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177.神殺しの勇者生存説

 

 魔王襲来から三ヶ月の月日が流れた。


 あの悲惨な戦いで壊滅状態にあった王都イグノアはかつての景観を一変させ、新たな国の首都として歩み始めていた。


 人の流出が流入へと変わり、日に日に王都の街に活気が戻って来ている。その一つの理由には、ギルクとジャニス王子の二人が商人達が再び商いを始められるような計らった事が挙げられるのだろうが、街の歩みの基盤となる復興が、大きく前進した事が最たる理由であろう。


 度重なる戦いの余波で崩れ去った建物の瓦礫は全て撤去され、建造物は可能な限り修復や建て替えが成された。荒れ放題だった道も綺麗に整備され、今は溶かされた外壁はさらに分厚く巨大な、安全性の高いものに作り直そうと人が動いている真っ最中だ。


 この短期間にこれだけ復興が進んだのは、春樹とセシルが、資材と人手を山のように増やしてくれたお陰だ。ジャニス王子が計画していた王都復興に向けたプランを白紙に戻してしまうほどの驚異的な速度で復興が進んだお陰で、仕事が山のように増えたとギルクに愚痴を利かれて久しい。


 そうして、住む場所と街の安全が保証されるようになってからは、街に帰って来てくれる人が日に日に増えた。

 ミラ姉の話では、呑んだくれのおっさんまで日帰りで行けない場所に強制的に飛ばすほど、護衛依頼が殺到しているのだとか。他にも、戦いで損失した品を補うために、様々な採取、討伐クエストが増えて来ているらしい。俺も最近は、復興より本職に駆り出される日が多くなってきた。


 徐々に商売を起点として、街が回り始めているのだろう。大通りで再開し始める店の数も増え、今で日々の生活に必要な日用雑貨や食料以外にも、服や家具などを売りに出す店も出てきた。

