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第2章 Ep2:騎士団長攻略RTA


 王城の北西、馬上から見下ろせるほどの高い壁に囲まれた区画。


 「近衛騎士団」の詰め所。


 王国最強と謳われる精鋭たちが、昼夜を問わず汗を流すその場所には、独特の空気が満ちていた。鍛錬の匂い。鋼と革の匂い。そして、何か言い難い『緊張感』。


 この詰め所の石造りの壁は、何十年も前からそこにあった。無数の手が触れ、風雨にさらされ、その表面には無数の傷がついている。本来なら、絶対に侵入できない堅牢な要塞のような場所だ。


 だが。


「えーっと、ここが騎士団のマップか。テクスチャが地味だね」


 一人の少女が、突如として現れた。


 詰め所の裏手。厩舎の脇。その壁と、古びたポリバケツの隙間。その『コリジョン判定がない空間』から、彼女は体をねじ込むように出現した。


 マリエル・ブラン(Lv99)。


 彼女は、決して正門を通っていない。本来なら侵入を告げ、許可を得て、堂々と中へ入るべきだ。だが、彼女はそんな『テキスト送りが面倒な手続き』を無視した。代わりに、座標ズレを起こし、『当たり判定のない空間』を利用して、物理的に壁をすり抜けたのだ。


 これを「クリッピング」と呼ぶ。ゲーム内でよく発見されるバグの一種だ。


「貴様、何者だ!!」


 見回り中の騎士が、槍を構えた。年配の騎士で、顔には古い傷がある。彼は間違いなく、何十年も王国に仕えてきた百戦錬磨の武人だろう。その瞳に、迷いはない。


 だが。


「(無視・移動)」


 マリエルは、彼を見もしなかった。


 騎士が全力で突き出した槍の切っ先が、マリエルの体に向かって、音を立てて刺し込まれる。


 だが、槍はマリエルの体をすり抜けた。


 ああ、彼女には『当たり判定』がないのだ。


 彼女は『特定のフレームで無敵時間が発生する「回避モーション」を、歩きながら高速連打』しているのだ。1/60秒単位で、彼女の身体の『判定』が消え、現れ、消えて、現れる。その周期は、攻撃が当たるタイミングとは一ミリもズレている。


 遠くから見ると、まるで『小刻みに震えながら、槍をすり抜ける不気味な移動物体』に見える。


「な……な、なんだ、あれは!?」


 騎士は驚愕した。彼の常識では、あり得ない動き。何か得体のしれない『怪物』が、自分たちの聖域に侵入してきたのだ。


「団長ー。グレン団長ー。いるー?」


 マリエルは騎士たちの驚愕を無視して、奥へと進んだ。


「イベント起こしに来たよー」


 彼女の声は、柔らかく、可愛らしく、そして何の感情も籠もっていなかった。


「何か……邪悪な者が……!」


 騎士たちは槍を構えた。だが、彼女の前には何もできない。マリエルは、詰め所の廊下を、まるで『このマップを完全に把握した者』のように、迷わずに進んでいく。


 石造りの廊下。両脇の炬火。訓練の賑わい。騎士たちの叫び声。だが、彼女はそれを『BGM』として認識するだけで、目的地へ向かっていく。


 その足取りに、迷いはない。彼女はこのマップの『攻略チャート』を、既に脳裏に描いているのだ。


「最奥の執務室は、この先だ」


 マリエルは呟いた。


 彼女が到達した場所は、詰め所の最奥。大きな木製の扉。その扉には、王城の紋章と『騎士団長 グレン・ライハルト』と書かれた銘板がついている。


 重々しい空気が漂っていた。


「開けないですり抜けよう」


 マリエルは、扉を開かずに、その『隙間』をすり抜けた。クリッピングだ。彼女の体が、壁と一体化し、そして突き抜ける。


## 2. 物理説得フィジカル・ネゴシエーション


 執務室の内部は、想像以上に質素だった。


 石造りの壁。木製の書見机。その脇に置かれた書類の山。そして、窓からは城外の景色が見える。城壁。訓練場。兵舎。全部が一望できる『指揮官の視点』を持つ部屋だ。


 その机の向こうに、一人の男が座っていた。


 銀髪を短く、軍人らしく刈り込んだ顔。その顔立ちは『整っている』というより『気合で鍛え上げられている』という形容が似合う。瞳は鋭く、口元は一文字に結ばれている。肉体は、ミスリル製の鎧に包まれているにもかかわらず、その『輪郭』からして鍛え上げられていることが分かる。


