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161.好敵手、共闘す

 

「作戦は……いらないか。──ディクはとにかく攻めろ。俺が合わせる」


 剣を抜き放ち、レイは竜化しその上から魔装と魔手を纏う。


「了解。サポートは任せたよ」


 その横で、オーラを重ね掛けしたディクルドは、限界を昇華した正真正銘の全開状態。身体能力特化型の彼にとって、様子見など不要。ただただ全力で、相手を叩き潰すだけだ。


 一方で、同じく限界突破と叫んだレイだが、それは──ブラフだ。

 単に魔力を放出しただけ。それっぽく見せただけである。全力など甚だしい。長期戦を視野に入れなければならない状況下では、限界突破の時間制限はかなり痛かった。

 その点、ディクルドの限界昇華はいい。同じくタイムリミットのあるスキルだが、体が気怠くなる程度で済むのだから。


「来なさい」


 師が弟子に言うかの如く、上から目線の挑発。クイクイと誘うようにうねる触手と、余裕の笑み。それが、本心なのか、単なる挑発なのか、レイとディクルドは共に分かり兼ねた。しかし、刻一刻と零れ落ちるリミットがディクルドにある今、その挑発に乗るのが最も早く、確実な手段である事は明白だ。


「瞬動!」


 先陣を切ったのは、ディクルドだった。

 ほんの一瞬、触手の結界に空いた隙を彼は見逃さなかった。目で捉える事が困難な速度で、流星と化したディクルドが、張り巡らされた触手の隙間を駆け抜ける。

 だがしかし、それは決して油断が生んだ隙などではなく、戦闘経験の豊富さが生んだ隙だ。すなわち、誘い。

 触手と触手の間に繋がる魔力の細いパスは、己の領域に入ったものを捕まえる蜘蛛の糸。目には見えない細さの魔力の糸が、折り重なるようにしてディクルドの動きを妨害する。


 だがしかし、そんなものでディクルドの動きを完封する事は出来ない。魔力の糸を触れる先から引き千切って、突破していく。

 全てを突破し、奥に構える蜘蛛の前に踊り出た時には既に瞬動の加速は搔き消されていたが、それが何だと言わんばかりに、本体へと斬りかかった。


 瞬間、弾けたのは音。バシュッと何かが弾け飛ぶような音と共に、不自然な動きで狙いが逸れる。


「危ない、危ない」


 軽い調子でそう口にしながら、真空波を独りでに生むディクルドの剣を躱して見せた魔王。その顔は未だ余裕の笑みに歪められたままだ。


 ──動きを見切られている。


 久しく感じて事がなかった感触だ。ディクルドは、その大きな違いを、たった一度の接触で感じ取っていた。


 一人では負けていたと実感しながらも、次弾を放つ。


 再びバシュッという音がして魔王の体が、剣より僅かばかり速く動く。またしても攻撃をかすらす事なく回避して見せた魔王。

 しかし、ディクルドは今回の攻撃で、その音の正体と魔王の体を動かすそれを視認した。


「魔力を噴射して、その勢いを利用しているのか」


 確かめるようにそう零しながら、追撃を右、左と体捌きで躱したディクルドは、下段からその首を狙い剣を振り上げ、やはり躱されたところで踏み込み、刃を返して振り下ろした。

 どちらも擦りもしなかったが、後退するように躱した魔王の体から、魔力が噴射したのを再度確認し、剣の角度と踏み込みを調整し、その性能を確かめる。


 その結果わかったのは、隙は見当たらないという事。まるで、己は人形だとでも言うように、不自然な体の動きで、ノラリクラリとどんな剣戟にも対応してくる。

 肉体の速度的にはディクルドに分があるが、噴射の勢いを加えると、瞬間的には魔王が一歩上を行く。今は様子見なのか、それを回避にしか使っていないが、視認してから間に合わせる発動速度は、厄介なことこの上ない。


 だが、事戦いにおいて、ディクルドは才能の塊である。この僅かなやり取りで、おおよその回避方法を見極め、誘導する事ぐらいは簡単にやってのける。


 胸の高さから首に向けて斜めに振り上げられた剣。それを、真横にスライドするように躱した魔王だったが、初めから躱される事を前提に動いていたディクルドの体は、魔力の噴射を確認すると同時に全力で真横に飛んだ。


