175.再会
「──遅い! 此方を待たせるとは、どういう了見か!」
竜の谷からシエラ村へ戻ってきた俺に向けられた第一声は、それだった。どうやら俺は帰る家を間違えたらしい。やれやれ、疲れてるのかな?
俺はパタンと扉を閉めた。
──ドタッ!
「ちょ……ちょっと待ってよ、レイ! どうして閉めるの⁉︎」
「いや、帰ってきていきなり、神とかいう化け物に殺気向けられたら、取り敢えず閉めるだろ」
それから、逃げるだろ。
「ほぅ? 此方を化け物呼ばわりするとは、どうやら其方は明日を迎える気がないらしい。せめてもの情けに、一思いにやってやろう」
ほら、逃げの一択しか残ってない。シャルステナには悪いが、今日のところはお暇するとしよう。
「ま、待ってください、精霊神様! レイは、今日色々と用事があって……」
「下らぬ。此方の用件以上に大事な事がこの世にあろうか? それも、この緊急の時に」
緊急……?
俺は回れ右しようとしていた足を元に戻した。
「緊急なら、ふざけてる場合じゃないんじゃないですか? 早く話して下さいよ」
「……ほほぅ? やはり死にたいようじゃな」
「火に油を注がないでよ、レイ〜〜ッ!」
腕捲りし青筋を浮かべる精霊神を押さえるシャルステナは半分涙目だった。
〜〜〜〜
「……つまり、魔王についての情報が欲しいって事なんですね」
実家のリビングにて、腰を落ち着けて緊急という話の内容を聞いた俺は、何を求められているのか、会話から簡単に纏めた。
「其方であろう? 竜神へ、魔王の目的とやらを話したのは」
「確かにそうだけど、俺も大して知ってるわけじゃないですよ?」
「ならば、逆に何をもって、魔王の目的が真なる魔王の誕生と断定したのか。此方の興味はそこにある」
……っと、勘が鋭いのか、それとも単に理由を知りたいだけなのか。
まぁ、何方でも構わない。大事なのは、脅威が生まれたという事実だけなのだから。
「真なる魔王……それが何なのかは今更話す必要はないとして、俺が思うに邪神となり得る存在には、二つある。違いますか?」
俺はわかっている前提で話を進めたが、シャルステナが小さく首を傾げようとしたのは見逃さなかった。
…………首が凝ってただけだよな?
「……違わぬ。しかし、それを同列に語るのは愚かしい事だ」
「ふーん……まぁその辺はまだ俺にはわからない。でも、一応理由はある」
邪神と真なる魔王がどう違うのか。今日話を聞いたばかりでまだ頭の中で咀嚼出来ていないという事なのか、精霊神が愚かしいと口にした理由は俺にはわからなかった。
ただ、わからないなりに、その危険性だけは同等ではないだろうかと考える。実際、竜神もそのような事を言っていた。
「ここ10年ほどで、3つもこの大陸で邪神の結晶が見付かった。その結晶は、確実に魔王が持ち込んだものだ。何故なら、何千年と経った今さら、放置されてた何て事はあり得ない。実際、断崖山に持ち込まれた結晶が、エルグランダによって持ち込まれたものである事は、あいつが勝手に話してくれた。他もまず間違いないだろう」
総数はわからないが、神達が回収し封印したという邪神の結晶が余ってるなんて事はないだろう。魔王にとっても貴重な取って置きだったはずだ。
「なら、何のために結晶を持ち込んだか。大国を滅ぼすためなら、わざわざこんな面倒を掛ける必要はない。魔王ほどの力があれば、滅ぼすだけなら容易だ。だから、カマを掛けてみた。邪神を生む気かって」
その時はここまで考えていたわけではなく、単なる思い付きからだったが、結果的にそれは魔王の痛いところを突いた。
