エピローグ
春だった。
王都の街路へ、
柔らかな風が吹いている。
空は青い。
ただ、
それだけの空。
巨大魔法陣も。
裂けた観客席も。
世界を覆っていた拍手も、
もう存在しない。
朝になれば日が昇り、
夜になれば暗くなる。
雨が降る日もある。
何も起きない日もある。
王都は、
静かだった。
花屋の少女は、
少し大人になっていた。
店先へ花を並べながら、
客と笑い合っている。
今日のおすすめは、
春咲きの白い花らしい。
漁師は、
港で網を修理していた。
大漁の日もあれば、
全然駄目な日もある。
それでも、
海へ出る。
学生たちは、
未来へ悩み続けている。
夢を選ぶ者。
迷う者。
諦める者。
遠回りする者。
誰にも、
正解は分からない。
だから皆、
自分で決めるしかない。
失敗する人がいる。
泣く人がいる。
恋をする人がいる。
別れる人がいる。
許せない人もいる。
許したい人もいる。
英雄はいない。
主人公もいない。
世界を救う戦いも、
もうない。
けれど。
確かに、
人々は生きていた。
王都の丘。
レオノーラ・ヴァレンシュタインは、
静かな街を見下ろしていた。
風が吹く。
演出のない風。
ただの、
春の風。
隣には、
ミレイユがいる。
彼女は空を見上げ、
小さく笑った。
「平和だね」
レオノーラも、
静かに頷く。
「ええ」
少し間を置いて。
「退屈なくらいに」
二人は、
小さく笑い合った。
昔なら。
この静けさは、
“盛り上がりが足りない”と
否定されていたかもしれない。
けれど今は違う。
誰にも見られていない。
誰にも評価されていない。
だからこそ。
この日常は、
誰のものでもない。
自分たちの人生だった。
空にはもう、
文字は浮かばない。
拍手も聞こえない。
ただ。
世界は、
静かに続いていく。
誰かが生まれ。
誰かが老い。
誰かが笑い。
誰かが泣く。
意味がある日も。
意味が分からない日も。
それでも。
人生は続いていく。
レオノーラは、
穏やかな空を見上げた。
もう、
誰も物語を書いていない。
だから。
未来は、
どこまでも自由だった。
「こうして人類は、
“物語の登場人物”ではなく――」
「自分自身の人生を、
歩き始めましたの。」




