1 よくありがちな、全てが完璧な美青年をぶち殺す
#こんなやついるわけない
#前世で何をしたらこうなれる?
レオンは、少なくともこの学校の教師を含めたすべての魔導士の中で最強だった。
細身で色白の二枚目。その整いすぎた容姿だけを見れば、貴族の子息か何かにしか見えない。だが、その見た目からは想像もできないほど、とんでもない火力の持ち主だった。
入学早々に行われた魔力適性検査では、膨大すぎる魔力によって、Cランクまでの判定を想定していた魔力検査用の魔石を破壊。
検査担当の教師が呆然と立ち尽くす中、当の本人だけが「すみません」と困ったように謝っていた。
三年目の試験では、本来六年生がパーティを組んで倒す試験用巨獣を、一撃で灰にしてしまった。
巨大な咆哮を上げていた巨獣は、レオンが魔法を放った次の瞬間には、跡形もなく消えていたのである。
その圧倒的な才能は、時に上級生のいじめの標的にもなった。
だが、上級生ですらレオンの火力には敵わなかった。
決闘を挑まれれば正面から叩き潰し、嫌がらせを受けても軽く受け流す。気づけば、レオンへ手を出そうとする者はいなくなっていた。
そして四年生となった今では、教師でさえも敵わない存在となっていた。
しかし、レオンはその才能を鼻にかけることはない。
誰に対しても態度を変えず、後輩にも教師にも礼儀正しい。
女子からは高嶺の花のように扱われながらも、男子からも好かれ、教師からも可愛がられる。
まさに完璧と呼ぶにふさわしい人間だった。
「レオン、今日の朝、上級生女子たちがあなたの出待ちしてたわよ」
朝の教室。
席に向かおうとしていたレオンへ、イリーナが呆れたように声をかけた。
レオンとイリーナは同級生の幼馴染で、同じクラスだった。
「出待ち?」
「校門の前にずらっと。しかもほとんど五年生」
イリーナはため息混じりに言う。
レオンは少し困ったように眉を下げた。
「……気づかなかった」
「気づかないあたりが、あなたよね」
「レオンはどこがそんなにいいんだろうね」
レオンは、本気で疑問に思っているような顔で笑った。
イリーナは呆れたようにため息をつく。
「それ、もう謙遜を超えて他の男子に失礼なんじゃない?」
「何が?」
そう言って笑う横顔は、モデルのそれだった。
整いすぎた顔立ちに、普通の女子なら目を逸らしてしまうだろう。
もっとも、そう言うイリーナも容姿端麗で、定期テストでは常に総合一位を取り続ける秀才だった。
レオンとイリーナが恋仲に近いことは、学院内では周知の事実である。
まだ付き合ってはいない。
だが、どちらのファンも、二人の間に割って入れるとは思っていなかった。
そしてイリーナは、今日の夜に告白しようと思っていた。
幼い頃から、いつも一歩先を歩いていくレオン。
尊敬していた。
同時に、少し悔しくもあった。
だからせめて、告白くらいは自分からしたかったのだ。
何でも完璧なレオンも、そういったことには妙に疎かった。
「今日の夜、イリーナが予約してくれたレストランなんだけど、ちょっと行くの遅くなるかも」
レオンがそう言った。
「あ、そうなの?」
イリーナは平静を装って返す。
だが内心では、大事な計画が狂うのではないかと落ち着かなかった。
「うん。ちょっと工房寄ってから行こうと思って」
ここ、ゼフィルアカデミーは、学校の地下に膨大なダンジョンを保有している。
その面積は、土地だけなら大国以上とも言われていた。
実習授業や部活、放課後の探索はもちろん、安全地帯では生徒たちによってレストランや娯楽施設まで運営されている。
また、ダンジョン内で個人の工房や研究室を持てるのは本来六年生からだった。
だが、同世代に類を見ないほどの天才には、その辺りの規則もある程度優遇されている。
「ごめん。すぐ終わらせて行くから」
申し訳なさそうに言うレオンを見て、イリーナは小さく笑った。