 空中で回転する体。それに合わせて、力任せに変えられた剣の軌道。

 魔王が回避した方向から回り込むように、遠心力を乗せてた一撃を叩き込む。


 銀光が弾けた。オレンジ色の火花を散らし、回避ではなく防御を選択した魔王の魔装に覆われた腕と、ディクルドの剣がぶつかり合う。

 方や魔力、方やオーラと、込められているものの種類に違いはあれども、腕力に集約された力と力のぶつかり合い。舞い上がった戦塵が、一瞬にして吹き飛び、衝撃の波が目に見える形となって、駆け抜けていくかのように映る。


 そんな中でも、後れをとる事なく、拮抗する二人の力。だが、力むディクルドの表情と、涼しい顔をした魔王の顔を比べれば、それが拮抗などではない事はすぐにでもわかる。


「この程度ですか」


 そんな魔王の言葉がディクルドの耳を突き、剣がググッと押され始める。

 見れば剣を受け止めている腕の内側の魔力が尾を引いていた。それは先の噴出と同じ現象。腕力に、噴出の勢いをプラスしているのだ。


「くっ……」


 苦悶の表情でさらに力を込めるディクルド。

 余りに規格外な踏ん張りに石畳に覆われた地面が、豆腐のように脆く砕け散るが、その砕けた地面に足が入り込むのはディクルドの方。徐々にではあるが、その足もまた、後ろへと押され始めた。


 と、そこへ飛び込んできたのは、レイの気合いの叫び。


「オラオラオラオラァッ!」


 まるで嵐。

 両手と魔手、合わせて12本の手が、触手を接敵した端から蹴散らしながら、猛突進してきた。

 体から生えた手の働きもさる事ながら、限界突破に見せかけた魔伸縮により大幅にパワーアップしたレイの動きは、魔王やディクには劣るが、それに追随するレベルである。殊更特筆すべきはその有無を言わさず触手を両断する力だ。バッサバッサと触手を切り落とし、勢いは増すばかり。経験を得て、現在進行形で使い熟し始めていた。


 ただ、存外に雑な性格なため、街への被害も甚大。剣を振り下ろせば地面は爆ぜ、踏み込めば力を入れ過ぎて、また爆ぜる。レイの通った場所はもはや竜巻が通り過ぎたかのような有様だ。


 どちらが魔王かわかったものではない。見た目がどう見ても人間ではなく、化け物にしか見えないのもその一因かもしれないが、直接、間接に問わず、建造物に与えた被害は魔王よりも多い。


「下がれ、ディク!」

「わかった!」


 一つ頷きサッと体を引いたディクルドに代わり、今度はレイが魔王の前に出る。


 12の手による同時攻撃。魔王の閃光のような腕の煌めきに、スピードは遠く及ばないが、可能な限りタイミングを合わせた12の斬撃。その切れ味、硬度共に単純な魔装に匹敵する。単に金属レベルの硬度を得た物質化した魔力で止められるものではない。


 だが、魔王本体に届かせるには、些か脆すぎた。


 レイの攻撃全てを、回避も防御も見せずその体で受け止めた魔王。激しい激突音と共に火花が散り、レイの振るった全ての武器にヒビが走る。

 それは明らかに魔王が纏う紫炎の魔力が単純な魔装でない事を示していた。


 魔王が今纏っているのは、彼の扱う魔装の中で最も強度が高い、防御に重きを置いた魔装。レイの竜化型の魔装の真価である魔力強化が可能な竜鱗の代わりに、物質化した魔力を使っていると言えばわかりやすいだろうか。

 しかし、その硬さは今のレイ以上。かつてディクルドが全力で打ち破ったそれよりも硬いのだ。


「脆い剣ですね」


 スッと揃えられた五指。その頂点にある中指の先──鋭く尖った爪が、槍の矛先のように真っ直ぐレイに突き出された。

 しかし、それに合わせたようにレイの姿は空間の歪みの中へ。そして、今まさにレイの体を貫こうとしていた手刀も──


「ッ……!」


 素早く身を引き、魔皇帝は腕を戻しす。危うく腕を持っていかれるところだったかもしれないと、消えたレイの姿を探し走らせた目に飛び込んできたのは、極光の煌めき。


「霊光迫撃砲ッ!」


 レイの体に隠れ、肩から突き出した左手に集められた極光が、砲弾のごとく一塊となって発射された。


 即座に回避を選択した魔王。瞬時に魔力を収縮し、放出する。

 しかし、上半身がスッと真横にスライドしたのに対し、下半身、もっと正確に言えば左足の付け根がその場──いや、その空間からピクリとも動かない。


 魔王はその不恰好な体制のまま光に飲み込まれ──


「ハァァァッ!」


 その中へディクルドも消えた。


 端から見れば自爆に等しい特攻にも思える行動。だが、極光の砲弾は普段ディクルドが纏っているものと本質的には同じであり、彼がそこに体をねじ込んだとしても、彼は傷一つとして負わない。むしろ、豊潤なエネルギーは彼に力を与える。