「なんならシャルに聞いてもらってもいいが、エルグランダは微かに、でも確実に動揺していた。だから、結晶をばら撒いたのは、邪神を生む手段だったと考えられる。そして、それによって生まれたのが真なる魔王。つまり、結果から考えるに、邪神の代理を魔王は作ろうとしていたと、考えられる」
「いや……それは不自然じゃ。邪神となれる器の存在。それは不確定な要素を多分に含む。ならば、真の目的は別にあったと考えるのが自然というもの」
「……なるほど、それは考えてなかった」
不自然さを意図的に隠して、口から出任せを吐いた俺は、即座にそれを指摘されても、あたかも間違いに今気が付いたように、極自然に頷いて見せた。
ただただ、怨念を増やす事だけを目的としていた魔王。
たまたま、邪神の結晶と共鳴してしまった殺人鬼。
だけど、この二つは根本的に交わらない。
俺の考えが正しければ、魔王は新たな邪神を作ろうとしている。それは、真なる魔王の事ではない。
考えてもみてほしい。
魔王が真なる魔王を探していたとするのなら、何故リスクを負ってまで、国を荒らすのか。そんな事をして、器になれる者を殺してしまっては元も子もない。
つまり、魔王の目的は真なる魔王を生み出す事ではなかったという事だ。
俺はそれをわかっていて言った。そして、元からわざわざ話を聞きに来た精霊神を誤魔化せるとは考えていない。
ならば、やるべき事は竜神の時と同じ、思考の誘導だ。
「けど、そんな確認、今必要なんですか? 大事なのは、新たな邪神が誕生し兼ねないという事実だ。つまり……」
神はそれを防ぐために動かなくちゃいけない。
そう言おうとした時──
「──もうよい。どうやら、此方の見込み違いであった」
おもむろに精霊神が椅子から立ち上がった。それを目で追って顔を上げた俺は、天から地を見下ろすような冷たい視線に射抜かれた。
「此方達の力を利用するために策を弄するとは……本当に下らぬ男と成り下がったのう、貴様。ただ人へと成り下がっておったとは……此方は思いとうなかった。だが……それが今の貴様の器というのなら致し方ない。其方の口車に乗せられて、此方は此方の役目を果たすとしよう」
俺を見下ろす瞳に宿るのは、失望の色か。別に期待させるような言動を俺がしたわけでもないというのに、勝手な話だとは思ったが、都合のいい事を言って利用しようとした俺も、俺である。失望させるような事をした俺が悪い。
でもだ。そんな正論でどうにもならないのが人の心だろ。
「……あんたが、神殺しの英雄と俺を比べるのは勝手だ。好きにしたらいい。けどな、あんたの物差しで俺を測るな。利用できるものは利用する。それの何が悪い? あんたらに何かデメリットがあるか? 俺は情報を提供した。あんたらはそれで、脅威を未然に防ぐ事が出来るかもしれない。それの何が気に入らない?」
こんな騙すようなやり方をした理由は色々ある。
まだノルドの事を明かせない醜い嫉妬や、独占欲。
神の力が、エルグランダへ向く事を看過出来なかった復讐心。
けどそれを、たとえ神であろうと、下らぬ男とたった2度しか会っていない奴にとやかく言われる筋合いなどない。
正しくなくても、醜くても、これが俺であり、俺の心だ。
だから、俺は見下げる視線に押される事なく睨み返した。
しかし、そんなものは気にも留めず、精霊神は失望を隠さず口にする。
「否、気に入らんわけではない。其方の情報が助かったのも事実。それには、感謝の一つもしよう。されども、期待が失望に変われば毒を吐きたくもなる。其方は、神殺しの強奪者とは似ても似つかなかった。ただそれだけのこと」
……ノルドと比べられてもな。
似ても似つかないのは、当たり前。だって、俺とあいつでは歩んだ道も、生きた時代も全く異なるだから。
