第266話 割れた戦友たち
隊の解散から約半年。激動の1582年が間もなく終わりを迎える。
この半年、俺は伊賀の復興に奔走していた。伊賀の乱で死んだ将の土地の整理や南北の里を起点とした支配体制の再確認。やることはいくらでもあった。
そして今まで戦続きであまり一緒にいられなかった家族や仲間との時間も沢山取ることが出来るようになった。
信助との剣の稽古や丹波や保正との試合。祈と昔のように町に出かけ、丹波ともみじの家族との交流も頻繁に行い、丹波夫婦に第一子が生まれた時には自分の事のように喜んだ。
そんな日々は戦続きで疲弊した俺の心を少しずつ癒してくれるようだった。
だが伊賀の外は動乱が続いている。可能な限り伊賀の外とのかかわりを排除していた伊賀にも多少なりともその影響は届く。
年の末、俺の元同僚が立て続けに伊賀の俺の屋敷を訪ねてきた。
「年が明けたら私は長島で挙兵します。秀吉が大挙し城を包囲するでしょうが、勝家殿の挙兵まで耐え抜ける確率は7割以上。即ち勝率も7割以上です。ここに大助殿が加われば勝利は固い! どうか、私どもに加わっていただきたい!」
一人目は滝川一益。俺を柴田勝家の側へ引き入れるために自ら来た。彼は俺が聞いたわけでもないのに作戦の全貌を自ら明かし、元同僚で対等な立場の俺に深く頭を下げてきた。
「申し訳ありませんが、お引き取りを」
「っ! 何故!? まさか、秀吉の方へ?」
「俺はどちらにも付く気はありません。もちろん、今聞いた作戦をサルの方に流したりするつもりもない」
「では、何故?」
今、各国の大名が勝家殿かサルのどちらに付くかを迫られている。そんな中、どちらにも付かないという俺の判断は一益殿にはさぞ不可解な決断に見えただろう。だがその答えは単純。
「今の俺にはもう、戦う理由がない。俺は土地や権力が欲しくてこれまで戦ってきたわけじゃない。……一益殿にも、わかるでしょう?」
信長様の天下という一緒の夢をみて戦ってきた。一益殿は全てを察した後、俺の顔を見る。そして優しく、寂しそうな笑みを浮かべる。
「楽しい戦いでありましたな」
「あぁ。本当に」
俺が決して靡かないとわかったのだろう。一益殿はもう何も言わず、俺に深く頭を下げ、立ち上がる。立ち去る一益殿の背に俺は一言かける。
「一益殿、ご武運を」
一益殿は一瞬驚いた顔をした後、
「ありがたく」
そう一言だけ残し、伊賀を去っていった。
「ここに来るのは伊賀の乱以来ですね。大助殿、お久しぶりです。祈も元気なようで何よりだ」
二人目は丹羽長秀。一益殿と同じく俺の元同僚で祈の兄にあたる。長秀殿が問題ないというのでこの話し合いの席に祈も同席させている。
祈は久しぶりの兄との再会に嬉しそうにしながらも、「少し老けた?」なんて軽口をたたいている。
長秀殿の方も「祈にそんなこと言われる日が来るとはなぁ」と嬉しそうにしていた。
兄妹の再開が一段落したところで本題に入る。
「今日来たのにはいくつか理由がありますが、まずは祈の顔を見ること。次に、こちらを」
長秀殿は布に包まれた棒のようなものを俺に差し出した。
「これは?」
「どうぞ、開けてみてください」
「これって……!!」
布を取って出てきたものは我が坂井家の重代宝刀・ソハヤノツルキ。父上が死に際に俺に託し、俺が主従の証として信長様に預けていたもの。それが、何でここに?
「信長様の遺品を分配するときに出てきたのだそうです。安土城の宝物庫に厳重に保管されていたと。それを受け継いだ三法師様がこの刀の経緯を知り、すぐに大助に返すように、と」
「三法師様が……」
織田家が一番大変な時に織田家を出た俺に対してそのような対応をとってくださるとは。自身もあの年で祖父と父を失い辛いだろうに。
「お礼をしないとな。祈、あとで丹波に言って伊賀の名品を集めてもらおう。長秀殿、三法師様に届けて頂けますか?」
「お任せを」
俺はソハヤノツルキを丁寧に再び布で包み、再び長秀殿と向かい合う。まだ話したいことがありそうだ。概ね、予想はつくが。
「大助殿、単刀直入に申します。私たちの側に付きませぬか?」
「申し訳ないが、俺はサルの下に付く気はない。俺はもう戦に出る気もありません。この伊賀で祈や信助、大切な仲間たちと生きていく」
もちろん、伊賀が危機に晒されるようなことがあれば戦って守る。だが一益殿にも言ったように俺の方から戦を仕掛けたいと思うことはないし、信長様のように支えたい人もいない。
「それにこれからサルが戦うのは勝家殿たちでしょう? 俺にとってはサルの側の長秀殿や恒興も勝家殿の側の一益殿や利家も仲間だった。この戦国の世で味方が敵になるのは茶飯事ですが、好んで友人と戦いたくはない」
「その意志は固いようですね」
「あぁ。俺はここで祈たちと一緒に生きていく」
断られたというのに長秀殿は怒るでも再度説得を試みることもなく、優しい笑みを浮かべていた。
「あなたに妹を預ける判断が出来たことを誇りに思います。祈も幸せそうで何よりだ」
その言葉に俺が隣の祈を見ると顔を赤くした祈と目が合った。なんだか気恥ずかしくてパッと目を逸らす。
そんな俺たちの様子に苦笑しながら長秀殿は手荷物をまとめる。
「あなたをまた戦場に連れ出すと祈が悲しみそうですからね。ここは引き下がるとしましょう。……ですが最後に、これはあなたの義兄としての忠言です。大助殿、あなたもわかっているかもしれませんが恐らく次の天下は秀吉殿のものでしょう。あなたは脅威を振り払えるだけの力がありますが、それにも犠牲は伴います。そうなる前に、できるだけ早く私の義弟がこちらに合流するよう願っています」
「ありがとう、義兄さん。機は逃さないよう、気を付ける」
最後のは勧誘じゃない。俺や伊賀を思った忠告だ。長秀殿はサルの戦力として俺を勧誘したんじゃなくて、俺の今後を考えてわざわざ来てくれたのだ。その思いやりを無碍にすることになって申し訳ない。
長秀殿はその晩、伊賀の屋敷に滞在することになった。俺は宴を開き、戦友と楽しい酒に酔いしれた。話題は信長様の下で楽しかったことや大変だったこと。あの戦で死にかけたとか、あの時は助けられたとか、そんな話がいくらでも出てくる。今は対立している勝家殿や一益殿との思い出話も。
サルの側に付いた長秀殿、勝家殿の側に付いた一益殿。日本最強の軍であった織田軍は完全に二分された。
そしてこの半年後、戦友同士であった彼らは賤ケ岳で激突する。
対立する両者の狭間で金色の槍武者は今……




