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151.事の発端

 

 来るものを拒む断崖絶壁の壁。

 その足元に広がるは鬱蒼と生い茂る木々。青々とした新芽が芽生える春の季節を運ぶ風に乗って、そこを下りれば、多種多様な動物が水を求めてやって来る隠れた楽園があり、さらに下れば森があり、川があり、人が住む平地が広がる。


 そこは、ライクベルク王国のおよそ中心にある首都イグノア近郊の山、断崖山。その麓に位置する村の一つを、少し盛り上がった丘に身を潜め、監視する集団がいた。


 汚らしい格好であれば、それは村の金品を狙う盗賊であり、黒装束ならば暗殺者や密偵と、それなりに似合う職業が与えられそうだ。

 しかし、その集団は身を隠すには実に拙い格好をしている。動けばすぐに鎧がかち合い音が鳴る重装備。あまつさえ太陽の光をよく反射する光沢。こんな雲もない快晴の日よりでは、見つけてくれと言っているようなものだ。


 しかし、彼らにとってはそれが正装。そして、何よりスキルの力で、遠くからの監視が可能であるために気が付かられる心配はないと考えていた。


「隊長、対象は今日も姿を見せません。本当にあの村にいるのでしょうか?」


 遠目のスキルを持つ斥候の一人が、丘の上から村を見下ろし、今日もまた同じ報告を告げる。そんなここ数日と変わらぬ報告に、体調と呼ばれた男は一瞬眉間に皺を寄せたが、すぐに指示を返す。


「建物の中に隠れているのだろう。引き続き見張りを続けろ」

「はっ」


 斥候は胸に手を当て敬礼すると、再び監視に戻る。

 彼らの目的はそこにいるであろうある人物の命。

 しかし、それならば今すぐにでも踏み込めばいい話だ。そして、その剣で相手を斬り殺せばいい。だが、彼らにはそこに踏み入れぬ事情があった。

 理由は簡単、その村がこの国最強の英雄が住まう地であるからだ。


「えっ……う、嘘だろ……」


 突然斥候の一人が困惑した声を上げた。その場にいた全員がこの声にすぐ様反応し、目を向ける。


「た、隊長、この距離で気が付かれました。物凄い速さでこちらに向かってきています」

「さすがは不死鳥の英雄と言うべきか……全員。急いでこの場を離脱──」


 隊長と呼ばれた男性が、バッと手を振り、離脱の指示を出そうとした時──突如としてその背後で土煙と激しい落下音が上がる。


「っ……!」


 誰もが、『まさか……』と英雄の姿をその土煙の中に浮かべる中、隊長だけはその浮かび上がる影に違和感を覚える。


 小さい……


 英雄の姿とは似ても似つかぬ小さな影。だが、対してピリピリと肌を突く空気と、思わず足を返したくなるような威圧感が、その影からは発せられている。


「お前らここで何してる?」


 それは男の声だった。だが、若い。子供のような声音だ。

 一方で、その声に乗る有無を言わさぬ圧力は、子供のそれではない。曇った視界越しでもわかるほど怒りに声が打ち震えている。

 言い知れぬ悪寒が彼の背中を駆け抜けた。今にも攻撃が飛んできそうなんて生易しいものではなく、目を離せば首が落とされてしまいそうな死の恐怖。


 緊張感が高まる。剣に手が伸びる。


 ──と、その時、空気が爆ぜた。


 それは重い空気に耐えられなくなった隊員の一人が発動した魔法によるものだった。だが、焦って発動した無詠唱での不意打ちゆえ、その威力も低い。

 その風魔法に出来たことと言えば、煙を払い退けることだけだった。


 そんな中途半端過ぎる攻撃に、土煙の中から現れた少年は首を傾げる。


「今のは、攻撃か? それとも、視界を晴らしてくれたのか?」

「君は……」


 土煙が晴れ、中から姿を現したのは、レイだった。その顔は、親の仇でも見るように不機嫌で、こちらと一線交える気迫以外に何も感じられない。

 言い訳など聞かないと言われている気がした。


 それでも隊長は、言わずにはいられなかった。


「レイくん、久しぶりだね」

「…………ゲルクさん?」


 たっぷりタメを3秒挟んで、レイは思わず抜きかけていた剣の動きを止めた。


「レイくん、私は今ここで君と争う気はない。それに今は急ぎでね。旧交はまた後日という事にしよう」


 ゲルクは早口にそう口にすると、山の中へと進もうとする。

 だが、レイはその前に割って入ると……


「……待ってくれ、ゲルクさん。どうして、俺があんたと争うような事があるんだ? ひょっとして、あんたがギルク達を襲ったのか? あいつらは無事なのか? もし、そうでないなら……」


