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26 帰る場所

「――…」



ぼんやりと目を開ける。

見慣れた天井、いつもの寝台……自分の部屋だ。

どうやって部屋に戻ったのか、寝床についたのか記憶が曖昧だった。

いつの間にか、衣服も清潔で楽なものへと着替えている。

身体を起こすと、額に乗せられていた布がずるりと落ちてきた。

セレスティアの体温が移って随分経つのか、既に生ぬるい。



「……ルルリエ…?」



小さく名前を呼んだものの、あるのは静寂だけだ。

窓の外を見れば、月はかなり高い位置まで登っている。既に深夜のようだった。

それだけで、孤独に取り残されたような気分になる。

固く目を瞑って膝を抱える。両手で耳を塞ぐ。


“女神の器”



まだ、耳の奥で神官たちの声が響いている気がした。



「あっ、目が覚めたんですね」



控えめなノックと同時に、そんな声がした。

よかった、とルルリエは安心したように微笑む。



「ルルリエ…」

「おかえりなさいませ」

「っ……」



――ああ、やっと帰ってきた。帰ってこられた。

ようやくそんな気分になる。

喉がカラカラに渇いていた。「どうぞ」と水の入ったグラスを差し出され、ゆっくりと喉を潤していく。



「汗をかかれていたようなので、私とマリアでお召し替えだけさせていただきました。

軽食の用意もありますが、お食事はどうされますか?」



あんな弱った姿を見せたにも関わらず、ルルリエの態度はいつもと何も変わらない。

食欲がない、そう断ろうとして、水差しの隣に置かれたクッキーに目が留まる。

販売されているものとは違う、素朴な、でもどこか酷く懐かしさを覚える。



「……それ…」

「あ…私が昼間焼いたんです。殿下がお戻りになったら一緒に食べたくて」

「もらってもいいかしら」

「はい」



差し出されたお皿から、1枚口へと運ぶ。

サクッとした口当たりと、上品な甘さが癖になる、とても美味しいクッキーだった。

1枚食べ終えた後黙ったままのセレスティアに、ルルリエは不安そうな顔をする。



「あの…お気に召しませんでしたか…?」

「……ううん、とっても美味しい」



大好きな、あのクッキーにとてもよく似ている。

セレスティアは嬉しそうに微笑んで、それからふいと視線をそらした。

ルルリエが首を傾げていると



「でも私だって…焼きたて食べたかった」



まるで拗ねた子供のような口調に、ルルリエはぽかんと口を開けた。

普段のセレスティアからは考えられない、子供っぽい声音と言動だった。

堪えきれなかったのか、しばらくして、ふふ…っとルルリエから小さな笑い声が漏れる。



「いつだってお作りします」

「……本当?」

「はい。約束です」



そう言って、ルルリエは小指を立ててみせる。

あれ、と思いながら、セレスティアも彼女の小指に自分の小指を絡めた。


――どうしてルルリエは、“これ”を知っているのかしら。


そんな疑問がふと頭を掠めたけれど、「次は何がいいですか?」と笑う彼女に、そんなことはすぐに忘れてしまった。





「眠るまでそばにいてくれる?」



そんな我儘に、ルルリエは「かしこまりました」と微笑む。

セレスティアが横になる寝台の枕元に椅子を引っ張ってくると、まるで子供に読み聞かせをするように腰掛けた。

そんな子供じゃないわ、と思う半反面、そんな風に子供扱いをされたことが今まであっただろうかとも思う。

自分よりもずっと年下なのに、この包むような気遣いとあたたかさはなんなのだろう。



「心配かけてごめんなさい」

「いいえ。…殿下はもっと、周りを頼っていいんですよ?」

「え……?」

「疲れたら疲れたって言って、嫌なら嫌って言っていいんです」



そっと毛布を掛けながら、ルルリエは微笑む。



「でも…」

「私に、皇女様の背負うものを引き受けるのは難しいですけど。

あったかいお茶を淹れて、美味しいお菓子を用意して、セレスティア様のそばにいることは私にも出来ますから」



どうかおひとりで泣かないでください、と。

微睡みの中で柔らかい声が耳に届く。

ずっと脳内に響いていた神官の声が、聞こえなくなる。

――ゆっくりと、夢の中におちていく。

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