 復興はひと段落したと言っていいだろう。


 そんな折、俺はシャルステナにこんな話を打ち明けられた。


 それは、ただの可能性の話。だが、ありえなくもない話。

 もしそれが事実であったのなら、いや、たとえ間違いであったとしても、シャルステナはそれを確かめられずにはいられないと、口にした。


 俺はその気持ちを汲み、秘密を明かせない免罪符の如くそれに協力する事を決めた。個人的興味も含めて。


 シャルステナが言う可能性。


 それは──神殺しの勇者の生存説だ。


 何故彼女が5千年を経て、そんな突拍子もない事を言い出したのか、簡単に説明しよう。


 シャルステナがその可能性に気が付いたのは、先日の勇者の剣を発見した時の事だった。

 その時も口にしていた伝説。それが5千年間閉じられていた扉を開く鍵となった。


 未開発地区にあった遺跡。あの場所はシャルステナにとって深い関わりを持つ地であったそうだ。あの地でシャルステナは幼少期を過ごしたらしい。


 そして、勇者の剣が刺さっていた場所。あれは、彼女の部屋だったらしい。そこで、ノルドと出会い彼女の旅が始まったそうだ。

 それについては別途詳しく聞いてみたい気がするが、今は置いておこう。大切なのは、彼女にとって始まりの場所に、その剣があったという事。


 そして、それを知っているのは、シャルステナと、彼女と共に旅をした二人だけ。


 だが、それだけなら二人が誰かに話した可能性もあった。まだ5千年間誰もその姿を見ていない神殺しの勇者の生存を訴えるには弱い。


 だから、彼女は邪神殺しの現場にいた精霊神へと問うた。


 私に嘘を吐いたのか、と。


 しかし、その答えは否であった。


 精霊神はこう言ったそうだ。


 そこには、胸を抉られた死体と、それとは別に腕が一本落ちていた、と。


 死体は神殺しの強奪者。つまりは、ノルドのものだったらしい。

 しかし、神殺しの勇者は腕以外何も残されていなかったそうだ。

 精霊神は、その戦いの現場を唯一目撃した人物。だから、彼女はその戦いの激しさから、こう結論付けた。


 神殺しの勇者は、片腕だけを残して死んだ、と。


 そして、もう一つ。

 精霊神は重要な情報を、シャルステナへ教えた。


 そこには、死体と腕、それからノルドの剣以外何も残されていなかったと。


 つまり──勇者の剣の伝説は眉唾である、と断言したそうだ。


 しかし、精霊神が事実を誤認していたとしたら、伝説は真になる。


 それこそが、シャルステナが示した根拠。


 神殺しの勇者は生き残り、何らかの目的のために姿を隠し、その際、剣を誰か信用できる人物に預けたのではないかと。

 それならば、伝説が作られ、勇者の剣が実在する理由も説明が出来るのだ。


 そして、シャルステナは神殺しの勇者がその剣を託すとしたら一人だけだと言う。


 その人物とは、稀代の天才魔工技師──クラクベール。


 そして、何の偶然か、それを裏付けるものを俺は持っていた。


 そう──日記である。


 日記には、勇者に似た人物がクラクベールを訪ねてきたとあった。あれは、いや、あれこそが勇者の生存を裏付ける何よりの証拠なのではないか。


 しかし、一つだけわからない事がある。


 何故神殺しの勇者は、己の存在を隠したのか。

 もし彼が生きていたとしたら、そこには自分の存在を知られるわけにはいかない理由があったという事になる。

 そこまでして、彼がしようとしていた事は何なのか。当時を生きていない俺に、検討がつこうはずもない。


 だから、その答えを知る方法はたった一つだ。

 真の歴史を、自分達の手で辿り、解き明かすしかない。


「シーテラ、始めてくれ」

『はい。了解しました、マスター』


 目の前には旅の途中で見つけた記録映像が置かれていた。パスワードがわからず見る事が出来なかった砂漠の遺跡にあったものだ。

 真の歴史を探るのに、過去の映像を記録したこれ以上のものはないだろう。


 俺はシーテラがポチポチと装置を操作する前で、隣でどこか心配を煽る不安気な表情を浮かべるシャルステナの手を握った。


「……ありがとう」


 そうお礼を口にしたシャルステナの顔が少し和らぐ。俺がそれに言葉ではなく笑みで返事をしていると、シーテラの方の準備も整ったようだ。


『では、再生します』


 シーテラが最後のキーを押した。


 瞬間、目の前の記録装置から淡い光が漏れ、空中に像を結ぶ。像は徐々に明暗をはっきりとさせていき、俺たちの目の前には、あの男の姿が映し出されていた。


「クラクベール……っ」


 もう隠す必要がないからか、涙を堪えるように顔を歪めたシャルステナ。繋がれた手から彼女の震えが伝わってくる。

 一方で、それまで無表情であったシーテラの顔にも、僅かばかり感情が浮かぶ。しかし、それは悲しみというより、喜びの度合いが強いように思えた。


『ご機嫌よう、未来の子よ。私は、世界最高の天才、クラクベールである! ふはは、わざわざ名乗る事もなかったか? 私が如何に天才であるかは、この記録映像を見ずとも、未来に伝わっている事は当たり前なのだから』


 相変わらず自己自賛が激しいオープニングを前にして、以前ならば切ってやろうかと怒りを覚えたであろう俺が今感じているのは、戦慄であった。


 クラクベールと実際に会った事のあるシャルステナから、話は聞いている。

 伝説の剣──ハイ・ウィールを、たった一夜にして作り上げた自他共に認める史上最高の天才。その頭脳は、神でさえ認めざるを得ず、邪神戦争の勝利に大きく貢献した男だ。


 そんな男が、勇者の生存を隠したと考えられる一番の容疑者なのだから、戦慄を覚えずにはいられない。


『さて、未来の天才ではない凡人達よ。天才である私はそんな君らを憂い、この記録映像を残す事にした。心して聞くが良い。──我々は現在未曾有の危機に瀕している。突如として世界中に見た事もない化け物が生まれ、人までもが理性を失い化け物と成り下がっている。我々はこれを魔物と魔人と名付けた』