 矢継ぎ早に質問を重ねたレイの目に宿る光が冷たくなる。最後の言葉の続きを、剣に手をかける動きで意思表示して。


「……なら、まだ我々が君と争う理由はないね」

「それは本当だな?」

「誓って」


 レイの手が、剣の柄から離れる。


「行け。争わなくていいのなら、今はその方がいい」

「感謝する。ついでに後ろの方を止めてくれると助かるよ」


 そう言って、ゲルクは部下と共に山の木々の中に消えていった。

 その1分後。


「おぉー! レイじゃねぇか! 」


 丘を超えて飛び上がって来たのは、レイの父親であるレディク。軽々と2百メートル程の崖を飛び越えて現れた彼は、レイの姿を見るなり顔を綻ばせた。


「よっ、親父。ただいま」

「ああ、おけぇり。元気そうで、よかったぜ。それはそうと、オメェ親に何も告げず、冒険に出るとはどういう事だ。心配したんだぜ?」

「…………俺、絶対言ったからね」


 このやり取りも懐かしい。

 そう、レイは呆れながらも、父親との再会を心から喜んだ。


「そうだったか? まぁ、何でもいいじゃねぇか。ほら、けぇろぉぜ。ミュラも喜ぶ」

「うん」


 もうそんな歳でもないのにと、若干の気恥ずかしさを覚えながらも、手を引こうとするレディクに連れられ、レイは久方ぶりの生まれ故郷の地を踏んだ。


 また新たな戦いが始まる予感を、肌でヒシヒシと感じながら。



 〜〜〜〜



「2年振りかぁ」


 そう言って、俺はおよそ2年ぶりとなる景色に、目を這わす。

 村の様子を懐かしく思いながらも、まったく違和感を覚えないのは、知り合いの顔も含めて、何も変わってないからだろうか。


「おー、レイ、帰ってきたのか」

「あらあら、村の暴れん坊がまた一人帰ってきたのね」


 すれ違う村人一人一人が、俺に声を掛けてくれる。暖かい村だ。本当に。

 この村自体が一つの家族のような暖かさに満ちている。


 こうして、手を握られて村の中を歩くのは何年振りか。人に見られると思わず離したくなるが、アホみたいな握力にねじ伏せられる。

 けど、それも親父あっての事だと思うと、嫌な気分にはならない。


 やっぱこの人、スゲェな。


 こんな小さな事でも、大人と子供の差というのが感じられるのは、俺にとってこの人ぐらいのものだろう。他ではきっとこうならない。

 それに新鮮味と尊敬を覚えるけれど、そんな気持ちも今は閉まっておこう。


「おし、着いたぜ」


 懐かしむのも、再会を喜ぶのも全部、この目で確認し終えてからだ。


「……ああ」


 ようやく離された手で、懐かしい家の扉に手をかける。祈るような気持ちで、その扉を少し開くと、途端聞こえてくるのは、ギルクとアンナの言い合う声。


「だから、今は動けないと言っているだろう! 無理なものは無理だ!」

「だからって、何もしないでどうするのよ! せめて何か手を打つとか、したらどうなの⁉︎ 」

「出来るならばやっている! だが、今の俺に何が出来ると言うのだ!」


 何の話し合いかは、わからないが、何かを揉めている事だけは確かなようだ。

 そして、少なくともギルクとアンナは無事だと知れた。なら、きっと他の二人も……


 俺は、途中で止めていた手を動かし、最後まで扉を開ききる。


「あら、レイ。本当に帰ってきたのね」


 真っ先に俺に気が付いたのは母さんだった。相変わらず綺麗で、美しい母さんだが、今はとても怖い。


 これはあれだ。ちょいオコの時の顔だ。


「お友達が来てるわよ。ただ、ちょっと静かにしてくれるように言ってくれるかしら?」

「了解です、サー」


 ビシッと敬礼を決め、俺は逃げるように奥の部屋へ。


「お前ら、俺を殺す気か!」


 バタッと音を立てて奥の扉を開くなり、俺は睨み合う二人の口を手で掴み上げた。

 もう黙ってくれっ! 話を聞く前に磔にされるっ!