 近衛騎士団長、グレン・ライハルト。25歳。


 彼は、書類仕事に従事していた。その書類の内容は『近衛騎士団の月間戦力配置』のようなものが見える。彼の視点は、決して個人の『強さ』ではなく『組織の効率』に向かっている。それこそが、真の軍人である証だ。


「……扉を開けずに入ってくるとはな。何者だ、貴様」


 グレンは書類から顔を上げた。その瞳に浮かぶのは、驚きではなく『冷たい分析』だ。彼は、自分の執務室に押し入った少女を、何か得体の知れない『脅威』として認識した。


 彼は静かに、書見机の脇に置かれた『愛剣』に手を伸ばした。その動作は、決して『大げさ』ではない。ただの『準備』だ。さすが歴戦の騎士。この不可解な侵入に対して、動じることなく、最適な『対応』をしようとしている。


「マリエルだよ。聖女やってる」


 マリエルは、単刀直入に言った。


 彼女の声は、透き通っていて、子どもらしく、だが何の感情も籠もっていない。ただの『情報伝達』だ。


「聖女だと? 教会の者か」


 グレンは瞳を細めた。聖女。教会。王国の公式な宗教機関。つまり『敵ではない、はず』だ。だが、彼の直感は『これは危険だ』と警告していた。


「……して、何の用だ」


「軍隊貸して」


 マリエルは、まるで『日用品の貸し借りを頼むような』軽い口調で言った。


 RTA走者にとって、『挨拶』や『社交辞令』は不要だ。余計なテキスト送りは、クリアタイムを遅くするだけだから。


 グレンは、一瞬だけ沈黙した。


 その沈黙は、『相手の言葉を理解しようとしている時間』だったのか、それとも『内心での激怒を抑えようとしている時間』だったのか。


「断る。帰れ」


 彼の答えは、簡潔で、冷徹だった。


「だよね。じゃあ、イベント戦闘バトルでフラグ立てるね」


 マリエルは、懐から何かを取り出した。


 それは『聖女の杖』ではない。


 『ひのきの棒』だ。


 ゲーム開始直後の、武器としては完全に『おもちゃ』レベルの木の棒。攻撃力は1。何の特殊効果もない。


 だが、それには『意味』があった。


 相手を『殺さずに』屈服させるための、『手加減用(舐めプ)装備』。つまり、マリエルは『この男に対して、本気を出す価値もない』と判断したのだ。


「……武器ですらない棒切れで、私を愚弄するか」


 グレンの空気が、ガラリと変わった。


 それまで『理性的な軍人』だった彼の中に『武人としての矜持』が目覚めたのだ。


 彼が書見机から立ち上がった瞬間、執務室全体の空気が張り詰めた。


 『殺気』だ。


 並の人間なら、その場に立っていられず、動けなくなるレベルの『敵意の波動』がグレンから放出されている。彼が何十年にわたって、何千の修行を積んで獲得した『スキル』。それが、一瞬で発動された。


 だが。


 マリエルは、棒立ちのままだった。


 その顔には、何の恐怖もない。何の緊張もない。ただ『イベントを進行させている』という淡白な表情。


「行くぞ」


 グレンが動いた。


 その速度は、『目にも留まらぬ』というのは夸張ではなく、事実だった。


 彼の右手が、刀の柄に移る。その瞬間、ミスリル製の愛剣が、鞘から引き抜かれた。その動作は『一連の流れ』として認識されるほど流麗だ。


 そして、抜刀と同時に、彼は一撃を放った。


 『雷光のような一閃』。


 それは、マリエルの首を、左から右へと薙ぎ払おうとした。もしもこの一撃が命中すれば、彼女の頭部は確実に『切断』されるだろう。


 だが。


 カチッ。


 乾いた音がした。


 グレンの剣が、マリエルの持つ『ひのきの棒』に『受け止められた』のではなく、『衝突した直後、グレンの体が硬直した』のだ。


「な……!?」


 グレンの瞳に、一瞬だけ『困惑』が浮かんだ。何が起きたのか。なぜ自分の体が『止まった』のか。


「ジャストガード(パリィ)。判定猶予1フレーム」


 マリエルは、無表情で説明した。


 その『ゲーム用語』は、グレンには何の意味も持たなかったが、彼の直感は『これはゲームのルール上の現象だ』と理解した。


 ゲームには、『敵の攻撃が当たる瞬間に、ガードを入力すると、ダメージが無効化され、相手に長時間の硬直を与える仕様』がある。その硬直の時間は、通常であれば『1秒』程度。十分に『反撃の機会』を与えるほどだ。