 ……やはり邪神についての事か。


『これらは全て新たに生まれた神、邪神の仕業である。彼の者は世界に災厄を振りまき、人も街も、文明さえも尽く破壊し尽くしている。その力は、絶大だ。同じ神でさえ撤退を余儀なくされるほどに』


 …………何だろうか、この違和感は。


『今現在、世界の人口はかつての1割ほどにまで激減している。邪神が生まれてはや3ヶ月。このままでは、私達が滅ぶのも時間の問題だ』


 …………えっ?


『故に、我ら人類は力を合わせ災厄に挑む事にした。しかし、神でさえ一人ではとても敵わぬような敵だ。凡人が幾ら束になろうと、殺されるのが関の山である。故に、我ら人類は戦場を二つに分けることにする。邪神と、それ以外で我らの生存を勝ち取るのだ』


 おかしくないか、これ……?


『私は邪神以外の雑魚を相手にする予定だ。まぁ、この天才の私にかかれば造作もない事だが、邪神を討てねばこの戦いに勝利はなかろう。そのため、生き残りの中でも、特に武力に優れた者が神と共に邪神と戦う事になった』


 やっぱりおかしい。

 予定であるはずがないんだ。この時、この記録映像が置かれた時。


 ──既に戦いは終わっていたのだから。


『精霊神、獣神、この二人が邪神討伐においての主役となる。それに付き援護するのが、聖剣に選ばれた勇者と、彼の仲間であるゴロツキだ。このゴロツキは、手癖が悪く、素行も悪いが、腕だけはいい。我らも思うところがなくはないが、今は全人類の存亡がかかった時だ。故に、大悪党の手も借りたいという事なのだ』


