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第3章 Ep4:ハロー・ワールド(マリエル視点)

1. 暇を持て余した聖女


 王都のカフェテラス。

 マリエル・ブランは、気だるげにパンケーキ(無限増殖バグで出したもの)を突っついていた。


「あーあ、つまんない。軍隊没収されたし、イベントもスキップしすぎてもうやることないし」


 3周目の世界は、彼女にとって退屈そのものだった。

 最強の「物理暴力(軍隊)」を奪われ、彼女のプレイスタイル「ゴリ押し」が封じられてしまったからだ。


「レティシアの領地に行こうにも、また変な防衛システム作ってるだろうしなぁ。ドリルは消えたらしいけど、あの『エンジニア魂』が消えるわけないし」


 マリエルは頬杖をついた。彼女の退屈は、前の周回にはなかった代物だった。前世の「ゲーマー」としての本能が、自分は本来、もっと複雑で難易度の高い戦場を求めていることを知っていた。単なる物理的なドミナンスではなく、知的で多層的な挑戦。つまりは『PvP』――プレイヤー対プレイヤーの、真正の戦い。


 レティシアは見た目こそ淡々とした令嬢だが、その本質は「システムビルダー」だ。ドリルが消えても、彼女の創造性は決して枯れない。むしろ、新たな防衛網を構築しているのだろう。となれば、軍隊という「物理的な武器」を失ったマリエルとしては――


「やることがない」


 その時だった。

 テーブルに置いていた「通信用の水晶玉(安物)」が、勝手に明滅した。


 ――ピピっ。


「ん?」


 マリエルの眼が、一瞬で現在に戻された。通常の魔導回線ではありえない振動。それは、不規則ながらもリズムを持っていた。信号。データ。情報。


「何この受信音。王都の回線じゃないね」


 マリエルは水晶玉を覗き込んだ。ただのノイズではない。規則的なパルス。彼女の「ゲーマー脳」が、その信号の意味を一瞬で理解した。そして、その認識が脳裏をよぎった瞬間、彼女の体温が上昇した。


「これ……『パケット』だ」


 まさか。この世界に、そんなものが――


 マリエルの前世の記憶が甦った。デジタル信号。通信プロトコル。TCP/IP。ルーティング。バンド幅。そうした「現代日本」の常識が、何の前触れもなく、此の異世界で具現化している。誰が。何の目的で。


 その答えは、すぐに自明だった。


## 2. 新しいおもちゃ


 レティシア・ノクターン。


 その名前を脳裏に浮かべた瞬間、マリエルの顔に笑みが浮かぶ。


 この世界には存在しないはずの概念。デジタル信号。通信プロトコル。暗号化。バイトシーケンス。そして、その発信源は間違いなく「北」――ノクターン領だ。


「やったな、レティシア。ついに『インターネット』作っちゃったんだ」


 マリエルはニヤリと笑った。彼女は脳裏で瞬時に仮説を立てた。レティシアは「情報共有による効率化」や「監視網の構築」、あるいは「領地内通信の最適化」を目的にこれを作ったのだろう。いかにも秩序を愛するシステムエンジニアらしい発想だ。


 前世で「IT企業」に勤めていた彼女ならば、こう考えるはずだ――ネットワークを構築すれば、領民たちの業務は劇的に効率化する。貿易データは自動管理され、魔導灯の制御はセンターで一元化され、すべてが完璧に統制される。


 だが、マリエルは違う。


 彼女にとって、インターネットとは「遊び場」であり、「抜け道」だ。弱点。隙間。システムの盲点。そして何より、「他者が構築した秩序を破壊する喜び」そのもの。


「ねえ、知ってる? ネットワークがあるってことは……『ハッキング』ができるってことだよ」


 彼女は水晶玉に手をかざした。指先から靄のような魔力が滲み出し、デバイスに吸い込まれていく。物理的な干渉(ドリルや軍隊)は禁止された。だが、情報の書き換え(改竄)は禁止されていない。


