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152.王都へ

 

 粉々になった魔具からバチバチと火花が飛び散り、煙が上がる。


「うぉおっいッ!お、おお前は何をやってるんだ! それが幾らするか知ってるのか⁉︎」

「知るか、そんな事!」


 魔具の破片が突き刺さった拳から、薄く血が流れ出るが、そんな事に気を止める余裕も、金の話に頭を回す余裕も、今の俺にはなかった。


「どうしよう、どうしたらいい⁉︎ 俺、シャルステナに振られたのか⁉︎」

「それこそ知った事かッ!」


 ギルクの両肩を捕まえ揺さぶり、半ばパニック気味に叫ぶが、知るかと怒鳴り返された。俺は、役に立たないギルクを横にどけると、アーンとアスパラガスを頬張ろうとしているアンナに詰め寄る。


「アンナッ、シャルの親友のお前ならわかるよな⁉︎」

「はぁ? 何であたしに聞くのよ? シャルに会って直接聞けばいいでしょ?」

「直接聞くのが怖いから、お前というクッションを挟もうとしてるんだろうが!」


 クッション扱いされたアンナは面倒そうに顔を歪めると、クルクルとフォークを回転させると、ピッと俺を刺してズバリ言う。


「あー、はいはい。結論から言うと、政略結婚でしょ、それ」

「だよな⁉︎ さすがアンナだ、俺はお前を信じてた!」

「うっさいわね。あんたの信用なんかいらないわよ」


 面倒臭そうに冷たくあしらわれた俺だが、そんな事は気にならないぐらいアンナの答えに満足し、政略結婚万歳と大手を上げて喜んだ。

 すると……


「政略結婚って何だ?」

「好きでもない相手と無理矢理、結婚させられる事よ」

「レイ、オメェ結婚するのか⁉︎」

「えっ! そうなの、レイ⁉︎」

「はい! そこのお馬鹿二人はお口チャック!話がややこしくなる」


 混ぜるな危険! だ、この二人は。会話が成り立たない。明後日の方向にぶっ飛ぶ事が間違いなし。


「おい、レイ、結局どうするんだ。もちろんシャルステナの婚姻は止めるんだろう?」

「当たり前だ。政略結婚なら尚更な。そうじゃなかったら、山に篭って仙人化してやる」

「野人化の間違いだろう? それで、具体的にはどうする?」


 具体的に、か。


「ひとまず、石の上で三年、滝に打たれて三年、木の上で三年だ」

「誰が山籠りの話をしろと言った! 婚姻をどうやって潰すかと聞いたんだ!」

「わかってる、わかってる。ちょっとした冗談じゃないか」


 コホン。


「作戦はこうだ。まず、シャルステナを奪い返す。その後は、相手の出方次第」

「それは、作戦か?」

「うんにゃ、方針だ。けど、行き当たりバッタリでも、問題ないだろ」


 相手が誰かはもうわかってるし、今日あったゲルクさん達ならば俺一人でも十分だ。その数が倍になろうと、三倍になろうとこのメンツにシャルステナが加わったなら、何も心配する事はなかろう。


