第五十九話 止めてくれーッ! ~大怪獣・ヤモりん現る!~
町長の長ったらしい挨拶も終わり、第一回戦、開幕の試合として選ばれたのは少女、トバリ・レンジョウのワイルドビーストと、飯屋を営む店長、クレグレウの使役する闘技獣、ハルベルトである。
実際には紹介されるのは種族名ではなく、彼らの使用する名前のため、ワイルドビーストはヤモりん、ハルベルトはドードーちゃんと読み上げられた。
ハルベルトはシート荒野でも外れに位置する森林地帯付近に生息するモンスターで、穏やかな気性かつ人にも慣れ易い。そしてその特徴とも言える強靭な足により荷物運びに向く為、商人からも人気の高いモンスターだ。
名前の由来として鱗に覆われた足に連なる太い爪と、人間で言えば踵に当たる部分から伸びる鋭い爪がある。
爪に並んで太い指は器用に丸めて殴ったり、あるいは爪先で抉る、更には踵の爪で切り払うと多彩な動きが可能だ。これを長柄武器のハルバードに因んで名付けられたのだ。
また、それらは固い木の実を砕く等の食料を得る為に使用されるものだが、自衛の為に他モンスターへの攻撃に使用された時の威力は想像に難くない。
事実、その気性に油断して、無理に捕獲したハルベルトに重症を負わされる事故も少なくないのだ。
一方のヤモりんと言えば、小型化魔法を受けたままのため、ハルベルトのその大きな足に踏み潰されてしまいそうな大きさだ。
広い舞台に離されたヤモりんの姿を、小首を傾げるようにしてハルベルトのドードーちゃんが見下ろしている。敵として認識していないのは明らかだった。
『橋の町の名物獣使、戦う商人、クレグレウ店長です!
相棒のドードーちゃん、対戦相手の小ささに戸惑っている様子ですが、これはいつもの光景なのであしからず! また、飯屋、クレグレウ・バーナードもよろしくとのことです』
紹介に諸手を上げるクレグレウ。響き渡る歓声に続き、あまり小動物を苛めるなとの野次も入っている。
これらに対して嫌な予感を覚えたのはトバリだった。この舞台の上で、闘技獣に付きそのまま勝負をしようと言うのか。相手によっては大変なことに成り得ると、以前のドラゴンヘッドとの戦闘を思い出して火にまかれた盾を見下ろした。
『対するは新人獣使、トバリ・レンジョウと新人らしい小さな小さなトカゲ、ヤモりんです!
なんでも彼女、クレグレウ・バーナードでこさえた借金返済の為に出場を決意したのだとか。最低だクレグレウ!』
「えっ、なにそれ?」
司会の紹介に目を瞬かせていると、クレグレウが親指を立ててくる。どうやら少々間違った解釈のある紹介は彼から受けた情報のようだ。
上手く店の宣伝の出汁にされたかと舌を巻くトバリに対して、クレグレウは怪我をさせる前に、無理せず降参させるようにと言葉を転がす。
トバリはその言葉に舌を出し、自らより遥かに高みから見下ろしているドードーちゃんを臆することなく見上げるヤモりんに誇りを持っていた。実際、人より背が高い程度のモンスターなど、少女らが相対したバハムートと呼ばれる巨獣と比較にもならないのだ。
『それでは第一試合、始め!』
「ヤモりん、ちょこちょこステップ!」
開始と同時に号を下したのはトバリ。手を打ち鳴らしながらの即座の言葉に、観客の中でフューは思わず小さな声を上げた。その号令のタイミング、反応も然ることながら、確かになにかの特訓を積んでいたようだ。
トバリの言葉か手拍子か、これに合わせて、右へ左へとちょろちょろ走り出すヤモりんの姿は滑稽以外の何者でもなかったが。
(獣使なんて、魔法を使ったりして調教するのもいるけど。はぐれの幼体とは言え、ワイルドビーストをそのまま使役しているとは思えないわね)
本人はフレッシュビーストなどとのたまうが。
案外と才能があるのではないかと、爆笑に包まれる会場の中で一人唸るフュー。それとは別に、舞台でちょろちょろと走り回るヤモりんへ首を回して追いかけるドードーちゃん。クレグレウは少々、不憫さを感じながらも命令を出す。
「踏み掴めドードーちゃん。優しくな」
ドードーちゃんの頭飾りが柔らかな光を発する。これはモンスターに意図を伝えるマジックアイテムで、獣使や商人がよく使用し、一般的に広く普及されている代物だ。
命令を対象のモンスターへ直接届けるため、ストレスの要因になり易く、ハルベルトのような気性の穏やかなモンスターに限定されるがその効果は高い。
即座に右足を振り上げて左右に走るヤモりんを掴むべく、こちらも右へ左へと足先を彷徨わせ、振り下ろす一撃もひらりとかわされる。
それ所か、フェンシングの突きすら思わせるドードーちゃんの足をあっさりと見切ったヤモりんはかわすと同時に足へとびかかり、鋭い歯をその厚い鱗を持つ足に食い込ませた。
悲鳴を上げて振り回された足。その鱗に噛み付きも浅かったか振り落とされたヤモりんは舞台に背中を強か打ちつけた。
痛みに足を引きずるドードーちゃんに対して、こちらは問題なさそうに威嚇の声を上げている。体躯の差を気にもせず、堂々と挑むヤモりんの姿に歓声が上がった。
「ああっ、このトカゲ野郎! ……うちの看板娘によくも……!
