最終話:僕と彼女のこれから
アリシアが勇者として選ばれ、魔王討伐の度に出立して1年。
僕が夢の中で魔王と対峙し逃げるように王都を去って1年。
約2年ぶりの再会だった。
まあ、正確には夢の中で僕は一方的にアリシアを見ているのだが、それは一応おいて置く。
「うわお……」
酸素を求める金魚のように、僕はアリシアを見て口をパクパクと開閉する。
それを見てアリシアが噴き出した。
「ぷっ。あははははは!何ですか、その顔!?」
仕方ないだろう……。
2年ぶりに見たアリシアはびっくりするくらい綺麗になっていたんだから。
いや、元から人形のよう美しいに子ではあったんだけど、今ではそこに大人の魅力とでもいうべきものが加わっている。街を歩けば、十人中十人が振り向くであろう美貌。
今のアリシアが側を歩いて、もし何の反応も示さない男がいるとすれば、そいつは間違いなくゲイだと僕は断言してやる。
「君が笑顔になってくれて嬉しいよ…」
「なんです?拗ねているんですか?」
「まさか…」
僕は部屋の隅に荷物を置きながら言う。
「お茶でも飲むかい?」
「もう淹れてます」
「くつろいでんなぁ」
よくよく机を見れば、湯気が立ち昇る薬缶が置いてあった。
その傍に2つのコップがあり、中には茶色い液体が注がれている。
息を吸えば、独特の匂いが鼻孔を満たした。
しまった、と僕は咄嗟に思った。
幸いではあるが、コップに口をついた形跡はない。
僕はコップへと手を伸ばした。
「だけど、そのお茶滅茶苦茶不味いんだよね。粗悪品を掴まされたみたいだ。別の茶葉で淹れ直すよ」
「-----それ、毒ですよね」
身体が、硬直する。
「イチラン草は葉の部分は無害ですが、根の部分は猛毒を持っています。この茶葉は、根の部分を乾燥させたものですね。常人なら一口で天国へと旅立てます」
僕は冷ややかに笑った。
「だったら、僕が逝くのは地獄だろうね」
そして、コップを満たす毒薬を一滴に残さず飲み干す。
「……けほ」
一滴だけ血を吐いた。
だけど、それだけ。結局僕は死ねなかった。そりゃそうだ。このイチラン草の毒薬は、ここに来たばかりの頃に買ったもの。まだ、僕が死ぬことに恐怖を抱いていた頃に使った『人間らしく死ねる』毒だ。今では、この何十倍もの毒を使っているし、それこそ死ねない事に恐怖を感じる。
「アル…。まさか。いえ、やはり貴方がーーーーー」
アリシアは愕然とした様子だ。
僕はそれを見て、笑う。
出来る限り邪悪に、悪辣に、嗤う。
「そうだよ、アリシア。よく見つけたね。…………久しぶりだね、本当に」
どろり、と泥のような黒色の魔力が僕の身体からあふれだす。
魔王の魔力は触手のように蠢き、小屋を破壊した。
魔力はあたり一帯を沼に沈めるように、急速な勢いで広がっていく。
それを切り裂く蒼の閃光。
アリシアが聖剣を携えて立っていた。
顔を悲痛な表情に歪ませながら、それでも僕に剣を向けていた。
「-----我が魔王だ」
そして。
僕の人生最初にして最後の、一世一代の大芝居が始まった。
僕は彼女を勇者にしてみせる。
◆
先端が数百に分かれた闇の触手は、それぞれが別個の生物のように蠢き少女を襲う。
しかし、その陶磁器のように白い肌に触れる事は叶わない。聖剣の蒼き輝きに触れた瞬間、アンデッドが聖水に触れて灰となるように、漆黒の魔力は煙を立てて蒸発する。
「ふははははは!まさか、我を見つけるとは!流石だな、勇者よ!しかし、もう遅い!この器の魂はとうに消滅している!最早、一欠けらも残ってはいない!!」
「…………………ッ!!」
「どうした!この器には攻撃できぬか!?」
「アルゥゥウウウウ!!!!!!」
気づくと、空中に身体が浮いていた。
腹に蹴りを食らって吹っ飛ばされたのだと、断崖に叩きつけられた後になってようやく気付く。遅れて全身に激痛が奔る。戦闘を開始して、30秒程度で僕は敗北していた。
そりゃ、そうですよ。
アリシアは勇者の力を長年の旅の中で研ぎ澄まし我が物にしている。対して僕は、魔王の力でやったことと言えば自殺未遂くらい。敵うわけがない。何より、今の僕よりはるかに強い筈の先代の魔王でさえ、アリシアには一方的に敗北したのだ。
アリシアは倒れた僕に馬乗りになる。
2重の意味でドキドキした。
下から見上げる彼女の顔を目に焼き付けて逝けるのならば、最高だ。そのメモリーを宝物にして、僕は地獄でもやっていける。
しかし、心臓に感じる筈の人生最後の終わりの痛みはやってこなかった。
バキィ!!、と代わりに頬を殴られた。
「----、まずはそのッッ!」
アリシアは殴りながら泣いていた。
翡翠色の瞳から涙が零れ、僕の額を濡らす。
