第二十四話 んべ~、っだ! ~トバリの剣に最強魔法?~
「決まりですよ、彼女は初心者じゃありません。持っている武器といい、そのフリをして我らに嘘の情報を流す気です。
もしかしたら、……本当に黒の集団のスパイの可能性も……」
「ノノムラ、持っている武器と言うが、あれがどんな物か分かっているのか?」
「……炎の……上位魔法が込められた武器、ですか?」
自信なさげな彼の言葉に首を横に振り、ヘイズはそれならば幾らか良かったし、ノノムラの考えも否定しなかったが、と肩越しに少女を見る。
レイニーのレクチャーを受けて装備の手入れに勤しむトバリは、魔法剣に炎を発生させて慌てふためいている所だった。
「…………、実物を見るのは二度目になるが。
あれは最上級魔法だ。〝サラマンダー=エシュカル・ゼフィカル〟の紋章を受けた、最強の炎属性を持っている。あんな物、件の男らと同レベルでなければ、持ち合わせるとも思えんし、そんな見れば警戒される物を部下に持たせるとも思えんな」
「サラ、ええ!?」
思わず声を張り上げてトバリへ視線を送る。
レイニーの指示を受けて、とりあえずの問題解決と炎を空に飛ばす少女、そしてその剣にはとてもそのような力があるようには思えなかった。
サラマンダー=エシュカル・ゼフィカル。その言葉が差す意図を知る者はいないが、誰もが火竜の名前であろうと予測している。
その紋章は確認事例の少ない術式で、現行する炎魔法の中では最強の威力を誇る。下級・中級・上級の三段階に別けられたプレイヤーの行使する魔法。その枠に収まらない代物として、半ば伝説扱いされている最上級魔法に位置する。
大抵の者はこの世界、ワンダーランドについて詳しくまとめられ、今も更新が続けられているレイトのサイトにて、眉唾ものとして受け止めるものだ。だがヘイズのように古参プレイヤーの中では稀に、その存在を実際に確認した者がいる。
彼の場合は甲手。殴る威力により対象を発火させる所か爆炎まで巻き上げていたそれは、真に力を解放することで町ひとつをただの一撃で焦土と化してしまったのだ。
使用者は既に亡く、件の甲手も彼が信頼の置ける人物へ預けている。
それと同じ代物がそこにある。それだけでヘイズには言いようのない不安が募ったが、先のトバリの言葉と、まるで力に頓着しない性格を感じ取り、彼女の元でそのまま腐らせて置いたほうが良いのかも知れないと感じたのだ。
「ま、まずいですよ、その話なら聞いたことがあります。もしまかり間違えて、そんなもの……発動させてしまったら……!」
「そんな、発動させるつもりもなくて発動するようなモノじゃないさ」
事実、火が出ているのは複雑化する術式において、ある行動がたまたま、こういった効果を生み出す魔法陣として機能した時に生ずる。
ヘイズら多くのプレイヤーは、先のワンダーランドサイトの掲示板で使用される言葉から、ダブり魔法、あるいは単にダブり、ダブると呼んだりしている。
トバリの魔法剣の場合は、撫でると炎を生み出す効果がダブり魔法という訳だ。
「リーダー。事情を説明して回収しましょう。例え彼女があれを使用できなくても、それに気づいた何者かが悪用するかも知れないんですよ?
