第六百五十一話 見せプ
(俺の戦法、スキル、思考、全てを知り尽くしているあんたに……カッコつけは無用! あらゆる小細工も駆使してぶつける……が、まずは!)
輝く二つのブレイクスルー。
ヴイアールの世界で、誰も知らない戦いが始まる。
「マジカルフットワークッ! 大魔フリッカージャブッ!」
自分の手を全て知り尽くしているトレイナが相手。様子見は無用。
だがそれでも体に染みついた基本。高速のフットワークと高速のジャブで相手を翻弄するという基本の戦法から、アースは伺う。
「ふふふ」
一方でトレイナは縦横無尽に走り回るアースを気にせず、その場で左手を軽く前に出す。
次の瞬間、パチンと激しい音が響き渡った。
「ッ……いま……んのぉ!」
空を切り裂くアースのジャブ。しかし、トレイナには被弾していない。トレイナの左手に弾かれた。
「まだまだぁ! 大魔フリッカーッ!」
いきなりトレイナに当たるわけがない。当たらないことを驚く必要はない。
しかし、それでもアースは一瞬ハッとしてしまい、その後も続けてジャブを連射する。
(童に対し、余が教える側ではなく、戦う側の立ち位置になって見ると……敵として見事に磨き上げられているとしか言いようがない……拳を使った闘争はこうあるべきだと教科書にでもしてやりたいほどだ……だが……)
トレイナは繰り出されるアースのジャブを左手で弾きながら、自分が作り上げた弟子の今の姿に感嘆していた。
だが、それでも……
「つっ……るあああああああ!」
「ふふふ……大魔ピボットステップ+大魔パリィ」
トレイナはアースがどれだけテンポアップしても、弾く。
いや……
(トレイナ……防いでるんじゃねえ……俺のこのフットワークからのジャブを全部正面から……左手一本で払いのけてる……大魔パリィ……まるで俺が打つ前から分かってるかのように……つか……俺がどれだけ裏に回ろうとも、トレイナは必ず俺を正面に向いている……左足一本を軸足にしながら、右足で動いて、最小限の動きで無駄な動きを一切せずに俺のジャブをいなしてやがる)
それ以上のことをアースは感じ取った。
(へ、俺のジャブも動きも、一歩も動かずに片手で対処できますアピールか?)
だが、アースはゾクっとしながらも……
「そんなもんでビビるかぁ! 大魔ソニックジャブ!」
トレイナがそれぐらいできるのは当たり前であり、恐ろしい技術ではあっても、今更恐れるアースではなかった。
足は止めずに中距離から高速ジャブ。そこから放たれる衝撃波の攻撃も織り交ぜる。
(さらにリズムを上げるか……激しさを増し、手数を増やし、一方で狙いはそれらを目くらましに叩き込む……大砲)
トレイナは一歩も動かぬ代わりに円を描くような軸足での移動速度が速くなる。
そしてその左腕で、アースのパンチだけではなく衝撃波をも、繰り出す左の高速の手刀で叩き落としていく。
その代わり、ここまでされてもトレイナは攻めには転じない。
(トレイナのことだ、きっと俺がこの左の連打の中で右拳を叩き込むタイミングを狙っていることも把握してるはず……打ってこい……って言ってんのか? カウンターで叩き落としてやるってか? きっと、とんでもねえカウンターで俺を打ち落とす自信があるってんだろうな……だがな、それにビビって踏み込まねえわけにはいかねえ!)
アースもまたジャブを打ちながらタイミングを伺い、そしてトレイナの思考をも読もうと――――
「大――――――ッ!?」
「―――大魔フィンガージャブ」
「ごふっ!? あっ、くつうう!?」
突如込み上げる眼球への痛み……いや、僅かに逸らした。目は潰れていない。
しかし、今の衝撃はアースにとって背筋が凍り付いた。
(な、なんだよ、今の……目潰し……俺が威力のある右をいざ叩き込むと意識して踏み込もうとした瞬間に迎撃された……繰り出した拳にではなく、繰り出す寸前での俺の動きに対してカウンター……出鼻を挫かれた……)
(意識の死角から繰り出したフィンガージャブだが、超反応で逸らしたか……まぁ、童レベルを相手にいかに余とはいえ簡単に目潰しは成功しないか……とはいえ、今ので体に染みついたはず……)
(完全に俺の思考と踏み込みを予測……いいや、予知して出鼻を打つカウンターか……ゾッとしたぜ……あと僅かで俺の目を容赦なく潰してた……こいつぅ~!)