 つまり、ディクルドはその中でもいつも通り、いやそれ以上に動くことが出来るのだ。


「くっ……!」


 2分の1となってから始めて苦しげに歪められた顔。極光による魔装の破壊が進む中、ディクルドの猛攻に晒され、確実に魔装が崩されていく。

 恐ろしいのは、視界が全て光に覆われ、ディクルドの動きが見えないこと。気配や勘で捉えるのには、いささか彼の動きは速すぎた。それも、機動力を殺されては、ただ良いように打たれるのを黙って耐えるしかない。


 しかし、それは10秒という短い時間での事。10秒という拘束限界が、魔王の体を解放する。

 斬撃の衝撃で、足が床を砕きながら後退する。何とか時間内を耐え切った魔王は、ようやく動けるようになった足と魔術で、即座にその光の玉から脱出を図る。


「逃さないよ!」


 だが、魔力の噴射を感じ取ったディクルドが、極光の中から逃れようとする魔王にピッタリと張り付き、それをさせじと、斬撃を加えながら回り込む。それが幾度と繰り返され、外側から見ればしきりに光の球が移動しているようにか見えないが、常に魔王に張り付く拘束部屋としての役割を果たす。


 魔王にとって、苦しい展開が続く。防御形態の魔装も、時を追うごとに削り取られていく。

 このままでは、魔装が破られるのも時間の問題。


 魔王は、起死回生を狙い、強く地面を蹴り抜いた。地上がダメだめなら、空中戦という事だ。悪くはない選択だ。ディクルドは空中戦を得意としていない。地上でのみ、その超人的な身体能力を活かせる。

 逆に、魔王は不便ながらも動けない事はない。その違いが遅れを生み、魔王を光の玉から解放するに至った。


「ようやく抜け──」

「まだだッ‼︎」


 たが、それもほんの一瞬。

 文字通り、青の弾丸となって肉薄してきたディクルドが、再びその体を光の球の中にその体を飲み込んだ。


 場所は空中。レイのように飛ぶ術を持たないディクルドは満足に動く事も出来ない場所だ。

 だが、一度だけ。

 飛び上がった瞬間だけは別だ。


 オーラで目を潰され魔王の顔の前で交差された腕。それを上から捻じ伏せるように、真上から叩き込れた一撃と、剣に集約するオーラ。

 上下が逆転し頭から真下に向かって叩き落とされた魔王に、極光の奔流が追撃を掛ける。


「かはっ……!」


 斬撃とはとても呼べない強靭な鎧を打ち砕く剛腕の一撃。ズドンと腕にのしかかる重しが、超重力へと変わり、登ってきた時の倍速以上で、真下の地面に叩き付けられる。


 ドゴォォォォオンッ‼︎


 地を揺るがす轟音。吹き上がる瓦礫と土砂のカーテン。それを貫くように突き落とされた極光の奔流が、地面に穴を穿ち、魔王を飲み込む。


 だが、それだけでは終わらない。

 その全てを飲み込み、地の彼方へと吹き飛ばす一撃が間髪おかずに放たれた。


「何もかも吹き飛ばせ、水竜ッ!」


 限界とはいつぞやの。

 成体となった竜に見劣りしないほど巨大に膨れ上がった水の竜。激流渦巻くその巨体は、王都の何処からでも確認できた。そう、光の球にでも飲み込まれていない限りは。


 そして、巨大な顎門の前に落ちた獲物がようやくその存在に気が付いた時には、もうその閉じられていた顎は、解き放たれていた。

 

「───ッ⁉︎」


 瞬間、竜の咆哮のような唸りと共に、激流の渦が王都の街を縦に貫く。

 激しい水の唸りは白濁の流れを生み、街の瓦礫を飲み込み濁流と化して、王城から外壁の外へと繋がる大門へと伸びた。

 王都を賑やかしてきた大通りにある店の尽くをその濁流の中に飲み込み、誰が閉じたのか、夜間でもないのに閉ざされた堅牢な門を突き破って大地を水平に横断したそれは、内に飲み込んだそれら全てを、纏めて街の外へと叩き出す。