警告はしていたからな、嬢ちゃん!」
足から滴る血に激昂したクレグレウは、ヤモりんを指差して攻撃を命じた。
その命令を受けたドードーちゃんの目にもすでに敵意の光が宿っている。敵と認められたヤモりんに対し、先程の比ではない速度で足の振り下ろしの連打が行われた。
まるで削岩機のように舞台の石版を叩くドードーちゃんの姿は、トバリを震撼させる。
これをかろうじてかわすヤモりんだが、地を叩く振動に足を取られているのか、かわすだけで精一杯のようだ。
「まだまだ! ドードーちゃん、必殺のドリブル・ドリル・アタックだ!」
「なにそのネーミングセンス!」
人の事を言えんだろうが。
クレグレウの叫びに更に叫び返すトバリ。その声は歓声によって聞こえはしないが、唇の動きから言葉を読み取ったフューは溜息を吐く。
更に高速化し、右足の爪先を使った攻撃には殺意すら篭る。その速度、一本の足が複数に見える程だ。
この闘技獣もまた、主人であるクレグレウと共に成長しているのだろう。攻撃能力だけで言えば、すでにこの町の衛兵を超えているのかも知れない。
が、しかし。
そこに居るのは衛兵ではない。このシート荒野においても一大勢力になる狩猟種族、ワイルドビーストだ。並外れた学習能力と巨体に似合わぬ機動力、高い耐久力と攻撃力、そして闘争心。
争う為に産まれたと言っても差し支えないこの獣は、恐れを知る程に闘争本能を刺激され、戦いを知る程に学習し、術を覚える程にその攻撃性を増す。
ヤモりんは、短な距離で右往左往して攻撃をかわしていたが、その距離を伸ばし、ドードーちゃんの動きを大きくさせた。これによりドードーちゃんは軸となる足から更に上体を動かして広い範囲をカバーするために動きを激しくする。
結果として、次撃までの間隔が伸び、ヤモりんは回避しやすくなった蹴撃を抜けて、無防備な軸足に噛り付いたのだ。
再びあがる悲鳴に、地に転がったドードーちゃん。そこですかさずトバリは次の指令を出す。
「ヤモりん、必殺剣の動きだよ!」
少女の叫びと口笛に合わせて、横倒しになったドードーちゃんの上に飛び掛る。
同時に印を切る少女の姿。手を掲げて、高々と呪文のひとつを口にする。
少女のそれに呼応して、小さき獣から発せられた漆黒の濃霧は彼らを包み込む。足元にまで迫ったそれに、魔法を使ったのかとクレグレウはトバリを怒鳴りつけた。
「魔法や獣使の援護はご法度だぞ!」
「えっ、そうなの? ……でもこれ、小型化魔法を解除しただけなんだけど……」
小型化魔法。
クレグレウはその言葉に怖気を感じて、舞台の中、自らの闘技獣らを中心に渦巻く濃霧が急速に膨れ上がるのを見上げた。
観客だけでなく、司会者すら困惑する中、霧を引き裂いて橋の町で雄叫びを上げたのは、巨大なワイルドビーストの存在だった。
その姿、猛々しさ、まるで自らの魂が開放されたかのように天に向けて咆哮する一匹の獣は、それを見上げる全ての者を震撼させた。
「…………、デ、デッカくね?」
見慣れているはずのフューですらその言葉を転がす始末で、舞台の上のトバリなど目を見開いて絶句している。
霧が消え、熱い息吹を漏らし、立場が逆転したようにその前足に押さえつけられて悲鳴を上げられぬドードーちゃんを見下ろしている。
角付きの兜がその凶暴性を強く浮き出し、それに気圧されていた司会者もようやく自らの役目を思い出して声を張り上げた。
『ワ、ワイ……ワイルドビースト……、ワイルドビーストです! あの小さなトカゲはどうやらワイルドビーストの成体だったようです!