そもそも、生まれ代わりなのかも怪しい。
と、そんな風に俺は大して気にも止めなかったのだが、何も言わずにいたのがシャルステナにはどう映ったのか、彼女は精霊神の見下ろす視線の間に割って入ると、珍しく声を荒げた。
「精霊神様っ! それは余りにもレイに失礼です! だいたい精霊神様がレイの何を知ってるんですか! 上辺だけ比べて、レイのいい所も知らないのに、そんな事を言うためにここへ来たのなら、帰って下さい!」
普段怒らない人が怒ると怖いとは言うが、キツく引き締められていた顔を弱らせた精霊神を見る限り、シャルステナ剣幕は、相当なもののようだ。かく言う庇われている立場の俺も、彼女が声を荒げた瞬間にはビクッとなった。
「……シャールよ、どうか気を静めておくれ。其方が怒る理由も、此方に非があった事もわかっておる。されど、此方がこやつに期待しておったのも、わかっておくれ。人の身で神をも超越したあの二人は、此方にとっても真に英雄であったのじゃ」
精霊神はシャルステナの肩に手を置き、その顔を覗き込むようにして言った。
「……すいません。私……」
「いや、よい。むしろ、其方に怒りを向けられた事を此方は嬉しくすら思う」
「でも……私には怒る資格なんてないのに……」
「資格などいらぬ。どのような感情を抱こうと、例えそれが筋が通らぬものでも、それは人である以上ままならぬ事。其方は、それでよい」
シャルステナの表情は俺からは見えないが、声だけ聞けば彼女が今後悔と自責に苛まれていよう事は、容易に想像が出来た。
そんな彼女に俺ならばもういいよとか、そんな言葉を掛けたのだろうが、優しげな表情でいつかのように人の心を説いた精霊神は、はいと俯き気味に答えたシャルステナを俺の前から横に退かした。
「其方もすまぬな。年寄りの妄言と聞き流すがよい。名はなんといったかの?」
「レイです」
「レイか。覚えておこう。其方は、かの英雄の生まれ変わりではあるが、奴ではない。たが、かの者とは別のやり方でよい。どうかシャールの事を守ってやっておくれ」
「……今は、逆の立場なんですけどね」
自虐気味に答えると、精霊神は小さく首を振るう。気のせいか、俺を見る目が先ほどより暖かみに満ちているような、そんな気がした。
「今はよい。まだ此方がおる。しかし、此方はもう届かぬ。此方だけでなく、他の神もまた、届く事はなかろう。届くとしたら、神ではない其方らだ。近い未来、この世は未曾有の危機に瀕するであろう。それに、今から備えるがよい」
元よりそのつもりだ。
……なんて事は口にせず、あくまで何も知らない姿勢は崩さないまま、返事を返した。
「……神の予言として受け取っておきますよ」
〜〜〜〜
白昼、街中にも関わらず時折響く地鳴り。ゴゴゴッと土砂崩れのような音が、街の至るところから鳴り響くここは、ライクベルク王国の首都イグノア。
音は復興作業に使われている土魔法の奏でる音である。
無論、レイのように家屋そのものの形を芸術家スキルを使って、イメージに変換しているわけでもないので基本は手作業であるが、土地の慣らしや、土台ぐらいは中級魔法を使える程度の人でも十分にやってのける。
そのため王都が壊滅して、およそ1ヶ月が過ぎようとしていたが、復興は概ね順調。建物の復旧は特に進んでいた。
ただ、人的被害の大きさだけはどうしようもなく、その爪痕は未だこの地に残っている。
「なんだか寂しいね。王都じゃないみたい」
「……そうだな」
王都の町は未だ閑散としていた。ここに定住している人々はまだ残っているが、そうでない冒険者達は、復興ではない稼ぎのいい仕事を求めて、違う土地へと大多数が移り、伝手のある人は他の町へと流れた。
