第12話_階層を増やす
翌朝、シアが目を覚ますなり「二層目、見せて」と言ってきた。
『見ても何もないぞ』
「何もない、ってどういうこと」
『昨日権能で空間を掘り開けたが、まだ中身がない。ただの空洞だ』
シアが少し考えてから、「じゃあどうするの」と聞いた。
『それを今日決める。朝飯を食ってから』
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シアが採集から戻って食事を終えると、俺は二層目の現状を説明した。
『一層目の奥の空間から続く、さらに奥に掘り開けた空間だ。広さは一層目とほぼ同じ。形はまだ俺が整えただけで、通路も罠も何もない』
「今の一層目って、最初からあった洞穴をそのまま使ってるの?」
『ほぼそうだ。少し広げたり、落とし穴を追加した程度だ』
「じゃあ二層目は最初から設計できる」
『そういうことだ』
シアが膝を抱えて考え込んだ。楽しそうな顔だった。
「何から決める?」
『通路の形から入る。攻めてくる側がどう動くかによって、有効な形が変わる』
「攻めてくる側……人間とオークで全然違くない?」
鋭い指摘だった。
『そうだ。人間は集団で来て、指揮系統がある。暗闇に目が利かない。連携が乱れると脆くなる。オークは単体が強く、恐怖で引かない。暗闇への適応は人間より高い』
「どっちにも有効なのがいい?」
『理想はそうだが、完全には無理だ。優先するとしたら人間の組織的な侵入への対策になる。ここが公式なダンジョンとして認識されれば、来るのは野生の魔物より冒険者の方が多くなるはずだ』
シアが頷いた。「冒険者って、どう動くの」
『それはお前の方が知っている』
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シアが話し始めた。
「わたしが見た冒険者は……パーティで動くことが多かった。前衛と後衛に分かれて、前衛が盾になって後衛が魔法や弓を使う。前衛が止まると後衛が詰まる。だから前衛を狙うか、前衛と後衛の間を割くかが効くんだと思う」
『どうすれば割ける』
「通路が急に細くなるとか。広い場所から急に一人しか通れなくなると、前衛だけが先に行って後衛が遅れる」
なるほど、と思った。
これは実際に冒険者の動きを観察した者の視点だ。俺には人間の集団行動を外から観察した経験がない。シアが「追われながら見ていた」経験が、ここで直接使える。
『他にあるか』
「あと……人って、下り坂は気づかないうちに速く動くんだよ。追いかけるときとか、坂を下ってるの忘れて前のめりになる。でも引き返すときに急に足が重くなる」
『下り勾配を入れる、ということか』
「深く潜るほど少しずつ低くなる感じにしておけば、帰り道が登りになる。疲れてる状態での登りは体力を削る」
俺はその案を検討した。
地形改造の権能で勾配を作ることはできる。DP消費なしで。
見落としていた観点だった。
『採用する』
シアが少し誇らしそうな顔をした。
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午前中いっぱいかけて、二層目の基本設計を決めた。
入口から入って、途中で通路が二手に分かれる。右の道は広いが少し長く、落とし穴が二か所ある。左の道は狭く、人間なら横歩きしないと通れない幅にする。横歩きで進む間は武器が振りにくくなる。合流点は少し広い部屋にして、ここにゴブリンを待機させる。
そして設計全体に、シアの案通りの緩い下り勾配を入れた。一層目から二層目に下りるにつれて、自然に少しずつ低くなる。引き返すときに登りになる。
落とし穴を二か所追加した。40P消費。
合流点の部屋にゴブリンを二体配置するため、追加生成した。20P消費。
DP残高:10,800P。
作業が一段落して、シアが二層目の出来上がりつつある通路を感知しながら言った。
「なんか、形になってきた」
『まだ途中だ。整えるのに数日かかる』
「でも雰囲気がある。一層目と違う」
確かに違った。一層目は天然の洞穴を使い回したものだ。通路は直線的で、罠の配置も場当たり的に増やしてきた歴史がある。二層目は俺たちが最初から設計した。
「ねえ、ケンジ」
『なんだ』
「このダンジョン、最終的にどういうものにしたいの」
珍しい問いかただった。戦術の話でも収支の話でもない。もっと先の話だ。