 俺は立て続けに出てくる違和感に気分が悪くなるような錯覚を覚えた。グルグルと頭の中をスプーンで掻き回されているような、そんな感覚だ。


 わけがわからない。


『戦いは明日にも起こるだろう。だが、その前に私はここに未来を残すとしよう』


 クラクベールの顔は暗い。前回のようなこちらを逆撫でする言動が少ない。少な過ぎる。

 何なんだ、この記録は。

 そんな筈はないのに、これではまるで──戦争前の切迫した状態を収めた映像ではないか。


『未来の子らよ。心せよ。我らの過ちを繰り返すな。災厄は必ずや舞い戻る。──備えよ』


 記録はそれで全てだった。

 最後の言葉が何度も木霊して、繰り返される。それは、次第に小さくなり、代わりに俺たちの心には深く刻み込まれていく。

 前回の記録のように、無駄な言葉は何もなく、切迫感だけを伝えてきた映像。しかし、俺たちの中には拭い切るには大きすぎる違和感が残された。


「今の……変、だよね」


 しばし呆然と映像が途切れた空中を見ていた俺たち。その中で、シャルステナがポツリと小さく呟いた。


「……ああ。日記によれば、これが遺跡に置かれたのは、邪神戦争の後の事だ。なのにどうして、戦争前の映像が残されたんだ? それに……前と余りにも違い過ぎる」


 何だったんだ、今の映像は。

 違和感以外何もなかった。しかも、今の記録に残されていたのは、俺たちが知る歴史と何ら変わらないものだ。

 いったい何故……


「あぁ……そういうことか。こいつが、クラクベールが歴史を曲げたんだ」

「? それは、見る前からわかってた事なんじゃ?」


 顔を上げて記録映像を睨んだ俺に、シャルステナはそんな指摘を入れてくる。


「違う。そうじゃないんだ。この記録、いや、おそらく今伝わっている歴史にすら、改竄の手が伸びているんだ」

「ど……どういうこと? 今この世界に伝わってる歴史は、実際に邪神戦争を経験した人達が子孫に伝えてきたものなんだよ? それを改竄するなんて……」

「いや、彼らが知っていた事実が既に改竄されたものであったとしたら……」

「ッ……! それなら、私達はクラクベールに騙されていた……?」


 俺はシャルステナの問いに深く頷いた。


「シャル、俺たちは勇者の生存を隠したのがクラクベールじゃないかと当たりをつけて、この記録映像を見た。そうだよな?」

「うん。けど、今の映像からじゃ、それはわからなかった」

「いや、一つわかったさ。クラクベールは、間違いなく歴史を歪めようとしていた。そこに、何か知られたくはないことを隠して、未来に伝えなければならない事だけを、この記録映像を使って残したんだ」


 そうでなければ記録映像を残す意味などない。それを残すという事は何か伝えたい、あるいははぐらかしたい何かがあったのだという事だ。


 つまり、容疑者から犯人へ。俺たちは、クラクベールに当たりをつけることが出来たのだ。


「今、俺たちの前には2つの歴史がある。一つ目。今見た神殺しの強奪者と、神殺しの勇者が共に邪神を救ったという、この世界に生きている人間なら誰でも知っているようなありふれた歴史。二つ目。クラクベールが島の遺跡に残した記録映像で語った神殺しの強奪者がいない歴史」


 これら二つに共通するのは、嘘が含まれているという事だ。


「二つ目の歴史には、一切神殺しの強奪者が出てこなかった。そこにまず違和感を覚えるし、あの記録に残っていた倒し方は本当に可能なのかって疑問がある」


 そう、あの時は天才だからで流してしまったが、邪神と勇者を同化させ、肉体と魂を分離。その後、魂を引き裂くなんて真似、本当に可能なのか?

 それにクラクベールは、魂を引き裂くとは口にしたが、結晶化するとは一言も口にしていなかった。


 何故、魂を引き裂く事から、いきなり別れた結晶に話が飛んだのか、あの時から疑問には思っていたが、ついていけなくなって思考を放棄した後だ。深くは考えなかった。


 だけど、今ならわかる。これは、確実に戦争集結後に作られたものだ。


「確かに、私も前の記録映像には違和感がいっぱいだった。一番は、私が聞かされた話と、クラクベールの言っている事が全く違ったことだけど、他にもおかしなところがあった」

「それは、どのあたりの事なんだ?」

「創世神様のシステムに介入して、邪神の加護を勇者に全て与えるってところ。これは、絶対に不可能なんだよ。だって、加護分配システムは、神の魂の一部を己の意思でシステムに開け渡さないと機能しないだもん。それに、幾らクラクベールだってこの世界の理を変える事なんて出来るはずかないよ」