逆に、入ってくる人は殆どいない。日本なら、自衛隊やボランティアの人々が救援に来てくれるのだろうが、移動手段が基本徒歩ともなれば、時間もかかるし、誰もが街間を気軽に行き来出来るわけでもない。それこそ訪れるのは、流れの冒険者ぐらいだ。現状、出て行く人の方が多い。
おそらく暫くはこの状態が続くだろう。元の活気が戻るのに、早くても一年、あるいは何十年という歳月を必要とするかもしれない。復興は一朝一夕には進まないものだ。
しかし、その一方で人知れずこの地に集まってきている者達がいる。
何故人知れずかというと、特別なスキルがなければ視認も不可能な存在──精霊だからである。別に意図的に隠れているわけではないのだが、元々人間には認識が困難な存在故に、市民達は精霊を見掛けたと小耳に挟む程度にしか知らないのだ。
まぁ、そこに意図がないわけでもないが……とにかく直接認識出来る俺やシャルステナのようなスキル持ちや、ギルクのような上の者しか精霊達がここへ集まって来ている事は知らない。
そんな風に、人々が復興に励む裏で集まって来ている精霊達は、精霊神の命を受けてこの地を訪れたそうだ。聞くところによるとここだけでなく、世界中の街や村に、監視という名目で今集まって来ているらしい。
監視というのは、昨今の世界情勢に端を発したもので、竜神の訴えにより、地上に来れない創世神と年中行方不明の死神以外の神の間で、協力体制が敷かれる事になったというのは、シャルステナから聞いた話。
その内容としては、真の魔王──真田慎二の捜索と、その撃破。具体的には、捜索に妖精神、鍛冶神、精霊神、海神、そして、女神が動く。そして、真田慎二の討伐には、精霊神、獣神、竜神が動く事で合意したらしい。
ただし、主だって動くのは精霊神だけで、他の神はそのサポートとという事になったらしい。その理由は、精霊神、獣神、竜神、死神以外は、勝てない可能性が高いからという事と、精霊神は広範囲の捜索が可能──つまり、精霊達を使って世界を監視する事が出来るからだそうだ。
他種族の事についてはあまり多くを俺は知らないが、どうやら精霊達は独自の文化──もといネットワークを持っており、精霊神や他の精霊達と離れた場所からでもコンタクトを取れるそうだ。
加えて世界に散った精霊達は、その主に対してかなり協力的であり、有難い事に街や村の守護にも無償で手を貸してくれるそうだ。
これで早々に決着が付けばよいのだが……
と、そんな事を考えていると、不意にシャルステナと繋いでいた手が引かれた。
「何かまた難しいこと考えてる?」
顔を上げた俺の前で、シャルステナは小首を傾げ、それに合わせて薔薇のように紅く美しい髪がそれに合わせて揺れた。
「もしかして、こないだ精霊神様に言われた事気にしてるの?」
「いや、そんな事でクヨクヨするような俺じゃないぞ? これからどうしようかなぁって漠然と考えてただけだよ」
「また旅に出るの?」
シャルステナの問いかけに俺は頷いて、今のフニャフニャな旅の計画を話した。
「やりたい事や、やらなきゃいけない事が、いっぱいある。けど、まだ目的地も何も決めてないから、どれから進めていこうか、漠然と考えてたのさ」
「そうなんだ。私、昔は旅をしたりしてたから、何か言ってくれたら相談に乗れるよ?」
そう言えば、そんな事をチラリと言ってたな。
「そっか、それは助かる。どこに行こうか迷ってたからさ。言われてみれば、シャルって5000年前……邪神がいた頃から生きてるんだもんな」
「うん、まぁ、そうとも言えるね。けど、何度も転生を繰り返してるから、ずっと生きてきたわけでもないけどね」
「へー、何度もか。って事は、つまりシャルって……」
