56.賢者と甘え娘 3
「ん……んんん……う?」
「あ、ようやく起きた!」
「ルシナ……か? パナセはどうした?」
「パナなら、オハードさんに謝らなきゃって言いながら、慌てて外に出て行ったよ」
「オハード……さん? ふ、あいつにも春が来たか」
「そうじゃないけど、アクセリだと思っていて突進したのはパナのミス。目覚めてから突き放したのは、あんまりなことだって思ったんじゃない? だから」
俺がいない間にそんなことがあったとはな。
さっきまでパナセの膝枕に眠っていたはずなのに、ルシナにあっさり交代していたとは、珍しいことがあるものだ。
「ア、アクセリ」
「何だ?」
「……何か私にして欲しいこと、ある?」
「無いな」
「あ、あるはずでしょ? もちろん、出来ることは限られるんだけど、してあげるから言って」
「こうしてパナセの代わりに膝を借りているわけだからな。特には……あ、いや、待て。考える」
「ふ、ふん……早くしてよね!」
これはアレだな。パナセばかり愛を注いでいるのを、いつも羨ましく見ている、ルシナなりのお願いと見た。
素直では無いが、パナセのように本当は甘えたい妹なのだろう。
ルシナに持たせたのは自分自身だが、短剣のおかげでこうして助かったともいえる以上、何かしらの甘やかしをしてやらねばならない。
「ではこうしよう。ルシナがして欲しいことを言ってくれ。それを俺がしてやろう」
「わ、私が? アクセリ……賢者にして欲しいことを言うの?」
「あぁ、頼む」
ルシナはパナセと違って素直では無いが、しっかりしていない姉を支えようとして来た妹だ。
だからこその我慢強さがあったに違いなく、少なくとも人前で甘えるような性格ではない。
いつもパナセばかりを甘やかしているのは事実であり、パナセに声をかけられなければ、野垂れ死にしていたからなのだが……、ルシナやロサにも褒美を取らせる必要があるかもしれない。
「ルシナ、俺と逆になれ」
「め、命令? い、いいけど……」
ルシナに膝枕をされていたが、今度はルシナを俺の膝上に寝かせることにした。
「ふ、ふん……まぁまぁね」
「では望み通りにしてやる」
「ひぁん!? ま、待って、そ、そこは弱い、弱いんだってば!!」
「でもここがお前の、エルフの弱い所だろう?」
「うぅ……ずるい」
ハーフエルフではあるが、エルフのような尖って長い耳は、ルシナの象徴でもある。
恐らく、誰にも触れられたことの無い場所であり、甘えたい時に触れて欲しい場所のはず。
「はふぅ……アクセリだけなんだからね? 勘違いしないでよ? エルフのロサさんだって、絶対触らせないと思うし、でもあんたになら触れさせてもいいって思う。だけど、触れさせるときは二人だけの時! それ以外はさせないんだからね!」
「無論だ。俺も他の誰かがいる時には、ルシナに触れたくないしな」
「あ、あんた、それ……」
「ん? 何かまずいことでも言ったか?」
「何でもない! アクセリ……パナを絶対に見放さないでね。約束……」
「当然だ。そうでなければ、黒騎士が……いや、何でもないぞ」
ロサのことを口に出したが、同じエルフでもあいつはダークエルフだ。
つまり、甘えるとなると非常に厄介な甘え方を要求してくるはず。
「ルシナ……お前がいてくれて良かった。これからも頼む……あともう少しだ」
「な、何を改まるの? 里を出ると決めた時から、駄目な賢者でもついて行くって決めたの! だから、私はもっと役に立って見せる! あなたも呪いか何かで劣弱だろうけど、頑張ってよね!」
「そうだな……能力を取り戻して、苦労をかけさせないようにする。約束をしよう」
「うん、よろしく」
パナセの妹……ルシナも普段から甘えさせるべきだと思っていたが、ルシナなりのプライドがあったようだ。
甘えさせる時は、他の誰かがいない時にするとしよう。