「もごもごもごぉ!」

「んっーー!」

「あっ、レイ!」


 もごもごする二人を全力で押さえつけながら、俺を呼ぶ声に顔を向けた。


「ゴルド!お前も無事だったか! シャルは? シャルはいないのか?」


 この3人が無事なら、シャルもきっと。


「ごめん……レイ」


 だけど、ゴルドは目を逸らし俺に謝った。


 何で……何で謝るんだよ。


 意図せず体に力が入る。それは、押さえつけていた二人にも及び、一瞬の自失の後、ギルクの本気のタップで我に戻る。


「わ、悪い。つい力が……」


 咄嗟に謝りつつ、両手を離すが、何故か二人の姿が遠く見える。体の力も抜け、何だか頭が重い。


「ハァッハァッ、死ぬかと思ったぞ。先に言っておくがな、シャルステナは──」


 何か物語でも見ているような気分だ。そう、自分を外から見てるそんな……


「生きているからな」


 その言葉で、視界が戻る。まるで、幽体離脱した後に、体と心がくっ付いたような感触。


「それは……本当なんだな?」

「万一そんな事態に陥っていたら、お前の前にこうして顔を出すなんて出来るわけがないだろう?」


 それもそうだ。


「それと、他に巻き込まれた奴はいないから安心していい。シーテラはリスリット達に預けてあるから、ここにはいないが、向こうにまで事態が飛び火している可能性はない」


 それはつまり、ライクッド達や、シーテラは無事という事か。

 しかし、ゴルドが俺に謝るような事態に、シャルステナは陥っている。最悪ではないが、芳しくない状況。

 我を失う事にならなくても、冷静ではいられない。


「話せ。全部」


 俺の声は冷たく、低かった。まるで、命を脅すようにギルクを捉えて離さない瞳は、誰か別の者の光も混ざっているかのようだった。


 俺はギルクから全てを聞き出そうと詰め寄っ……


「馬鹿野郎っ!」

「ってぇ!」


 頭に激しい衝撃と痛みが走り、床が抜けた。俺は足を床に埋もれさせながら、上を向く。


「な、何すんだ、親父!」


 俺は、内心結構取り乱していた。

 初めて、親父に殴られた。その事に戸惑いと反抗心を覚え、怒鳴り返した。


 怒り筋を額に浮かべた親父。初めて見た気がする親父が本気で怒った顔。

 俺は、反抗心を抱きながらも、手は震えていた。初めて親父が怖いと思った。


「それが、ダチに向ける目か! 一丁前に殺気なんか出してんじゃねぇ!」

「殺気……?」


 そんなものを俺は出していたのか?

 ギルクに向かって?

 俺がか……?