 シャルステナもまた、俺と同じく前の記録の違和感に気が付いていたようだ。しかも、俺よりも深い部分で違和感に対する根拠を示した。


「じゃあ、前に見た記録は偽物だって事でいいか?」

「うん。私はそう思う。あの記録は今回のもの以上に違和感が大きすぎるから」

「なるほど……じゃあ、今回の記録に関しては、そんなにおかしな点はなかったって事でいいか?」


 俺の確認にシャルステナは小さく頷いて、言葉を発した。


「内容は、ね。話の中身は何もおかしなところがないと思う。けど……」

「時間の流れがおかしいか。けど、もっとおかしな事があるよ」

「えっ……?」


 そこにはまだ気が付いていなかったのか、シャルステナは惚けたように口を開けた。


「何で、わざわざ同じ頃の記録を二つも残したんだろうな?」

「あっ……そっか。どちらも戦争前にする必要なんてないのに、わざわざそうしたった事は……」

「そう、クラクベールはわざとそうしたんだ。そうして、俺たちに違和感を残す事こそが本当に伝えたい事だったんじゃないのか?」


 クラクベールの視点に立って考えた時、日記の情報は全て除外出来る。何故ならそれはクラクベールが本来伝えようとしていた事ではないのだから。


 そうすると、何故同じ頃の記録が2つあるのか。


 1つは、どこか楽しげで余裕があるように見えた。

 1つは、切迫感があり、死を覚悟しているように見えた。


 おそらく後者こそが、本当の記録だろう。雰囲気が日記の中の切迫せた様子と似通っている。

 それに、幾ら事実を捻じ曲げようとも、人の口に戸は立てられない。伝わっている歴史と、クラクベールの語る歴史が同じであった事からもそう推測出来る。


 なら、どうして島の隠された遺跡に偽の記録映像を残したのか。

 しかも、シーテラという管理者まで付けて、残したのだろうか。


「シーテラ、1つ聞きたい。お前がいた遺跡に、記録映像が運び込まれたのは、邪神戦争の後か、それとも前か、どっちだ?」

『後です』


 ──決まりだ。


 クラクベールは俺たちに知られてはならない何かを隠した。

 そして、それをこの記録映像を使って伝えようとしている。


 1つは、何もおかしくはないただの記録。

 1つは、違和感だらけの記録。


 伝えたい何かがあるとしたら、後者だろう。

 そこに散りばめられた違和感の中に、真の歴史へと続く鍵があるはずだ。


 2つの記録の違いは何だ?


 ノルドが出てこない事。

 勇者。

 邪神の倒し方。


 …………ダメだ。何も浮かんでこない。

 この断片的な情報じゃ何もわからない。


 いや……待てよ?


 この記録映像の前半は嘘か本当か、これだけでは判別出来ない。

 しかし、本当の部分もある。


 それは、どちらも最後の言葉。


 邪神の結晶を集めろ。

 災厄に備えよ。


 意訳すると、この2つだ。どちらも未来に伝える内容として何もおかしな所はなく、確実に伝えなければならない事柄だ。

 クラクベールはもしかしたら、これを伝えたくてこの記録映像を残したのだろうか?


 だとしたら、そもそも記録を同列にして考えるのが間違っているんじゃないか?


 日記がなければ、今の記録は真実(・・)を示したものになるはずだった。だから、時間系列がおかしくても、後になって場所を移しただけなら、何もおかしな所はない。だって、撮り直す必要がないのだから。


 しかし、島に隠されていた記録は、違う。あれは嘘を収めたものだ。

 つまり、誰かを騙そうとして作ったものだ。あるいは、そこに気が付かせて、何かを伝えようとしたものだ。


 ならば、この記録はもうどちらも役目を果たしたのではないか?


 砂漠の遺跡の記録は、真実と警告を。

 島の遺跡の記録は、違和感と頼みを。

 伝え終えたのではないだろうか?