「下手な芝居を止めなさいッッ!!」
ああ。
もう全部バレているのか。
まあ、毒薬を発見されたらそりゃ、言い逃れできないよなあ。上手い言い訳が咄嗟に浮かばなかったから、なんとか勢いで押し通そうと思ったけど、やっぱり無理があったか。
何より、涙を流すアリシアを前にして、僕は嘘をつき続ける勇気はなかった。
「僕は劇団俳優にはなれそうもないなあ」
「目指す気なんかないでしょう?」
「いんや、そうでもない。昔、ほんのひと時だけ夢だった。君が演劇に、大層嵌っていた時期限定の話だけどね」
僕の意志はなんとも脆弱で柔らかい。
君が騎士に憧れれば騎士になりたがるし、君が演劇にお熱になれば俳優を目指し始める。
「-----殺りなよ」
「断らせて頂きます」
ふう、とアリシアは息を吐いた。
そして眼光鋭く僕を見つめる。まるで、決闘に赴く騎士のような顔持ちで、彼女は言った。
「アルフォンス、私は貴方が好きですよ」
「…………………」
一瞬だけ、思考が空白になる。
次いで心臓がドクンと跳ねて、早鐘のように鳴る。
顔が熱いのは思いきり殴られたからだけではない筈、真っ赤に染まっているのが自分でもわかった。
正直な所、実はアリシアは僕の事を好いてくれているのではないかと思う事は何度かあった。そのたびに、調子に乗るなよと、己を自戒したものの、こんな光景を夢想しなかったと言えば嘘だった。
僕の答えは決まっていた。
初恋だった。
ずっと恋焦がれ続けていた。
「----僕も、君を愛してる」
だけど。
「僕は、君の汚点になるよ。僕は……、君の夢を穢したくない。だからこそ世界から退場すべきなん」
「うるさああああああいッッッ!!」」
アリシアは吠えた。
「ああ!もう、面倒くさい人ですねえ貴方は!!魔王の器ァ!?そんなこと知りません!いえ、むしろ好ポイントです!勇者と魔王のカップルなんて物語っぽくて、なんともこう滾るものがあるじゃないですか!貴方はいつもそうです!メンタルは強いのに、何故いつも変な方向につっぱしるのですか!本当に面倒くさい!!」
はあはあ、とアリシアは肩で息をする。
「しかし、私はそんな面倒なあなたが好きなのです!私の夢は『騎士になること』ではありません。『騎士となって貴方に追いついて、貴方の傍で生きていく』。それこそが私の夢……。ご理解いただけましたか?」
「僕に追いつく……?」
「ええ、そうです!貴方は私の憧れでした。いつだって前に前に、進み続けていた!その後ろ姿に恋焦がれ、私自身の不甲斐なさを恥じていた!」
「……似てるね、僕たちは。…君みたいな奇麗な子に僕なんかは釣り合わないと思ってた」
アリシアは立ち上がった。
そして、僕に手を差し出した。それを掴んで僕は立ち上がる。
僕が立つのはいつだって彼女の為だ。
アリシアがいるなら、僕はきっと何でもできる。
「ですが、それも今日までです」
「…………うん」
今日僕らはお互いがお互いに追いついた。
あるいは、とっくに並んで歩いていたのかもしれない。意気地なしで勘違いしやすい僕は、それが分からなかっただけ。
問題は山済みだ。
戦の火種はあらゆるところに燻っている。人と魔物の戦いは終わったけれど、これからは人と人の戦争が始まるのだろう。そういえば、アリシアは国に許可をとって此処にいるのだろうか。実は王族に黙って、それこそ王子との結婚式から逃げ出してその足でここに向かったなんてオチはないだろうか。まさかな。
そして、僕に巣くう魔王の力。
それを巡って世界はどう動くだろうか。僕はどう動くべきなのだろうか。分からない。何もわからない。
ここ先の道は、闇に閉ざされていてどこにどう繋がっているかは誰にも不明だ。
そもそも、どこかに繋がっているかすらも明らかではない。
世界は闇だ。
暖かさも光もない黒色の平面が永遠と続く無機の迷宮。
少なくとも、僕はそう世界を捉える。
だけど、そんな世界にも花はあった。
翡翠色の奇麗な花が。
だから僕は大丈夫。
僕らは唇を重ねた。
「…血の味がします」
「君が殴ったからね」
「貴方が変な子芝居を始めるからですよ」
「そりゃそうか。ごめんよ」
僕らはくすくすと笑った。
僕は生きていく。
この世界で生きていく。
アリシアと一緒にとして生きていく
先行きは見えないけれど、その事実のお陰で僕の心は不思議な安心感に満たされていた。
ここで一応この物語は終幕です。
色々問題はありますが、彼らはまあ頑張って乗り越えていくでしょう。
反響があったら、続くかも・・・?
お付き合い頂きありがとうございました!
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