 ただし、その『判定の猶予時間』は、1/60秒。


 人間の『反応速度』では、絶対に成し遂げられない時間精度だ。


 それを、マリエルは『成し遂げている』。


「くっ、これでもか!」


 グレンは、その硬直を『強引に』解く。気合だ。意志だ。人間の『精神力』で、ゲームシステムに抗う。


 その証拠に、彼は連撃を放った。


 『袈裟斬り』『突き』『薙ぎ払い』。


 『剣聖』と称される、その『神速の剣技』が、一息に放出される。


 カチッ、カチッ、カチカチッ。


 しかし、全てが『ひのきの棒』に弾かれた。


 マリエルは一歩も動かない。ただ『手首』を動かし、『最低限の動作』で、グレンの剣の『軌道』に『棒を置く』だけ。


 『未来が見えている』のではなく、『敵の攻撃モーションの予備動作フレームが見えている』のだ。


 彼女は『ゲームの設計図』を理解している。グレンの攻撃パターンは『決定論的』で『単調』だ。だから、彼がどの攻撃を放つ前に、彼女は『その軌道に棒を置く』のだ。


「遅いよ。モーションに無駄が多すぎ。攻撃パラメーターが高いだけで、AIの挙動は単調だね」


 マリエルの声には、『評価』が籠もっていた。それは『励まし』ではなく『分析』だ。


 グレンの額に、脂汗が滲み始めた。


 彼の『剣』が、重く感じられ始めた。何度も『弾かれる』たびに、彼の腕に『痺れるような衝撃』が走る。


「物理法則がおかしい」


 グレンは、内心で呟いた。


「あの細い腕のどこに、ミスリルの剣を弾く『剛力』があるのか。ありえない」


 だが、彼はそれ以上、何も言わなかった。ただ『戦い続け』た。


「そろそろ飽きたな。終わらせよっか」


 マリエルは、一度『棒を構え』、そして『素振り』をした。


 ただの『素振り』だ。何の『複雑な動き』もない。


 だが、その棒がグレンの剣に『触れた瞬間』――。


 ガガガガガッ!!


 『多段ヒット・グリッチ』。


 攻撃判定が『出ている最中』に、マリエルは『超高速で武器を持ち変えた』。その結果、『1回の攻撃判定』が『数十回に増幅』された。


 『ひのきの棒』の『攻撃力1』が、一瞬で『攻撃力50』の『連打』に変わったのだ。


「ぐあぁぁぁぁ!?」


 グレンの体が、吹き飛んだ。


 執務室の『壁』を『突き破り』、その向こうの『中庭』へと『転がっていった』。


 彼は『何が起きたのか』理解することができない。


 ただ『痛み』と『屈辱感』だけが、彼の全身を支配した。


## 3. 負荷分散サーバー(騎士団)の確保


 瓦礫の中で、身動きの取れなくなったグレン。


 彼の身体は、複数の『小破損』で覆われていた。ミスリルの鎧は『へこみ』を無数に抱え、その隙間からは『赤い液体』が滲み出ている。彼の目は、なおも『敵を睨んでいた』が、彼の体は『動かない』。


