魔女ルーインの話
彼の『人を疑うことを知らない』という特質は、明らかに欠点なのではないだろうか。天使のような愛らしい顔に似合わない大人びた溜息をつきながら、ルーインは先程から白髪の老人に捕まっている青年を横目で見遣った。
娘が心臓の病で、治療のためのお金が足りない。娘は日に日に弱っていき、もう虫の息だ。親としてどうにか娘を助けてやりたい、どうか金を貸してくれないか、必ず返すから――漏れ聞こえてくる老人の話は胡散臭いことこの上なく、この話をされているのがルーインであればすぐに追い払ってしまうような戯れ言だ。けれども青年は憐れみを隠しもしない表情でうんうんと頷き、親身になって話を聞いている。全くもって頭が痛い。この青年が単なる他人ならば放っておけるのに、自分の大切な人となれば話は別だ。
わざとらしくこめかみを押さえて首を振ってみても、すっかり老人のペースに乗せられている青年の目には入らなかったようだ。挙げ句の果てには自分の所持金で少しでも足しになればなどと青年が言い出し、ルーインはとうとう二人の間に割って入った。
* * * * *
「あのさあ、もうちょっと危機感とか警戒心とか持ってくれないと困るんだけど」
「はい……すみません」
数十分後、二人は町の外の平原を連れ立って歩いていた。もう少し正確に言えば、ふわふわと宙を漂うように進むルーインの少し後ろを、青年が心なしかとぼとぼと歩いていた。
あの老人は、ルーインが少し脅かしてやっただけですぐに嘘を露呈し逃げていった。それ自体は大した労力ではなかったのでどうでもいいが、少々派手にやり過ぎて衆目を集めてしまったので撤退してきた次第である。幸い、仲間たちから頼まれた買い物は既に終わらせていたし、もう少しで集合時間というタイミングだったので特に支障はない。集合場所までゆっくりと移動しつつ、ルーインは振り向いて小首を傾げて見せた。
「話聞いてて、変だなーとか思わなかったの?全然?」
「う……はい。とにかく、なんとかして力になって差し上げないと、と思ってしまって……」
言葉尻が萎み、視線が下がる。世間知らずを責められていると感じたのかもしれない。ルーインは単純に気になっただけで、そんな意図はないのだが。
反省しきりのこの青年の名は、レオナーシュ。ルーインや仲間たちにはレオと呼ばれている。その愛称だけ聞けば勇ましいのだが、実際は心優しく穏やかで、非常にお人好しな青年である。そしてそのお人好しさは、時に彼自身の首を絞めることがある。今回のように。
はじめは聖職者という立場から性善説に立ち無償の愛を振りまいているのかと思ったのだが、どうやらこの性格は職業に関係なく、単に彼の個性として育まれてきたものであるらしい。そんなところに惹かれてしまった以上はその信じやすさを長所として褒めてやるべきなのかもしれないが、何事にも限度というものがある。
(信じやすくてお人好しだから、ああいう変なのに絡まれて騙されちゃうんだけどなー。そういうのどこまで分かってるんだろ)
ルーインならばまず先程のような話は信じないし、仮にあの話が本当だったとしても、見ず知らずの他人に手を貸してやる情は持ち合わせていない。なぜあんなにも純粋に他人の話を信じ、下心もなく助けようと思えるのか、ルーインには分からない。勇者の仲間として救世の旅をする最中、汚い人間など山ほど見てきただろうに。
もっと分からないのは、仮にそれで騙されたとして、彼はその相手を決して恨んだりしないということだ。
「でも、あのお話が嘘だったということは、病気で苦しむ娘さんはいなかったということですよね。安心しました」
ほら、また。
ほっと安堵の息をつく彼は、果たして本当に反省しているのだろうか。いや、していることはしているのだろう。嘘の話を不用心にも信じてしまったことではなくて、仲間たちの路銀を減らしてしまうところだったことについて。
そして、別の誰かに助けを求められたら、また疑う前に手を差し伸べてしまうのだろう。
(……ま、そうなったらまたボクが助けてあげればいいだけだし)
だからやっぱり、『人を疑うことを知らない』のは長所でいい。自分が側にいる限りは。
まあ、能天気極まりないその発言には、「そうだね」と返事をしておいてあげよう。
「あの、ルーインさん」
「なあに?」
「先程はありがとうございました」
「……んーん、いいよ」
その、ふんわりとした笑顔が見られれば、それで。




