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70.勇者のねじろ 後編


 ここに来るまでに、かなりの時間を要した。


 全知全能の智者として怠惰の勇者を必死に支えて来たにもかかわらず、黒魔女デニサの呪いにまんまとかかり、劣弱とされた。


 集まった仲間は見事なまでに、女子供ばかりだが、彼女たちの成長は目を見張るものがある。


 特に薬師くすしの二人だろう。


「ルシナ、恐れることは無い。この先にいるのは、女ばかりを集めたお調子者の勇者だ」

「……自分もでしょ?」

「いや、奴とは違う。と、とにかくだ。俺はお前たちを守り、世界をおかしくした勇者と魔女を消し去る! だから俺を信じ――」

「パナが泣き止まなくなるから、それ以上は言わないこと! アクセリのして来たことを信じないわけが無いんだからね?」

「あぁ、そうだな」


 危機感を感じていない召喚士と竜人には、現場判断で動いてもらうしかないが、デニサの本体を封じるのを優先すべきか、あるいは……


「あ、あれ? アクセリさま、この先が明るくなって来たです~」

「そうだな、広い空間となっているんだろう」


 細く狭い魔窟をようやく抜けきった先は、かつて勇者と勝利を味わった空間が広がっていた。


『――やぁ、随分遅かったじゃないか。賢者アクセリ……いや、今は賢者と呼んじゃいけないかな?』


 らしくないほど、堂々と姿を見せたベナークがそこにいた。


 それも、面白いほど似合わない玉座に座しているとは、滑稽にも程がある。


『ベナークで合っていましたか? あなたのそのお顔は、正義とは程遠い形相を呈しておりますよ?』


 俺も年月を経て目覚めているが、勇者ベナークの顔は魔による生命搾取によるものなのか、やつれている様に見える。


 ベナークの周りを固めているのは、表面上はデニサと、かつて組んでいた魔法使いが数人いるようだ。


 しかし彼女たちが正気を保っているとも思えない。


「ふん、ここまで来ていい加減、その嘘めいた態度を出すつもりなのか? 全て知っているぞ。アクセリは厚顔無恥な奴であると」

「……そのことを知っていて、随分と警戒をしているじゃないか。さすが勇者さまだな」

「む、無駄なことを話に来たわけじゃないはずだ! 俺が憎くて、俺を倒す為に努力して来たことも聞いているんだぞ。結局お前は、弱いのをどうする事も出来なかった哀れな元賢者に過ぎない!」

「それもよく分かっているようだな。ならば、さっさと俺に向かって来ればいいのではないか?」


 ベナークの脇に座しているデニサは不敵な笑みを浮かべながら、動きを見せていないのが気になる。


 他の女たちもデニサの指示を待っているのか、それともすでに人間としての魂では無くなっているのか微動だにしない。


「は、はははっ! 俺がアクセリごときに手を下すまでもない。お前が仲間だと信じていた女によって、再び惨めな姿になるんだ!」

「……何?」


 予期していた通り、パナセに何かするつもりなのか?


 しかしそうならないように、契りを果たしてある。


「……アクセリ――っ、ごめん……なさ――」

「うっ!?」


 俺の名を呼び、謝ったのはルシナ……か?


 この霧――そういうことか。


「ヌシさま……っ!」

「おっさん、どこなのだ、おっさん……!!」


 俺と彼女たちを分断させるのが狙いだったのか、ルシナが発生させた霧によって、はぐれることになってしまった。 


 だが薄れゆく彼女たちの声の中で、声を発することの無かった彼女の手が、無意識ながら握られていたことに気付く。


 ルシナの幻霧魔法によって辺りの視界を失っていたが、俺の隣にはもう一人の薬師の姿があった。


「あぅぅぅぅ……ルシナちゃん……どうして?」

「落ち着け、パナセ! 俺を見て、そのまま手を離さずにいてくれ」

「ぐすっ……アグゼリざばぁあ」


 良かったとは言えないが、パナセではなくルシナに対して何らかの形で、命令していたようだ。


 まさかと思うが、洞窟の時の毒と傀儡かいらいが、彼女の精神をむしばんでいたのか。


『はーはっはははは!! ざまあみろ! 劣弱賢者になったのは能力だけじゃなく、智者としてもだったみたいだな!!』


 未だに霧は晴れていないが、霧の向こうでベナークの間抜けな声が響き渡っている。


 何かをして来るとは思っていたが、ルシナの精神的弱みを握っていたとはな。


 毒を使った偽勇者ではあったが、ヴェレーノなる女は、役目を果たして倒されたということか。


「いい加減泣き止んで、心を強く持っていてくれ、パナセ」

「はぎぅっ、うぎゅっ……は、はひぃ」


 妹のルシナを引き込めば、パナセがたとえ脅威だったとしても、使い物にならないと判断されていた。


 これもデニサが仕掛けたことだろう。


 ベナークなんぞに、こんな深みのある策は思いつくまい。


「そろそろ視界が開ける。パナセ、俺の後ろに――っ!?」


 霧が晴れたと同時に、俺は何者かによって吹き飛ばされていた。


 鈍い痛みを感じたが、精霊要素を全身に覆っていたこともあり、血が流れる程ではない。


 パナセの姿を見かけないと思っていたが、俺を必死に庇っていて、胸元に必死に顔をうずめている。


「お、おい、パナセ……」

「嫌です……」

「な、何がだ?」

「ルシナちゃんも助けなきゃなのに、でも……アクセリさまを失いたくないです……うぅっ……」

「俺は無事だ。お前のおかげでだ。ルシナは俺が必ず、救ってやる。だから泣くな」

「ふぎゅぅぅぅ!!」


 こんな状態では、パナセの潜在能力に期待すら叶わないだろう。


 ベナークが居座る部屋……さしずめ、根城ねじろに入った時点で、何かが起こるとは思っていた。


 ルシナを傀儡し、戦力としてのパナセを奪うとは、さすがの俺も想定していない。


 元々、彼女たちを戦わせることを計算に入れていなかったとはいえ、こんなことを思いつくのも魔女といったところか。


「ふっふふふ……劣弱賢者は薬師に守られなければ、戦えないのですか?」

「……そういうお前は、ベナークにその姿を見られるのがそんなに嫌か?」

「元よりあの勇者の力に対し、期待などかけていませんわ。わたくし一人が動くだけで、世界は正しく動いておりますもの。ただ一つ、いつまでも生き永らえた賢者を取り除けば……ですけれど」


 ルシナはベナークの元にいるのか、捕らえられているのか分からないが、魔女デニサは真っ先に俺の前に姿を見せて来た。


 その姿は、魔窟で見せた骸に人間の皮を張り付けただけの、まがい物の姿だ。


 単体になってくれたのは好都合か。


 さらに言えば、魔女デニサさえ消してしまえば、ベナークの野郎など取るに足らないことだ。


『――愛する薬師の前で存在ごと、滅して差し上げますわ』


「……パナセは後ろで控えていてくれ」

「え、でも――」

「大丈夫だ」


 俺に従う盟約要素が、力を放ちたくてうずうずしているようだ。


 刹那のごとく、デニサの姿を消してやるとするか。


『汚れを知らぬ大気漂う光の精霊……闇黒より来たれり不浄の骸、魔女デニサに注ぎ……清浄せよ!!』


『キ、キサマ……その力――!?』


『魔女……いや、魔王としての未練を残さず、浄化をしておくんだな!』

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