パメラ
いくらフェリックスがお人好しだからといって、わざわざそういう厄介事に首を突っ込む気にはなれなかった。特にパメラが持ち込んできたのは宗教問題であり、どんなに潔癖で質朴な宗教を志していたとしても、他の宗教や宗派に属している者にとっては、それは「邪教」ということになってしまいかねない。
だからフェリックスは、今パメラが言ったことをそのままの意味で飲み込むことができなかった。しかし純粋でオツムの足りないコーラはすっかりサツメ教のことを邪悪な考えであると見做してしまったようだ。
「生贄なんて酷い! 人柱ってことですよね? 師匠でさえもそこまではしないのに!」
「おい、俺と絡めて論じるな。ややこしいことになる」
フェリックスが窘めたが、コーラは興奮状態にあり、まともに聞いていないようだった。
パメラの顔色が幾分良くなっていた。話を聞いてもらって心の荷が下りたのか、あるいは本当にフェリックスたちの力を借りようとしているのか……。しかしコーラほど能天気な人間でもないらしく、フェリックスの表情を見て気後れしたようだ。
「助けていただきありがとうございました。ですが、これは私と弟の問題です。あなたがたにこれ以上のご迷惑をおかけするわけには……」
「大丈夫ですよ、パメラさん! うちの師匠はかなりのお節介なんです! 私みたいな女の子を引き取って養ってくれるくらいですから!」
「ですが……」
「師匠は相当強いですよ? サツメ教なんてちょちょいのちょいです!」
パメラが申し訳なさそうにフェリックスを見る。フェリックスは肩を竦めるしかなかった。
「……協力するかどうかは別にして、こうなったら事情をとことん話してみたらどうだ。助言くらいはしてやってもいい」
「ありがとうございます……」
パメラは涙ぐんでいた。その細く白い腕が震えている。コーラが慌てて上着を持ってきて彼女に着せた。彼女を座らせようにも、椅子がなかったので、切り株に腰掛けさせるしかなかった。木の粉をぱっぱと払ってやる。
「すみません……」
「話せそうか?」
「はい……。私の弟の名はフィスといいます。年齢は18。グラント市の衛兵を務めておりました」
「衛兵と言うと、いつも外壁の巡視路の上をうろついている陽気な奴らか」
フェリックスの言葉にパメラはくすりと笑った。
「そうです。街の中を見回ったり、魔物が都市に寄り付かないように、森の近くまで行って大きな音や光を起こしたり……。そういった仕事をしていました」
衛兵と言ってもピンからキリまでいる。18という年齢からして下っ端だろう。
「私もフィスも、グラント市では圧倒的多数を占めるラグト教の信徒でした。敬虔な信者ではなかったかもしれませんが、祝日には一緒に教会の読誦会に参加していましたし、神の教えに反駁するような思想は持ち合わせていませんでした。良くも悪くも宗教に関しては良い距離を保てていたと思うのですが」
「ラグト教ね……」
フェリックスがぼやくと、パメラが目を丸くした。
「あの、ラグト教をご存知ないですか? 我が国では二大宗教に数えられるほどの規模を有しておりますが……」
「申し訳ない。そういう知識に乏しいんだ。コーラはどうだ?」
「私もあんまり興味がないので……、えへへ」
二人して知らないと言うとは思っていなかったのだろう、しばらくパメラが黙り込んだ。相談する相手を間違った、とでも思っているのかもしれない。
「すまん」
「い、いえ。ラグト教は寛容の精神を第一としています。異教徒に対しても信教の自由を徹底していますし、人類の融和の為なら必ずしもラグトの信徒ではなくともいい、と教典には明記されています」
「ほう。なら、サツメ教に改宗したそのフィスとかいう男も、ラグト教の観点からすれば、まだ救いの対象ということかな」
さすがにパメラは気分を害したようだった。フェリックスは頭をかいた。