「おら、謝れ! この金髪の子に!」

「わ、悪かった」

「よし!」


 何だか親父に流されるままに謝った気がしないではなかったが、確かに殺気なんかを友達に向けるものではない。

 けど、シャルステナの事を思うとどうしても……冷静じゃいられない。不安で不安で仕方ない。

 最後に聞いた声が、あんな危機的な状況での声だったのだ。冷静でいられるわけがない。

 その気持ちが、無意識のうちに殺気と変わって出ていたのかもしれない。


 俺はどうギルクから話を聞いたらいいかわからず、床に埋もれたまま黙り込んでいた。


「レイ、昔教えただろう?」


 そんな俺に親父は脇に手を差し込み、持ち上げながら、昔の話を持ち出した。


「どんな時でも、笑っていられる余裕を持てって」

「…………」


 聞いた事ないんだが……ともの凄く言いたい。けど、この状況では凄くいい辛い。

 本当に小さい頃にされたように持ち上げられて、しかも友達の前で叱られた後で、それを言えたらきっと大根並みの神経の持ち主だろう。


 だけど……どんな時でも笑っていられる余裕。

 親父の言うそれが今の俺には足りないのかもしれない……きっと。

 頭で冷静でなくてはいけないとわかっているのに、そうでいられないのは、きっと心に余裕がないからだ。

 だから、笑っていられる余裕を持てと、親父は言っているのだと思った。


 と、その時、母さんが食事の準備をしていた部屋で物が落ちる音が聞こえた。

 何だろうと、親父と二人して扉の向こうに目を向けると、母さんが口を押さえ、机に持たれ掛かっていた。そして、何故か目には涙が。


「どうしたミュラ? まさか産気付いたのか⁉︎」


 余裕は? というのは意地悪い言葉かもしれない。親父は、家族の事になると、いつも真剣なのだ。


「いいえ、あなたが父親してる姿を初めて見た気がして、胸が張り裂けそうなの」

「胸が張り裂けそう⁉︎ それはヤベェな! ババア呼んでくるから、そこで待ってろ、ミュラ!」


 親父は、えらいこっちゃっと慌てて俺をストっと落とし、家を飛び出していった。たぶん、村唯一の治癒術師を呼びに行ったのだろう。


「…………変わらないね」

「ええ。けど、それがあの人の良いところよ」


 本当に……



 〜〜〜〜



 親父が、俺にとっての第一村人──ケイルさんを連れてきて、一悶着あった後、すぐに夕食となった。もちろん我が軍は、母さん絶対司令官のお手伝いをした。

 そうして、皆で食事を取り始めたのだが……


「あれ、俺の(・・)可愛い可愛いスクルトは? まだ帰ってこないの?」

私の(・・)可愛い可愛いスクルトは、今年から王立学院に行ってるわ。もう7歳になったから」


 あー、もうそんな歳か。2年間会ってないけれど、昔みたいに兄ちゃんって慕ってくれるかな?

 それがちょっと不安。


 けど、そうなるとスクルトはライクッド達の後輩にあたるわけか。今度会ったらそれとなくお願いしておこう。


「ところで、有耶無耶になった話だけど……ギルク。食べながらでいいから話してくれ」

「モグモグ、任せろ。まずだな、モグモグ、俺たちが、モグモグ、この村に、モグモグ、来た、モグモグ」

「やっぱり食べずに話してくれ」


 ほぼ食べてしかいない。もっとオンオフをハッキリさせて話を聞かせて欲しい。


「ゴックン。まず、俺たちがこの村に来た理由から話そう。一言で言えば、それは一重に我が国の英雄が住む地だからだ。この村は国の中でも特別な場所だ。本来、王国内の治安や、防衛は王国騎士団の仕事だが、ここは村人のみで行っている。それを、可能としているのが、二人の英雄の存在だ」

「強い奴がいるから大丈夫って事か」

「いや、英雄同士の争いを止めようとした騎士団の小隊が全滅したせいだ」

「何やっての、親父⁉︎」


 俺とディクも大概な事やったが、小隊全滅はやり過ぎだろ! しかも、片っぽ元騎士団長じゃないのか⁉︎


「まぁ、とにかく、そんな事があってからは、ここは国としては簡単に手を出せない場所なのだ」

「……何で? 親父もディクの親父も、騎士が入って来てもいきなり手を出したりはしないだろ?」

「おらぁ、基本何もしてねぇぜ。グラハムが勝手にやってらぁ」


 ほら。親父は別に触れる物皆傷つける刃物なんかじゃない。この村にはごく偶に旅人が訪れるし、騎士だって偶に寄る。

 ギルクの言ってる事は、的外れだ。


「確かに、立ち寄るだけならば問題はない。しかし、そこで戦いを始めようものなら、英雄を敵に回す事になる。それは、政治的にも、武力的にも好ましくない」

「あー、そういう事か。ってことは、お前らの敵は、国、もしくは、その国の内部にいる者って事か」


 俺は食べるのをやめて少し椅子を傾けた。

 どうやら、今回の敵は正体不明の相手ではないらしい。その分、スムーズに事は進みそうだが……相手を確認しないと何とも言えないか。


「それで、お前らを襲ったのは誰だ?」

「兄上の親衛隊だ」

「どの兄だよ。いや、どの兄も知らねぇけど」

「一番上の兄上だ。父上の遺言で、俺が次の国王になる事が決まった事が許せなかったのだろう。昔から、王になる為に努力してこられた方だ。全てが無駄になるならと俺を殺しにきているのだ」


 王様が亡くなったなはマジだったのか。それで、ギルクが次の王様……?

 頭に蜘蛛の巣でも生えてる……わけもないか。

 事実、こいつらはそれで命を狙われたんだもんな。


 それにしても、その親衛隊は相当強いみたいだ。シャルステナ達に逃走を選択させるなんて。さっきの集団には、いなかったようだが。


「……大体理解した。ギルクは、次の王様の座を狙う兄に命を狙われていて、アンナ達はそれに巻き込まれただけと」


 何だか胡散臭い話になってきた。ギルクの何が王様の琴線に触れたのかわからないが、遺言で突然というのもおかしな話だ。

 あるいはこうして争わせるのが目的か……

 どちらにせよ、その親衛隊とは一線交える事になりそうだ。


「で、シャルは今、そいつらに捕まってるのか?」

「わからない。だが、殺されていることはまずないだろう。そんな事をすれば、彼女の実家が黙っていない」

「けど、囚われている可能性はある、か」


 心配だ。物凄く心配だ。

 何が心配かと言うと、今のは全て憶測に過ぎず、可能性の話でしかないからだ。今すぐにでも、シャルを探しに……


 ブゥーー!