(さて……ここで踏み込みを躊躇うようになるか……それとも後退や警戒などの想いを振り切って飛び出すか……まぁ、飛び出さないほど臆病に育ててはいないがな――――)
アースは容赦なくいきなり目潰しを繰り出すトレイナに戦慄しながらも、ただ自然と笑った。
まるでそれは「だから訓練ではないぞ。戦いだ」とトレイナがアースに語り掛けているように感じたからだ。
「なら……出鼻を分からねえようにしてやる!」
「次はアレか? フェイントの極致……」
「アース・ミスディレクション・シャッフルッ!」
次のアースが繰り出すのは、フェイントとフットワークを組み合わせた、アースの究極の幻惑術。
全てのあらゆる動作が次の動きにもフェイントにも見えることで、レベルの高い実力者ほど翻弄され――――
「まずは、あんたの反応を――――」
繰り出される攻撃には反応が―――
「大魔ジャブ」
「ほぶっっ!?」
「やはり、当てるならこちらの方がよいな」
しかし、接近した次の瞬間にはアースの頭部に衝撃走り、アースは後方へと後退させられた。
(いてぇ、なんだ、ジャブ? 見えなかった。ハンドスピード、やべえ、なんだ、痛い、響く! 貫通力、これがトレイナのジャブ!?)
一撃。それだけで頭の中にズキズキと響く痛みにアースは戸惑った。
これまで数多くの剛腕自慢のパンチも顔面で受けてきた。
しかし、そのどれとも違う、静かで、スマートで、それでいて芯まで震えるほどの痛み。
(アカ、マチョウ、アオニー、ゴウダ、そしてタツミヤ……数々の豪傑たちの力を頭部にくらっても戦い続けた童よ……だが、言い変えればそれは『くらった』というより、『覚悟を決めて耐えきった』というだけだ……余のジャブに、覚悟を決めて耐えきる間などないぞ?)
(速すぎて歯を食いしばって耐えるもくそもなかった……いや、それよりも、アース・ミスディレクションシャッフルも難なく……フェイントが通じない? というよりも――――)
(そして、確かにそのフェイントワークは見事だが……あらゆるフェイントをランダムに繰り出しているように見えて、童よ……無意識に繰り出しているフェイントだからこそ、よく見れば得意とするフェイントの偏り、規則性が存在する……初見の連中と違い、貴様のフェイントをこの世の誰よりも見てきた余に、通じるわけがなかろう)
(……読まれていたか……ま、それもそうか……何度トレイナの前でやったと思ってんだよ、この技を……通じるわけがねえ、ああ……驚くほどのことじゃねえ! だから言ってやる!)
それでもアースは笑った。
「ああ、そんぐらいあんたならやるだろうなぁ!」
「そして、困ったときに貴様が繰り出すのは……」
後方に飛ばされながらも、右手を掲げて力を集める。
「大魔螺旋ッッ! うおおおおおおおおおおおお」
地面に着地、踏ん張り、そのまま繰り出した大魔螺旋を後方に向けて……
「大魔ヘリコプターッ!」
大魔螺旋の爆発的な威力と回転の渦、そして作り出した翼を推進力にして再びトレイナへまっすぐ突き進む。
(フェイントやステップで懐に入り込むのが無理ならば、無理やり強引に距離を潰しにくる……間違ってはいない。どうせ、警戒と慎重ばかりでは活路を見出せぬのだから、リスク覚悟で正面突破……間違ってはいない……だが、相手が余ならすべてが不正解!)
そして、トレイナはまたしても左手を前にして半身に構える。
迎撃の姿勢。
対してアースは……
「大魔ヘリコプターからの~~~~大魔螺旋アーススパイラル――――――」
大魔ヘリコプターという翼の形をした回転の渦の形態を変化させ、ただ真っすぐ貫くドリルにしてトレイナへまっすぐ――――
「大魔螺旋は一定の方向で高速回転させる螺旋……その渦を乱して斬り裂いてくれよう――――余の、大魔――――いや……これは……」
「―――ブレイクキャノンショットッ!!!!!」
突進する―――かと思ったら、アースはその前に、まるで魔法を放つかのように、自分の腕に纏っていた大魔螺旋を切り離し、大砲の砲弾のようにトレイナに向かって放った。
(切り離し……ぶっつけ本番で器用なことを……だが、別に何も変わら―――いや、それは童も分かっているはず。ならば、これは本命ではなく、目くらまし――本命は余がこの大魔螺旋を迎撃した直後の隙でも狙って――――それもよかろう)
迫りくるアースから放たれた大魔螺旋の砲撃をトレイナは左の手刀でスパッと切り裂く。
切り裂かれた渦が四方に飛び散り、空気が乱れる。
その乱れた世界の中で、アースは既に次の動きに入り、大魔螺旋を目くらましにアース自身は高速の動きでトレイナの右斜め下に飛び込み、死角から―――
(攪乱や裏をかくための策略が、分かりやすすぎるぞ、童……それでは余には届かぬ……容易く斬り裂く!)