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俺はしばらく考えた。
考えたことがある問いではあった。コアに転生してから、生き残るために動いてきた。シアが来てから、シアを守るためにも動いてきた。その先の「どんなダンジョンになるか」を、明確に言葉にしたことはなかった。
『壊されないものにしたい』
シアが少し考えた。
「壊されない、って、強いってこと?」
『強いだけじゃない。何が来ても崩れない、ということだ。どんな敵が来ても、どんな脅威があっても、コアが残り続ける。お前が安全でいられる。それが最低限の答えだ』
「最低限」とシアが繰り返した。「じゃあ最低限じゃない方の答えは?」
今度は少し長く黙った。
『……来る価値のある場所にしたい、とは思っている』
「来る価値?」
『人が来て、戦って、何かを得て帰る。そういう場所だ。今は奴隷狩りしか来ないが、いつか冒険者が来るようになったとき、ここが来るだけの理由のある場所になっていれば、俺たちの立場も変わる』
シアが静かに頷いた。それから少し笑った。
「それ、わたしもそう思う。逃げてきた先が、来る価値のある場所になったら、なんかいい」
なんかいい、という言葉は正確な表現ではないが、言いたいことはわかった。
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午後になって、シアが二層目の設計に実際に手を入れ始めた。
合流点の部屋の壁面を、生命魔法と土の魔法を混ぜながら少しずつ整えた。角を丸くする。床の段差を均す。一層目の作業でやったのと同じことを、今度は自分から始めた。
「一層目よりうまくできる気がする」
『練習したからな』
「ケンジはいつでもそういう言い方するね」
『事実を言っているだけだ』
「それはわかってる」シアが壁に手を当てながら言った。「でも、もうちょっと褒めてもいいんじゃないかと思うときがある」
『よくやっている』
シアが止まった。少し間があった。
「……今のはちゃんと聞こえた」
『聞こえるように言った』
「いつもそうしてよ」
『気が向いたときに』
シアが笑った。納得していない笑い方だったが、それでも笑った。
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夜になって、作業の区切りがついた。
二層目はまだ完成していないが、基本的な骨格はできた。通路の分岐、勾配、落とし穴の位置、ゴブリンの待機場所。設計図通りに動いている。
シアが寝床に入って、天井を見ながら言った。
「今日、楽しかった」
『作業が?』
「設計するの。一緒に考えるの。なんか、自分たちのものを作ってる感じ」
自分たちのもの。
そうだな、と俺は思った。
一層目は、もともとあった洞穴だ。俺が転生したときから存在していた空間に、後から手を入れてきた。二層目は違う。昨日俺が掘り開けて、今日シアが設計に加わって、二人で考えながら作った。
自分たちのもの、という感覚は正確だ。
『そうだな』
「明日も続きやろう」
『ああ』
シアが目を閉じた。鼓動が落ち着いていく。
俺はいつもの習慣で光を絞りながら、二層目の空間を感知した。完成途中の通路が、洞穴の奥に広がっている。まだ空洞が多く、ところどころ壁が荒い。
これがそのうち、来る価値のある場所になる。
今はまだ、その途中だ。
そのとき、外から気配を感じた。
シアが外に出ていない時間帯だ。人間の足音。一人。様子をうかがっている。
——冒険者か? 野盗か?
俺はじっと、その気配を観察した。
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DP残高:10,800P
配備戦力:ゴブリン×11体(うち5体回復中) 落とし穴×6か所(二層目に2追加) 宝箱×1
本日の収支:±0P(侵入者なし) 落とし穴追加:-40P ゴブリン追加:-20P 純減:-60P
現在のダンジョン規模:2層(二層目構築中) 推定ランク:E以下
設計確定:二層目に分岐通路・緩勾配・合流部屋を採用(シアの提案を複数反映)
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次話は明日の17:00に投稿します。
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