第六百五十四話 百折
「つっ……」
訳の分からない広範囲の世界崩壊天変地異の大魔法を体感した挙句、その魔法よりも恐ろしい魔王の手刀を刻み込まれ、そして強烈無比な蹴りを受けてしまった。
アースの生命線ともいえるフットワークまで奪われてしまった。
「大魔フリッカーッ!」
それでも「やめる」という選択肢はない。
できることを見苦しくもやりつづけるため、アースはジャブを放つ。
「痛めた膝ではキレがないな」
「ッ!?」
繰り出されたアースの得意とするフリッカージャブ。
しかし、その軌道も速度もトレイナには脅威ではない。
戦闘開始直後に見せた片手のパーリングでアースのジャブを容易く払いのける。
「くっ、どうらああああああ!」
「肩に力を入れて雑な手打ちになっているぞ? 根性で速度を上げようとしても、逆に鈍くなるだけで、何よりも容易い」
「ッ!?」
払いのけながらトレイナが前進。
一瞬でステップイン。
アースのジャブが伸びた瞬間に懐へ入り込む。
「大魔レバーブロー」
「ぶるっ!?」
トレイナの左のボディブロー。
アースとてその全身はトレイナとの特訓で鍛え上げ、腹筋は常人に比べたら鋼の強度を持っていた。
「ごほっ、がっ、な……がっ……」
それでも一発。
脇腹をごっそり抉られたかのような衝撃にアースは悶絶。
「真剣勝負中に痛がるな……大魔スマッシュ」
更に動きが止まり、手が止まった瞬間を見逃さず、すかさずトレイナのアッパーパンチがアースの顔面を貫いた。
全身ごと跳ね上がり、アースの全身が何回転もしながら宙を舞う。
(やべえ、拳の交わりでも、手も足も……まずい……意識が……フットワーク、できねえ……でも、カウンターを――――カウンター)
舞い上がるアース。意識も一瞬飛ぶほどの衝撃。
気づいたときには、宙に舞った自分に対して、更にそれ以上に真上に飛んだトレイナ。
「大魔天空チョップ!」
「ッ! 大魔レフトクロ――――」
トレイナの上空から放たれる打撃。アースは薄れゆく意識の中で無我夢中でカウンターを放つ。
腰と肩のひねりから渾身の左をカウンター気味で放つ。
しかし、その瞬間トレイナはそれすらも読んでいたと笑みを浮かべ、チョップのために振り上げた手を下ろさず、上げた肘をそのままアースの左拳に重ね……
「大魔エルボーブロック」
「ッッッ!!??」
大魔王の鋭く硬い肘に、渾身の左を叩き込んでしまい、その瞬間にアースの拳が壊れた。
「あ、が、があああああああああああああ、あ、ぐぁがあああ!?」
アースの左拳の骨は砕け、貫き、更にはその衝撃はアースの肘を肩をも伝わり、アースの左腕を破壊した。
途切れかけた意識が痛みでむしろ覚醒。
そのため、その他の痛みも一斉に感覚を通して伝わる。
発狂するかのように痛みに悶絶するアースの目には涙も滲み出ている。
(つ、強すぎる……これが……タイマンなら歴史も含めた……史上最強……こ、ここまで差が……)
大地に叩きつけられるアース。遅れて着地するトレイナ。
しかし、そこでトレイナは見下ろすのではなく、追撃するかのようにアースに向かってダッシュ。
アースも地獄の苦しみながらも片足で何とか立ち上がり、しかし、どうすることもできない現状を嫌でも思い知らされ……
(世界を破壊する大魔力……全てを司る三大魔眼……磨き上げられた体術……明晰すぎる頭脳と戦略と、更には遥か昔から積み上げてきた経験値……さらには……容赦なく徹底的!)