「捕まれ、ディク!」

「うん!」


 自然落下中のディクに向かってレイは軽やかに飛び上がると、サッと手を伸ばす。その手をディクルドがとった瞬間、固定空間を作り出し、今は深々と掘りあげれた大通りであった場所を、一気に駆け抜ける。


「瞬動!」


 加速した先は、水竜の一撃によって面影を残さないほどに破壊された大通りの先。

 門の外に叩き出された魔王がいる場所だ。


 殆ど一瞬にして空を駆け抜け、両手を大の字に広げて横たわる魔王の前に降り立った二人。魔王はずぶ濡れで、魔装も完全に剥がれ落ちている。

 しかし、化け物を取り込んだような禍々しい肉体は未だ健在。本能が鋭敏に感じ取る危険な香りは、少しも薄れていない。


 だが、魔装が壊れた今は、またとないチャンスでもある。特に、全力を出せる時間が限られているディクルドにとって、それは千載一遇と言っても過言ではなかった。

 だが、リスクを負って飛び出そうとしたディクルドをレイはすかさず止める。


「待て。あいつ仕掛けてる」


 そう言われて魔力感知を発動させたディクルドは、周囲一帯に込められた膨大な量の魔力に思わず、唖然とした。


「あ、ありえない。こんな量の魔力が……」


 多少人より多くとも、魔王に比べれば赤子ほどの魔力しか持たないディクルドにとって、そこに満ちる膨大な魔力の量は、トドメを刺す事を忘れさせるに値するものだった。

 だが、レイにとっては何の驚きもない。


「相手は魔王だぜ? これぐらい普通にやってのけるさ」

「確かに……」


 レイの言葉で、動揺を抑え込んだディクルド。だが、知らず知らずのうちに、体に力が入る。

 一方で、いつまでも動こうとしない魔王に、痺れを切らしたレイは、怒声を浴びせた。


「おい! いい加減狸寝入りはやめろ! こんなバレバレの罠に掛かってやるほど俺はお人好しじゃねぇぞ!」


 時間稼ぎなんてせこい真似はさせないとばかりに、怒声を浴びせる。

 すると、一瞬間を空けて、魔王が笑い出した。


「──ふふふっ」


 身の毛がよだつ気味の悪さを含んだ笑い声と共に、場に満ちる魔力を自在に操って、まるで逆再生の映像が如く体を持ち上げ、浮かび上がった魔王。

 その体は土砂降りの雨に降られた後のようにずぶ濡れだが、体から垂れ落ちる水滴には一滴の血も混じっていなかった。


「何がおかしい?」

「いえ、ただ笑わずにないられなかっただけですよ」


 魔王である自分がたった2人の少年に圧倒された事実に。


 一人ならどうという事はない。適当に相手をしても、十分勝てた相手だろう。


 だが、噛み合うとここまで厄介か。


 互いに自分の事よりも相手の事を知り尽くしているかのような、無駄のない連携。思えば、初めの交代からここまで、二人は言葉を交わす事もなく、互いの動きを補完し、利用して次へと繋げてきた。

 一朝一夕になるものではない。いや、熟年のパーティでも中々出来るものでもない。ましてやこのレベルでとなると、彼にも経験はない。


「いったい何をどうすればあなた達のような人間が育つのでしょうね」

「さぁな、それは俺たちの親に聞いてくれよ」


 素っ気ない返しながらも、実のところレイは魔王と同意見だ。むしろ、ディクルドが如何に人並み外れているかよく知っているレイの方が、その思いは強いかもしれない。


「そうですね、あなた達を殺した後にでも聞いてみる事にしましょうか」

「今日はよく喋るな、魔王。いや、いつもの事か。お前結構お喋りなんじゃねぇの?」


 案に目的を露見させた魔王の事を指しての皮肉だったが、それを聞いた魔王はふと自分でも気が付いていなかったと言うように、不思議そうな表情を顔に浮かべた。


「どうでしょう? 普段は寡黙な私ですが、あなたを見ているとどうしても言葉が口を突いて出てきてしまうのですよね。何故でしょうか? もしかしたら、私は生意気なあなたを屈服させたいのかもしれませんね」


 魔王自身己の心情をよくわかっていない様子に、レイは邪神の加護が精神影響を及ぼしているのかと考えた。その推測は正しくもあり、間違いでもあったが、一つ言えるのは、レイ達に長々お喋りを続ける時間的余裕はないという事か。


