第六十話 な、なにをう ~ネーミングセンスのない奴ら!~
『最早、敵なし! シート荒野のモンスターでも上位の危険度に位置するワイルドビースト・ヤモりんを手懐けた、期待の超大型新人トバリ・レンジョウ!
幼稚園児の球技大会にその道のプロが殴り込んでくるようなこの所業! 誰かこいつを止めてくれー!』
「なにその紹介の仕方?」
調子も上々と高らかに叫ぶ司会の男を睨みつける。しかし男はと言えば、そのような非難の目もどこ吹く風で、やたらと自信有りげな痩身の男を指差した。
男の名はシーザー。獣使の中でも名の知られた者で、先の〝来光杯〟にも出場している。熟練した闘技獣との駆け引きや知識等、本大会の大本命だ。
しかし、目先の知識に囚われる馬鹿でもある。フューは観客席の中で、彼の引き連れている闘技獣を見て思わず嘲笑した。
彼の戦略と、同時にその結果が透けて見えたからだ。
『賭けるのは勿論、俺だよな! そう言わんばかりにこの男! 皆さんお待ちかね、本日のメインであり大本命! 第七回橋の町テイマーズバトル優勝者、シーザーだ~!
脅威のワイルドビーストの出現にも自信満々のシーザー、半ゲル状モンスターのヌルルで対戦です!』
紹介されたシーザーは気取った様子で手を挙げている。トバリは彼の引き連れている闘技獣に小首を傾げた。
前試合ではこのように半透明な、ふるふると震える半球状の頼りない生物ではなく、ドードーちゃんとは違った飛行戦を主とする鳥型のモンスターであった。
トバリは使役する闘技獣がヤモりんしかいない為に知る由もないが、獣使らの大会では複数からなるモンスターを登録できる場合がほとんどだ。
相手に手の内を見せず、相手の闘技獣の特徴を掴むことを前提としている。しかしながら実戦と違い、試合中に使用できる闘技獣は一頭のみ。これには諸事情あるものの、試合中に暴走した闘技獣を抑える為、という安全上の理由が大部分を占めている。
「意外そうな顔をしているな、トバリ・レンジョウ。ワイルドビーストなど手懐けて得意満面といった所だろうが、戦いの本質とは個体の性能だけでなく、相性や戦略こそ決定的な勝敗を作るのだ。
この俺にあっさりと敗北して、戦いというものを学ぶと良い」
「な、なにをう。そんな弱っちそうなのにヤモりんは負けたりしないもんねーっ!」
シーザーの言葉に少女は苛立ち、自らの唇を左右に開いて白い歯で威嚇する。
男と言えばそれを鼻で笑うだけだ。火花を散らす両者と場を盛り上げようとする司会に対し、フューは冷めた目でそれを見つめている。
自らの考えが的中したであろう言葉が彼女をそうさせたのだ。
『それでは、最終試合! 第八回橋の町テイマーズバトル最終決戦!
開始ぃっ!』
少女にとって実質はまだ二戦目の状況であるが、一戦目と違い即座に仕掛けるような真似はしない。こちらの戦力を見てもなお余裕の姿勢を崩さないシーザーに警戒しているのだろう、ヤモりんを舞台中央から離れさせて様子を見る。
男はそれを、戦略にもならない行為だと嘲笑した。
「離れただけでは何の意味もないということを教えてやろう。
煌けヌルル! 激動の! 超・固冷凍連続弾ッ!」
シーザーの叫びと共に、ヌルルは七輪上の鏡餅が如く急速に膨れ上がると、その前面に赤い魔法陣を描き出した。
焦りにかられてトバリが回避の指示を出す頃には、ヤモりんもすでに回避の態勢に移行している。高速で放たれた青く輝く水の礫は複数で、ヤモりんの立っていた石版に着弾する。
一発たりとも命中してはいないものの、着弾と同時に舞台に大量の霜柱と氷筍の如き棘が発生したことで、トバリは柳眉を逆立てた。
「魔法じゃん! 反則でしょ! インチキインチキ!」
『いえ、闘技獣の使う魔法は反則にはなりません! 今回の場合は闘技獣ヌルルの種であるアクアスライムの行う一般的な攻撃魔法ですし、なんらインチキな所はありませんよ』
ルールをきちんと確認していないのかと、司会者からじっとりとした視線を送られて、少女は顔を赤らめる。
二人がそんなやり取りをしている間にも、更に攻撃を重ねるヌルル。観衆からはその度にシーザーから放たれる技名に野次が飛ぶ。そんな今一白熱しない雰囲気の中で、ヤモりんは難なくそれをかわしているものの、トバリの表情は固い。
ヌルルの魔法により、石版に発生した氷の棘がヤモりんの動きを阻害するのだ。ヤモりんの気性であれば訳もなく行動するだろうが、少女は自分に傅く彼が傷つくことを避けたかった。
しかしそれは、モンスターの特性を活かせていない行為と呼べるだろう。フューが足元をすくわれるとした要因のひとつであり、相手であるシーザーもこれを理解していたようだ。攻撃的な特性を活かさず、機動性を活かして回避主体としたトバリの作戦から少女の性格を読み取っている。
なるほど、確かに帝都主催の大会にも参加しているだけはある。
トバリからの攻撃命令が出ずに逃げの一手となるヤモりん。体格差を物ともしないヌルルの攻撃は、第一戦をなぞる展開と、実績ある使い手の存在により観客を盛り立たせる。
「そうら、どうしたね。逃げるだけでは勝てんぞ!