「いいよ。待ってるからね」
その直後。
午後の講義開始を告げるチャイムが、食堂に響き渡った。
放課後。
イリーナは、予約していたレストランへ向かっていた。
告白の舞台をダンジョン内ではなく街のレストランにしたのは、同級生に会うのを避けるためだ。
選んだのは、この街で一番予約が取れないと言われる高級レストランだった。
最初こそ、レオンが遅れると言ったことに少し不満もあった。
だが、いざ着替えて店に入り、席へ座ると、自分でも想像できないほど緊張していることに気づいた。
胸が落ち着かない。
だからむしろ、気持ちを整理する時間ができてよかったのかもしれない。
そんなことを考えていた。
しかし。
「……あれ?」
だいぶ落ち着いてきた頃、イリーナは違和感を覚えた。
スマホで時間を確認する。
本来の約束の時間から、すでに三十分以上が経過していた。
レオンから連絡はない。
一度、
『まだかかりそう??』
とメッセージを送る。
だが、返信は来なかった。
さらにしばらく待ってから、今度は電話をかけてみる。
しかし、出ない。
イリーナは眉を寄せた。
レオンの工房は一階にある。
電波が届かないはずはない。
本人の話では講義で遅れるわけではなく、工房に寄るだけと言っていた。
なら、工房にいるはずなのに電話に出ないのは少しおかしい。
今まで、レオンが約束に遅れたことは一度もなかった。
むしろ毎回、イリーナより先に来ていて、
『今ちょうど来たところ』
みたいな顔で待っている男だった。
そんなレオンが――。
そして約束の時間から一時間半が経ったところで、ついにイリーナは痺れを切らした。
「……直接行こう」
会計を済ませ、席を立つ。
そしてイリーナは、レオンの工房へ向かった。
ドレスコードのある店だったため、イリーナは普段より少し大人びた服を着ていた。
慣れない格好ではあったが、いい家の出であるレオンの隣を歩くため、一通りの作法は幼い頃から叩き込まれている。
イリーナは迷いなく歩き、勇み足で学校へ向かった。
そのまま地下ダンジョンへ入る。
途中、イリーナを知っている生徒たちが視線を向けてきた。
「イリーナ先輩……?」
「なんでダンジョンでドレス……?」
普段から美しい彼女が、軽いドレス姿でダンジョンを歩いている。
当然、目立たないはずがなかった。
だがイリーナは気にしなかった。
堂々とした足取りで、そのまま通り過ぎていく。
工房の場所は知っていた。
何度か、レオンに連れられて来たことがある。
工房でポーション研究をしている時のレオンを、イリーナは好きだった。
いつもは何でも軽々とこなしてしまう彼が、珍しく真剣な顔で研究に打ち込んでいる。
その横顔を見るのが好きだった。
だからイリーナも、来年の科目選択では薬学を専攻しようと思っている。
いつか。
ダンジョンで怪我をしたレオンを、自分の作ったポーションで癒したい。
バフをかけ、支えながら、一緒にダンジョンを探索したい。
それが、今のイリーナの目標だった。
そんなことを考えながら、工房のドアを開ける。
「……あれ?」
電気が消えていた。
人がいるような気配もない。
工房はそこまで広くない。
ここにはいないのか、と不思議に思いながら踵を返しかけた、その時だった。
――グチャッ。
奥の部屋から、嫌な音がした。
まるで肉を潰したような音。
イリーナは息を呑み、奥の扉を開ける。
そこには、黒ずくめの男が立っていた。
揺らぐ大きな黒い牙を口につけ、口元は血で濡れている。
だが。
イリーナの目が向いたのは、男ではなかった。
「……え?」
床に倒れていた。
胸部を大きく抉り取られ、心臓付近に穴の空いた、待ち侘びた恋人の姿だった。
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