50.傀儡薬師と賢者の対決 後編
「うぅ……はぁっ、はぁ……ぐっ」
「ズズッ、グズッ……あぅ~あぅ~」
泣きじゃくりながら俺に近付いて来ているパナセに対し、ルシナは傀儡に抵抗しながらも、俺に向かって短剣を突き刺す構えに入っている。
このままだと、ルシナに授けた短剣に切られてしまうのは確実のようだ。
パナセの場合、魔法も武器も使うことはないが、とんでもない合成をしている可能性がある。
いずれにしても、薬師二人を悲しませたことへの罪は、許すわけには行くまい。
『薬師ルシナ・アウリーン……薬師パナセ・アウリーンに刃を向け、切り刻め!』
「何っ!? 俺ではなくパナセにだと?」
言葉と視線による支配のようだが、油断に付け込んだ傀儡で間違いない。
俺にではなくパナセを傷つけさせるのは、どういう狙いがあるというのか。
「うぅぅ……パナ、逃げ……て」
「ふぎゅぅぅ……ルシナちゃん~」
『バカッ! パナセ、逃げろ! いや、俺の所に飛び込んで来い!』
「アグゼリざばぁぁぁぁ!!」
泣きじゃくりながらも、パナセは俺を目がけて飛び込んで来た……同時に、ルシナの短剣は俺にではなく、パナセの背中に突き刺さっていた。
「――ごめん、ごめんね……パナ」
「ルシナ……ちゃん……」
痛がる前にパナセはその場で力なく体を左右に揺らし、俺にもたれかかるようにして倒れた。
「いやぁぁぁぁぁ……!! パナ、パナァァァ!」
これが狙いだったといわんばかりに、パナセに突き刺さったダメージは俺の身体へと伝わり、激痛に加えた赤い鮮血が、俺の全身に広まっていく。
ルシナに刺されたパナセは一瞬でも痛みを感じたことで、ショックで気を失ったようだ。
『賢者……薬師パナセの苦しみを、とくと味わえ!』
「……なるほど。これを知っていて薬師を使った……か」
「ア、アクセリ……そ、そんな……そんな――」
ルシナに与えたアシッドガードは、毒の要素を封じた護身用としての武器であり、要素の発動を以って力を発揮する短剣だ。
だがパナセを刺した時には、毒の要素を発動させずに攻撃をして来た。
つまり純粋に攻撃武器としての短剣だけで、目標を傷つけることが目的だったということだろう。
「くくく、あーはっはっはっは! 育て上げた薬師に刺された賢者……ここで果てろ!!」
俺を間接的に刺したルシナ、そしてルシナに刺されたパナセ……共に、後悔の念に苛まれながら、敵に操られてしまう運命を背負わされてしまったのか。
こうまで傀儡の術中に嵌るとは思わなかった。
くそ……最愛の薬師に刺されて終わるのか……?
「呆気ないことだな、劣弱賢者! パナセの能力は諸刃の剣。くくく、まさに賢者を葬る為だけの人間だった。ありがとう、パナセ」
「く……そ……」
これは非常にまずい。後方のオハードの戦況も見えぬし、外で待機させているロサとも伝心が出来ない。
死に至る致命傷でもないと思っていたが、血が出過ぎているのは想定外だ。
パナセは気を失っているようだが、このまま眠らせてやるのがいいのかもしれん。
こんな程度で死にはしないが、直に気付かれてしまうのは時間の問題だ。
「……んぅ~ん……アクセリさま……はふぅ」
ルシナもショックを受けて自分を失いかけているし、パナセも夢の世界へ旅立った。
俺の意識もどこかへ旅立ちそうだ……そう思いかけたが――
『劣弱、シヤごときで果てるつもりか? その程度で勇者など……雑魚め』
ようやくのお出ましのようだが、勇者ではなくシヤと何らかの関係がありそうだ。
「ううーん……アクセリ……さま? 血……アクセリ……さまの血があぁぁぁぁぁ!!」
「え、パナ……?」
峡谷で見た時と似たように、俺の血を見たパナセは正気を失いながら、いつもとは異なるパナセとなってしまったようだ。
「ゆ、許さない……たとえ、シヤでも……わたしはあなたを消してやる――!」
「操り状態が解けた……? 何故、どうして……」
「パナ、駄目、逃げてっ!」
意識を失いかけたが、血への拒否と変化を見届けねば。
「ああああああああ! 消えろ!!」
ルシナの足下に落ちていた短剣を拾い上げたパナセは、そのままの勢いで何の迷いもなく、シヤへ攻撃の刃を向けて突っ込んで行く。
それにしてもあれがパナセなのか? 愉快な娘ではなく、どことなく闇を感じるような様相ではないか。
パナセの変わりように狼狽えるシヤは、身動きすら取れない状態のようだ。
『――そこまでにしとけ、万能変異者……』
パナセの刃があと僅かという所で、黒騎士エウダイはシヤとパナセの間に割って入り、双方の動きを止め、そのまま眠らせたようだ。
「ルテール様……ガハッ」
「……アクセリ……さま」
黒騎士は、何やら俺の知らないパナセを知っているということらしい。
「……知りたいか? 劣弱。ならば、目覚めろ……」
「ぐ……」
パナセの秘密を知っていての動きというのであれば、無様に眠るわけには行かないということか。