 だとしたら、今どれだけ記録に頭を巡らそうと、真実は見えて来ない。来るはずがない。

 何故なら、クラクベールはこう言っているのだ。


 ──探せと。


「……やってやろうじゃねぇか」


 何という香りだ。豊潤で、それでいて、甘い魅惑の香り。

 俺はその香りを胸一杯に吸い込んで、高鳴る鼓動を感じた。


 これだから、冒険はやめらなれない。

 1つ何かを見つけても、次がある。

 あちらこちらにそれがある。

 その興奮に、好奇心に、俺は魅力されてしまっているのだ。


「二人とも、クラクベールが記録を残していそうな場所の心当たりはないか?」

『申し訳ありません、マスター。私はあまり今の世界について詳しくありませんので」

「そうか、シャルは何かあるか?」


 5千年遺跡の中に閉じ籠っていた彼女がわからないのも無理はない。俺は無理に聞き出そうとはせず、もう一人5千年前の記憶を持つシャルステナへと問い掛けた。


「……2つ、心当たりがある」


 静かにそう告げたシャルステナに、俺はバクバクと激しくなる鼓動を抑えられなかった。俺は今物凄く興奮している。

 だけど、内心複雑であろうシャルステナを思い、馬鹿みたいに騒ぎ立てようとする俺の幼い心を必死に抑えつけた。


 そんな俺を煽るように、囃し立てるように、彼女は遠回しな言い方をする。


「けど、たぶんそれは今のような記録が残されているものじゃない。だって、それはまるで何かを守るように、何かを隠すように、彼が戦後作り上げたものだから」

「それは、どこなんだ? もったいぶらず教えてくれよ」


 抑えきれず、興奮する心が彼女を催促する。早く答えを教えてくれと、考えようともせず、答えだけを求めた。

 そんな俺にシャルステナは、慈しみの視線を向けて、朗らかに微笑むと。


「ふふっ、あれだけ昔から、その場所に行きたい、制覇したいって言ってたのに、私の方が詳しいんだね」

「えっ? ちょっと、待ってくれ、それって……」

「うん、2つとも七大秘境と呼ばれる場所だよ」

「ッ……!」


 目が見開いた。口が塞がらない。足が震えた。

 驚愕と湧き上がる興奮が俺を支配した。


「昔はね、こう呼ばれていたの。天空と地中の要塞と」

「空島と……迷宮……?」

「うん。たぶん、そのどちらかにクラクベールは、真実を隠したんだよ。公には出来ない、何かをね。そして、それがきっと彼に繋がる何か……」


 そんな風に少し考え込むように目を落としたシャルステナを見て、俺はふと先程考えていた内容を思い出していた。


 クラクベールは嘘を残し騙そうとしていた。それだけは間違いない。

 けど、それはまだ誰がという主語しか得ていない答えだ。誰を、何のために騙そうとしたのかがわからない。


 しかし、本当にそうだろうか?


 誰を騙そうとしていたのか、落ち着いて考えてみれば答えは絞られようというもの。


 それは、未来の誰かという不確定な相手ではなく、当時を知る誰か。


 敵対していた魔王か?

 いや、それならわざわざ記録を残し、隠したりはしないだろう。


 きっとクラクベールは、伝えたい。けれど、伝えるわけにはいかない。

 そんな矛盾した気持ちを、この記録に残したのだ。


 だから、こんな中途半端で、ハッキリとしない記録になってしまったのだ。


 そして、きっと彼が伝えたかった相手は、当時を生き、まだ生きている。そして、勇者やノルドと関わりが深い人物。


 そこまで絞り込めたのなら、答えは1つしかないだろう。


「生きてる、のかな……」


 独り言のように呟いた彼女の声は弱々しく、けれどどこか弾むようだった。期待しちゃいけない。けど、期待せずにはいられない。


 そんな矛盾を抱える彼女こそが──答えではないのか?


 それに気がついた時、何かが噛み合わさった。興奮も、驚愕も、全てが消え失せ、サッと血の気が引き、寒気さえ感じた。


 それが、始まりとなったかの如く、少しずつ、少しずつ、バラバラだった歯車が噛み合っていく。

 そして、それは俺の中で、嚙み合わさり連動して、俺を導いていく。


 残された、目的に。


 死した神しか行けぬ死の都にいるノルドと、ノルドが口にした後悔。──カチッ

 別々に存在する生まれ変わりと、バラバラになった邪神の魂の欠片。──カチッ

 俺しか世界を救えない理由と、加護を失った欠片を回収させた理由。──カチッ

 姿を消した勇者と、捻じ曲げられた過去。──カチッ


 そして、シャルステナには伝えられていない真実。──カチッ


 推測。想像。妄想。幻想。


 それでいい。そうであって欲しい。


 真実が実は逆であったなんて、そんな事……何かの間違いだ。たとえ、全てが繋がり、何を隠し、何故隠したか説明出来たとしても……そんなことって……


「うそ、だ。そんなこと……そんなことあっていいわけがない」


 でなければ、俺は……俺は……


 ──死ぬために生まれてきたとでも言うのか……?


