第1話 焼けた契約書の告発
王立文書院の修復室で、私は半分だけ焼けた穀物納入契約書を前に立っていた。
王都飢饉対策倉庫向け、冬季第一便。王家の朱印つき。三十二歳の宮廷文書修復官である私、クラウディア・ヴァイスが先月まで管理していた原本だと、誰もが信じている紙だった。
「火事の前に最後に触ったのは、お義姉様だそうです」
二十八歳の義妹ミレイユが、いかにも胸を痛めた顔で言う。淡い香粉をまとった指先が、焼け焦げた端をそっとなぞった。私はその瞬間に顔をしかめた。焦げた紙からは煤の匂いではなく、後づけの油煙と香油の混じった甘さがした。
隣では三十四歳の婚約者フェリクス・ハルトが、契約局次席らしい冷えた表情で腕を組んでいる。
「クラウディア。君の杜撰な管理で重要契約が損なわれた。修復官としても、婚約者としても、弁明は聞きにくい状況だ」
「弁明ではなく、確認ならできます」
私は手袋をはめ、契約書を持ち上げた。焦げ跡は上辺にだけ均一についているのに、綴じ直しの麻糸は真新しい。しかも王家の朱印は、熱で溶けたにしては流れ方が逆だった。
「この紙は、燃えてから綴じ直されています。原本なら焦げの下に旧糸が残るはずです。でもありません」
修復室がざわつく。私は続けた。
「それに封蝋の縁が不自然です。火災で溶けたなら灰が噛みますが、これは温め直して押し直している。誰かが一行か二行、都合の悪い文面を抜いたあとで焼いたんです」
ミレイユが唇を震わせた。
「そんな、わたくしはただ、焦げた契約書を見つけて……」
「香油のついた手で触れば、修復痕は隠せると思ったの?」
フェリクスの目が細くなる。図星だったのだろう。だが文書院長はため息をつき、私の胸元の鍵章に手を伸ばした。
「真偽が判明するまで、クラウディア・ヴァイスを文書管理業務から外す」
金属が外れる乾いた音が、思ったより大きかった。十二年守ってきた書庫の鍵が、私の手から離れる。
私は契約書を机に戻し、まっすぐフェリクスを見た。
「誰が何を消したかったのか、必ず直して読みます」
彼は何も答えなかった。ただ、私を修復室から追い出すための扉だけを開けた。