 胸の中にしまっていた魔具が不快な音を立てて震える。


「屁?」

「屁じゃないから!」


 思わず大声を出してしまったのは、余りにもその音が似ていたからだ。絶対この音はワザとだと思いながら、俺はいそいそと胸ポケットから魔具を取り出し……


「あっ……と、これどうしたらいいんだ?」


 使い方がわからず、隣にいたギルクに見せる。すると、ギルクは指の先で魔具についている幾つかの突起物のうち一つを押して、んっと顎をしゃくって話せと合図してきた。


「アー、テステス。聞こえるか?」

『ごきげんよう、主。そちらにはギルク王子もおられるのかな?』

「ああ、いるぞ。一先ずこっちは全員無事だった。後でハクに教えてやってくれ」


 魔石を口の前に当て、トランシーバーみたいな使い方をして、これでいいのかと隣にいるギルクに視線で確認を取る。

 すると、ギルクはテーブル中央のパンに手を伸ばしながら、ウンウンと頷き返してきた。


 食べるのやめろや。


 そんな言葉を胸にしまいつつ、向こうから連絡を取ってきた意味を考えた。


「何か情報が掴めたのか?」

『ククッ、相変わらず察しがいい。この数日で、王国での騒動はあらまし耳に入っている。その上で、主が必要とするであろう情報を伝えようと通信を取った次第』


 さすがだ。仕事が早い。


「助かるぜ、セシル。さっそくシャルが今どうなってるか教えて貰っていいか?」

『シャルステナ・ライノルクの所在は、ライノルク家の屋敷。現在は軟禁状態にあるようだ』


 しっかりとした生存の知らせ。

 俺は、シャルステナの状況がわかって、ようやく安堵の息を吐くことが出来た。

 自宅で軟禁状態か。悪くはない扱いだ。ならば、焦る必要もない。ゆっくり念密に作戦を立てれる。


「他に、情報は?」

『ふむ、まずは王都の情勢から話そう。現在、王都では既にギルク王子は亡くなった事になっている』

「えっ……?」

「いや、お前死んでたのかみたいな目はやめろ。ちゃんと生きてる」


 あっ、よかった。最近、お化けと会話出来るようになったから、一瞬焦ったじゃねぇか。


『そして、それを受けて、次の王はジャニス王子に決まりつつある。これだけ見れば、ギルク王子を狙ったのは、ジャニス王子で間違いないだろう。だが、少し気になる事がある』

「どんな情報だ?」

『いや、確かな事はまだわかっていないのだが、王子とその周囲の認識に何やら齟齬が生まれているようだ。齟齬と言うよりは、一方的な勘違いに近いようだが……』


 セシルの声が曇る。そのせいかいつもより自信なさ気に聞こえてくる。

 俺は、心の中で少しだけ身構えてから、魔具越しにセシルに聞いた。


「詳しく教えてくれ」

『ふむ、私が得た情報では、ジャニス王子は、民を思い、国を良くしようと邁進する、そんな理想的な王子であった。しかし、ここ最近の行動はやけに暴力的で、思慮に欠くものばかりだ。そこで、探りを入れてみたところ、今回の騒動の発端は、周囲の暴走が原因という事がわかった』


 つまり、今の構図はギルク対ジャニスではなく、ギルク対ジャニスを王にしたい集団、という事か。

 そう考えると、この村を監視していたあの集団は……


「セシル。その中に、ゲルクっていう人の名は?」

『少し待ってくれ。ゲルクという名は……ふむ、リストにある。それも、渦中の中心にいるような人物だ」


 ペラペラと紙をめくるような音が聞こえた後、ゲルクさんが敵の一人である事がセシルの口から告げられた。

 やっぱり逃がさない方が良かったか?

 けど、知り合いと殺し合うっていうのは……


「……わかった。ゲルクさんが主謀者と考えて良いんだな?」

『いや、断定するにはまだ早い。どうにもきな臭いのだ』


 あれ? 違うのか?