(膝も左腕も壊した……フットワークもジャブも使えまい……そう、童よ……まだ貴様は回復魔法を使えん……これでもう何もできまい)
アースとて、これまでそれなりの実戦経験、さらには強敵との戦いで瀕死に追い込まれるほどギリギリの戦いを積み重ねた。
しかし、その過去最強の敵たちですら及ばないほど遥かな高みにいるトレイナの力に圧倒される。
(だめだ、気持ちに体がついていかねえ。左手が動かねえ、ジャブ出せねえ……膝が壊れて足が動かねえ……なら、右……いや……打つ前から分かる……俺がまだ動く右で破れかぶれのパンチを放っても、トレイナはそれすらも手玉にしてカウンターを……普通にやっても勝てるのに、あえて単純な体術の交わりでも俺に勝てるんだと分からせるかのように……)
(だが……それでもまだ心折れないのは微笑ましい……それでいい……貴様はここからまだ強くなる……天井知らずの世界を知ったことで、より一層―――)
迫りくるトレイナが左のパンチを繰り出そうとする。
反射的にアースはその左に合わせるように、右のクロスカウンターで迎撃しようとする。
しかし、そう来ることは分かっている。いや、それしかできないことを分かっているトレイナは、アースに叩き込むはずだった左腕の肘を曲げて、アースの右のクロスカウンターを弾く。
「あ……」
「大魔ダブルクロス」
唯一残っていた右でのカウンターをも粉砕し、完全にガラ空きになったアースの顔面に――――――
「ッッッッッ!!!!!!???????」
叩き込まれた。トレイナの右拳がアースの顔面に。
だが同時に……
「なっ……に?」
目を見開くトレイナ。
揺らぐ体。
トレイナの下顎に、アースの左拳が触れていた。
それは、アースのクロスカウンターを破る、トレイナのダブルクロスカウンター。それをさらに破るために放たれた……
――大魔トリプルクロスカウンター
だった。
「ッ、な、ぐっ!」
それは、トレイナにとっても完全に想定外だったようだ。
無防備、意識の死角、それらが重なりトレイナの膝が揺らぎ……
「……へ、へへ……」
ふらつくアースを見上げるように、トレイナは地面に片膝をついていた。
世界の皆が、揺れるアミクスの胸と大胆発言に目を奪われていた。
男たちは凝視し、女たちは自分のモノとの違いに感傷に浸っていた。
そんな中で……
「……ふん……やれやれ……じゃのう」
カクレテールの浜辺でくつろいでいたバサラが、どこか遠くを見つめるような表情で小さく呟いた。
「ん? どうされたのです、師匠! 師匠もやはりあのエルフ娘の乳房に衝撃を……」
「なんと、師匠まで……冥獄竜王たる師匠すらも感心を持つとは……坊ちゃまが誘惑に負けないか心配です」
珍しくシリアスな雰囲気のバサラに対し、フィアンセイやサディスら皆がその様子に驚いていた。
それほどまでにアミクスの胸に? と
だが、違う。
「……誰も知らない……誰も見ておらん……デートとやらを邪魔されたくないからか? まったく……世界を除け者にするとは、酷い二人じゃ……」
バサラはどこか遠くを見つめるような目で寂しそうに呟いた。
「師匠? どうされたのです?」
「一体、あのエルフ娘の乳房が一体……いえ、それとも違う何か……」
意味が分からず首を傾げるフィアンセイとサディス。
バサラの雰囲気は明らかに今の状況と似つかわしくない、どこか別のことを想っているように見えた。
すると、バサラは……
「寝るわい」
「「「「「はっ????」」」」」
鑑賞会が始まり、これから新たなるアース・ラガン、そして大人になったエスピとスレイヤが何をしているかという、世界中の感情移入した視聴者たちが気になって仕方のないことを放映されるというのに、バサラはそのことには興味無さそうに、浜辺で突っ伏した。
「師匠、一体どうされたのです、師匠!」
一体何があったのか? それはバサラにとっては鑑賞会よりも何よりも……
「一応ワシは……『両方』と契約しておるのじゃ……根性で睡眠すれば……覗き見ることができるかもしれんからのぉ……意識の底……夢でのぉ」
ここにはいない、目で見ることのできない、しかしそれでも確実に起こっている『何か』を見るために、バサラは鑑賞会を無視して眠りに入った。
「童……貴様……」
トレイナは激しく動揺、衝撃を受けていた。
(トリプルクロスカウンター……理屈は分かる……童の動体視力と技術と経験があれば、できる……しかし、問題はそちらではない)
それは、アースのことならこの世の誰よりも分かっているトレイナだからこそ、余計に混乱した。
(なぜ放てた! 壊れた左腕と膝で!)