どうやってあんな生き物を調教したのか? 完全に立場が逆になってしまった今、ドードーちゃんはヤモりんの餌にしか見えなーい!』
「止めてくれーッ!」
絶叫するクレグレウに、観客も熱狂する。
唐突たるシート荒野の暴れん坊が登場したことで会場には戸惑い、衛兵すらも武器を構える姿が見られたものの、試合続行とあらば猛るだけだ。クレグレウの叫びにも周囲の観客の歓声にも反応出来ずにいるトバリへ、フューは心許ない観客整理用のロープを叩きながら叫ぶ。
この獣、食らう気だ。
鋭い牙の並ぶ顎を開くヤモりん。ドードーちゃんの一頭や二頭、まとめて丸呑みにしてしまいそうな巨大な口に、フューの言葉が届いたトバリは慌てて制止をかけた。
「す、すすすすとっぷ、ヤモりん、ストーップ!」
手を叩き、口笛を鳴らす少女にヤモりんは動きを止めて、細めた目で少女を見下ろす。主従を結ぶにしては、力量に差がありすぎるその見栄えにしても、獣は主人の意図を理解したようでその命令に従った。
前足を退かして不貞腐れたように鼻を鳴らし、舞台にずっしりと座り込む。
鎮まったそれから、踏みつけられた際に足を折ったのだろう、ドードーちゃんが懸命にもがく様を見てクレグレウは降参を叫んだ。
彼と衛兵によってドードーちゃんが運び出されるのを、無感情に眺めるヤモりん。それを歓声が包む中で舞台に上がるのはフューだった。
放心状態のトバリとの関係者ということで上げてもらったようだ。
「トバリちゃん、早く小型化して! どうしたの、これ。もう殆ど成体に近いじゃない」
「いあ、なんか、一昨日ぐらいから鞄に皮っぽいゴミが溜まってるとは思ってたんだけど」
脱皮か。
フューは頭を抱えた。ワイルドビーストはその見た目に違わず、爬虫類のように脱皮を行う。しかしその後、こうも急激に成長するとは。
すでに彼女らを乗せていた時の二倍、否、三倍はあろうかという巨体だ。少女が放心するのも無理は無いが。
「さすがに成体のワイルドビースト程ではないにしろ、ここまでの大きさになったらマジの怪物よ。アレに追い掛け回されたの、覚えてるでしょ?」
フューの言葉に僅かに震えながら頷いて、ヤモりんへ小型化魔法を掛ける。小さくなると同時に主人の元へ走りより、すぐさま肩によじ登る姿に、少女は思わず涙など浮かべながらそれを迎え入れた。
トバリの筋力は相当なものだが、それにしてもあの巨体を止めるほどの力は無いだろう。ワイルドビーストの知能から言えば、異種族であるトバリの萎縮した態度も理解出来たはずだ。それでもなおこの主従関係を受け入れるのは、強大な敵を前にしても立ち向かい、ヤモりんの命を守るべく行動したことが起因するのではないか。
少なくともフューにはそう思えた。でなければ、実力主義で群れる彼らワイルドビーストを手懐けることなど出来はしない。産まれてより間を置かず、群れから離して育てられたフレッシュビーストとは違うのだ。
ちらと向けた視線の先では、クレグレウが魔法を使ったとしてトバリへの抗議を開催者側に行っているようだった。しかし、見る者が見ればそれは制限を解除しただけと分かるだろう。
問題点として、それを開催者側がどう受け取るかにある。実質、小型化した機動性でドードーちゃんを翻弄したのかと言えば、そうでもない。
元々、ワイルドビーストの機動力は極めて高く、あの巨体に対して各関節や地をしっかりと〝握る〟強力な足裏、爪が彼らの運動性を補助しているのだ。群れで行動する為、配下から謙譲される餌に貪りつく長でなければ、あの敏捷性が損なわれることはない。
トバリが遭遇したワイルドビーストは群れから追い出された長であったのだろう、ヤモりんよりも巨体であり力も持つものの、その体格を持て余している様子だった。
(それに対してこっちはまだまだ、若い個体だからねぇ。あの店長の抗議も、認められることはなさそうね)
果たして、彼女の予想した通りにクレグレウの抗議も虚しく、開催者側は本試合を有効と認め、失意の内に立ち去る店長を言葉もなく見送った。
しかし相手闘技獣の戸惑いを無くす為として、試合開始前には小型化魔法を解除するよう開催者に命令されたトバリは、些かながら小さくなってそれを了承した。
「気にすることないわよ、トバリちゃん。生きてるんだから治療は出来るし、金はかかるけど」
でもまあ、あの店にはもう行けないだろうが。
続くフューの言葉に思わず呻く。これで気にするなと言うのも無理があろう。
そんな少女の気持ちに反し、その後の試合は滞ることなく進んだ。優勝を諦めて棄権する者、試合は行うがヤモりんとの試合では即座に降参を宣言する者。どちらにせよ、まともな試合にはなるまいと踏んでいたフューの考え通りの結果かと思えた最終試合、決勝戦。
そこには自信に溢れた対戦者の入場する姿があった。