「じゃあ、屈服させてみろよ」


 挑戦的に笑いながら、これ見よがしに右手の掌に還元ホヤホヤの魔力を集める。いったい今日だけで何度目となる還元であろうか。もうその数は10やそこらでは補う事は出来ない。

 ただ、さすがに魔王もおかしいと感じ始める。いつまで経っても底の尽く様子のないレイの態度と、消費を全く気にした様子のない贅沢過ぎる使い方に、魔素で蓄えられる限度を超しているのではないかと思い始めた。

 しかし、それがわかったところで、未だ1割に届いたばかりの膨大な魔力数値が油断を生む。


 届きはしないだろうと。


 一方で、掌の深紅の煌めきはその強さを増し、レーザー光の如く強い輝きを放ち始めた。


「ここは、俺のテリトリーだ」


 ニヤッと口角を上げたレイ。魔王の魔力が埋め込まれた地面に向けて、その深紅の弾丸を放つ。直後、光が爆ぜ、魔力が魔力で塗り潰された。

 漂う赤片の残りクズと、魔力充填により鋼鉄の地面と化した大地。

 言葉通り、そこはレイのテリトリーと変わった。しかし、レイはそれを出し惜しみする事なく、すぐに使う。


 ──残り9割!


 相手の魔力残量を推し量る術を持っているレイは、ただその残量を削りきる事にだけ全力を注ぐ。それが確実な勝利への一歩であると共に、この勝負の勝敗はディクルドへと一任し、自身は次への備えを着々と整えていく。


「魔爆ッ!」


 これが使いたいがために街を出たと言っても過言ではない。もちろん先程と同じく押し返される事は分かっていたが、それも考慮して街からはある程度距離を取った。

 一度にではなく局所的に連続して、魔力が暴走を始める。そして、それを押し出すように遠くへ飛ばす魔弾。一つ一つは、小さくてもそれは着々と魔王の余力を削り取っていく。


 だが、魔王自身それで手一杯というわけではなかった。シュルルっと伸びた触手が、空に網をはる。そして、その網の糸がボコボコと膨らみ魔弾が放たれた。

 360度、全方位から放たれたそれは、王立学院で戦っていたアリス達を一網打尽にした技だ。

 しかも、それに加工が加わり、魔弾ではなく魔爆となって二人を襲う。


「ッ……! 霊光……」

「ディク、動くな!」


 形状変化のスキルを使おうとしたディクルドに制止をかけたレイ。彼は魔弾の嵐に飲み込まれようとする中で、その場から微動だにしようとしなかった。

 と、次の瞬間、周囲の空間が激しく唸り、グニャグニャにひん曲がる。


 レイのスキル、歪曲空間の力だ。


 本来魔爆の影響が伝わるはずだった空間が、レイとディクルド周囲だけを流れるように逸れて、伝わっていく。

 いわば隔離空間とは別の完全防御。

 しかし、以前のようにレイはこの防御を真に完全とは考えていない。破られる前提で使っているからこそ、その弱点もわかっている。


 歪曲空間とは文字通り、空間を歪めるだけのスキルだ。隔離空間のように完全に空間を断絶するようなものではない。だからこそ、歪曲空間には、空間系スキルの空間魔法に弱いという点以外に、別の弱点があった。

 それは、必ず空間が繋がってしまうことだ。


 例えば、リンゴとそれを象った粘土があったとする。この二つに、スキルという名の包丁を真上からストンと落とした時、リンゴは真っ二つに、粘土は真ん中だけがグニャッと凹む。そして、それを90度傾けた状態で片側だけを持ち上げると、リンゴは半分だけが、粘土は形の崩れた状態のまま持ち上がる。


 では、ここで上から水を一滴落としたらどうなるだろうか。落とす量にも寄るだろうが、リンゴは赤い皮の表面を通り切断面で止まり、下のリンゴには落ちない。一方、粘土はグニャグニャの表面を流れ、反対側へとたどり着く。


 この時の半分に切られたリンゴが隔離空間であり、グネグネと曲がった粘土が歪曲空間だ。例で挙げた通り、歪曲空間は曲がった空間を通り、本来通るはずだった空間に戻るのだ。

 つまり、受け流せはするが、それには致命的な穴がある。その致命的な穴とは、一方向の攻撃しか受け流せない事だ。正確には、その反対側も含めた二方向だが、今は置いておこう。