 つまり、ルール上の穴がある。


「物理無効なら、魔法攻撃サイバーアタックで攻めればいいじゃない」


 マリエルは自分自身に呟いた。その瞬間、彼女の中で何かが目覚めた。3周目で彼女は「聖女」だった。善良な、不幸な、悲劇的なヒロイン。だが、本来の彼女は違う。


 彼女の前世の名前は「茶田口マリ」――大学時代は情報工学を専攻し、セキュリティサイバー関連の非合法な知識も豊富に保有していた。


 その「本能」が、今、眼を覚ましたのだ。


## 3. クラスチェンジ:ハッカー


 マリエルは懐から、新しい「杖」を取り出した。

 いや、それは杖ではない。

 彼女が露店で買い集めたジャンクパーツ(魔導部品)を無理やり組み合わせた、謎のデバイスだ。


「自作キーボード(魔導入力装置)。打鍵感キータッチはいまいちだけど、コードを打ち込むには十分」


 彼女は懐から取り出したそのデバイスを眺めた。かつて現代日本で使っていた「自作PC」の知識を応用し、ここ数日間かけて設計・製作したものだ。魔導回路の代わりに、ルーン刻みを施した水晶体を並べ、入力装置として魔力キャパシタを使用している。その配置は、かつて触ったQWERTY配列そのもの。


 指を置いてみる。異なる世界でも、人間の手の形は変わらない。ホームポジション。Aのキーに左小指を置く。完璧だ。


 彼女はデバイスを水晶玉に接続(物理)した。バチバチと火花が散るが、気にしない。強引な接続こそが、グリッチ使いの真骨頂だ。通常のネットワークインターフェースは、魔導ネットワークに対応していない。だからこそ、彼女は無理矢理、物理的に接続した。


 ネットワークプロトコルなど、どうとでもなる。既存の規格に準拠する必要はない。グリッチ使いとは、本来「あり得ない」接続を実現する者。


「さーて、レティシアちゃんの自慢のネットワーク、セキュリティはどうかな?」


 マリエルはキーを叩き始めた。

 高速で打ち込まれるコマンド。

 水晶玉の中に、本来ありえない文字列が流れていく。


`> Connect to L-Net`

`> User: Guest`

`> Password: ********`


 彼女の指は止まらない。CTRL+ALT+DELのコンボ。コマンドラインへのアクセス。いや、待て。L-Netなるシステムについては、まだ何も知らない。知るべきは、まずは其の構造だ。


 では、どうするか。


「『Hello World』だって? 返事をしてあげるよ」


 マリエルは邪悪な笑みを浮かべた。聖女の仮面を脱ぎ捨て、新たなジョブに就く瞬間だ。彼女の指が、自分の知識の最奥から「悪意」を呼び覚ました。


「こっちは『Good Bye World』だケドね!」


 彼女は一つのコマンドを打ち込んだ。それは、単純な情報取得クエリだ。


`> sysinfo /all`


 このコマンドは、L-Netの基本的なシステム情報――OS、ネットワークアーキテクチャ、ルーティング情報、接続ノード一覧を出力するはずだ。多くのシステムは、初期設定段階では「Guest」アクセスに対してこの程度の情報公開をしている。


 エンターキー(魔力トリガー)が押された。


 王都から放たれた「情報要求パケット」が、地脈を伝ってノクターン領へと走る。


 それは、同時に、宣戦布告でもあった。


 マリエルは椅子を後ろに仰け反らせ、カフェテラスの夜空を眺めた。月が出ている。星が瞬いている。


 そして、その刹那――


 彼女の耳に、微かに聞こえた。地脈を伝う「応答」の音。L-Netからの反応。それは、圧倒的な情報量だった。


「やっぱり。システム情報がダダ漏れじゃん。レティシア、セキュリティ配置が甘いなぁ」


 彼女はにやにやしながら、次のコマンドを考え始めた。その時点で、第三次大戦――サイバーウォーの始まりは、既に確定していたのだ。


 マリエルは自分が今、何をしようとしているのかを認識していた。


 単なる「いたずら」ではない。


 彼女は、レティシア・ノクターンという「秩序」そのものに、宣戦布告をしたのだ。


 そして彼女の顔には、純粋な、生まれたての「喜び」があった。


「さて、どこまで潜り込めるかな?」


 マリエルの指が、また動き始める。


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