16、僕らの初のお出かけがこれで終わります。-ほのかとのデート(仮) 後編ー
近くのベンチに移動しほのかは風呂敷からサンドイッチの入った弁当箱を出して蓋を開ける。一般的なサンドイッチではなく1口サイズで食べやすいように施されていた。見たところ具はタマゴとツナ、ハムチーズの3種類のようだ。
『ぐぅー』
正直な僕のお腹は30センチほどの距離にあるほのかにも聞こえるぐらいの音で鳴った。案の定聞こえていたらしく小さくクスッと笑って
「ご飯にしましょ 」
ほのかはそう言ってあらかじめ弁当箱の中に入っていた爪楊枝でツナのサンドイッチを刺す。爪楊枝を持った右手がそのまま彼女の口のほうへ持っていかれるのかと思っていたら違った。
僕の口の前まで持ってきて手を静止させる。彼女は何をやりたいのだろう。まぁ僕でも予想はつくけど。
「はい、あーん 」
ごく自然な流れで彼女の口から甘い言葉が発せられる。僕は騙されないぞ。目の前を3、4歳ぐらいの男の子を連れた家族連れが通っていく。さらには50代のおばさん。こんな人の前でバカップルを演じるほど僕も馬鹿ではない。
「はい、あーん 」
「やらないよ、こんな大衆の前で 」
なおもしつこくサンドイッチを僕の口の前で待機させて僕があーんに協力するのを待っている。
「人の目を気にするなんて愚かなことよ。人の目を気にするだけで人生の半分を損することになるわ・・というわけですばっちも大人しくあーんをされなさい! 」
「確かに人の目を気にするのは愚かなことかもしれないけれど、それっぽい名言で騙そうとしても無駄ですからね 」
「ケチ 」
何度も拒否をしているとほのかはついにボソッとそう呟いてそっぽを向いてしまった。ちょっとした冗談のようなノリだと認識していたが彼女は本気でふてくしているように見える。
「ケチ」の声質も妙に気持ちがこもっていた。それにしばらくの間そっぽを向きっぱなしで1人黙々とサンドイッチを食べている。
あーんぐらい了承してやるべきだったろうか。すっかりふてくされてしまったほのかを見ていると可哀想でどこか罪悪感も感じてそんなことを思ってしまった。
「あ、あーんぐらいだけならやってもいいけど・・ 」
「ホント!! 」
それまでの暗い雰囲気が嘘のように勢いよくこちらに振り返り目を輝かせるほのか。まさかこれまた計算されていた!?
「はい、あーん 」
「あ、あーん」
渋々口を開けあーんがなされた。ほのかの可愛らしい顔が迫ってくる。同時にピンクの唇も迫ってくる。僅かにいい香りも漂う。少しでも何か考えてしまうと精神がおかしくなりそうだった。
今日の僕は下の名前で呼ばされたり手を繋いだり今まさにあーんをされたりほのかのいいようにされている。そしてどうしてかそんな今日が嫌ではなかった。
あーんの連続でご飯を食べさせられ折角ほのかが用意してくれたというのに味が感じられなかった。それでもお腹を満たした僕らは動物園散策を再開。
爬虫類コーナーの蛇を見てほのかが僕の後ろに隠れたり悪臭のするフラミンゴの前を大急ぎで通り過ぎたり可愛いライオンの赤ちゃんやコアラを見て心を和ませたり。時にはほのかを見てまた和んだり。
全部見終わった頃には2時ごろ。すっかりほのかも満足したみたいで想定していたよりもずっと楽しむことができた。
「ねぇ記念っていうわけじゃないかもしれないけど何か買っていかない 」
「それもそうだね。よし見ていくか 」
出口近くにあるお土産屋さん。動物園内にあるお土産屋さんでは1番大きいところで見た目どおり中には色んなものが売ってある。入ってすぐにはキーホルダー。進んで右手が食べ物系で左手がぬいぐるみとかその他。
ここには2度来たことあるがどれも小学校の遠足でお土産を買ってはいけなかったので買っておくのも悪くはないだろう。食べ物が売ってあるところを適当に物色しているとトントンと肩を叩く感触がする。
振り返るとライオン耳をつけたほのか。ちょっと照れながらもライオン耳をつけるほのかは可愛い。
「どう・・かな? ためしにつけてみたんだけど 」
「可愛い・・と思うぞ 」
「そう、ならよかった。こっちはどうかな? 」
次に見せてきたのはペンギンのお面。お祭りならありきたりであっても動物園のお土産屋さんでお面を売っているのは珍しいといえるだろう。
「か、可愛いと思うぞ 」
「じゃあ私はこれと耳とこのキーホルダーは買うよ 」
顔はお面で全部隠れていてお面をつけたほのかが可愛いとはいえない。ただ可愛いと言わないとほのかはたちまち不機嫌になるだろう。それにそのペンギンのお面自体は可愛らしいっていう意味で問題無いよね?
ほのかはコアラの絵に赤で動物園のロゴが入ったキーホルダー、ライオン耳、ペンギンのお面の3つをレジまで持っていって会計を済ませる。僕もライオンの糞とかいうお菓子を買って店を出た。ちなみに糞という言葉で食べる気が引けるが中は一応チョコレート菓子のようだ。
「じゃあまた明日学校で 」
動物園を出て電車にのり再び塚本駅に戻ってきた。塚本駅からは僕らの家の方向は逆なのでお別れだ。帰りの電車の中では恒例の疲れて寝てしまうということはなくあのサルの芸が面白かっただとかペンギンの餌やりの現場を見られたのは運がよかったねとか動物園での思い出を語ってくれた。
一緒に行った僕に熱心に話すよりかはクラスメートや親に話してあげればいいのに。それだけ嬉しく楽しかったのだろう。もしくは僕に楽しかったことをアピールするためか。
「ちょっと待って 」
別れの言葉を言って自分の家の方向に歩き出すと後ろから大きな声で呼び止められた。
「どうしたの? ほのか 」
「そ、そのプレゼントというか一緒に行っといて変かもしれないけどどうしても受け取って欲しいものがあって 」
どこか言い難そうにそれでも勇気を振り絞って彼女は必死にそう言う。もう一度ほのかのほうに向き直り何がくるのかをドキドキ待つ。
「こ、これ受け取って! 」
少々投げやりにほのかが渡してきたのは動物園のあのお土産屋の袋だった。追記するまでもなく袋だけという酷い仕打ちはなく中身は入っている。手のひらに収まるほどしかない大きさと形から察するにキーホルダーに違いない。
コアラの絵に赤で動物園のロゴが入ったキーホルダーは僕のためだったのかとも思ったが既に彼女のカバンにそれはついている。
「開けてもいいかな? 」
「どうぞ 」
袋が破れないようにシールを慎重に外し中身を出す。それはほのかが自分自身に買ったキーホルダーと似たものだった。少しだけ違う。コアラの絵も動物園のロゴが入っているのは同じでもロゴの色が青だった。
いわゆるカップルがよく持つペアキーホルダーだ。
「ありがとう。僕も早速つけさせてもらうね 」
貰ったものなのにペアなんて御免だとつけないなんて失礼な真似はしない。こういうものを貰えたこと自体は嬉しかったし喜んでカバンにつけさせてもらった。
「喜んでもらって嬉しい 」
選んだものが僕の趣味にあっているか、こんなのつけていられないと捨てられないか不安だったのだろう。僕がカバンにつける様子をみて安心したのか笑みが見られた。
「じゃあ、今度こそまた明日 」
「またデートできるのを楽しみにしているね 」
僕はカバンについたキーホルダーを大きく揺らしながら家に帰った。




