第二話……食糧増産は富国の基です
アルフォンス・ネサリス・フォン・ベルンハルト5歳。
ただいま絶賛土いじり中です。
「んー、いい感じに実ってるねぇ」
草むしりが一段落した所で周りを見渡し呟く。
この世界にはあり得ないはずのビニールハウスの中で生い茂る、地球産の温暖地域で実るはずの野菜の数々。
温泉の熱を利用した温室栽培の産物である。
20代の精神には実に恥辱の乳幼児プレイを乗り越えた3歳の春、俺は父に自身の事情を打ち明けた。
とはいってもある程度この世界の人間に受け入れやすい様に脚色した内容ではあるが。
学園時代を何度も別の人間として繰り返し過ごした記憶がある事、その殆どの過程でネサリス領が壊滅し一族郎党も全滅する事、王国に潜む大逆者どもの事などなど。
それに加えて異世界の知識がある事も話したのだが、意外とあっさり信じられてしまった。
何でもこの世界、それなりの頻度で異界の知識を生まれつき身に付けている人間が生まれているらしい。
この国の国教である精霊教会ではその知識が精霊こそが万物の根源であるとする教義を否定する内容である事が多いため、魔王の手先として見付け次第処刑してまわっているそうだ。
尤も、教会勢力の影響力の低いこの北方ではむしろ保護対象となっているようだが。
残念な事に、現在までにネサリス領で保護した転生者らしき人物達には農業面の問題を解決出来る人物は居なかった。
厳密に言えば農業知識を持った人間は居たそうなのだが、この世界と前世との植物の特性の違いがネックだったらしい。
何でもこの世界の植物は、土地に満ちるマナと呼ばれるエネルギーの量によって成長が左右されるというのが通説なのだそうだ。
後にその転生者の研究によって「マナは成長に関わる一要因ではあるが全てではない」と証明されたのだが、それまで肥料の重要性や気候や土壌に即した作物を育てるのが肝要だという事をいくら説いても一蹴されていたという。
その後、我が領の農業研究の長となったかの転生者は、温室の概念の指導や近隣の温泉の発見・整備に品種改良の重要性の示唆、土壌改良と四輪農法の概念提示など、技術や環境周りの改善に関わる知識についての研究を率先して行ってくれていた。
そのため、俺の固有技能を利用して早い段階での新作物の導入を行えたのだから先人たるかの人物には感謝の念が絶えない。
また鉱山関係の問題にも関わった転生者が居たそうで、ゲーム上の設定では悲惨な質の鉄しか精製出来なかった旧式設備がどうやって作ったのかわからない明らかにオーバーテクノロジーな近代的な製鉄工場が差し替えられていたのだから驚きだ。
認識阻害の術でも掛かってるのか、目立つ建物の上にかなりの人の出入りがあるのに密偵が全く気にかけてなかったりするが。
まだ確認していないが、鉱山の設備も似たような状態らしい。
流石に知識があっても基礎技術力の低いこの世界でまともにやってこんな施設を建設出来るわけもなし、そういうものを作れるようになるユニークスキルでも貰ってたんだろうなぁ……
因みに俺の固有技能は『電子探索者』と『購入窓口』。
前世のインターネットに意識上で接続し、情報の閲覧を行う事とMPを消費して情報を印刷出来る『電子探索者』。
掲示板への書き込みなどの能動的な干渉は出来ないものの、本来なら外部接続されていないはずの機密情報の閲覧すら可能で、何らかの媒体を用意しそれに応じたMPを込める事で、そちらから他の人間も接続・情報閲覧を可能とする。
閲覧出来る情報はこちらへ転生したタイミングの向こうの西暦を起点とし、こちらの経過年数に連動して随時更新されていくという優れものである。
そして閲覧出来る前世の情報の内、連動する年代に現存する物品であれば対価を支払う事でこちら側に召喚出来る『購入窓口』。
対価となるEMは1日終了時点の最大MP&CP×100倍というレートで蓄積されていく。
実はこのEM、装備品の効果で上昇したMPとCPも計算に入れる様で、固定値追加型のアクセサリーを装備して寝た日の朝には冗談の様な数値になっていた。
尤も兵器関連の対価は更に阿呆の様に高い上に自身のレベルが上がると共に値段も大幅に上がっていくため、現代兵器無双は事実上不可能であったが。
以上のスキルを利用して寒さに強い作物やビニールハウス等のオーバーテクノロジーの産物を用意したという訳で。
寒さに強く低マナ環境でも育つ作物は既に栽培実験を終えて領民に配られ各々の畑で栽培を開始しており、去年の収穫量は先年とは比べ物にならない程に向上したとか。
温室栽培に関しては現在はネサリス領農業研究所の敷地内のみの運用に限られているが、いずれ処々の問題が片付いたら領内に広めていく予定だ。
とはいえゲーム本編辺りの時期にならないと解決が難しい問題なので、実用化はまだまだ先になるのだろうが。
『…………あばばばばばばばばばばばばばばばばば!!』
……どうやら問題の一端である鼠がまた引っ掛かったらしい。
ビニールハウス外縁部に打ち立てられた刑務所用の物を強化した電気柵に、どこぞの密偵らしき人物が不用意に触れて見事に感電していた。
既に絶縁装備の兵士が回収に向かっている辺り、この状況に慣れるほど頻発しているであろう事が伺える。
「ご苦労様。それを運んだらもいである甘いもの適当につまんで良いから」
回収中の兵士に労いの言葉をかけ、軍手を外しつつ作業員と兵士の待機所へと向かう。
当然の様に存在する蛇口をひねり流れ出す水で汚れた手を洗うと、備え付けのコップに注いだ水を一気にあおり、朝から作業を続けたせいで渇きを訴える喉を潤した。
水分をとって一息ついたところで、今度は塩分補給にと待機所内に据え付けられた業務用の大型冷蔵庫の扉を開けようと手をかけたら、蝶番が壊れるのではないかと思う程の勢いで開かれる部屋のドア。
「ようやく見つけたぞ、アル!」
鮮やかな金髪を動きやすい様に纏めあげ、王族の血筋に連なる事を示す碧玉の龍眼を持つ少女が、体のラインがハッキリと出るデザインの拳法着に身を包み『まだ』無い胸を張ってふんぞり返っていた。
「アンネリース公女殿下、ネサリス領への到着予定は今日の夜半だと記憶しておりましたが?」
「まったく、リースと呼べといつも言っているだろう! その微妙に堅苦しいしゃべり方も却下だ。普通に話せ」
ぷんすかとでも擬音が付きそうな感じに頬を膨らませる少女の名はアンネリース・ゼステリア・クラウディアス。
王国の中心たる王都からネサリス領南方に跨がるゼステリア領を治める現王の実弟クラウディアス公爵の長女であり、実のところゲーム中のメインヒロインであったりする。