第三十話 かかってこい化け物め! ~VS沈黙のバハムート!①~
「下がるのだトバリ! あやつの攻撃はその頭による叩き付けや体当たりが主流!
ならば下がれば、魔法による直線攻撃しかなくなる!」
トバリの覚悟を感じてか、助言するクロイツ。
少女は慌てて立ち上がり、オス、と短く答えた。距離を開こうと後退するトバリに対して、背を向けるバハムート。
唐突に現れたその巨顔に思わず仰け反るクロイツ。対して件の怪物は、太く逞しくもその体から見れば小さいと思える尻尾。それを横薙ぎに繰り出したのだ。
「――ちょっ、それ聞いてな……!」
砂塵を巻き上げ地表を削り、迫る重機の如きそれに盾を構えるトバリ。
その一撃、受け切れず。
一発で弾き飛ばされたトバリは剣を落とす。軽々と宙を舞い、眼下の景色を見下ろしぞくりとする。
空を舞っている。とんでもない力だ。
回転する体を止める術なく、ただ地に落ちて滑走する少女の体はそれだけで傷だらけだ。転がる反動をそのままに身を起こしたトバリだったが、あまりの衝撃に視界が歪んでいる。
立ち上がったものの軋む体。膝から崩れ落ちた少女は地に手をついた。額から流れ出る汗が止まらない。
「こ、この……動かない……!」
「デカデカ!」
クロイツの叫びが響くが早いか、爆走するヤモりんがトバリの肩に噛み付いた。
そのまま場を離れるヤモりん目掛けて水の束が射出されるが、かわす機敏な動きにクロイツも思わず手を叩く。
ワイルドビーストははぐれ者も存在するが、元より群れで行動する習性がある。幼体の頃から群れの中で闘争を繰り返し、凶暴な性格を育む反面、強者に対する忠誠心は高い。
トバリを主として認めているならばこその行動だ。鋭い牙が食い込み悲鳴を上げているトバリはさておき、こちらを敵として認めていないバハムートにクロイツは好機とばかりに力を漲らせる。
「破ッ!」
気合と同時に地を踏み砕く。
バハムートの飛び掛りと比べれば明らかに小さいものの、それでも地を破壊するその威力。そして音はバハムートの気を引くに十分だった。
元々が音に敏感なバハムート。音につられてゆっくりと顔を巡らす頃には、すでにクロイツはその巨体に向けて動き出している。
振り返ると同時にその顎下に位置するクロイツ。
「炸裂! クロイツ式垂直ロケットキック!」
火薬が炸裂したのかと思わんばかりの爆発音。
怪物の注意をそらす際の震脚的動作とは全く違う。地を蹴り砕き、一本の矢のように放たれた蹴撃はバハムートの柔らかな下顎を貫いた。
その一撃の力。ハバムートの巨頭を仰け反らし。
「――……、貫けん!?」
厚い肉の層に止められた蹴りは敵へのダメージ無く、バハムートは仰け反った頭を更に振り上げ、そのまま地へ叩きつける。
攻撃に使われる硬い顎先と違い、柔いそこを狙ったのだが、それでも傷を与えるに至っていない。
自らの体を跳ねさせ全身の体重を乗せた一撃だ。先の跳躍程の破壊力は無いだろうが、地響きに地割れが起こり、二度による攻撃の振動で地盤が大きく崩れた。
「ク、クロイツさん!」
沈む巨体とクロイツ。
大河の水が大穴へ流れ込み、危険な場所へ行かすまいとするヤモりんの鼻っ面を殴りつけてその口から脱出する。
駆け寄るトバリに対し、水を噴出しながらバハムートが穴から這い出てきた。霧を纏い、沈黙の怪物は両眼から怪光を発する。
「かかってこい化け物め! あたしはヒーローだ、負けるもんかっ!」
背の大剣を抜き、低く構えるトバリ。
バハムートは首を大きく反らすと、その喉元がぶっくりと膨れ上がる。目を丸くする少女目掛けて高所から撃ち出された水の塊。避けることもできずにそれは着弾する。
剣が間にあったとはいえその質量。重みに耐え切れぬ少女の体の一部は音をたててへし折れた。
右腕だ。
水に押し流されたトバリは傷ついた腕を抱えて悲鳴を上げる。だが怪物は止まらない。四足はおまけか体をうねらせて、蛇のように迫るのだ。
傷ついたトバリを守るためヤモりんが即座に駆け寄ったが、それはトバリにとって忌避すべき事態を予想させた。
「……ううう……チビチビ!」
もはや剣は持てない。魔法の合言葉と同時に、小型化した従者を守るべく左腕の盾をヤモりんに被せる。
腰に差した短剣を抜き、化け物に向けて啖呵を切った。
「言ったろ、負けないって!」
投げ放つ。
その刃はバハムートの大きな右の目へ命中し、深緑の煙を発生させた。




