聖職者レオの話
勇敢さというのは彼女の長所であり最大の魅力であり、同時に最大の短所でもあるのかもしれない。震える手でほっそりとした腕に包帯を巻きながら、レオは唇を引き結んだ。
半ば崩れた診療所には多くの人が慌ただしく出入りしている。子供が泣く声、痛みを訴え治療の手を呼ぶ声、そんな怪我人を励ます誰かの声……混沌とした空気の中で、目の前でちょこんと椅子に腰掛けている少女は誰よりも平然と笑った。
「最初はちょっと焦ったけど、なんとかなったね。ま、このボクがいるんだから当然だけど?」
彼女の言葉はまさしくその通りである。その通りなのだが、そんな風に笑う顔は見たくなくて、レオは包帯を巻き終えるや否や濡れた布を彼女の血染めの頬に押しつけた。ゴシゴシと拭うその手が普段のレオにない強さだったためか、そこでようやく彼女の顔から余裕の笑みが消える。
「……レオ、もしかして怒ってる?」
「はい、とても」
「なんで?」
その問いかけがあまりにも不思議そうだったので、レオはしばし言葉を失った。この状況で、なんで、とは。目の前の恋人の腹に穴が開いていて、慌てて治療を施そうとしたら「どうせそのうち治るし、手当てとかいらなくない?」などと言われ、なんとか説得して治療に持ち込んだというこの状況で、にこにこと笑っている人間がいるとでも思っているのだろうか。
怒りとも悲しみともつかない感情が込み上げ、しかし今ここで彼女にそれをぶつけることはできず、レオは黙々と少女の頬にこびりついた赤黒い液体を拭い続けた。
大人しくされるがままになっているこの少女の名は、ルーイン。紆余曲折あって人間に味方をしている魔女である。正確には彼女が味方をしているのはレオだけであって、他の人間はついでに過ぎないのだが、とりあえず人間からは味方だと見なされている。その彼女が今こうして重傷を負っているのは、魔族に襲われた町を守るための戦いに身を投じたからだ。
魔族による人里の襲撃。それ自体は、残念ながら最近ではよくあることである。幸運なことに今回はその現場に『勇者一行』たるレオや他の仲間たちが居合わせたために、すぐさま応戦することができた。
こういうときの役割分担は既に決まっている。襲ってきた魔族の中でも位が高い、すなわち人間の手には負えない強力な相手はルーインが引き受け、その隙にレオたちは雑魚を掃討しつつ住民の避難誘導。自分の役割が終わり次第、別の仲間と合流しサポートに回る。このシンプルな作戦は今回も『一つを除いて』成功し、人間側は怪我人を多数抱えつつも死者を出すことはなかった。襲ってきた魔族の人数や町の規模から考えれば奇跡だった。
「ねえ、なんで怒ってるの?キミって、みんなが無事だと嬉しいんでしょ?仲間も町のヒトも全員無事だったのに、嬉しくないの?」
一通り顔を綺麗にし終えて彼女を解放すると、もう一度尋ねられた。更には「あ、建物いっぱい壊しちゃったから?でもわざとじゃないよ?」。やはり全く分かっていない様子に、レオは震えそうな声を必死で抑えた。
「……どうして、私たちの手助けを拒否したんですか」
責めるような口調になってしまったのは仕方ないことだろう。いつもの作戦を壊したのは彼女の方なのだから。
住民を避難させて援護に向かったレオたちを一瞥し、「邪魔」の一言。そのまま彼らを近づけさせず、たった一人で戦い続け、結果こんなにも酷い傷を負った。全員で力を合わせれば彼女の負担は確実に減っていたにもかかわらず、だ。だからこそレオはいつになく怒り、それ以上に心配したのに。
「なんでって、敵が思ったより強かったから」
「だったら、余計に私たちを頼ってください」
「えー……でもさ、人間は怪我したらすぐ死んじゃうじゃん。キミって、誰かが死んじゃうのが嫌なんでしょ?魔女なら人間より死ににくいし、怪我しても月が昇れば治るし、ボクだけ怪我した方がよくない?」
なのに彼女は、当然だという態度でそんなことを言う。
人間よりも魔族に近い性質を持つルーインは、確かに月光から魔力を吸収することでほとんどの傷を修復してしまう。こうして普通に喋っているところを見ると、人間より痛覚も鈍いのだろう。
しかしだからといって、人間を危険から遠ざける代わりに彼女だけが危険に晒されても良い理由にはならないはずだ。
(……ルーインさんは、私が守らないと)
誰かのために戦い、多くの人の命を救った勇敢さ。彼女自身を傷つける無鉄砲さ。表裏一体のそれらは彼女の最大の長所であり短所でもある。全てを守る盾になろうとする彼女を、守り支えていかなければ。たとえ今は守られるばかりの存在だとしても。
急に黙り込んだためか、ルーインが不思議そうに覗き込んでくる。少しだけ近づいた華奢な体を傷に触れないよう慎重に抱きしめ、心の中で静かに誓った。
あぁ、でもその前に。
「ルーインさん。貴女のおかげで、町の方たちは全員無事でした。……本当に、ありがとうございました」
「うん。……レオも、ありがとね」
「え……?」
「よく分かんないけど、心配してくれたんでしょ?なんか嬉しいなぁって」
えへへー、と子供っぽく笑う彼女に、レオも少しだけ笑った。
まず第一歩として、その心配の理由をちゃんと説明するところから始めよう。