「……参ったか」


 グレンの口から、血が流れた。だが、その瞳には『敗北感』ではなく『武人としての屈辱感』が宿っていた。


 彼は『何十年』も『騎士の道』を歩んできた。王国最強の剣を磨き、何百もの戦いに勝利してきた。『不敗』とまで言われた彼が、『ひのきの棒』一本で『叩き潰された』。


 その事実が、彼の心を傷つけた。


 だが、彼は『騎士の矜持』を失っていなかった。


「殺せ」


 彼は言った。その声は、静かで、堂々としていた。


「だが、近衛騎士団は決して貴様のような魔女には従わん。我々は『王国の盾』だ。いかなる圧力にも屈しない」


 その言葉は『強気』だった。だが、その言葉の『根拠』は、既に失われていた。彼は『敗北した者』だ。敗北した者に『従わない』という約束は、その重みを失う。


「殺さないよ。死んだらNPCが減って(メモリが空いて)もったいないし」


 マリエルは、その『感情的な台詞』を、まるで『在庫管理の理由』のように語った。


 彼女にとって、グレンは『人間』ではなく『ユニット』だ。『兵士』ではなく『リソース』だ。その『リソース』を浪費する理由は、彼女の中には存在しない。


「ねえ団長。私一人じゃ世界を保てないの」


 マリエルは、かがみ込んでグレンの顔を『見下ろした』。その瞳は『同情』ではなく『観察』だった。


「だから、貴方たちのリソース(労働力)が必要なの」


 その言葉は『脅迫』ではなく『事実の陳述』だった。彼女は、『自分が何をしようとしているのか』を『正直に伝えている』。それが、更に『恐怖感』を増幅させた。


「……何を言って……」


 グレンは、何かを言おうとした。だが、彼の言葉は『完成』しなかった。


「ノクターン領へ行くよ。あそこの領主、なんかウザいから」


 マリエルは、グレンの『胸ぐら』を掴んだ。その力は『柔らか』だったが『圧倒的』だった。


 彼女はグレンを『引き起こした』。その瞬間、グレンの全身から『絶望感』が立ち上った。


軍隊ユニットを出しな」


 マリエルの指示は『命令』だった。それは『提案』ではなく『要求』だ。


「貴方は司令塔サーバーになって、私の代わりに処理落ちを防ぐの」


 その言葉の意味を、グレンは『正確に』理解した。


 彼は『兵士たちを指揮する者』ではなく『兵士たちの『処理負荷』を『分散』させるための『装置』』になるということだ。つまり、彼の『武人としての尊厳』は、既に『失われた』のだ。


「……」


 グレンは、何も言わなかった。


 彼は『戦慄』した。『恐怖』した。『絶望』した。


「この少女は、常識が通じない」


 グレンは、その瞬間『悟った』。


 彼女は『人間』ではない。『武人』ではない。『敵』でもない。


 彼女は『災害』だ。『自然現象』だ。『神の怒り』だ。


 力で、すべてを『ねじ伏せる』。『目的』のためなら、『世界システム』すら『書き換える』。そんな『存在』だ。


「……わかった。負けた者の責務として、同行しよう」


 グレンは『屈服』した。


 いや『本能が悟った』のだ。『これ以上逆らえば、自分の存在そのものが消去デリートされるだろう』ということを。


 彼の『騎士の矜持』も『王国への忠誠』も『自らの信念』も、全部が『この少女の前では無力』だということを。


「よし、契約成立。じゃあ移動しよっか」


 マリエルは、グレンの腕を掴んだ。その力は『優しく』見えたが『絶対的』だった。


「ま、待て。騎士団の動員には『手続き』が必要だ。王への報告も、準備も……」


 グレンは『最後の抵抗』を試みた。彼の『軍人としての知識』が、『最後の砦』として『正当な理由』を求めた。


「(スキップ)」


 マリエルは、その『テキスト送り』を『完全に無視』した。


 彼女は『ゲームのテキストを無理やり送り飛ばす』ように、その『テキストメニュー』を『スキップ』したのだ。


 つまり『手続き』『報告』『準備』『同意』『確認』『承認』――すべてが、『ゲームの内部処理』として『一瞬で完了』した。


 現実では『何時間も』かかるような『手続き』が、『ゲームの都合上』『一瞬で処理』されたのだ。


 マリエルはグレンを『引きずりながら』、再び『壁抜けバグ』で『立ち去った』。


 二人の姿は『瓦礫の上から消え』、『壁を通り』、『兵舎へ到達』した。


 そこでは『騎士団の兵士たち』が『何かが起きたのか』と『困惑』していた。だが、マリエルの『指示』は『絶対』だ。彼女は『北へ向かう準備をしろ』と『命じ』た。


 騎士団長グレンが『同意』した。つまり『それで十分』だ。


 こうして。


 マリエル・ブランは、『最強の軍隊』を『手に入れた』。


 その『軍隊』が『単なる『負荷分散装置』としてしか扱われない』ことに『気付かずに』。


 王国最強の『近衛騎士団』は『北への進軍』を『開始』した。


 その行先は『ノクターン領』。


 そこには『もう一人の少女』が『準備』を『整えていた』。


 二つの『戦略』『二つの『力』『二つの『少女』。


 すべてが、『ノクターン領』で『衝突』しようとしていた。


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