第五十二話 立て ~〝もうひとつの〟決着!~
抜けるような青い空を見上げ、キバルト・デリックは思わず笑った。
眩しく輝く空はどこまでも青く、雲などひとつも見当たらない。快晴だ。それは彼にとってこの旅路の行く末が祝福でもしてくれているような、特別を感じていた。
「なあ、あんたはどう思うよ。シュヴァリ」
キバルトの視線の先で、こちらに背を向けて座る大男が一人。彼が呼ぶシュヴァリその人だ。
その周りに散らばる武器や道具の数々は、彼が屠った人間の跡を見るようでキバルトにはどこか誇らしかった。
(そうだよ。あんたは誰にも負けねえ、最強だ。最強でなけりゃいけねえんだ)
一歩、踏み出す。
シュヴァリは応えず動きも見せず、ただ沈黙して座している。キバルトは周囲を改めて見回して、プレイヤーの残骸に苦笑した。
随分と食い散らかしたものだとその様子に感心する。だが、これでは駄目なのだ。
「なんで結界が敷かれてないんだ。魔王でも呼ぶ気か? ……それとも……、敷き方が分からないのか、敷くことすら分からなかったのか、どっちだ?」
険しくなるキバルトの顔。きつい口調の問いに対しても対するシュヴァリは黙したまま、動きすらしない。
だんまりか、とキバルトは呆れて息を吐く。だがそれでもいいとキバルトは思う。
この空の下に墓標を置こう。遣り残したことはある。だからこそ、この男の墓標を置こう。
キバルトの体から滲み出る光は、陽光の中でも力強く、その存在を主張した。大きくなるにつれて風を生み、彼を中心に吹き流れる闘気が地にひびを入れるのだ。
ここは廃墟、かつてウーラスープと呼ばれた町。今現在、橋の町と呼ばれるキャンディ・ロードと同じく商いが盛んだったこの町は日々、多くの人が訪れた。
それがただの一日で、シュヴァリの登場によって全てが黒く塗り潰された。それ以降、帝都の管轄化にあり、人の入出を拒むこの廃墟で、再びこの男と剣を交えることはキバルトにとって崇高な儀式にすら思えるものだった。
「立て」
短く発したその言葉。
シュヴァリは、ようやくと動きを見せた。ゆっくりと立ち上がり、首を巡らせる。向かい来る風に左目を細めて振り返る。
その隻眼に、見下ろされるだけで下腹を響くような重圧に襲われる。
「……だが……、それで良い。それが良い!
抜け。シュヴァリ、手前が砕ける前に、この俺が手前をぶっ殺す!」
咆哮と同時に背負う大剣の柄へと手を伸ばす。シュヴァリはそれを一瞥して、自らも背負う巨剣へと手を伸ばした。
触れると同時に引き抜いたそれは、縦に振り下ろされ、しかし地に叩きつけられる前に引き上げられる。
両足を大きく開き、腰を落として順手を回し、その巨大な刃を盾の如く構えたその姿は、キバルトの闘志を燃え立たせるには十分だった。
「この俺に、構えを変えて見せてくれるか。この俺は、それだけの価値が有るんだな」
口角を引き上げて尚、険しいその面には一片の余裕もない。だからこそ、これが良いと思えるのだ。
ゆっくりと背から抜かれた大剣は正面に構えられた。キバルトから発せられる光は強く周囲を照らし、吹き荒ぶ風は彼を中心に渦巻いている。弾け飛び散る石畳の欠片がその顔面へ飛んできても、シュヴァリは瞬きひとつなく男を見据えるのみ。
(ヘイズ、お前と決着を着けられなくて良かった。こうも、生きてやろうと思えるとはな)
遣り残したことがある。だから、負けない。
深く呼気するキバルトに対し、静して不動のシュヴァリ。男の体から発せられる光が弾けると同時に、一線となって猛突するキバルトの渾身の振り下ろし。
シュヴァリは巨剣の回転にその刃先を巻き取って一撃をいなす。正中線へ向けての縦断をかわされ、しかしキバルトは歯を剥いて獰猛な笑みを浮かべた。
交差する視線の中で攻撃の意志をシュヴァリに見せて、更なる力を四肢に込めたキバルトは、全身から放たれる光に朱を差して、いなされた一撃が地へと落ちる前に軌道を変え、勢いを更に増して回転する。
振り下ろしの一撃よりも更にその上の速度を見せて迫る横一文字。