 今、レイは上空にそれを展開している。だが、横から同じように爆発が迫れば、それは曲がった空間を超えて、レイたちへとたどり着く。

 非常に使い勝手が難しいスキルだ。

 事、全方位からの攻撃には、僅かばかり到着を遅らせる程度が精一杯。決して、絶対防御などという代物ではないのだ。


「捕まれ、ディク」


 だから、レイはシルビアから教わった瞬間移動を用いて、即座に離脱を図った。案外コツさえ掴めば、簡単に出来るそれは、レイの戦略の幅を広げ、回避もスムーズに行える。

 問題は慣れないと空間酔いしてしまう事か。


 超人的な身体能力を持つディクルドもそれに違わず、途中で吐き気を催した。それ程、歪みまくった空間に飛び込むのは、三半規管を始め、全身の感覚が著しく乱される事になるのだ。むしろ、超人的な身体能力を持つからこそ、その変化に鋭敏に反応してしまうディクルドは、周囲の景色が戻るとほぼ同時に膝を折ってしまった。


 一方で、スケート選手が目を回さないのと同じ原理で、繰り返しの反復練習でそれを克服したレイは然程堪えた様子はない。シルビアのように連続使用はまだ出来そうにはなかったが……

 ただ、瞬間移動の魔法はこれがネックとなって、数ある魔法の中で攻守共に優れ、瞬間移動の言葉のなんというか、憧れ的響きに習得に燃えるものは大勢いるのだが、その大多数が発動は出来るけど使えないというのだから、そこは目を瞑るべきところだ。


 因みにだが、瞬間移動の魔法はA地点とB地点を空間的に繋げる魔法だ。その性質上、遠ければ遠いほど使い勝手は悪くなる。

 だから、レイ達が移動したのは、魔王と目と鼻の先。すぐにレイ達の気配を感じ取った魔王が魔爆の嵐を諸共せず、二人に接近してくる。


「まぁ、そうくるよな」


 予想していた通りの動きに、レイは即座に地面へと手をついた。


「土壁ッ!」


 ドバッと魔王を拒むように盛り上がった大地。それに躊躇なく、体ごと突っ込んだ魔王はドゴッ、ドゴッと土の壁を突き破り、破壊して突き進む。10にも及ぶ数の土の壁は、1秒と時間を稼ぐ事なく突破された。

 腕には2メートルにも延長された魔剣。足にはロケットスタートでもするかのように、噴射用の魔力が収縮されていたが、最後の壁を吹き飛ばした魔王の目には、それを解き放つ相手の姿は映らなかった。


 そう、壁はただの目眩し。本命は──


「あ、そこ地雷埋まってるぜ?」


 そんな風に空から、声が降って下りてきたと同時に、魔王の足元が弾け飛ぶ。

 激しい爆発音と、吹き上がる爆炎。魔王がその中に飲み込まれるのを確認したレイは、扉を開く。


「ほら、追加だ」


 上から魔石を100個ほどばら撒くレイ。

 片足立ちでディクルドを支えながら、立っていたレイは、それを終えるとすぐさまその場から離れ──刹那、それをさせじと黒雷が落ちた。

 激しい光明ではなく、暗黒を撒き散らす黒い稲妻が、レイとディクルドを纏めて撃つ。


「ッ……!」

「ぐっ……!」


 バチバチと弾ける黒い紫電。魔装の上からでも痺れをもたらすそれは、鎧だけのディクルドには少々堪える一撃だった。肌が焼け、血が蒸せ返る。


「効かないんですよ、貴方達の攻撃は」

「ッ……!」


 全身黒雷に包まれた二人の前に、スッと黒い人影が飛び出した。

 紅い明光を放つ目。血を求める魔物のようなその目は、黒雷の威力に耐えかね吐血したディクルドへと向けられていた。


「まずはあなたから──」

「ッ……どけッ!」


 レイは間一髪ディクルドを蹴り飛ばす。魔装が黒雷を軽減してくれたお陰だ。その代わりに、ディクルドを貫くはずだった魔剣が、魔装を軽々貫き、レイの腹部を貫通した。


 吹き出す血飛沫。鋭利な刃物が突き立てられた感触。

 魔装が意味をなさなかった事実に衝撃を受けるよりも前に、魔剣に繋がる手首が返されようとしていた。


「ぐっ……反射!」


 魔装がなけなしの抵抗を図っている隙に、レイは胴体を真っ二つにしようとする魔剣を跳ね返した。それにより、レイの腹を搔っ捌く事になってしまったが、下半身もおさらばするよりは遥かにマシだ。幸い内臓にまでは届いておらず、血が景気よく吹き出すだけに留まった。


