第64話 やる事がはやい村人
イダーテは護衛契約書類と村に取りに戻った小さな箱を震える手で持っていた。
サリュさんにラピスには部屋に行くと伝えてあるからそのまま部屋に入っていいと言われたけども。
怖い。
ものすごく怖い。
「ラピス様、入っていいですか?」
ノックをしてから言う。
「……いいわよ」
かちゃり、と開いたかと思えば、ラピスがいた。
白いワンピース。かわいい。
いけない、真面目になるんだ。
どっか行け煩悩。
「失礼します」
ラピスの姿を見れない。
顔を背けてしまう。
だめだ、まずは謝罪。
コンマ0秒、スピード土下座をした。
「ノックせずに部屋に入って申し訳ありませんでした!!」
顔を上げて!とラピスが叫ぶ。
「鍵をかけなかった私が悪いの!!あなたはやることが異常に早いってことも忘れてたし!!それに、その、」
ラピスが言い淀む。
「上着を……その」
「上着が何か?もしかして僕ポケットに何か変なもの入れてました!?」
ぽかん、とラピスは顔を呆けさせる。
途端に顔が赤くなる。
「やっぱりなんでもない!!」
「なんでもなくないです!!僕は今度は何をやらかしたんですか!!ラピス様!!」
「言いたくない!敬語やめて!気持ち悪い!!」
拒絶の言葉がざっくり、それはもうざっくりとイダーテに刺さる。
「やっぱ気持ち悪いですよね、僕……」
イダーテは目を真っ黒にさせ、床を見つめる。
「そうじゃなくて敬語が!!別にあなたのことは気持ち悪いとは思ってないわよ!!」
「もふらせてって言ったのに?」
「泊まらせてって無理やり入り込んだのに?」
「色々見ちゃったのに?」
ラピスはイダーテを見下ろす。
「……前者は自覚はあったのね」
「やっぱり僕、魔王城で洗脳使い探して記憶消してもらった方が」
立ち上がって出て行こうとするイダーテの腕を引っ張る。
「馬鹿なの死にに行くつもり!?そこまで気にしてないわよ!!」
ラピスの顔が見えた。
泣いてる。
「じょ、冗談……」
「サイハテジョークは笑えないのよ!!ジョークなのか本気なのかわからないのよ!!」
「ごめんなさい冗談です」
「だから、敬語はやめてってばぁ」
ラピスがとうとう声を上げて泣き始めてしまった。
「ごめん」
イダーテはハンカチを取り出そうとして、上着に入れていたことを思い出す。
袖口で拭うと、ラピスががっしり掴んできた。
「みんな、妾の子なのに、王族だなんてって言うクセに、全員敬語で媚び売ってくるの。学院でも大体敬語で話してくる人ってみんな何か裏があったから、だから嫌いなの。イダーテには敬語使って欲しくない」
「わかった、でも」
「でもじゃない」
「だけど、それだとちょっと困ったことになるから……」
イダーテは護衛の契約書を取り出す。
「ラピスと王城に戻ってきた時にサリュさんに用意してもらってたんだけど」
「何これ」
「僕の事護衛に雇ってほしいなって」
ラピスは書類を見る。イダーテを見る。書類を見る。
「護衛になったら、王族とかの前では敬語でいないとだめでしょ?」
「ごめんなさい、理解が追いつかないんですけど」
ラピスの眉がハの字になっている。とてもかわいい。
だからどっか行け煩悩。
「ニコニコしてるんじゃないわよ。あなたは自分の仕事があるでしょう!?」
「さっき、所長に許可をもらってきた。一日一回王都と村の往復の配達だけやってくれるなら良いって」
「でもあなた戦ったりできないんでしょう!?護衛よ!?」
「うん。お前は鍛えすぎてやりすぎるから人とは闘うなって言われてきたけど、護衛ならしょうがないから良いって」
開いた口が塞がらない。
「あの時わかったって言ってたのは、」
「護衛枠が空いてて、護衛がいないのなら僕がなれば良いんだってなって」
しーんと沈黙が流れる。
「いやだ」
「え」
ラピスが契約書をビリッと破る。
「なんで」
ラピスがとても辛そうな顔をしている。
「イダーテは、私に同情して護衛になるつもりなの?それとも、何、お給金目当て?猫目当て?」
「私はイダーテと上下関係になんてなりたくないよ!対等でいたかったよ!!イダーテの馬鹿!!」
ラピスはぽかぽかと殴ってくる。
でも全然痛くない。
でも、すごく痛いところを突かれた。
自分の顔が真っ赤になっていくのがわかる。
思わず口を抑えた。この誤解を解くには正直に話さないといけない。
咳払いをして、落ち着かせる。
ラピスの上目遣いがかわいい。
お願いだ、我慢しろ煩悩。
「ラピス。僕が護衛になりたいのは同情でも、お給金でも、お猫様姿でもないよ」
「じゃあ、何……」
さっきから渡しそびれていた小さな箱をラピスに渡す。
中には青い宝石、ラピスラズリが星形に嵌まった指輪。
「元からラピス目当てだよ」
青い瞳が揺れる。
「昔からもう既に一目惚れしてたんだ」
「猫の姿も可愛いけど、僕はラピスの人の姿の方が可愛いと思うし、初めて会った時はすごく緊張してたんだ」
「僕だってラピスと対等にいたいし、上下関係になりたくないし」
村人が塔の上のお姫様を眺めているだけ、なんてままにするつもりはない。
「でも昨日今日で会った知り合いに告白されても困るでしょ?」
「もちろん護衛がいないのも問題だと思うよ、僕は」
「だからまずは護衛になってじわじわ外堀を埋めてから、って思ってたんだけど」
「勘違いされるくらいならちゃんと全部正直に話すよ」
「だから……って聞いてる?」
何も言ってこない、ラピスの肩をゆする。
息はしているが、返事がない。
ラピスは小さな箱を持って立ったまま気絶していた。
キャパシティオーバーだった。