「16歳だよ」
…………。
「俺は何もまだ言ってないんですが……」
笑顔なんだが、思わず敬語になってしまう怖さが、今のシャルステナにはあった。
「16歳だよ」
「あのシャルステナさん?」
「16歳」
「あっ、はい」
「レイと同い年だね!」
「うん、そだね」
……何となく、彼女が神の力を捨ててまで、転生した理由がわかった気がした。口には出来なかったが……
正に、触らぬ神に祟りなしというやつだ。
「……そう言えば、ライクッドの用は何だろうな?」
俺はいかにも今思い至った風を装って、触れてはいけない話題を避けた。
「シーテラさんの事じゃないの? あれから、レイは引っ張りダコだったから、まだ会えてないんでしょう?」
「いや、一度リスリットも入れて三人で会ったよ」
何分忙しかったため、ほんの数時間しか顔を合わせていないが、二人とはライクッドの見舞いに行った時に顔を合わせていた。
二人は避難に間に合ったため、怪我一つなく、無事だった。なので、その時はまだ忙しく、心配事が多かった俺は、リスリットの望みを何か一つ聞く事を条件に、シーテラの面倒をもう暫く見てくれるようお願いしていたのだ。
しかし、そろそろ俺もひと段落してきて、新たな旅路に思いを馳せ始めた頃合いだ。ここらで、シーテラの出した答えとともに、どういう道を行くか話すのもいいかもしれない。
と、そんな事を考えて歩いていると、待ち合わせ場所のギルドへと着いた。しかし、肝心のライクッドはまだ来ていない。
中で待つか。
そう思い、俺はシャルステナの手を引いて、ギルドに入った。
ガタンガタンと立て付けが悪くなった扉を通り抜けて、かつては沢山の仕事終わりの冒険者の溜まり場であった酒場が目に入る。
ただ、そこにいるのは飲んだくれのおっさん一人だけ。他は仕事に行っているのか、酒場のマスターと見た事のない受付嬢が一人いるだけだ。
「お前は相変わらず昼から飲んだくれてんのかよ、バジル」
「あん? だれ……って、お前久しぶりじゃねぇか! 何だよ、オメェ! 中々顔見せねぇから、てっきりどっかに行っちまったのかと思っただろうが!」
「悪いな、しばらく忙しくてな」
「あー、何だ……人生そんな時もあらぁ。そういう時は飲んで忘れんのが一番だ。マスター、酒を追加だ!」
相変わらず酒臭いおっさんは、一瞬罰が悪そうな顔を浮かべたが、すぐにそれを陽気な酒に隠した。そして、俺の背中をバンバン叩きながら、まだ飲み残しのあるジョッキを掲げて、酒場のマスターに追加で酒を注文する。
それを見て、まぁ一杯ぐらい付き合ってやるか、と俺はバジルの正面に座り、その隣にシャルステナが腰かけた。
すると、手際の良いマスターが、すぐに俺にはバジルと同じビールを、シャルステナには軽めの飲み物を持ってきてくれた。
「バジルの奢りか?」
「おう! 今日ぐらいはおごったやらぁ」
既に呂律の怪しいバジルだったが、今日はいつになく気前が良い。
「好きなだけ飲めやぁ、今日は、全部俺の奢りだ」
「どうしたんだよ、気持ち悪い」
「馬鹿野郎ぉ、このバジル様が奢ってやるってんだ。素直に感謝しやがれぇ」
いや、本当に気持ち悪い。そう、思いながらも乾杯して酒を口に含んだ俺だったが、余りの苦さに顔を顰めた。
奢ってもらっておいてなんだが、俺もチューハイが良かった。苦々しい酒はまだ、俺の舌には早いようだ。
「ところで、シャラ姉は元気?」
「おうよ、今はどこっつってたかぁ………確か、北の方に行ってんだったかぁ?」
「そっちも相変わらずか」
もう普通に働いてるのか。やっぱりあの人は強い人だな。
そんな風に、昔と変わらない二人にどこか懐かしさを覚えていると。
「レイさん」
