知り、悩み苦しみ、実直に。誠実に。葛藤しながら、揺れ惑いながら。
誘惑に顔を背けて。
そんな人が報われるといい。
ワールドカップで、話題になるゴミの清掃。素晴らしいことだと思う。
日本は、落とした財布が返ってくる確率が高いらしい。
比べる類いのものではないけれど、これはもっと誇っていいのでは?
欲に耐え。
ズルをせず。
自分自身に恥じない生き方。
なかなか出来ないからこそ、それは尊いと思う。
……と、こずるい自分は思ったのでした。なんか、いつもと違っていい話が出来た気がする!
別サイトの自分の記事から転載、加筆。




