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第1話 神授式と無職の貴族

初投稿です!

俺は、十七歳で死んだ。


 特別な人間だったわけじゃない。


 勉強が飛び抜けてできたわけでも、運動が得意だったわけでもない。


 ただ、普通に学校へ通い、普通に友達と話し、普通に家へ帰る。


 そんな毎日を送っていた。


 ――あの日までは。


 その日も、いつも通り学校を終えて帰路についていた。


 駅へ向かう途中、俺はスマートフォンを眺めながら歩いていた。


 そして、交差点へ差しかかった、その瞬間。


 突然、強い衝撃を感じた。


 何が起きたのか理解する暇もなかった。


 視界が暗くなり、身体から力が抜けていく。


 ――俺は、死んだ。


 そう思った。


 そして次に目を覚ましたとき。


 俺は、真っ暗な場所にいた。


 身体が動かない。


 声も出せない。


 というより、そもそも自分の身体がどうなっているのかすら分からない。


 何だ、ここ。


 そう思った直後――。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 甲高い声が響いた。


 ……え?


 何だ、この声。


 もう一度。


「おぎゃあ! おぎゃあ!」


 俺は気づいた。


 この声――俺の口から出ている。


 直後、誰かの声が聞こえた。


「生まれました! 元気な男の子でございます!」


「そうか……!」


 男性の声だった。


「妻は無事か?」


「はい。奥様もご無事です」


 何を言っているんだ?


 生まれた?


 俺が?


