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28 生まれ変わった女神様

胸元に輝く青い石のペンダント。

そんな自分の姿を何度も鏡台で確認する皇女殿下の姿に、私とマリアさんは顔を見合わせて笑う。

あれから特に、皇太子殿下から何か接触があったわけではない。

それでも、彼女にとって「皇太子の心に留まっている」という確信が持てたのは大きかったのだろう。



「なぁに?」



満足そうに微笑む皇女殿下と、鏡越しに目が合う。

「お似合いですよ」と答えると、彼女は嬉しそうに目を細めた。



「さて、そろそろ出発しましょうか」



マリアさんの声で部屋を出る。

皇女宮の馬車に乗り込んで向かう先は、帝都の外れにある、教会が運営する孤児院だった。

公務の一環として年に一度、皇女が慰問することになっている。同じ公務でも神殿に向かうときよりずっと楽しそうでひとまず安心した。




1時間ほど馬車に揺られて辿り着いたのは、こじんまりとした、しかし美しい建築の建物だった。

どこか教会と同じような雰囲気を感じさせる。

孤児院の門をくぐると、甘やかな香りが風に乗って漂ってきた。



「(ああ、そうか……香り)」



セリム。教会にしか咲かない花。

この孤児院も、あの神聖な場所と同じ香りで包まれていた。

「いい香りですね」思わず私がつぶやくと、迎えてくれた修道女が微笑んだ。



「ええ、セリムの花の時期ですから。女神様が愛された花なのですよ」



庭には白く可憐な花が咲き誇り、子どもたちの笑い声に混じって、どこか神聖な気配さえ感じさせる。

皇女殿下は子どもたちに囲まれ、絵本を手にした修道女の朗読を静かに聞いていた。

それは「女神セリシアが人々を導き、やがて生まれ変わって国を守る」という物語。





むかしむかし、加護と栄華の女神セリシアは、

ルミエステという国をつくりました。


女神は、人々の暮らしに光を注ぎ、

森や川、花や果実までも慈しみました。

彼女の手から生まれた国は、

笑い声と希望に満ち溢れていました。


しかしある日、女神は自らの魂を眠らせる決意をしました。

その役目は、女神の代理として教会に託されました。

「これからは、私の姿を見ることはできません。

でも、安心してください」と女神は民に告げました。


民は悲しみ、涙を流しました。

でも女神セリシアは微笑み、そっと語りかけました。


「悲しまないでください。今度は私も、人間としてあなたたちの側に帰ります」


そうして女神は眠りに就き、やがてその魂は、

ひとりの少女としてに生まれ変わることとなったのです。


その子は、銀色の美しい髪を持っていました。

その子は、女神の愛を胸に抱き、国を護るための役目を持つことになるのでした。




「だからね、皇女殿下は女神様の生まれ変わりなのですよ」



修道女がそう言った瞬間、子どもたちの瞳は一斉に輝き、皇女殿下へと向けられた。

私はちらりと殿下を見やる。

彼女は微笑みを崩さなかったけれど、その笑みはどこか張り付いたものだった。

白い指先が、そっと胸元のペンダントを撫でる。

その仕草は、必死に感情を抑えているように見えた。




孤児院での慰問は歌や遊びに移っていった。

皇女を中心に楽しそうに遊び、笑い合う子供たちの様子をほほ笑ましく思う。

普段は静かに微笑む印象の強い皇女殿下も、このときばかりは童心に返ったように無邪気に笑っていた。



「……あれ、」



ふと窓の外を見ると、司教が修道女と話をしている姿が目に留まる。

教会側と皇室側の訪問は、出来るだけ日時をぶつけないのが暗黙の掟のはずだ。



「今日は司教様もいらっしゃったのですか?」

「ああ…。皇女様の慰問とは別件です」



私の問いに、側にいた修道女は僅かに視線を足元に落とす。



「長く患っていた子供が最近、女神の御下に送られたのです。それで、昨日葬儀を執り行ったばかりで…」

「それは……配慮に欠けた質問をしました」



申し訳ありません、と頭を下げる。



「いえ。哀しむべきことではないのですよ。苦しみから解放され、女神様のお導きの下、新たな魂に生まれ変わるのですから」



顔を上げた彼女の表情は、慈愛に満ちていた。

言われていることは分かる。

彼女の立場からして、そう考えていることが自然なのも分かる。

なのになんだろう、この…消化しきれない気持ちの悪さは…。

押し黙った私に気付くことはなく、彼女は相変わらず慈愛に満ちた眼差しで子供たちを見守っていた。



***



孤児院を後にして、馬車が石畳を進む。

子どもたちが見送る声はもう遠く、代わりにセリムの花の香りだけが残っていた。


隣に座る皇女殿下は、窓の外をぼんやりと眺めている。

さっきまでの笑みが嘘のように静かで、胸元のペンダントにそっと手を添えた。



「……あの子たちにとっては、私は「生まれ変わった女神」そのものなのね」



ぽつりとこぼれた声は、風の音に紛れそうなほど弱かった。



「人々がそれを信じることで、心の支えになるのなら……それは必要なことなのかしら。

それとも、ただ私が…演じているだけなのか……」



揺れる馬車の中、皇女殿下の表情は寂しげで、ほんの少し怯えているようにも見えた。



「殿下……」



けれど、続く言葉は出てこない。

慰めも励ましも、あまりに軽い気がして。


そのとき、正面に座るマリアさんが柔らかく言った。



「……民は殿下に憧れを見ております。

それは“女神の生まれ変わり”としてではなく、“皇女殿下”としての輝きでもあるのですから」



その声に、皇女殿下はほんの少し目を伏せ、長く吐息をついた。


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