 しかし、魔王にとっては見逃す選択肢はない至近距離。もう一方の手から同じく伸びた魔剣がレイの首に迫る──が、それは黒雷の影響下を逃れたディクルドの放った青い矢が消滅のエネルギーを持って弾き返した。


「反発ッ!」


 すかさず魔王との間に触れるもの全てを弾く極小の空間を作ったレイ。傷口が開くのも構わず、距離を取ることを優先し、自分と魔王を同時に弾き飛ばした。

 グンと鞭打ちになりそうな具合に首を仰け反らし、地面に向かって弾き飛ばされたレイは、腹から血飛沫を撒き散らしながらクルリと回転して着地した。


「いってっ……」


 浅くはない傷口から流れ出る血と痛み。それを無理矢理手で押さえつけ、収納空間から直接口の中にポーションの液体を放り込む。

 ゴクッと喉を鳴らし一気に飲み干したレイは、即座に特大の魔弾を生成。それを空中に浮かぶ魔王へと解き放った。

 放たれた魔弾は見る見るうちにその体積を小さくし、人一人がギリギリ入れそうな大きさにまで凝縮すると爆ぜる。


「レイ、無事か⁉︎」

「なんとかな。それより、そこを動くなよ? あれが返ってくる」


 駆け寄ったディクルドに、レイは注意を促す。その忠告通り、特級の魔爆さえも、難なく魔王は押し返してきた。その顔からはいつの間にか余裕の笑みは消え、先程までは無駄に放出していた魔力を細かに調節するようになっていた。

 決定打は未だ与えられていないとはいえ、ジリ貧へと追い込まれようとしている事にようやく気が付いたのだ。だから、先程までの無秩序に跳ね返すような失策はしない。

 その全てをレイ達二人に向けて跳ね返した。


「歪曲」


 空間を捻じ曲げ、破壊の嵐を左右に逸らすレイ。腹から流れ出る血はまだ止まっておらず、表情は険しい。偏にそれは、ディクルドを庇い傷を負ったせいだ。それでも、レイはディクルドを庇い、苦痛に顔を歪めながらも、緻密に空間を制御する。


 そんなレイを、見ている事しか出来ないディクルドは、グッと拳を握った。


 街を出てからというもの、ほぼ一人でレイが戦っているようなものだ。むしろ足手まといのように、庇い立てられ、傷まで負わせてしまった。


 またか。

 また、僕はレイに届いていないのか。


 その感情は、かつて武闘大会で感じたものと同等、いやその力に打ちのめされていない分、そこはかとなくディクルドの心を抉る。


 悔しいという思いと、レイ一人にだけ負担を掛けたくないという思いが、重なり合い、胸を締め付ける。


 感情が高鳴る。

 負けたくないと、強くなりたいと。

 心の底から願った。


 だから──彼は強くなる。


「あぁぁぁぁあッ!!!」


 これこそが彼の真価。天が与えた異常児である証明。


 強くありたい。

 そう強く願えば、彼は簡単に壁を越えられる。

 それが、どれほど高い壁であろうと。

 それが、如何なる敵であろうと。

 それが、どんな理不尽な事であろうと。


 ディクルドの心を殺さぬ限り彼は、その全てをぶち壊して、強くなる。


 青から碧へ。より濃淡に。より強く。

 彼の心に蒼き火が宿る。


 刹那──ディクルドの腕が掻き消えた。

 直後巻き起こった荒々しい暴流が、大地を吹き飛ばし、あまつさえ破壊の嵐をも掻き飛ばす。


「はぁっ⁉︎ ちょ、お前今何やった⁉︎」


 突然の咆哮からの覚醒。さしものレイもこれには、驚愕した。

 この土壇場で、易々と壁を乗り越えてきたライバルの異常性を、これ以上なく思い知らされたような気分だった。


 そんなレイを見て、ディクルドは自分の力を確かめるように強く剣を握り締め、言った。


「僕が、攻めで、レイがサポートだろう?」


 満足気なその表情は、笑っているようにも見える。

 その表情に、レイはそうだったなと、わざとらしくため息を吐いた。


「じゃあ、行け。俺はお前のサポートに徹してやる」

「ありがとう。次で、終わらせる」


 決意を口に。ディクルドが一歩前に進みでる。


 一方で、剣速が巻き起こした暴風の煽りを受け、地上へと落ちた魔王は、ディクルドの変化に目を凝らしていた。その瞳には、レイと同じく疑念が浮かぶ。


 ただの剣圧で、魔力をかき消した?


