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これを独壇場と言うに違いないと、フェリクス殿下が語るそのさまを見て、私は思った。
「儀式の時に、上位精霊からの接触があったというのは本当だったのですね……殿下」
信じられないという顔をするお父様。
「多くの目撃者が居るからね。前代未聞のことで、それだけでも騒ぎになったのに、次の儀式では属性が変わったんだ。それも上位精霊からの接触後に。上位精霊についてはほとんど分かっていないから、何があってもおかしくないよね」
曰く、上位精霊に触れられたことにより、属性が変わったのではないか。
よく分かっていないことを良いことに、法螺話を吹き込んでいくフェリクス殿下。
『この男、罪悪感の欠片もなさそうだぞ』
むしろ絶好調というか、本領発揮とばかりに王子様オーラを振り撒いていた。
前代未聞、魔術界隈でも騒がれているなどと不安を煽りに煽った後、一言。
「大丈夫。何があっても王家がレイラを守る」
そんな心強い一言を口にして、両親を安心させるように微笑んだ。
「殿下がそう仰ってくださるなんて、娘は幸せ者です。私どもには手が出せないことも多く、殿下が娘を気にかけてくださるなら、何も心配することはありません」
「ご迷惑をおかけすることも多いかと存じますが、うちの娘をよろしくお願いします……」
お父様とお母様が感激するように頭を垂れている中、後ろの方……簡易ベッドの辺りからバサバサっと物音が聞こえてきた。
「ちっ、起きてきたか」
『もう一度寝かせるか? ご主人』
お父様、殿下に聞こえてますよ!?
それからルナ!? 物騒だから!
それぞれの思惑を他所に、ズンズンと歩いてくるお兄様の目は死んでいた。
……え? 死んでいた?
お兄様は、その場に膝をつくと絶望したと言わんばかりに天井を仰いだ。
息子の突然の奇行に腰を浮かせかけた両親をフェリクス殿下が手で制すると。
「話は……聞いて、聞こえていました!! レイラが聖女に……聖女になったと……!」
『ほとんど聞こえてないではないか』
ルナの無情なツッコミ。確かに、私が聖女になった話ではないので、ルナが正しい。
「神よ……! レイラは王家に嫁ぐことが決定してしまった……! ああ、でも他に方法など……僕には力が……力がないのです!!」
何を言っているのか分からない。
首を傾げる私たちにフェリクス殿下は何故か頷いていた。
「そうだね。運命は無情だ。こうなってしまったら、彼女を守るためにも王家に嫁ぐしかないよね。権力的に王家に逆らえる者はほとんど居ないから。メルヴィン殿は、権力者が妹さんに目を付けて酷い目に遭わされるのではないかと、気が気でないんだよね」
何でフェリクス殿下はお兄様と意思疎通出来ているのだろうか。
『何がどうしてそうなった』
ルナが一言。
確かに……。フェリクス殿下の中では自動で翻訳されているのかも……?
若干涙目のお兄様がコクリコクリと頷いている中、フェリクス殿下は続ける。
「彼女は上位精霊に見初められた。彼女が特別な存在であるということが証明されたも同然なんだよね」
「そうなんです! 僕のレイラは! 僕のレイラは!! あああああ」
『ほとんど口が聞けてないではないか』
支離滅裂というか滅茶苦茶なお兄様。
「メルヴィン殿は妹の身の危険を案じた結果、王家に嫁がせるのが最善だと判断したんだね。自らの想いと関係なく、妹のためを思って」
『ちなみに、だ。一番身の危険を感じる相手はそなただぞ、兄』
ルナが二人に聞こえないからと、お兄様に毒舌を吐いた。
私はとりあえず聞かなかったことにした。
うん。突っ込んだら負けなんだと思う。
ルナの暴言が聞こえないお兄様は、殿下に己の思いの丈をぶつけている。
「妹が遠い存在になってしまうのは悲しいですが、僕は……レイラが健やかに暮らしていて欲しいんです。殿下と本格的な婚約をさせるしか……」
「兄の鑑だね。そうやって心配してくれる家族が居るのは幸せだと私も思うよ」
フェリクス殿下は目を細めて答えている。
良い話風に持っていっているが、ちょっと待って欲しい。
え? 今更?
「婚約の話とか随分前に決まっていましたけど?」という空気が私たちの間に流れる。
お兄様以外の意見が一致した瞬間だった。
本格的な婚約も何も、既に婚約済みである。
お父様もお母様もお兄様に何か言いたげな顔をしていたが、殿下の手前グッと堪えていた。
「ありとあらゆる方法を考えたのです。夜会で信用できそうな貴族も探してみましたが、逆に怪しい者を見つける始末。細かな条件に引っかかり、僕ではレイラを守れないという結論を得たのです。あっ、殿下。怪しい者リストを作ってみました。何かに使えると思いますのでどうぞ。友好的に酒を共にしたら吐きました。酒を飲ませるまでが大変でしたが。証拠の記録魔具はこちらに」
フェリクス殿下にサッと冊子と、何か箱のようなものをお兄様は渡していた。
「これはご丁寧に。凄いな……決定的な証拠だけが見つからなくてヤキモキしていた者たちばかりじゃないか。こちらも手を焼いていたから助かるよ、メルヴィン殿」
話が脱線し、しばらく政治的な話が続き。
「君たちみたいな仲の良い兄妹の仲を割くつもりはないんだ。辛いだろうに、よく決断してくれた。今まで通り、こちらで配慮出来ることがあればしようと思う」
「殿下……! 貴方って方は……!! 僕の気持ちを分かってくださっただけでなく……!! うああぁ!!」
『何だ、この茶番は』
ルナは呆れ。
「その手腕を持ちながら何故、うちの息子は……。それにしても、……あのメルヴィンと会話が成立している……だと……!?」
お父様は嘆いたり、戦いたりしていて。
「レイラは良い結婚相手を見つけたわね……。運命の恋……良い響きだわ……小説みたいだわ……!」
お母様は感動していた。
ちなみに、お母様は『淑女の友』愛読者である。