彼方が持つべきだと、俺は考えます」
真剣な眼差し。確かに、そうなのだ。ノノムラの言うことは一理ある。否、一理どころではない。
あの火竜の宝具は危険極まりない代物だ。トバリが持ち腐らせれば解決する問題でもない。
しかし、しかしだとヘイズはその言葉に待ったをかける。レイニーと共に武具の手入れを終えて、この荒野の砂塵の汚れを落として無邪気に喜んでいる少女から、この世界を楽しんでいる少女から、楽しみの一端を奪う気にはなれなかった。
それもこれも、こちらの勝手な都合でだ。事情を説明してとは言うが、無理にでも引き取るつもりではあるのだろう。その考えを悟ったようにノノムラは厳しい表情を浮かべた。
「リーダー、敵は、あの子を利用してなにかをしでかす気かも知れないんです。今日、ここで、我々があの子を保護出来たのは天の導きに他なりませんよ!」
そうだな。
しばしの沈黙の後に、ヘイズは答えを返した。胸を撫で下ろすノノムラに鍋の番を変わってもらうと、上着を羽織り少女の元へ歩む。
近づくヘイズに、トバリはレイニーを指差してきちんと手入れの仕方を教えて貰ったのだと、磨かれた武具を掲げて見せた。ヘイズは両の瞼を閉じて呼吸を置き、再び目を開いて左手を伸ばす。
「トバリ、詳しくは言わない。その魔法の剣をこちらに渡して欲しい。悪用はしないと、この俺の名に賭けて誓う。これからの君の旅も我らがギルドの全力を持って工面しよう。だから、頼む。俺にその剣を渡して欲しい」
呼び捨てにしているのは、あるいは力量差を伝える為か。
高圧的に成り切れなかったその言葉だが、少女なりに思う所はあったのだろう。逡巡し、掲げていた武具を下ろした。言葉もなくそれらを身に纏う少女に、やはり駄目かとヘイズも手を下ろす。
レイニーは何事かと二人を見つめていたが、ヘイズもまた、無言で鍋の元へ帰って――、は、行かなかった。
「あ、あ……リ……、リーダー?」
無造作に置いていたあの幅広の剣をその手にしたのだ。
両手で持つにも辛いと思われるそれを片手で振り上げ、トバリの眼前に叩きつける。
音が荒野に轟き、砂塵が二人を中心に左右へ散った。ひび割れた大地が、トバリへ攻撃的に延びている。
「トバリ、もう一度言う。それを渡して欲しい」
「……初心者支援ギルドって聞いたけど……盗賊ギルドの間違いだったみたいですね」
一歩も退かず。
ヘイズの脅しに屈せず睨みつける少女に、ノノムラは事情を説明しようと近づいた。それを制し、同じく二人の間に取り入ろうとしたレイニーすらも一喝し、彼は少女を見下ろしている。
俺は名を賭けた。君の力にも成ると宣言した。それでも不服なのか。
その目には苦悩の色が見て取れて、トバリは盗賊と言ってしまったことを、彼らのギルドを貶めた言葉を後悔した。
彼はなにかしらの信念故に、こうしているのだろう。そしてそれは、トバリのような若輩者に伝えられることではないのだろう。だからこそ、ただ何も言わずに渡して欲しいと、ギルドではなく自分自身の名を賭けて来たのだ。
恥ずべき行為をしているのはギルドではなく、リーダーと呼ばれたこの男、ヘイズの独断なのだと。
「んべ~、っだ!」
しかしそれでも、少女は男の申し出を受け入れなかった。
赤目を剥いて舌を出し、憎たらしい表情をつけてから背負う大剣を、背中にかける留め金から外して構えを取る。順手を捻って刀身を下に向け足を大きく開いて腰を落とす構え。その体格にも関わらず、まるで自分の手足と言わんばかりの抜剣は実に見事で、彼女の力の強さを示していた。
剣を盾とするかのように、しかしその影から覗く瞳はとてもまっすぐで、力強い。
「…………、良い返答だ」
ヘイズは鎮痛な面持ちでそれを受け入れ、剣を下ろした。無造作に脇に放り投げて、トバリを見つめる目は優しいものへと変わっていた。
思わずその名を呼んだノノムラに、なにも言うなとヘイズは笑う。
「すまんな、トバリさん。もうここには居たくないだろうから、なにか今、出来ることだけをさせて貰うよ」
「えっ!? あたし、その鍋が出来るの待ってるんですけど」
「…………えっ?」
「えっ?」
お互いに目を瞬かせる。
ややあっての大爆笑。この少女、何度自分を驚かせれば気が済むのか。思わず華奢なその背中を力強く叩いてしまい、トバリが子犬のような悲鳴を上げた。
ああ、そうか。こんな少女だからこそ、案内人とやらは惹かれたのだろう。それが、過去に彼を恐怖に陥れた虐殺者であろうと、そうでなかろうと。
ヘイズは彼女の可能性を支持することにしたのだった。