「――おおおおおああっ!」
しかし、その豪速は、敵を捉えることもなく虚を断つのみ。放たれた剣閃が居住区の残骸を吹き散らす中で、上半身を大きく反らしてその一撃をかわしたシュヴァリの眼が光る。
追撃を。
薙ぎ払った剣をそのままに、即座に前蹴りを放つキバルト。シュヴァリはその動きに合わせて後転し、更なる一撃をかわす。
「甘いぜシュヴァリよお!」
普段ならばその動きに、倒立の動きを合わせてこちらの顎を砕く蹴りでも放ったろうが。
逃げの一手を選択したシュヴァリを嘲笑し、大剣の振りに合わせて再び体を回転させる。踏み込んだ足が地を抉り、肩越しに獲物を狙う双眸が燃え上がる。
繰り出された突きは正に点の一撃。
後転ひとつで起き上がる。その胴体へと風穴を開ける、必殺とすべき一撃は。
「――……っ!?」
その狙いを大きく違えて、あらぬ方向へと突き出されていた。
感じた疑念をそのままに、更なる一歩を踏み出した足に力無く、片膝をつく。自らの体の異変に目を剥いたキバルト。
その目に映ったのは、自らの腹に深々と突き立つ剣の柄。ならば、腹を抜けた刃は如何ほどか。
「……うっ……ぐ、……お……!」
立ち上がろうともがき、しかし立ち上がることも出来ずに両手を地につけた。溢れる鮮血が裾を濡らし、地に溜まる。
その体から噴出していた荒々しいまでの光もすでに無く、ただ闘志さえもがれたように俯く男の姿があるだけだ。
「……な、なんで、立てねえ……なんでだ……! ヘイズなら、立てたろう、俺が……立てない道理は……そんなものが……!」
呻く言葉を肯定するように、彼の体に先程まで漲っていた力は失せていた。そのキバルトの前に、大きな影が歩み寄る。
陽光を受けてただ暗く、冷徹に光る片目は最早、闘志などは無く。おそらくは後処理を考えているだけなのだろうとキバルトには思えた。
力の差をまざまざと見せ付けられて、それでも彼は笑った。
「……ああ、格好良いなあ……ほん、とうに……っ。
あんたは凄いよ……全然、縮まらない……、この〝差〟だけは……」
キバルトの言葉。羨望の眼差し。それは、シュヴァリにとってなんの意味もなく、聞こえてすらもいないかの如く、ただ処理の為にその巨剣を振り上げた。
――まだこの俺と戦えるのか。
――護符はあと幾つだ。
――貴様の闘志もその護符も、全て尽きるまで叩き斬ってやろう。
影から齎された問いの言葉は、キバルトから夢と、希望ですらある憧れを奪うには十分なものだった。
「……ひ、でえ……ひでえ、よ……俺が……俺たち……が……そんな物を……そんな……」
落涙し、俯く男の言葉の最後を聞くでもなく、シュヴァリは無感動にその刃を振り下ろした。
両断されたそれが自らの装備を取り零し、光の粒となって消えて行くのを見送って、その背に巨剣を収める。
「雑魚が」
言葉だけを転がして、シュヴァリは元の場所へ戻り、黙して座する。
何か、何かが間違っている。そのような違和感を覚えて黙考し、不意に周囲を見回した。
「……結界が……、無い。これでは屍団長が感知しない……バルツを……いや、バルツは死んで……?
なら、結界は必要無いじゃないか。……この行為も……違う、違うな。バルツは食われた。特性は継承された。だから、この行為に意味は有る」
失敗だ。場所を変えなければ。ここは、あの二人連れに破壊された都市だ。
至った答えに立ち上がる。誰だったろうか、自分の邪魔をした者は。蹴散らした中でその二人だけが、否、内の一人だけが彼の中に長く存在したように思える。
廃墟の出口へ向かって歩を進め、足元に転がるプレイヤーの装備の類を鬱陶しいとばかりに爪先で蹴り転がす。
苛立ちの中、不意にその者の名を思い出した時。
呼ばれた気がして振り返る。
彼の振り返った先に人影は無かったが、地に転がる剣には見覚えがあった。以前、彼の所有していた剣のひとつだ。
「…………」
眉を潜めてそれを見て、シュヴァリは向き直る。
それからはこの町を出ても彼が振り返ることはなかった。