「おっ? 来たか」
待ち合わせの相手がやって来た。少し急いでやって来たのか、ライクッドは薄っすら額に汗を浮かべ、長い紫の髪は乱れている。
ライクベルクは、少し小走り気味にこちらに来ると、バジルとシャルステナを確認し、軽く頭を下げた。
「遅れてすいません。シャルステナさんも、バジルさんも、こんにちは」
「いや、俺たちもさっきこの酔っ払いに絡まれたところだ」
「オメェは相変わらず、余計な一言が多いんだ、バッキャロウ」
殆ど事実を言ったまでなのだが……
「んじゃ、そういう事だから悪いな、バジル。しばらくはこっちにいるから、また今度。それと、ごちそうさん」
「おう! 俺ぁ大概ここにいるからよ。いつでも来いよ」
知ってるよ、だいぶ前から。むしろここ以外で会ったことねぇよ。
とは言わず、席を立って入り口に向かって歩き出した。すると、背中に声が投げ掛けられた。
「レイ、折れんじゃねぇぞ」
その俺を気遣うようなバジルの言葉に、俺は小さく笑みを零すと、手だけあげてギルドを後にした。
〜〜〜〜
ギルドを出た後、ライクッドが付いて来て下さいと言うので、深く考える事なく、シャルステナと共にその後に続いた。
だが、どこか店に入るわけでもなく大通りを横断し、かといって、横道に逸れてどこかに向かう様子もない。
俺はどこに向かっているのか、気になってライクッドに聞いた。
「どこに向かってるんだ? このままだと街を出ちまうぞ」
「正門ですよ。そこで待ってもらってるんです」
「? 誰が待ってるんだ?」
リスリット達が待ってるとしたら、おかしな話だ。一緒に来ればいい。
だとしたら、後は誰だろう?
まさか…………騎士団長?
そんな俺の的外れな推測はさておき、ライクッドは俺が冗談でも言っているかのように、軽く笑いながら答えた。
「やだな、もう。レイさんの新しい仲間に決まってるじゃないですか」
「えっ? あいつらもう着いたかのか?」
まだ1ヶ月半ぐらいしか経ってないのに。
早くね?
そう少し驚いていると、遠くに見覚えのある馬車が……
「ほんとにもう来たのか。早いな。……って、何でお前がそれを知ってるんだ?」
「えっ? 聞いてないんですか? 僕は、セシルさんの情報源の1つですよ?」
…………は?
「セシルの情報源……ッ⁉︎ お前が⁉︎ ってことは、あのボンクラ王子が俺の情報を売ったんじゃなかったのか!」
おかしいとは思ってたんだ。あれだけ俺の情報を隠そうと画策していた奴が、それを漏らすなんて。
しかし、盲点だった。ライクッドとセシルが繋がっていたとは……
「そんなに大きな声を出さないで下さいよ。僕は、レイさんならそれぐらい見抜いているものだと思ってましたし、あくまで情報源の一つですから」
「お前、俺を過大評価してないか? いや、今はそんな事どうでもいいが……」
俺はふと、馬車へと目を向けた。正確には、初めハクが引いていたであろう荷車に繋がれた馬に。
俺は人混みを抜けて、ルクセリア達の前に顔を見せた。
腕組みして、セシルと言葉を交わしていたルクセリアがこちらに気が付き、話を止めてこちらを見た。その側で、馬を可愛がる春樹と、それを眺める結衣も、こちらに気が付いたようだ。
特に1ヶ月前と何ら変わらない様子の彼らに、俺は大事になるような事は、何もなかったようだと安心した。
「みんな、早かったな。全員無事みたいで、安心した」
「私達はな。旦那……力になれず済まなかった」
ルクセリアは申し訳ないと言わんばかりに、こめかみにシワを寄せて、自責の念を露わにする。
「気にすんな。俺が弱かったのが、悪いんだ」
「けどよ、嶺自。お前……」
「春樹、俺はもう大丈夫だ。それより、ハクはどこに?」