 裏にもっと怪しいのがいるのか?


「ふーん。ちなみにお前はどこに引っかかってるんだ?」

『事の発端。亡き王の遺言が、些か淡白過ぎる事か』

「遺言? 淡白過ぎる?」


 えらく話が飛んだな。

 しかし、そうか。これ事態が、他者の陰謀めいたものだと考えると、始まりからというのもおかしな話ではない。


『王の遺言の全文は『次の王はギルク』。それだけである』

「淡白なのは、別に変ではないだろ。遺言なんか、書きたくて書くもんじゃあるまいし、伝えたい事だけ書いておいたって事だろ」


 王が残した遺言は、確かに淡白だ。しかし、意味は明白。俺個人としては、違和感はない。

 違和感があるのは、ギルクが次の王に指名されている事だ。


 俺はギルクの口から何度も聞いた事がある。俺は、予備の予備の、そのまた予備だと。

 そう悲観的に言ったこいつは、王になる心構えなど持っていなかった。

 なのに、どうして王はそんな奴を王に選んだんだ?


 見る目がないとしか思えない。別に、ギルクが王様に向かないと言っている気はないのだ。ただ、もっと相応しい相手がいるだろうと俺は思う。だから、そこがきな臭いとセシルが感じている部分だと考えたのだが、どうやら違うらしい。


『ククッ、かもしれぬ。だが、長年情報屋をやっていると、臭くて叶わんのだよ。それも、鼻がもげるような悪臭が漂っている』


 悪臭というのはよくわからないが、情報屋としての勘が、淡白過ぎると訴えているみたいだ。


「まぁ、調べるなら好きにしてくれて構わない。けど、俺はそんなところまで国に関わろうとは思わないから、ついでぐらいに頼む」


 俺は手に持っていた魔具を机の上に置き、腕組みしながら、今一度情報を整理してみた。


 ライクベルク王国には、三本の柱がある。王、貴族、王国騎士団の三つだ。

 王が国の方針を決め、貴族が政治や裁判など、それぞれ様々な役割を担っている。ただし、彼らは武力をほとんど有していない。もちろん最小限の護衛や、私兵はいる。それを総合すれば、かなりの数となるだろう。


 だが、この国の最大戦力となる王国騎士団の全権は、騎士団長に与えられており、彼らはこの国の危険を排除するためにしか動かない。


 つまり、権力争いに加わる事がないのだ。だから、それが激化する事はないし、死人が出ても数十人、数百人という規模に収まる。


 今回の場合も、動いているのは王子の周囲の人間だけ。それも、ジャニス王子が王になれば収まりそうな争いでしかない。それが必ずしも悪い事のようには思えないし、回避出来るのならその方がいいに決まってる。


 そうなると、ジャニス王子を王にしようとしている輩が誰であろうと同じ事だ。要は、ギルクが兄に王位を譲ればいいだけなのだから。


 後は、軟禁されているシャルステナをどうやって連れ出すかだが……親御さんの説得以外になかろう。ここは穏便にお菓子でも持って挨拶に。

 追い返されたら、夜中にコッソリ進入させてもらおう。


 纏めると、やらなければならない事は二つ。

 ギルクの説得と、シャルステナの両親への挨拶だ。


 そんな風に情報の整理と、これからの方針を纏めた。だけど、この時俺はまだ気が付かないでいた。

 見落としがある事に。


「よし、セシルのお陰で大体方針が決まったぞ。早速、打ち合わせをして……」

『主よ、まだ一番面白い話が残っているぞ』


 腕を解き、全員に方針を伝え意見を聞こうとしたら、目の前の魔具が不穏な言霊を奏でた。


「何だか、嫌な予感がするのは俺だけか?」

「奇遇だな、俺もだ」


 セシルという人間を知っている俺とギルクの意見が一致した。碌でもない事なのは確実と言っていい。


『ククッ、では、つい一刻程前に発表されたばかりの最新情報を伝えよう』


 俺たちより遥かに王都から離れている癖に、何故そんな最新情報を持っている……と言っても無駄なのだろう。素直に呆れておこう。


『先刻、王都にお触れが出た』


 お触れか。

 何だろう? ジャニス王子が王になりましたとかか?


 俺は頭の中で色々と考えながら、セシルの言葉に耳を傾けて……


『明日正午、ジャニス王子とシャルステナ・ライノルクの婚姻式典を執り行な『バキッ!』』


 気が付けば、魔具を叩き潰していた。


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