第五十三話 じゃじゃ~ん! ~ワンダーランドのお勉強!~
「きょっおーのごっはんっは、なーにっかな~?」
フューに連れられた飯屋で、トバリは上機嫌だ。以前、彼女らが〝熱情の魔術師〟ことカンナに紹介された店だった。
その知り合いということで料金も安くしてもらったこの店は、彼女らの行きつけとなっている。
当初はそのネームバリューに驚きこそすれ、便利な道具とでも思うかのようにその名を色々な場所で使用するフューにも少女は驚いたものだったが。
「トバリちゃんさあ、飯以外に楽しみってないワケ?」
席に着くと同時に、店長の扱う鳥形のモンスターがグラスを乗せたトレイを運んで来る。
ダチョウのように長い足は鱗に覆われ、太く、恐竜を思わせる。その上に丸々とした黄色の羽毛に包まれた体と小さな頭が可愛らしい。
首に提げたトレイからお礼を言ってトバリはグラスを受け取り、この世界に居るだけで楽しいものだと笑う。
しかし、また別な楽しみを見つけたのだ、とも。
「じゃじゃ~ん! こんなの見つけてきたよ!」
「おっちゃーん、金酒ひとつねー!
なになに……第八回橋の町……テイマーズバトル……?」
どこから拾ってきたのか、少女の手には自らの使役するモンスターらを持ちより対決させる大会の詳細が記載された紙があった。
日時も記載されているが、正確な日付がわかるのかと問えば、付近の人から聞いたとのこと。
このワンダーランドの世界において、未だに正確な日付とやらをこの少女が覚えようとしないのは、現実世界と夢想世界を行き来する上での必要性を感じないからであろうか。
この世界に没頭しているとも、節度ある距離の置き方をしているとも捉えられなくもないトバリの行為を、フューもまた肯定していた。
それに気遣うでもなく、トバリは目を輝かせて自らの持つ紙切れを叩く。
「明日、開催するんだって。あたしのヤモりんで優勝するよ!」
参加費用一万メダルに対し優勝報酬は八万五千メダルと、後日帝都オレンジエッジにて開催されるテイマーズバトル、〝来光杯〟の予選参加権だ。
優勝すれば、フューにとっては失態扱いであるトバリの本日の買い物の分は十分以上に賄えるが。
フューは頬杖をつきながら少女が腰袋から取り上げて抱き締める、トカゲに似たモンスターに鼻を鳴らした。
「ま、優勝は出来るでしょうね。来光杯の有力者はとっくにエントリーしてるだろうし、テイマーなんて奇特なことやってる奴は少ないしで、幼体とはいえワイルトビーストに勝てるモンスター揃えられる奴なんて、こんな小さな大会にはいないわよ」
「むっふっふ。小さかろうが大きかろうが、あたしとヤモりんの敵じゃないもんね~」
この日の為に特訓もしているのだ。
胸を張る少女に、何を無い見栄を切っているのだとその先端を摘まむ。
悲鳴を上げて仰け反る様には色気のある声は出ないのかと笑いつつ。
「ま、飼い主が飼い主ならペットもペット、足下すくわれないように気を付けなよね」
「なにをう?」
フューの的確とも言える指摘にもトバリは頬を膨らませるだけだ。
その膨らんだものをつついて笑うフューに対し、少女は力は既に一人前だと、彼女にすら負けはないと豪語した。
フューは少女の言葉を鼻で笑い、たかが一月ともこの世界に滞在していない者が何を言うかと呆れ顔だ。
そんな彼女の前に大きな硝子細工の器がひとつ。金色の液体に上部には濃厚な白泡と、静かにグラス下へ溢れる冷気が涼やかだ。
現実世界で言うところのビールであろうか、舌舐めずりをしてグラスに手を伸ばす。霜がつくほどに冷えたグラスをいっぱいに傾けて、人目憚らず喉を鳴らすフュー。
炭酸の刺激が痛みすら伴って喉から食道へ流れ落ち、胃袋から強烈に膨らむガスに大口を開けて唸りを漏らす。
「…………っ、か~! たーんまんないんだから、もう!」
「……あう……フュー、あ、あたしも一杯、いい?」
「あーん?」
遠慮がちに言葉を口にする少女を威嚇する。
何処からどう見ても未成年で、酒に呑まれて暴れた挙句に拘置所にまで入れられた少女に対して、何をどうすれば酒を飲ませてやれるという選択肢が生まれるのかと怒りすら滲ませる。
トバリは以前は飲み過ぎこそすれ、適度用量を以っての飲酒ならば問題ないはずだとのたまう。
「あのねー、未成年は飲酒厳禁! 当たり前でしょうが」
「だってだって、ここ、現実じゃない夢の世界なんでしょ? いいじゃん別に」
良い訳があるものか。
トバリの言い分に、その頭頂部へ拳骨を打ち下ろす。
このワンダーランドにおいても規律が存在する。だからこそ治安維持を主として活動する兵士が居て、牢屋にぶちこまれる少女が居るのだとフューは唸った。
「大体さ、夢の世界なら法律が変わると思ってるの?
新しい法を一から作るなんてめんどっちいことするぐらいなら、今在る法をまんま倣った方が簡単でしょーが。
だからこの世界の偉い人らはそうしたし、私らもそれに従ってんの」
「た、確かに」
思わず同意する少女に、それ見たことかと鼻を鳴らす。
しかし、ここで別の疑問が浮かんだのはトバリである。考えてもいなかったことであるが、この世界には日本人しか存在しないのだろうかと。
世界によって法は変わるし言葉も違う。なのに、ここに存在するプレイヤーは全てが日本語を話し、また、日本語を読み書きしているのだ。
トバリの問いにフューはグラスを傾けながら目で笑うと、グラスについた水滴で机に文字を書く。
「これ、なんて読む?」
「えーっと……ト、トバリのアホ……?」
「ぴんぽーん、正解!」
ふざけるな。
自らの頭に開いた掌を乗せて、おどけるフュー。思わず席を立とうとした少女を宥めすかし、続いては自らの名をその隣に書くよう促す。
それも漢字でだ。
トバリは何か、自分をかつぐつもりかと訝しむが、彼女と同じく水滴を指につけて名を記し、彼女へ見せ付けた。それを意地の悪い笑みで受け入れて、フューは再度、質問する。
「トバリちゃんの名前ってさ、漢字で何文字?」
「……一文字だけど……」
少女の答えを満足そうに受け止めて、フューは少女の書いた文字をひとつずつ指で叩く。
そう、ひとつずつだ。目を丸くするトバリの目の前には、彼女が漢字一文字で書いたはずの名前が三文字で記されていた。
「えっ、手品?」
「いんや、認識阻害の一種ね。君は一文字で入れたつもりだろうけど、最初っから三文字で書き込んでたよ。
ト、バ、リ、てね」
魔法をかけられたのか。
目を丸くしているトバリに、自分がかけた訳ではないとフューは笑う。
そう、この世界に存在するプレイヤーは、この世界に順応する為にその意識を書き換えられているのだ。全てのプレイヤーが情報を共有する為に。
それを行う者が存在するのならば、おそらくそれは神と呼ぶに相応しい存在だろうとフューは哂うのだ。
「だからさ、ここには国籍なんて関係なく、一様に歪められた共通の意識によって秩序が保たれているってワケ。
私たちは私たちを見ているようで、本当に見ているのは私たちじゃない。
…………、存在を歪められた、別の何かよ」
「…………」
押し黙る少女へ、難しい話だったかとフューは微笑んだ。