 いや、そんなはずはない。


 俺はさっき死んだはずだ。


 混乱する俺を、誰かが抱き上げた。


「あなた。この子を……」


「ああ」


 ぼんやりと目を開ける。


 そこには、見知らぬ女性がいた。


 美しい金髪に、優しい青い瞳。


 疲れ切っているはずなのに、嬉しそうに俺を見つめている。


「まあ……なんて可愛らしい子」


 女性が俺の頬に触れた。


「あなたに似ていますわ」


「そうか? 私には君に似ているように思えるが」


「ふふ。どちらに似ていても、私たちの子ですもの」


 その会話を聞きながら、俺は必死に状況を整理しようとした。


 どうやら俺は、異世界に転生したらしい。


 しかも――赤ん坊として。


 だが、そんなことが分かったところで、俺には何もできなかった。


 歩けない。


 文字も書けない。


 当然、まともに話すこともできない。


 頭の中ではいくらでも考えられるのに、口から出るのは、


「うー……」


 という赤ん坊らしい声だけだった。


 ……これは、思った以上にきついな。


 俺は、それから長い時間をかけて、この世界の言葉を覚えていった。


 一歳を過ぎた頃。


 俺は初めて、まともな言葉を口にした。


「……とー、しゃま」


 目の前にいた男性が固まった。


「あなた……今、何と?」


 隣にいた女性も驚いた顔をしている。


「とーしゃま」


 舌がうまく回らない。


 それでも、伝わったらしい。


「父様、と申したのですか?」


 女性が嬉しそうに尋ねる。


 男性はしばらく呆然としていたが、やがて顔をほころばせた。


「……ああ。そうだ。父上だ」


 俺の頭を優しく撫でる。


「よく言えたな、レオン」


 レオン。


 それが、この世界での俺の名前だった。


 俺は、レオン・フォン・アストレア。


 辺境にある小さな領地を治める貴族、アストレア家の長男として生まれた。


 父のアルベルトは、この領地を治める領主。


 母のエレナは、そんな父を支える優しい女性だった。


 二人とも、俺を心から大切にしてくれた。


 俺の家は決して大きな家ではない。


 王都から遠く離れた田舎の領地。


 それでも、俺はこの場所が好きだった。


 父は領民を大切にする人だった。


「今年の税についてですが……」


「収穫が少なかったのであれば、無理に取り立てる必要はない。まずは領民の生活を優先しなさい」


「しかし、領主様の財政が……」


「領民が生きていてこその領地だ」


 母もまた優しい人だった。


「この子の薬は足りていますか?」


「はい、奥様」


「それなら良かったわ。もし足りなくなりましたら、遠慮なく申し出てくださいね」


 俺はそんな両親を見ながら育った。


 そして五歳になった頃。


 俺の身の回りの世話をする少女が決まった。


「本日より、レオン様のお世話を務めさせていただきます」


 目の前にいる少女は、俺より少し年上だった。


 茶色の髪。


 落ち着いた瞳。


 緊張した様子で、丁寧に頭を下げている。


「名前は?」


「リナと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


「うん。よろしく、リナ」


 これが、リナとの出会いだった。


 それからというもの、俺たちはいつも一緒にいた。


「レオン様、お目覚めくださいませ」


「……あと五分」


「いけません。本日は剣術のお稽古がございます」


「聞いてない」


「昨日、私がお伝えいたしました」


「……覚えてない」


「そう仰ると思いました」


 リナは呆れながらも、俺の服を整えてくれる。


 俺が転んだときには真っ先に駆けつける。


 悪いことをすれば、きちんと叱ってくれる。


 落ち込んでいるときには、何も言わず隣にいてくれる。


 気づけば、俺にとってリナは家族と変わらない存在になっていた。


 そして十歳。


 俺は、人生を左右する日を迎えた。


 この世界には《役職》という制度がある。


 剣士。


 魔術師。


 騎士。


 僧侶。


 商人。


 役職は、単なる職業ではない。


 この世界では、役職こそがその人間の社会的な価値や身分を大きく左右する。


 どれほど裕福な家に生まれたとしても、低い役職ならば軽く見られることがある。


 逆に、高位の役職を得れば、平民であっても大きな権力や名声を得ることができる。


 貴族にとっては、なおさらだった。


 どの役職を授かるかによって、家の将来すら変わる。


 優れた役職を得た子は家の誇りとなり、重要な家との婚姻や政治的な繋がりにも影響する。


 反対に、役職に恵まれなかった者は、家の中でさえ立場を失うことがある。


 そして――。


 《無職》だけは、別格だった。


 無職とは、文字通り役職を持たない者。


 平民であっても蔑まれることが多い。


 まして貴族ならば、家の恥とまで言われる。


 跡継ぎから外されるのは珍しくなく、家によっては勘当されることすらある。


 つまり、この世界において《無職》とは、単に「仕事がない」という意味ではない。


 社会的な身分そのものを失いかねない、極めて重い役職――いや、役職すら持たない状態だった。


 だからこそ、神授式を目前にした俺は、少しだけ緊張していた。


「レオン」


 神殿へ向かう馬車の中で、父が声をかけてきた。


「はい、父上」


「緊張しているのか?」


「少しだけ」


「そうか」


 父は穏やかに笑った。


「案ずることはない。どのような役職を授かろうとも、お前は私の息子だ」


「ありがとうございます」


 母も優しく微笑む。


「あなたなら大丈夫ですわ、レオン」


「はい、母上」


 やがて馬車が止まる。


 俺たちは神殿へ入った。


 白い石造りの建物。


 静かな礼拝堂。


 その中央には大きな祭壇が置かれていた。


「レオン・フォン・アストレア様ですね」


 司祭が恭しく頭を下げる。


「はい」


「それでは、祭壇の前へお進みください」


 俺は指示に従った。


「これより神授式を執り行います」


 祭壇へ手を置く。


 淡い光が俺の身体を包み込んだ。


 温かい。


 そして――。


 祭壇の上に光が集まり、一枚のステータスが浮かび上がった。


「……確認いたします」


 司祭が目を通していく。


 そして俺の目の前にも、同じ内容が表示された。


【ステータス】


名前:レオン・フォン・アストレア


種族:人族


年齢:10歳


レベル:1


役職:無職


HP:47


MP:31


筋力:18


耐久:17


敏捷:23


魔力:27


精神:34


運:19


スキル:なし


「……」


 俺はステータスを見つめる。


 そして、司祭の表情が変わった。


「……レオン様」


「はい?」


「恐れ入りますが、もう一度確認させていただきます」


 司祭が祭壇へ手をかざす。


 光が強くなる。


 そして――。


 ステータスの一番下に、新たな文字が浮かび上がった。


【ユニークスキル:チャット】


「……これは?」


 司祭が息を呑む。


 父も母も、驚いた顔でステータスを見る。


 俺は、その文字を見つめた。


 チャット。


 聞いたことのないスキル名。


「ユニークスキル……?」


 俺が呟く。


 司祭は頷いた。


「はい。極めて稀な、唯一無二のスキルでございます」


「詳細は分かるのか?」


 父が尋ねる。


「申し訳ございません。私にも、このスキルの詳細までは……」


 司祭が首を横に振る。


「ユニークスキルは、その性質が個人によって異なります。教会にも全ての情報があるわけではございません」


 俺は再びステータスを見る。


 役職は――無職。


 能力値も、特別高いわけではない。


 そして唯一のスキルが――《チャット》。


 その瞬間。


 俺の目の前にだけ、新たな文字が浮かび上がった。


《ユニークスキル:チャット》


対象との意思疎通を可能とする特殊能力。


詳細機能は、使用者の成長に応じて解放されます。


「……何だ、これ」


 俺は思わず呟いた。


 司祭は首を傾げる。


「何か表示されましたか?」


「いえ……まだ、よく分かりません」


 これが俺のスキル。


 無職の俺に与えられた、たった一つのユニークスキル。


 だが、この時点では何ができるのかすら分からない。


 父が静かに俺を呼ぶ。


「レオン」


「はい」


「帰ろう」


 その声は優しかった。


 けれど、その表情には隠しきれない苦悩が浮かんでいる。


 俺は理解していた。


 俺が貴族として、長男として、どれほど厳しい立場に置かれたのか。


 この世界で無職の貴族が、どれほど軽く扱われるのか。


 それでも、隣を見る。


 リナが心配そうに俺を見つめていた。


「……リナ」


「はい」


「俺、どうなるのかな」


 リナは少しだけ考えた。


 そして、静かに答えた。


「私には分かりません」


「そっか」


「ですが――」


 リナは真っ直ぐ俺を見る。


「私は、これまでと何も変わりません」


「……」


「レオン様は、レオン様ですから」


 俺は少しだけ笑った。


「ありがとう」


 この日。


 俺は、この世界で最も忌み嫌われるものの一つを背負うことになった。


 ――無職。


 そして同時に。


 世界で誰一人として詳細を知らない、未知のユニークスキルを手に入れた。


 このときの俺はまだ知らない。


 この《チャット》という力が。


 やがて俺の人生だけではなく、この世界そのものを変えていくことになるなんて。

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