そう、ここまでの戦いで、アースの左腕は拳も肘も肩も破壊されて、手を上げることができないほど。膝は踏み込むことができないほど痛めつけられている。
根性や技術の問題ではなく、動かすことは不可能なほどのケガだった。
だからトレイナも、ソレが来るというのは完全に頭の中から排除されていた。
相手の動き、体の状態から、戦いでは次の動きや動作を何手も先まで予測するトレイナだからこそ、ソレだけは最初から想定していなかったための事態。
「はあ、はあ、はあ……どうだぁあああああああ! うおおおおおおおおおおおお、うおおおおおおおおお、うおおおおおおおおおおお!!!!!」
吼えるアース。
大興奮して天まで叫ぶ。
トレイナ自身、ダメージはそれほどではない。今はただ、この事態の理解が優先された。
そして……
「ぬっ……ッ!?」
トレイナの魔眼は即座にそれを理解した。
「童……ソレは……」
目を見開くトレイナ。アースの全身を覆うブレイクスルーに違和感を覚え、そして理解する。
「ソレはブレイクスルー……ではない!」
「……へ、へへ、そうなのか? なんか……俺も……どうにかしなきゃと思って夢中でよ……」
魔力を全身に覆い、肉体を活性化させ、通常を遥かに上回る身体能力を発動するブレイクスルー。
だが、今のアースの様子はブレイクスルーではなかった。
魔力が全身を覆いながらも、その魔力は重点的に壊れた左腕と膝を覆っている。
「……それは、砕けた骨や神経を魔力で繋ぎ止め……代替し……結果、壊れた体をアンデットの用に強制的に動けるようにする力……文字通り、何度手足が砕けようとも、命ある限り戦い続ける武の精神……」
それを理解したとき、トレイナはどこか切なそうに目を細めてほほ笑んだ。
「それは『百折不撓』……そう呼ばれた苦々しい技だ」
土壇場で思いついた新技であり、自分がトレイナに頼らず編み出したと思ったアースは少し残念そうに笑った。
「……あら? なんだよ……俺はどうにかしなきゃとその場しのぎでやったらできたってのに……正式名称あったのかよ」
「そうだ……確かに、難しい技ではあるが、今の童ならばできない技ではない……回復魔法や再生能力もある生前の余は使うことはなかった……どちらかというと、人間の技」
「にん……げん?」
「そうだ。カグヤ……ワタベ……ツナ……ミカド……」
「おお、伝説ばっかじゃねえか」
「……そして何よりも……」
「何より?」
なぜか切なそうに微笑んでいたトレイナ。それはアースは「トレイナにとっては懐かしい者たちが使っていた技」だったから昔を思い出して切なくなったのかと思ったが、それだけではない様子。
「いや……何でもない。そして、このまま余も膝をついたままではまるで負けたように思われるのでな……それだけは勘弁してもらおうか」
だが、そこでトレイナは首を横に振って、スッと立ち上がった。
やはり、驚いて膝をついたものの、ダメージがあるわけではない。
しかし、それでも膝をついたのは事実。
「いずれにせよ、一対一で余からダウンを奪うとはな……胸躍るが……やり方としては複雑な気分だ。この屈辱はどう晴らすべきかな?」
そう、トレイナは言い訳しない。完全にダウンを取られたと認めた。
だからこそ、
「へへへ……もういっぺん奪ってやるよ」
「ぬかせ!」
このまま終わるわけにはいかないと、再びトレイナもブレイクスルーを発動した。
一方で、新たな技で、アースもまたフットワークが戻る。
「いくぜ!」
怪我が治ったわけではないものの、強制的に動かす足で力強く縦横無尽に走り回る。
その元気な姿にトレイナは笑みを浮かべたまま……
(初めて童を指導したときに、言ったことを余も忘れていな……)
そう、トレイナが切なかったのは、アースの新技でかつてのライバルたちを思い出したから、だけではない。
――ヒイロのような剛剣に対して貴様は自分で言っていたように柔軟性……しなやかな体やバネを持っている。恐らく貴様は……母親に似たのだろう
自分がかつてアースに言ったこと。そして何よりもトレイナの脳裏にはさらに昔の光景が過った。
それは、かつての最終決戦で……
『ヒイロが力を溜めるまで……死んでも時間を稼いでやるんだから! 何度手足が折れようと、私の心は折れないっての! 百・折・不・撓ッッ!!!!』
自分の前に立ちはだかった少女を思い出し……
(これだけ仕込んで、鍛えて、磨き続け……もはや余の傑作とまで遂げていた我が弟子が、無意識にたどり着いたのが、本人が離れたがっていた親の技とは……少し嫉妬するぞ、マアムよ)
その切なさを振り払うかのように、トレイナは再び大魔王の笑みを浮かべてアースを迎え撃つ。