 無茶苦茶だ。力の暴力だ。

 先程までとは、明らかに違う。

 だが──


「そろそろ、限界でしょう?」


 ──その力の終わりも近い。


「あと──10秒だよ」


 そう言って、ディクルドは消えた。


「かはっ……⁉︎」


 腹を貫く衝撃。あまりの威力に空気が肺から漏れ出し体がくの字に曲がるが、何をされたか理解する前に、今度は首を何かに強打され、次の瞬間には顔面から地面に叩きつけれた。かと思えば、腹を蹴り上げられ、無理矢理起こせれ──


 ──残り9秒。

 

「化け……ぐはっ、もの、め……ッ!」


 魔王の知覚能力を遥かに上回る絶大な身体能力。これがまだ、神や英雄と呼ばれる限られた人種なら納得が出来た。

 しかし、目の前にいるのは15の少年。まだその力は発展途中。にも関わらず、完全体の魔王に劣らぬ身体能力を有している。

 これを化け物と呼ばずして、何というか。

 魔王はディクルドの猛攻を、殻を硬くして守る以外何も出来なかった。

 

 ──残り8秒。


「は、速すぎだろ、あいつ」


 剣戟を叩き込むその瞬間だけ、霞の如く現れるディクルドの姿は、彼の二手前を映し出す。余りの速さに残像すら追い付かず、もはや何をしているかも定かではない。

 レイは、唖然とそれを目で追うどころか、何をしているかわからないディクルドの動きに、先程とは立場が逆転し、サポートなんて無理だろと、ただ見守る事しか出来なかった。


 ──残り7秒。


 魔王は既に、自分が立っているのか、倒れているのかすらわからなかった。前後も不覚。目まぐるしく移り変わる光景には、時折霞のような影が映るが、それに触れる事すら叶わない。

 魔王は完全にされるがままだった。


 ──残り6秒。


 完全に戦いを己のターンにしたディクルド。すでに撃ち込んだ斬撃の数は100の台に乗っかった。魔王の魔装は、本来の形を歪め修復と破壊を繰り返し、結果として、壊れかけていた。

 残り時間はおよそ半分。この勢いなら削り切れる。だが、そこで体の限界よりも先に、剣が悲鳴を上げた。


 ──残り5秒。


 剣が根元から瓦解する。ポッキリと折れたのではなく、ディクルドの動きに耐えきれず、バラバラに崩れ去ったのだ。

 一発。ディクルドが魔王に加えるはずだった斬撃が、減った。

 だが、代わりに魔王の腹を深く突き上げる剛腕の拳が、その体を遥か上空にまで、吹き上げた。


「ガハッ……!」


 ──残り4秒。


「落ちろォッ、魔王ッ!」


 テレホンストレート。予備動作など気にせず、そのスピードに全てを預け、全力で振りかぶったディクルドの拳が斜め下に向けて振り下ろされた。


 激しい衝突音。交差した魔王の腕と、ディクルドの拳がぶつかり合い生まれた衝撃波が、真下の地面にまで影響を及ぼし、王都の街を震撼させる。


「あなたが落ちなさいッ!」


 ──残り3秒。


 踏みしめる足場がある魔王と、何もないディクルド。

 幾ら力で勝ろうとも、それは力の入れようを大きく変える。

 飛び上がりの勢いが、徐々に後退へと変わり、体が真下へと落ち──


「──右足だ、ディク!」


 ──残り2秒。


 足が固い足場を捉えた。


「ッ……! うぉぉぉぉッ!」


 咆哮とともに、全身の力を振り絞る。

 後退が、前進へと変わり、足が伸びきった時──魔装が砕けた。


 ゴキッ!


 骨が砕けた音。ディクルドの力と、自身の力。それを受け止めていた魔装が砕け、代わりに魔王の右腕が肘と手首の中間でくの字に折れ曲がる。


「落ちろッ!」


 ──残り1秒。


 足場の魔力諸共、魔王の体を力の限りを尽くして、地面に叩き落とした。


 そして──残り0秒。


「これで終わりだッ‼︎ 」


 稼働限界。彼の体を暑く燃やしていた火が、フッと掻き消えた。だが、彼の心に付いた火はまだ消えていない。

 その全てを惜しみなく、注ぎ込む。左手へと。


「霊光波ァッ!!!」


 左手に溜めた彼の力の根源全てが、解き放たれた──



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