「……中よ。馬車の中で、ずっと泣いてるわ」
悲痛に顔を歪めた結衣は、ソッと目を逸らした。無力感が漂うその様子を見るに、俺の代わりにハクに色々としてくれたのだろうが、大して効果はなかったようだ。
俺は、一つ頷くと馬車の中へと入った。
「ハク」
そう、後ろから呼び掛けても、尻尾を向けて椅子の上に蹲るハクは、こちらに気が付いているだろうに、目を向けようともせず、そのまま金切り声で叫んだ。
『──嘘つきッ!』
顔も向けずに放たれた言葉は、俺を責めるものだった。
『親言った! なのに……ッ! 嘘つき! 嘘つき! 嘘つきッ!』
どこか慣れていなくて、片言のように聞こえる言葉は、いつもより聞き取り難くて、けれどその分、一つ一つの言葉が胸に突き刺さる。
「……ああ」
任せろと言いながら、親父を死なせてしまった俺は確かに嘘つきだ。でも、嘘つきと俺を責める度に、ハクの声が涙ぐんでいくのを聞いていると、その言葉はハクヘとそのまま返っていっているような、そんな気がした。
俺はハクに歩み寄り、その小さな体を抱き上げる。
「俺は嘘つきだ。口では自信満々なことを言いながら、失敗ばかりする情けないやつだ。それが、よくわかったよ」
ハクは嗚咽を止めることなく、俺の言葉に耳を傾けていた。その目は俺と同じ、家族を失った者の目だ。
「だから、俺は強くなる。強くなって、親父の仇を討つ」
『ハクはイヤ……親、死んでほしくない』
「……戦ってほしくないか?」
「ピィ……」
ハクは小さく鳴いて、乞うように俺の指を舐めて、それから涙目で言う。
『ハクもう悲しいのイヤ』
「……俺も、もう嫌だよ。けど……いや、だからこそ、俺は戦いたい。欲しいんだ、自信が。自分の力で、もう何も失わなくて済むって、証が欲しいんだ」
それはたぶん、どんな強い敵を倒そうと、どんな苦難を乗り越えようと、得られない。これ以上ないほどに、力の差を思い知らされた相手を倒さない限りは。
「完全に俺の我儘だけど、許してくれないか、ハク?」
『……ハクも一緒?』
「当たり前だろ? お前は俺の相棒で、家族だ。だから、お前も一緒に親父に見せてやろう。一緒に仇を討って、もう心配ないって安心させてやろう」
「ピィ!」
ハクは涙を振るい、元気よく鳴いてから、ガブリと俺の手に噛みついた。
『ハク、親許す』
鋭い歯跡が付いた手に、血が滲んだ。それを自分でやって置きながら、ペロペロと舌で舐めとってくるハクに、俺は最後の棘が抜け落ちたのを感じた。
「ああ、ありがとう」
そう言って、俺はハクの頭を一度撫でてから、いつもの定位置に乗せるのだった。
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
もうすぐ2017年も終わりですが、あと一話で第2部も終了です。その後は、間章を挟んで第3部に入ろうと思いますが、実は第1章の書き直しがそろそろ終わりそうで、来週か再来週、あるいは年末に入れ替えを行おうと考えております。
その入れ替えにあたり、新しいエピソードや展開を変えた部分が沢山あるため、その後の展開に齟齬が生まれてしまっている可能性がありますが、基本的なストーリーの流れは変えていないつもりなので、このまま読み進めて頂いても大きく喰い違うような事はないかと。
ですが、『おおっ、作者ちょっとマシになったな』と思って頂けるぐらいには、文章力も進歩していると思いますので、暇潰し程度に一読して頂けると嬉しく思います。
何分処女作なので、今後も読者の皆様には迷惑を掛けるような大きな手直しを入れる事になると思いますが、しょうがない奴だなぁと暖かく見守って頂けたら幸いです。




