第四十九話 ――ドやかましいわい!! ~VSダンジョン・モンスター!②~
「どう? カンナさん。あいつ、ついてきてる?」
「……それが……はっきりとは……」
フューの問いに対して申し訳なさそうに俯くカンナ。
フューの行使する魔法によって暗闇は消え、光源となる術式が一行の後に輝いている。フューの予想した通りに執着心が強く、光を嫌う傾向にある魔物であれば戦闘すべき場所へ誘き寄せることができるはずなのだが。
トバリはカンナの様子に、フューの考えこそ間違っていたのではないかと指摘する。実際にはもう、退散していなくなっているのではないかと。
「ふぅむ。餌を撒きますか」
視線を上に向けてにやりと笑う。今度は誰を囮にする気だと目くじらを立てる少女をいなし、頭上に設けられた扉を指差した。
それは現実世界にあるようないたって普通の鉄製の扉で、それが斜塔が如くそびえる本棚に唐突に設置されている。
ドアだけのそれに小首を傾げるトバリ。カンナはそれを見て、ダンジョンにある扉はそのまま別の空間へと繋がっていることが多いのだとした。
「あたしが先行するから、合図したらついてきてね」
「えっ、フューが餌になるの? 急にどうしたの? さっきの打ち所が悪かったの? 具合悪いの? 熱、出たの? お腹空いてる? それとも拾い食いしちゃった? 駄目だよ、いくら食い意地はっててもそういうのは――」
「――ドやかましいわい!! よくもまあポコポコポコポコと!」
少女の両頬をつねり上げるフュー。
トバリの悲鳴に小型化したヤモりんは何事かと腰袋から顔を出す。少女はやっとの思いで彼女の手を振り払い、頬を押さえて思わず唸った。フューは良い気味だと鼻を鳴らして、続き指を鳴らす。
青い魔方陣が足元に描かれて、ゆっくりと上昇するフューを見送るカンナは気を付けるように声をかける。
それに手を振って扉を押し開くフューは一人ほくそ笑む。気を付けるべきは自分ではないと。
(ま、慎重派のモンスターちゃんが頑張っている間は、あたしも探索を満喫させてもらいますかね)
開いた扉の先、深淵をフューの生み出す光球が吹き散らす。消えていく闇に笑みを浮かべて背の鞄から、先程の剣を取り出す。
空を切って現れる波動は、周囲を跳ね回り青い紋様を浮かび上がらせた。
「……いーいねぇえ……素晴らしいよ、これは……」
目を輝かせるフューが右手を掲げると、青き模様は黒く変色し、その手に吸い込まれていく。両の瞼を閉じた顔を、黒い波紋がゆっくりと流れていく。
深く息吹する彼女が再び瞼を開いた時、渦巻く青の光を双眸に湛えていた。それもやがて消え、フューは苦々しい表情を浮かべてこめかみに指を当てた。
「期待してた感じと違うなぁ。でもま、これはこれで、アリか」
こめかみから離した指先に青い火花が散る。青き紋様。彼女が追うものの正体は未だ見えないが、その紋様の力とは術式、魔法に繋がるものであろうことは予想できた。
満足そうに笑って見回す視線にすでに闇は無く、他に部屋に繋がる場所も無くフューは顎に手を添える。良く探せば、他にも繋がる道があるのかも知れない。そう考えたのだ。
しかし長考することは出来ず、こちらへと渡った扉から響く声に頬をかく。
彼女の予想通りに敵が出たのだ。そしてそれは、少女を狙っているのだろう。
「見学させてもらいましょーか、トップクラス・ギルドさんの魔術師の戦い方!」
革の手袋に浮いた円盤状の光る物体。それは輝きを失うと同時に彼女の仕掛けた術式から映像を中継する。
そこには剣を向けて果敢にも魔物へ突撃するトバリの姿があった。
眠い。
フューが扉に消えてから数分。少女は素直な感想を零した。
余りにも緊張感の無い態度にカンナは嗜めるが、しかして眠いのは眠いのだと瞼を擦るトバリ。その理由、女は知らぬ訳でもない。
負傷した体を魔法で治す場合、通常と同じく自身の力によって回復させるのだ。それは体力を消費するし、疲労も覚える。戦闘中、あるいは直後の為に体が興奮してそれに気づく者は少ないが、時間が経てばこのような状態になるのも当然である。
「きっともう少しで敵も動くはずですから」
俯く少女の頭を撫でると、それすらも心地良さそうに体を預けようとする。
思わず頬を緩めたカンナであったが、危険地帯でこのような隙を晒すものではない。少女の肩を支えて優しく揺り動かすと、背中合わせに立ち上がる。
「トバリさん、頑張りましょう」
「……うー……だから、トバリで良いって……」
振り向いた先で、思わず目を見開く。
視界に感じた違和感に視点をずらせば、カンナの足元の影から姿を現す魔物が居た。
目を瞬かせる間に、影から身を迫り出したそれは右手をトバリへ向ける。同時に右手に巻かれた帯を裂いて突出する棘が少女を狙う。
即座に構えた盾が弾き飛ばされて、トバリの体が仰け反った。
「――フューッ!!」
叫ぶと同時に、ようやく異変に気づいたカンナはトバリの体を突き飛ばした。
影から這い出た魔物は跳躍し、少女の背後へ回り込もうとする。カンナはその隙を見逃さず、空にある敵へ両手を向けた。
「インテンス・ブルース!」
掌から放たれた光が魔物の背に直撃し、壁へと叩きつける。
光はそのまま光輪となって魔物を捕らえるが、それは包帯のような体を解いてそれを潜り抜けた。
包帯を巻かれているというよりも、帯状の物体が人型と成ったものだったのか。
警戒するカンナを無貌が一瞥したように感じられたが、それの敵意が向けられているのはトバリであった。フューの注意などなんのその、盾と剣を弾かれたことから即座に背の大剣を抜き放った少女は、引くことなくそれを受け止める。
「来いっ、一撃だ!」
根拠のない無謀な言葉を真に受けたか。振り上げた剣をそのままに跳ぶ少女へ、魔物は上半身を解き、現れた無数の黒棘を斉射する。
空で振り上げた剣を回転させ、盾として棘から身を守る。幾つかはその身を抉ったものの、それでも少女の勢いは止まらない。
「たぁー!」
剣ごと体当たりを受けた魔物は解けた帯状の体を散り散りにさせて地面に落下する。まだ形を保つ下半身が無様に倒れこんだ少女の体から抜け出て、散らばった帯をかき集めていた。
なるほど。
その様に、逃げるよりも先に体を集める姿にカンナは笑みを浮かべた。迫る女から逃れようと後退するそれの足に、鞄から抜け出したヤモりんが噛り付く。小さいとはいえその力は目を見張るものがある。ただでさえ不安定な体は予想外の一撃に倒れ込み、カンナの接近を許した。
「そのような姿ですから、こういうのは有効でないと思ってしまいましたよ」
足に触れた指先から赤い光が迸り、その身に術式を刻み込む。
中途半端に作り出した腕を使ってカンナから逃げ出した魔物が壁へと吸い込まれるのを見て、立ち上がったトバリが追撃をと雄叫びを上げる。
「大丈夫ですよ、トバリさん」
もう終わっている。
にこやかに戦闘の終了を告げると、フューがしていたことと同じく指を鳴らした。
同時に炸裂した音と轟く風が少女の視界を一瞬にして埋め尽くし、大量の灰を周囲に撒き散らしたのだった。




