54.賢者と甘え娘 1
意識を取り戻したルシナは、傍にいたシヤがいなくなっていたことに気付き、気持ちよく眠っているパナセをそのまま寝かせながら、冷静に状況を見定めていた。
少し離れた所で聞こえていた戦いの音はすでになく、ルシナが見回す辺りに見えるのは姉のパナセだけ。
そんな静寂を破るように、ルシナに声をかけて来たのは魔戦士オハードだった。
「おう、姉ちゃんたち、無事か? アクセリの奴はやはり外に行きやがったみてえだな……」
「はい……その、黒騎士の方と戦いをしていると思われます」
「だろうなぁ」
「あの、魔の気配をさせていた相手とはどうされたのですか?」
「まぁ何だ……細かい切り傷はもらっちまったが、大した相手じゃなかったみてえだな」
「ではその人も傀儡で?」
「そうだと思うぜ? しかし勇者を名乗ってんのが、ことごとく魔族か賊だとか……世界はどうなってやがんだぁ?」
オハードの言葉に嫌な予感を感じつつも、いつまでも起きないパナセに、ルシナは声をかけた。
「パナ、パナ……」
「むにゃ……アクセリさまぁ~えへへ……抱きついちゃいますよぉ~」
「パナ、ちょっと……離れて」
「離しませんよぉ~ぬふふ~……」
「い、いい加減に起きなさいっっ!!」
ルシナの鋭い身交わしで、ピッタリくっついていたパナセは勢い余って、近くに立っていた男に突進をしてしまったようだ。
「ぬ……俺に体当たりとは、ただ者じゃねえな。さすが、アクセリの女……」
「ご、ごめんなさいっ! パナセ、まだ寝惚けていて、それでその……しばらくそのままでいてもらっていいですか? えーと、オハード様」
「そりゃあ、いいけどよ。それと、俺なんぞに「様」なんざ要らねえよ。あんたとこの姉ちゃんは平気なのか?」
「み、見ての通りです……本当にお恥ずかしくて」
「……にしても、不思議な姉ちゃんだぜ。あんな偏屈アクセリにくっつけるだけのことはあるわな! ガッハッハッハ!!」
いない時に好き勝手を言い放つ奴ではあるが、ルシナとパナセに危険が及ばない様にしていることについては、褒めてやってもいいだろう。
『誰が偏屈だ? 陰口を叩くうえに、眠っている女に手を出すとはな……』
「ア、アクセリッ!? ぶ、無事かよ!」
「良かった……アクセリ」
無事だと分かったルシナは腰を抜かしてしまったようだが、パナセはあろうことかオハードにしがみついたまま眠っているようだ。
「ルシナはどこも悪くしていないな?」
「う、うん。そういうあんたは……ちょっと! 顔色が良くないけど大丈夫なの?」
「……あぁ」
「と、ところで、黒騎士さんはどこ行ったんだ?」
「ふ。本気で惚れていたのか? やめとけ。ああ見えて母親だ」
「だ……だと思ってたぜ! は、ははははっ!」
どうやら本気の惚れこみだったようだ。
「んん~んんん……」
「おっ? ようやく目を覚ましてくれるようだな!」
「ふっ、目覚めたらお前に抱きついていたとか、泣きまくりそうだな」
「意地の悪い賢者だな、てめえは」
「そう言うな。女に抱きつかれることなんて、滅多に無いことだろう? 気づかれるまではその感触を味わっておくんだな」
「……けっ!」
オハードにしがみつくように眠っているパナセだが、やはり人恋しさがあるからなのか。
「はふぅ~……アクセリさま? ふやぁぁぁぁ!? だ、だだだ誰!?」
「うおっ!?」
オハードにしがみついていたパナセだったが、俺では無いとすぐに分かり、ルシナの背中に隠れてしまった。
「パ、パナ、大丈夫?」
「ルシナちゃん、アクセリさまじゃないの……アクセリさまじゃなかったの……」
「うんうん、落ち着きなさい。パナのアクセリさまなら、そこにいるじゃない」
「はにゃ? ど、どこに?」
どうやら視力の回復が追い付いていないようだ。
ここは俺の姿を見つけるまで、口を出さないことにしておく。
「くそぅ……分かっていたが、ああも拒みを見せられると泣けて来るぜ……」
「泣いていいぞ。そうすれば、黒騎士も呆れて姿を見せるかもしれんぞ」
「下らねえことを言ってんじゃねえよ。俺は外に出て見張っておく。まだ残党がいるかもしれねえしな」
「……悪いな、頼むぞオハード」
「てめえの為じゃねえよ」
黒騎士が去っても、どうやらオハードは俺の元を去らないようだ。
文句を垂れながらも、同行してくれるのは正直助かる。
さて、肝心のパナセは視力を戻して落ち着いたか?
『ア、アアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
どうやら俺に気付いたようだ。今のうちに防御力でも高めておくか。