「レイ? レイ、どうしたの? 顔が真っ青だよ、だ、大丈夫っ?」

「……ああ。ああ、大丈夫。大丈夫だよ」


 そうだよ、そんな事あるわけがない。大丈夫、大丈夫だ。


 俺が……ノルドが……




 ──邪神であるはずがない。




 視界が歪む。目の前にいるシャルステナの顔さえはっきりと見えない。

 何だか息も苦しい。


 そんな状態にあっても、俺は考えを止めることは出来なかった。


 この世で唯一死した神。それは邪神だ。

 そして、死した神しか立ち入れぬ場所に囚われているのは、ノルド。

 つまり、真実は逆。神殺しの強奪者など存在せず、ノルドこそが邪神だったと考えられる。


 だとしたら、島の記録は真実を示しているのではないのか?


 それこそが、クラクベールと勇者が……いや、当時を生きた人々が、シャルステナに秘密にした真実なのだとしたら。

 彼女は世界に騙されていたということになる。

 しかし、それは彼女を気遣っての優しい嘘。その嘘を責める事は出来ない。


 何故なら、その真実は残酷過ぎるから。


 シャルステナにとっても。

 そして、俺にとっても。


 島の記録にある通り、勇者が邪神となったノルドの魂を引き裂いたのなら、ノルドが何故俺を欲しているのかも簡単に説明が出来てしまう。俺が奴と同じ魂を持つ生まれ変わりと、シャルステナや精霊神に認識された理由も同様に。


 いわば、俺は過去の誰も予想しなかった特異点。結晶にならず、人として存在し続けた邪神の一欠片。


 俺に加護を失った欠片を回収させたのは、最終的に世界を救う事に繋がる小事。俺も含めた邪神の結晶を集めることこそが大事。

 それが達成されて初めて、ノルドの目的は達成されるのだとしら。


 ノルドの真の目的。


 それは──死以外にありはしない。


 自己犠牲の償いをもって、邪神の加護を全て道連れにすることこそが、ノルドの言う世界の救済なのだとしら、邪神の一欠片である俺も、共に死ぬ運命にある。


 だが……そんなことをどう受け入れればいい。どう受け入れて貰えばいい。


 俺は……死ぬために生まれてきたとでも言うのか?

 また……シャルステナに同じ苦しみを味あわえとでも言うのか?


 ──ふざけろ、畜生が。


 そんな事、絶対させない。させてはならない。

 卑怯な言葉だったとしても、もう二度と一人にさせないと俺は誓った。

 あの誓いは嘘じゃない。一人にさせたくないと思うのは、本心だ。


 だから、俺は……お前に会いには行かねぇぞ、ノルド。


 その決意の刹那──突然目の前から光が消えた。


 それは、まるで今見ている景色を突然誰かに奪われたかのように、突然と。

 そして、耳に入るシャルステナの声も。


「レイ⁉︎ レイ、どうしたの⁉︎ ねぇ、レイってば!」


 耳に入った瞬間から奪われた。


 まるでクラクベールが意図したように。

 気が付いてはいけないものに気が付いてしまった事への代償だとでも言うように。

 無遠慮に、無理矢理に、無慈悲に、俺の魂を弄り、代償だけをそれは奪っていった。


 奪われた事さえ、気が付けぬほどに巧妙に。


 それは、都合のいいように俺を──書き換えた。


『何に気が付いた? ──いや、何に気が付こうが関係ない。お前は俺から逃げられない。俺が、お前を逃がさない』


 死の淵で届かない言葉を、彼は言う。


『死の都へ、お前は何があろうと来る事になるのさ───レイ』


 それはもう、定められた未来だった。


異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


第1章の入れ替えを今週から年末にかけて徐々に行っていきます。一度に入れ替えるか、小分けにするかは作者の時間次第ですが、あとはステータスを調整するぐらいなので、遅くても一話目は来週末までに置き換えれると思います。


ですが、この忘年会シーズンに次話まで投稿する余裕はないかもしれませんので、ここは無理をせず更新は一週お休みさせていただきたいと思います。


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