受けろ必殺の! 破・印捺封留!」
シーザーの言葉と同時に高く伸び上がったヌルル。その体が魔法陣へと変形し、構成された術式から打ち出されるのは巨大な氷版。
シーザーの名が刻まれたそれは確かに巨大で、必殺の名に相応しく。
「――ヤ、ヤモりん……!」
逃げるよう叫ぶのも間に合わず、舞台の三分の二を占める氷塊が闘技獣の頭部に叩きつけられた。
砕けた氷塊が地に落ちて、騒々しい煌きが散乱する中に、口から血を零すヤモりんが佇んでいる。頭部を中心に凍りつく体を左右に激しく揺り動かし、氷像となるのを拒むように凍気を弾いた。
血走った目を着地するヌルルへ向けると、後ろ足で立ち上がっての咆哮。その威嚇の姿は恐竜、獅子竜を思わせた。巨大化した際の咆哮とも違う、怒りの声量は風を伴って塵を運び、観客席の男らすら黙らせる波を伴った。
鼓膜にびりびりと残る恐ろしき声は、過ぎてしまえば騒ぎ好きの輩を喜ばせるには十二分な代物となる。
「いけぇー!」
「あんなのに負けるなよ、トカゲ野郎!」
「ビビるなよシーザー! そのままやっつけちまえ!」
後ろ足で石版を踏み鳴らし、今にも突撃せんとするヤモりんに対しても、シーザーは余裕の表情でヌルルに迎撃の指示を出す。
それに気づいたトバリは慌てて自らの闘技獣を宥めすかし、敵の策略に乗らんとした。フューから見ればこの行為こそ愚かしいと溜息が出るばかりだ。
すでに少女は敵の術中にはまっている。もしも少女に魔法の知識が有れば、すぐに問題点に気づいたかも知れないが。
(腕力だけじゃあ駄目なのよ、トバリちゃん)
迎撃など、最もらしい言葉を発してヤモりんの攻撃をトバリに止めさせる。一方で、その様子を見ても余裕を浮かべるだけですぐに攻撃を行うことをしないシーザー。その理由を格上が行う格下への余裕だと思い込んでいる様子のトバリでは到底、気づいていないのだろう。
有利に見せているのはただの演出、実際にはシーザーこそ不利なのだ。
(どう足掻いたってあの程度の個体能力じゃ、アクアスライムがワイルドビーストを超えるなんて不可能だっつーのになぁ。魔法が直撃した所でまともなダメージなんて負いっこないし、魔法を使って疲れたモンスターを攻撃されないように、あのコの性格を逆手にとってモンスターを休ませてる。
あっちはね、そのまま騙し通して君に降参させるつもりなんだよ)
そして、そろそろ来るであろう、駄目押しの一手が。
それに気づけば、トバリは確実に勝利する。しかし気づかねば、少女は戦技獣を想い降参するだろう。その展開を予想しつつも助言するようなことはしない。シーザーが行っていることはフューが行うような、戦いや日常生活にまで用いられる〝技術〟であって、〝力〟なのだ。
手にした刃の威力も知らず、信用もせず、格下の相手に負けることも少女には必要だ。フューはそう考えていた。
「どうした、来ないのか。ならばこちらからっ!」
攻めあぐねている少女。それを見て意地の悪い笑みを浮かべた男の言葉を勢いに、ヌルルが地を滑走する。
しかしトバリはこれ幸いとでも言うようにヌルル目掛けて指で示し、ヤモりんが待ち望んだ攻撃命令を行った。
「ヤモりん! 怒りの超・三枚下ろし斬り!」
その言葉に少女の使役する闘技獣は動き出した体を硬直させ、会場内にも失笑する者が多く、フューもまた、がっくりと肩を落とすのだった。




