Opening 「観客席の空」
空は、裂けていた。
もはや、
雲が割れたなどという生易しいものではない。
世界そのものが、
上から引き裂かれている。
裂け目の向こうには、
夜空も、
宇宙もなかった。
そこにあるのは――
“観客席”。
どこまでも続く、
巨大な段状構造。
暗闇の中、
無数の影が並んでいる。
顔は見えない。
だが。
目だけが見えた。
無数。
無限。
底なしの視線。
その全てが、
地上を見下ろしている。
王都の人々は、
誰も言葉を失っていた。
子供が泣く。
兵士が膝をつく。
老人が震える声で祈る。
誰もが、
理解してしまった。
自分たちは、
最初から“見られていた”。
人生そのものを。
恋も。
涙も。
絶望も。
全部。
物語として。
消費されていた。
だが。
その瞬間からだった。
異変を感じ始めたのは、
人類だけではない。
観測者側もまた、
揺らぎ始める。
なぜなら。
役者が、
舞台の存在へ気づいてしまったから。
“演じさせる”ためには、
役者自身が、
それを現実だと信じていなければならない。
舞台だと理解した瞬間。
人間は、
脚本から外れ始める。
空の観客席が、
ざわめいた。
無数の感情が、
濁流みたいに流れ込んでくる。
期待。
熱狂。
好奇心。
興奮。
「最高のラストを」
その欲望が、
空気を満たしていた。
世界そのものが、
巨大な感情へ押し潰されていく。
地上では、
終末演出が限界を超え始めていた。
空裂開拡大。
裂けた空から、
光の破片が降る。
重力崩壊。
建物が浮き、
石畳が空中へ剥がれ上がる。
海面上昇。
遠方から、
津波みたいな轟音が響く。
大陸震動。
世界そのものが、
軋んでいる。
さらに。
各地で、
“英雄召喚”が暴走。
古代王。
伝説騎士。
悲劇の聖女。
神話存在。
“盛り上がるキャラクター”たちが、
次々と現界し始める。
しかも。
世界中で、
悲劇イベントが同時発生していた。
涙の別れ。
自己犠牲。
親友決裂。
恋人喪失。
絶望告白。
全部、
一斉に。
完全に、
“最終章”。
しかも最悪なのは。
人々の心まで、
物語へ引き寄せられていることだった。
「誰かを守らなきゃ」
「ここで死ねば意味がある」
「最後くらい、
格好良く――」
自己犠牲衝動が、
空気そのものへ混ざっている。
観測者たちは、
“感動的な終末”を求めていた。
だから世界が、
人類へ“美しく死ね”と囁き始めている。
王都中央塔。
崩壊していく世界を前に、
レオノーラ・ヴァレンシュタインは立っていた。
風が吹く。
裂けた空の向こうから、
無数の視線が降り注ぐ。
だが。
彼女はもう、
空を恐れなかった。
静かに、
観客席を見上げる。
理解していた。
これはもう、
世界を救う戦いではない。
魔王討伐でも。
国家存亡でも。
観測者排除でもない。
もっと根本。
もっと、
人間そのものの話。
誰かへ見せるための人生ではなく。
誰かへ評価されるための人生でもなく。
“自分で生きるための人生”を、
取り戻す戦い。
それが、
今始まろうとしていた。




