第1話_俺は石になった
声が聞こえた。
男の怒鳴り声と、小さな足音だ。洞穴の外で、何かが近づいてくる。
俺はそれを、壁の向こうから感じていた。
自分に体がないことは、もう気づいていた。視界もない。耳もない。あるのは空間の感知だけだ。
半径二十メートルほどの洞穴全体が、そのまま俺の「皮膚」になっている。だから足音の重さも、追う側と逃げる側の差も、壁越しにわかった。
三分前、俺はここに転生したと理解した。前の世界の名前は佐藤賢司。三十五歳のシステムエンジニア。死因は過労、たぶん。驚くほど淡々と受け入れられたのは、死ぬ直前まで画面を眺めていたせいかもしれない。
今は石だ。ダンジョンコア、とでも呼ぶべき何かに転生していた。
俺にできることは一つだけわかっていた。権能と呼ぶべき機能が最初からインストールされていた。
モンスターを生み出せる。罠を仕掛けられる。エネルギーの単位はDP、現在残高10,000P。
そして本能として、これだけははっきりとわかった。コアを壊されたら、俺は消える。
だから守らなければならない。
ゴブリンを5体生成した。50P消費。落とし穴を3か所。60P消費。宝箱を一つ、囮として奥に。100P消費。以上だ。残り9,790P。スモールスタートで様子を見る。仕事と同じだ。
設置を終えてすぐ、外から足音がした。
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入口を覗いたのは、子どもだった。
正確には、子どものような体格をした何かだ。耳が長く、尖っている。ぼろぼろの服、泥のついた頬、乱れた銀色の髪。
エルフ、という言葉が浮かんだ。権能と同じで、説明もなくわかる。
その子が入口を覗いている間、俺の感知が引っかかった。入口手前の通路に、落とし穴を一か所配置してある。あそこに踏み込めば、子どもの体では骨折する深さだ。
外から男の声が聞こえた。
「あの小娘、この洞穴に入ったぞ」
「行くか? 暗いが」
「いいだろ。出口もなさそうだし、追い込めばいい」
追われている。
俺は一瞬だけ考えてから、落とし穴の蓋を固定した。踏んでも沈まないように。
なぜそうしたのかは、自分でもよくわからなかった。
コアを守ることが目的なら、子どもの骨折など関係ない。だが手が動いた。正確には、動く手がないのに権能が動いた。
俺の「意図」が、システムより先に動いていた。
エルフの子が走り込んできた。落とし穴を踏んだ。沈まなかった。そのまま奥の空間まで走り抜けて、壁際にへたり込んだ。
膝を抱えて、震えている。
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男たちが4人、入口から踏み込んできた。
松明を持っていた。それが逆に俺には有利だった。明かりがあれば、影もできる。
俺は落とし穴の固定を解除した。
先頭の男が一歩踏み出した瞬間、蓋が沈んだ。どぼり、という鈍い音とともに男が腰まで穴に落ちた。後ろの3人が慌てて止まる。
そこへゴブリン5体が一斉に飛びかかった。
暗闇の中でゴブリンの群れに囲まれた人間の狼狽ぶりは、推して知るべしだ。男たちは噛まれ、引っ掻かれ、喚きながら入口へ走って逃げ帰った。
静かになった。
DP獲得を確認した。50P×4で200P。残高9,990P。
俺はただ静かに、洞穴の中に広がる空気の流れを感じていた。
今日から俺は石だ。
奥の空間で、エルフの子がまだこちらを見ていた。泥で汚れた頬に、かすかに安堵の色が浮かんでいた。
俺はそれを、空間感知越しに黙って見ていた。
追い返せた。それで十分だ、と思った。
だが——あの男たちは、何者だ。あの子を、なぜ追っていた。
答えを持っていない問いが、静かな洞穴の中に残った。
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DP残高:9,990P
配備戦力:ゴブリン×5体 落とし穴×3か所 宝箱×1
現在のダンジョン規模:1層 推定ランク:E以下
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