42_桜花爛漫
「……ったく、こんな朝っぱらから招集などと。
今日は決戦の日だというのに、ケチを付けおって……。」
ジサンジ帝国・南部遠征軍の司令官の任に就いているメイロンは、報告を聞くなりそう愚痴を吐いた。
四十代の人族男性である彼は、軍人らしい恰幅の良い体型をしており、その眼光は周りの全てのヒトを見下したような印象を与えている。
報告された内容は、昨夜の内に、カダー王国に入ってから捕えた女数名が逃げ出したという事。
またその際、司令部付きとして従軍させていた宮廷魔術師クラスの魔術師二名が殺害された事であった。
ジサンジ南部遠征軍は、数日間カダー王国の防衛陣地と睨み合いを続けていたのだが、焦れていよいよ我慢の限界を迎えたメイロンの指示に従い、本日、カダー軍と激突する予定でいた。
ジサンジ側の兵士は三万、防衛陣地を作っているとはいえ、目に見えるカダー軍は一万に届くかどうか。
兵の数に物を言わせれば、突破出来ない陣ではないように見えるのであった。
そんな大事な日の起き抜けにつまらない報告を上げられたため、メイロンの機嫌は悪くなっていた。
「女共の事などどうでも良いが、魔術師の方は割と有能な者達だっただけに、痛いですな。」
「フンッ!
大方、女共にちょっかいを出そうとして、下手を打ったのであろうよ。
そんな輩など居なくても同じだ。
どの道、万人規模の戦争を左右する程の事では無い。」
配下の言葉に、メイロンは悪態で返した。
彼の言う通り、魔術師二人程度では戦場を左右する事など出来はしない。
しかし、仮に戦況が悪化し、敵が司令部に肉薄するような場面となれば、魔術師は非常に心強い存在となるのだ。
メイロンもその事は分かっている。
そのため、「居なくても同じ」との台詞は、彼なりの強がりであった。
「女共に関しては、もしかすると下位兵共か連れて行ったのやも知れませんな。」
「散々甚振ってやったのだ、今更どうなっても構わないが、軍規を乱すのは困りものだな。
この戦いが終わったらシメておくとしよう。」
司令官とその部下の貴族達が下世話な会話を続けるのを、憮然とした表情で見ている者も居た。
司令部の中では一番年若く、まだ二十代のンドゥである。
(軍規を気にするならば、途中の村々での下位兵の好き勝手な行動をこそ止めるべきであろうが!
……と言ったところで相手にもされんか。)
元々が真面目な性格の彼は、途中の村々での自軍の非道な行いにも忸怩たる思いがあった。
しかし、どうせ言ったところで、自分のような若造の言葉など聞き入れてくれるような司令官ではないし、他の貴族も同様である。
多勢に無勢で、今後の立場が悪くなる事を危惧した彼は、ただ黙って司令官らの行いを見守る事しかできなかった。
ザワ……ザワ……
(……ん?
外が騒がしいな。)
司令官達の話など聞いていなかったためであろう、ンドゥは司令部として構えたテントの周囲の兵達が騒がしい事に気付いた。
「失礼いたします。
外が騒がしいようなので、見て参ります。」
「ん?ああ、構わんぞ。行って来い。」
司令官メイロンに声を掛けたンドゥは、司令部を出て兵士に何事かあったのか尋ねるのだった。
──結果的に、ンドゥのこの行動が彼の運命を変える事になるとは、司令部に居た誰も、本人すらまだ知らなかった。
**********
時間は少しだけ遡り、メイロン達が司令部に集まった頃。
帝国軍左翼の岩場近くに展開する兵達が、最初にソレに気付いた。
ソレは部隊に一番近い岩壁の中腹辺りにいつの間にか立っていた。
ソレは揃いの白い衣を纏い、頭にもフードかヴェールのような衣を被ったヒトであった。
遠目で衣の色も同じであったため数え難かったが、後に証言を集めると人影は七人分あったという証言が一番有力である。
その集団はキラキラと不規則に発光を繰り返し、兵士達の注目を集めようとしている様子であった。
「我は告げる。
汝達の非道な行ないは我らの目に余るものである。
直ちに兵を引き上げ、彼の地で慰霊を行え。
させらば此度の一件について、現世ですぐさま報いを与える事だけは免じるものとする。
繰り返す──」
やがて、白い衣の集団の方から帝国軍を非難する内容の言葉が響き渡った。
兵士達が不思議に思ったのは、それは女性の声音で大声を張り上げてる様子でも無いのに、離れた崖の中腹から兵士達の耳に届いた点である。
後の調べでは、その声が聞こえた範囲は、左翼部隊を中心にジサンジ軍の三分の一に及んだという。
しかし、ここへ来るまで苦戦すら経験していない、血気盛んな兵士達にとって、この非難は受け入れ難いものであった。
例えそれが神仏かその使いの疑いがある存在であったとしても、素直にそれを受け入れる気にはならない。
「黙れ!
女子供が口を挟むな!」
「文句があるなら降りて来い!
そのツラを拝んでやる!」
「その✕✕✕を✕✕✕して✕✕✕してやるぞ!」
戦場に臨む者達である、その口調は粗野そのものであり、煽る言葉も侮辱にしてもスラングが強めの意味不明なものとなっていった。
そんな罵倒を浴びながらも、淡々と同じ言葉を繰り返す白い衣の集団に焦れたのか、ジサンジ軍の一人が遂に矢を放った。
ヒュッ……、カクッ!