しかし、既にそれらも全て読んでいたトレイナが鼻で笑いながらアースをチラリと見て、アースの戦術を完封するかのように、大魔螺旋を切り裂いた左の手刀は既に次の動きを――――
「トレイナ大好きッ!」
「ぶっ!? ふふぇ、ふぁっ、え、え?!」
だが、その時だった。
それは、それだけは、百戦錬磨にしてこの世の全ての生物の頭脳をも上回るであろう、全てを見透かすトレイナでも、ソレだけは完全に予想外であり、突然のこと過ぎてビックリして手が止まり。
「大魔スマッシュアアアアアアッッッ!!!!」
「て、ちょ、き、きさっ――――――」
ニタリと笑みを浮かべたアースの渾身のアッパーパンチがトレイナの顔面に――――
「ごぶっ?!」
だが、そのアースの拳は届かなかった。
一瞬動揺しながらも、トレイナは咄嗟に『後方に飛び』ながら『右拳』を前に突き出し、ソレにアースが顔面から突っ込む形でカウンターを受けてしまった。
「がはっってぇ……」
「ぬっ、ぬぅ……わ、童ぇ……」
咄嗟のカウンター。だが、それでも後方に飛びながら置きに来ただけのパンチ。腰が入っているわけでもなく、先ほどのジャブと違って貫通力も無ければ芯まで響く痛みもない。
だから、アースは耐えた。
そして同時に……
「ちぇ……今のはうまくいくと思ったんだけどなぁ……いててて……」
アースは食らいながらも笑っていた。
一方で……
「き、貴様……童ぇぇえ……」
トレイナは鬼の形相で怒り狂っていた。
「貴様ぁ……真剣勝負だというのに……力も技も戦術も全てを駆使して来いという状況下で、そのような姑息なことをやるとはなぁ……」
アースの騙しに一瞬動揺したトレイナは、その恥ずかしさをかき消すかのように怒りをむき出しにした。
だが、その圧倒的な怒気にアースは笑いながら……
「へへ、そーかい。だけど……一歩も動かず左手だけで……そんな余裕を見せてたあんたの……右手を使わせて、一歩動かしたぜ?」
「……ぬっ……」
してやったり……ダメージを受けて、あらゆる手を潰されながらも、いたずらが成功した子供のようにアースは笑った。
「……ふん……そんなゲームをしているつもりはないが?」
してやられたトレイナは、少しムキになってそう言うと、アースも次の瞬間には真剣な表情に戻り……
「ああ、そうだ……あんたこそ、勝手な縛りで余裕見せて、何か意味あんのかよ……あんたのすごさはもうとっくの昔から分かりきってるってのに」
「……童……」
「あんたが言ったんだろ? 戦えって。今は弟子と師匠が戦ってんじゃねえ……史上最強の大魔王に、アース・ラガンが挑みに来た……そういう状況だろうが! 殺せるうちに殺すぐらいの本気を見せてくれないなら意味がないぜ! そんな茶番の見せプレイなんかでドヤ顔は、もういいんだぜ?」
「ッ!?」
すると、これもまたトレイナも驚き、ハッとした。
今のアースの言葉が思わずトレイナに突き刺さってしまったのだ。
そして……
「なるほど……一本取られるとはまさにこのことだ……失礼をしたな…………アース・ラガンよッ!!!!!!」
次の瞬間、ただ纏っていただけの澄んだ光だったトレイナのブレイクスルーが、荒々しくスパークし、その光が天高らかに貫いた。
「だが、取られたなら取り返そう……だから……一瞬で……死んでくれるなよ?」
それは、これまで四六時中トレイナと一緒にいたアースでも初めて見る、トレイナのどこまでも好戦的、そして野性的な笑み。
アースはその全てにまたゾクゾクしながら笑って応える。
「一瞬で、終わらねえために色々身に着けてくれたんでな……師匠がな」
「ぬかせッッッッ!!!!!!」
そして、トレイナの輝きがさらに増し――――
「テラサンダーストームッッ!!!!」
いきなり世界は天変地異に包み込まれた。