「あ、いや、つまり、まだ手遅れじゃないってことだな。うん」
「そうですね……、しかしサツメ教というのはまさにラグト教とは真逆の教義を持っているのです」
「真逆?」
「不寛容。人類の融和などありえない。神の供物となることこそ人の本分。そういう教えです」
パメラはそこから刺激的な単語を並べ立てた。いかにサツメ教が刹那的で、脈々と受け継がれる人の営みを破壊する禍々しいものなのかを、力説した。
「弟には弟の人生があります。ですから、あの子がサツメ教の信徒として堕落した生活を続けることを、完全に否定するのは、了見の狭いことなのかもしれません。ですが、どうしても、どうしても、放っておけなかった」
フェリックスにも分からないでもない。だが、
「しかしさっきの連中の様子からして、お前、サツメ教の逆鱗に触れるような方法で、弟を救い出そうとしたんだろう。違うか?」
「いえ……。確かに私はサツメ教の信徒になりすまして、彼らの儀式の場に赴きました。しかし目立ったことはしていません。なのに、突然、儀式の主役に指名されてしまったのです」
「儀式の主役……、というと、まさか」
「生贄です。生きたまま串刺しにされ、その肉を焼かれ、神に捧げられる……」
フェリックスはぞっとした。
「随分と過激だな……」
「本来なら、入信して何年も経ち、その信仰篤い者の中から選ばれるはずなのです。生贄に選ばれることは、信者の中でも最高の栄誉とされていますから。なのに、入信して数日の私が生贄に選ばれた……」
「何かあるな」
「はい。しかしそれが何なのか確かめることもできず、私は必死に逃げました。先ほど述べたようにサツメ教は他宗教に対し極端に不寛容です。まだその勢力が大きいとは言えませんから、表立った行動は控えていますが、もしその信徒の数が十分となれば、近くの都市や街を襲い、人々に改宗を迫るように脅すようなことは平気でするでしょう。もし私がかりそめの信徒であると露見すれば、どんなことになるか……」
元々、信徒を殺して神に捧げるような連中だ。謝って許してくれるとは思えない。パメラの言葉を信じるなら、とんでもない邪教徒どもだ。正常な人間社会にけして溶け込むことのできない不純物ども。
「……なるほど。パメラ、やはり都市まで俺が送って行こう。一人で行動するのは危険だ。都市にお前を庇護してくれる人間はいるか?」
「いえ……」
「ラグト教の人間に相談したらどうだ。それなりの勢力があるのだろう?」
「ラグトの聖騎士様に、一度相談は致しました。しかし教会としては寛容の精神を堅持するべく、実害ない限りサツメ教には手出しできないとのことで」
「一度殺されかけたんだ。話くらいは聞いてくれるはずだ」
「はい……」
しかしパメラは浮かない顔だった。どうやらラグトの連中はあまり頼りにならないらしい。フェリックスは振り返った。コーラがむすっとしている。
「……なんだよ、何か言いたげだな」
「べっつにー。でも、師匠のこと、見損ないました!」
「なんだと?」
コーラが頬を膨らませている。
「完っ璧な悪じゃないですか、サルメ教というのは! 私許せません!」
「パメラの話を鵜呑みにするのはどうかと思うぞ。それと、サツメ教な」
「こんな美人さんの言葉を信じないですか!? それでも男ですか! サヌメ教をぶっ潰してください!」
「美人の話が常に真実なんて、どんな偏見だよ……。あと、サツメ教だ。間違えるな」
「サクメ教が……」
「お前わざとだろ」
「とにかくっ!」
コーラは魔剣を振り回し、大いにパメラを怯えさせつつ、宣言する。
「師匠が助けないなら私がグリニスちゃんと一緒にサツメ教の拠点に乗り込んじゃいます! たくさん死人が出ますよ! 私を含めてね! それでも師匠はいいですかっ!」
どうしてそんなことを堂々と言えるんだ。フェリックスは呆れていた。そしてそれを聞いていたパメラも、唖然としているようだった。