「はぁっ?!」
しかしその矢は集団の手前で軌道を折れて、ほぼ直角に崖下に墜ちていく。
「くっ、このっ!」
その男も懲りずに何度も矢を番えるが、結果は同じであった。
さらに、周りの弓兵も加勢するも、その矢は崖下に吸い込まれるばかりであった。
「ええいっ!『火球』!」
そんな仲間の様子を見ていた中に、魔術師も居た。
司令部付きとなって貴族様に取り入る程の実力も無く、立ち回りも上手くない者ではあったが、『火球』を放つ事くらいは出来る。
彼は仲間の勢いに乗って、白い衣の集団に魔術を放った。
サァッ……
「なっ?!」
しかし、その『火球』は白い衣の集団に届く前に霧散してしまった。
同じ立場の魔術師は近くにもう一人居り、その者も魔術を放つが、結局、そのどれも白い衣の集団には届かない。
ただ、白い衣の集団を拒絶する意思だけは届いたようだ。
「──相手がヒトならば、対話も可能かと思ったが、やはり無理であったか……。
ならばやむを得ない、こちらも力を行使させてもらう。」
そう告げると、白い衣の集団の中央に立つ、少し小柄に見えるヒトが両手をかざした。
直後、かざした両手の間に魔法陣が浮かび上がる。
その後も少しの間を置いて、魔法陣が一つまた一つと増えてゆく。
これは複雑な魔術を行使する際の技術の一つで、魔術の一部を魔法陣として固定し、待機させておく手法である。
高位の魔術師であれば、この魔法陣がそういった意味のものである事が分かったかも知れない。
しかし、この場に居る帝国軍の中には、先程『火球』を放った魔術師も含め、これを理解できる者は一人も居なかった。
やがて、帝国軍の見守る中、魔術詠唱は終わり、術者は魔術を開放する為の言葉を告げた。
「『桜花爛漫』!」
その言葉が告げられた次の瞬間、術者のかざした両手から白く輝く無數の幹が、空に向かって一斉に伸びてゆく。
その幹は帝国軍が見上げる空の半分を埋め尽くす様に、枝分かれしながら伸びてゆき、遂に青空の半分を食い尽くした。
「なんだよ……あれ……?」
仲間の誰かが呆然と呟く声が聞こえるが、帝国軍の誰もその答えを知っている者は居らず、沈黙だけが返ってくる。
そんな様子にはお構いなしに、成長を止めた幹はその先端に淡く輝く球体を生み出し始めた。
淡く光る球体は、ある大きさになると一斉に爆ぜて、内側からより強く輝く球体が現れる。
爆ぜた外側の殻に当たる部分は、白くヒラヒラと舞い散り帝国軍の兵士達に降り注いだ。
その様は、クローの前世世界にあった桜という植物が花弁を舞い散らせる光景に酷似していた。
「……なんなんだ、これ?」
「お、おい!止めろって!」
好奇心に駆られた一人の帝国兵が、周りの静止も聞かずに、舞い散る花弁の一枚に手を伸ばす。
ボッ!!
花弁に触れた刹那、数日前に村人を手に掛けたその掌が、爆ぜた。
「っ?!ぅギャアァァァァァァァッ!」
「うあぁぁぁぁぁぁっ?!」
その悲鳴を皮切りに、花弁が降り注ぐ範囲内に居た帝国兵達から悲鳴が上がり始める。
ある者は腹が爆ぜ、内臓を撒き散らした。
ある者は頭を半分失い、脳漿を撒き散らしながらフラフラと仲間に歩み寄り、瞬きも悲鳴を出す事もできずにいた仲間の目の前でパタリと力尽きた。
ある者は四肢のうち三つが不虞となり、呻きながら残った片腕で地を這った。
ある者は顔面が潰れ、それでも直ちに命に別状ないため、その状態で阿鼻叫喚の中を手探りで進んでいた。
各所で地獄模様を生み出した花弁ではあったが、結果的にそれが原因で命を落とした者は、帝国軍三万の兵の内、僅か数十名であった。
そのため、この事自体が帝国軍全体の動きに影響を与える事は無かった。
しかし、蜘蛛の子を散らす様に逃げ出したすことに成功した兵は、大樹の白い幹に変化が起きた事に気付いた。
花弁を全て散らした幹から順に、枝先に灯る光を根本に還す様に縮小し始めたのである。
やがて、空半分を覆った大樹は消え失せ、その光の全ては、根本にあたる白い衣の人物のかざす手の先に収縮した。
「……ヤバい、何だあれ?」
「光の……剣、か……?」
帝国軍の幾人かが呟くように、眩く輝くその光は、剣の形を模していた。
白い衣の人物は、その光の剣の柄に手を掛け、剣を掲げた体勢になる。
「マズい、に、逃げろっ!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!」
再び逃げ惑う帝国兵に構わず、その人物は光の剣を振り下ろした。
ゴオッ!!
剣が振り下ろされるのと同時に、帝国兵の頭上を凄まじい光の奔流が駆け抜けていった。




