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買い物帰りと邂逅




「ありがとな!シャルルによろしく言っといてくれ!そっちの新顔ちゃんも、ご苦労さん!」


「もちのロン、です」


「はぁ……はぁ……あ、ありがとう……ございます」


 ローズがシャルルより引き受けていた買い出しメモ通り、私たちは記載されていたほぼ全ての買い出しを終えていた。


 凄まじい量とスピードである。量もスピードも甘く見積もっていた。まさかこんなにもローズが爆速であり、こんなにもシャルルが必要としている物が多かったなんて……。


 私とローズで半々の荷物(日用品からよくわからない金属製品である)を持って、先ほど気の良い挨拶をしてくれた主人の店を後にする。少し小太りの、たくわえた顎髭と腕まくりの似合う店主であった。


 私は息絶え絶えに、自身の体力のなさを呪いながらローズの後に続いた。時刻はすでに正午を過ぎているようで、茹だるような暑さと雲間から時折覗ける陽光の熱線に、雲と蒸気立ち込めるこの街も大きく飲まれていた。

 昨日よりも街は幾分か明るく見え、運動をしたからだろうか、なんだか胸の内がスッキリし、疲労感は拭えないが身体は軽やかだった。


「あとはモノノベ屋から近くの……配管業のモジャおっさん店ですね」


「また微妙なあだ名を……」


 ローズは買い出しの間、次に出向く店主のあだ名を口にした。よれよれババアのタバコ屋、腰曲がり野郎の肉屋、ロベルトションベン金具などなど……口にして良いのかわからない、いや、あまり出すべきでないような名前である。

 しかしこの街の、少なくとも買い出しに出向いた先でローズがそっくりそのままニックネームを告げたとしても、大抵大笑いをするか、鼻で笑って済ませるばかりであった。


 私はというと、ローズが名前を口にした時、後ろでヒヤヒヤあわあわしていた。

 

「そちらの世界では愛称で呼ばないのですか?……シャルルはよく使って呼んでますよ?」


「……シャルルのせいか」


 納得。


 その瞬間、遠くの巨大な配管からもくもくと大量の蒸気が天に昇り、周囲の建物を震わす大きな音が鳴った。同時に爆発音も。


「もしかして、またあの怪物が……っ!」


 私は音の鳴った方を見てそう焦ったが、ローズや街ゆく人々は目もくれず、普段と変わらぬ様子で生活を続けていた。音がだんだん消えゆく手前、ローズが言う。


「この街ではよくあることです。巨大企業やら頭のおかしいお偉いさんが作った機械の排気音ですよ。それに、パンカーはそこまで頻繁に出るわけじゃないです」


「そ、そうなの……?」


 なんだかシャルルにも同じようなことを言われたような……。


「それにこの私がいますから。この最強ロボットである私が一撃粉砕、速攻で沈めます。いえい」


 そう言ってローズはピースピース、余裕綽々といった様子で言い、続けて、さあ残りの場所まで急ぎますよ、と加えて、またも人間らしからぬ(人間ではないのだけれど)土煙の上がる調子で荷物を持って走り出した。


 また走るの!?と内心思いつつ私も遅れを取らぬよう荷物を背負い直し、走り出そうとした――その時。




「ルナ様ッ!?」




「えっ?」


 露店と集合住宅の間、その路地裏に声の主はいた。ばったり目が合い、ゆっくり視線が交じる。見慣れた制服、見知らぬ顔……メガネと控えめな印象。

 その人物はそれまで心細かったのだろう、私の顔を見て困惑と喜びの色を見せ、目を大きく見開いていた。




 買い物を中断し、モノノベ屋へと戻った私たちは、仕事机でなにやらうんうん唸っていたシャルルへ声をかけた。シャルルはその声に反応し顔を上げたが、数秒後には目を見開き、口をあんぐり開けて、椅子を鳴らして立ち上がり言った。


「なんでぇ!?」


「そこの路地裏にいた……」


「まさに天変地異ですね、シャルル」


「てんぺん……ちょっと違うような、いや、そんなことはどうでも良い!!!この短期間で違う異邦人が来るとは……」


 私たちが困惑の色を纏って話す中、その見慣れた制服を着た女学生は肩を窄めて、ときおりかけたメガネを直していた。しかし気が動転しているのか、メガネは一向にポジションをとらず、何度も掛け直していた。


 ネイビーブルーの髪を緩く編んだ髪、控えめでおとなしそうな表情、黒縁の大きなレンズの入ったメガネ、そして私のことを知っている……格好からして間違いなく私と同じ異邦人である。時折私をチラッと見て、それに私が気づくとスッと目を逸らす。やがてシャルルが頭をかきながら、その女学生に声をかけた。


「えっと……よ、ようこそトワレへ!」


「睡眠不足と労働でおかしくなってますね、シャルル」


「……蒸気ヶ丘の生徒?」


 私がそう訊くと、ゆる編みの子は言葉なしに強く頷き、ほんのり頬を染めて肯定した。やはり、私と同じ学校の子だ。


「あの……私、宮内コハルですっ!蒸気ヶ丘高校の一年で、えと……ここ、どこです?」


 メガネ向こうの濃い青眼にほんのり困惑の色が見られる。それに答えるべくシャルルが声を張る。


「ここは嬢ちゃんがいた世界とは別の……硝煙と糞の香る街だ!」


「やっぱり最悪の紹介ですね」


「シャルル……」


 ローズの言った通り、最悪の紹介である。シャルルはあまり気にしていないようで、腰に手を当て口笛を吹いている。私はコハルと名乗った女学生を恐る恐る見たが……予想していた反応とは違って目が爛々としており、さらに予期せぬ視線をこちらに向けた。


「やっぱりルナ様――いや、ルナさん、ですよね!」


 ……本当になんで知ってるんだろう。私は躊躇いつつも頷いた。するとコハルはメガネをスッと上げ、次にはもう興奮抑えきれぬ様子で言った。


「まさか行方不明になってたルナさんがここに、同じ世界にいるなんて……!!しかもこの世界……まさにスチームパンクッ!!まさかこんな世界に来られるなんて、さいっこうッ!!!」


 ……おとなしそう?

 前言撤回。様子のおかしな子であった。

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