 セシルの言うきな臭さと、シャルステナ達が逃走を迫られた理由が気掛かりでもあるが……わからない事を幾ら考えたとしても、わからない。

 それを詳しく調べる時間があるわけでもないし、結局のところ行き当たりバッタリ以外に取れる選択肢はない。


 だが、動きが読めないのは向こうも同じ事だ。

 せめてもの抵抗に、式典を盛大にぶち壊してやれば、もう動きを読む読まない話ではなくなるだろう。


「いっちょ派手にかましてやろうぜ」



 〜〜〜〜



 しんしんと虫が鳴いている。

 静かな夜だ。

 隣で寝ている親父のイビキはうるさいと言うのに、外の音がよく聞こえる。


 今は夜中の2時頃だろうか。

 やけに目が冴えて眠れない。


 シャルステナは、どんな気持ちでこの夜を過ごしているのだろうか。

 まだ俺を待ってくれているだろうか。


 ふと、1年半前に見たシャルステナの涙を思い出す。


 あの日も……こんな淡い月明りの中だった。

 人として最低な事をした俺を、彼女は見捨てなかった。愛想を尽かす事なく、涙ながらに待っていると。


 だから、きっと待っててくれている。

 不安は消せないけれど、そう思う。


 あと半日と経たず、シャルステナに会える。

 俺の出した答えに、彼女は納得してくれるだろうか。

 まだ、俺の事を好きでいてくれてるだろうか。


 いろんな思いが、胸に渦巻いている。


 とても眠れやしない。


「……いい時間だな」


 結局、一睡もする事なく、俺は布団から体を起こした。すると、イビキをかいて寝ていた親父が、目を開けて体を起こす。


「うんぁ? ……行くのか、レイ?」

「うん」

「そうか」


 親父はそう言って拳を突き出してきた。俺の倍はありそうな大きくて、傷だらけの拳。対して、まだまだ小さくて綺麗な拳を俺は重ねた。


「オメェのやりたいようにやれ。それが、冒険者だ」

「うん」


 俺は大きく頷いて、すぐに拳を離した。


 それが、始まり。

 今日も、新しい1日が始まる。新たな1日が、どんな1日なるかは終わってみないとわからない。

 だけど、願うならば。願っていいのなら。


 もう少し。

 あと少しだけ長く、この大きな拳に触れておけと、そう願う。

 脳裏に焼き付いて離れない灼熱の記憶の、その始まりを。

 俺は、ずっと後悔し続けるから。



 〜〜〜〜



 布団から出た俺は、居間で寝ていた皆を起こし、母さんを起こさないよう気を使って静かに外に出た。


「みんな、行こうか」


 近所迷惑にならないよう声量を落とし、静かに確認を取った俺に、ギルク、アンナ、ゴルドの3人は無言で頷いた。


 時刻はまだ3時になる前。村の中は寝静まり、物音一つしない。

 足音を殺し、出来るだけ静かに村の外へと移動すると、断崖山に向けて俺が先行して走り出す。


「ギルク、付いてこれてるか?」

「このペースなら何とかな」


 少しギルクには速いかと思い、後ろを振り返ると、案外楽勝そうなギルクを見て、少し感心した。

 平和ボケして弛んでるかと思っていたが、そうでもないらしい。昔より、走り方に余裕がある。もう少し速くてもいいかもしれない。


 それから俺達はほんの少しだけスピードを上げて、断崖山へと入った。空間スキルで敵を事前に察知しながら、先行する俺が最短ルートにいる魔物を斬り捨て、滑走する。


 2時間程だろうか。

 昔は半日かかっていた距離を、それだけの時間で駆け抜けて、朝日が出る前に王都が視界に収められる場所まで来た。


「じゃあ、手筈通り、空から行くぞ」


 夜の闇に紛れ、俺が全員を外壁の上に放り投げる。アンナとゴルドが、しっかりと着地を決め、ギルクが首の骨をグキッとやった後、俺も3段跳びをかまして、外壁の上に着地した。


「潜入成功」

「いや、一人ピンチだから」


 ビクビク震えるギルク。俺は嘆息しながら、ポーションを飲まして、回復を待つ。


「いつつつ、タイミングは完璧だったはずなんだが……」

「変な技を決めようとするからそうなるんだ。アホ王子め」


 真っ直ぐに投げたのに首から落ちたのは、それが理由だ。見ている奴などいないのに、いや、見られていたら困るのに、カッコ良く決めようとする意味がわからない。


「じゃあ、降りるぞ」


 俺はギルクとアンナの首根っこを捕まえて、降下した。ある程度の高さまで降りたら、その手を離して、ゴルドを迎えにもう一度上へ。

 ゴルドも同じように首根っこを捕まえて、街の中に降りると、今度は普通に足をグキッとやって着地を失敗し蹲るギルクとそれを引き摺る呆れ顔のアンナと合流し、そのまま建物の影に隠れた。


「さてと、後は今のうちに……」


 時間になるまで身を隠せる場所を探すため、空間スキルで探そうとした時──すぐ背後で何かが動く気配を感じ取る。

 俺はすぐに命を狙われているギルクを背に隠し、振り向いた。

 そこには……


「さすがレイさん。ドンピシャですね」


 暗闇の中から姿を現したのは、夜と大差ない紫髪の少年。少し細めの体に黒いローブを羽織り暗闇に溶け込む中で、顔だけは月明かりに差され、青白く輝く。

 その見覚えのある顔立ちと、大きくまた逞しくなった彼に思わず緊張が緩んだ。


「お前だったのか。俺たちの背後を取るようになるとは、しっかりやってるみたいだな──ライクッド」

「それはもちろん。レイさんに追い付くのが目標ですから」


 ライクッドは朗らかに微笑みながら、生き生きした声で言った。


「それにしても、何でここにいるんだ?」

「それは、ある筋からの情報と、僕の推測からですかね。シャルステナさんの婚姻の話を聞いたレイさんなら、夜の内に忍び込んでくると思ってましたから」


 それでドンピシャか。末恐ろしいな、こいつの推理能力は。俺たちがどの方向から入ってくるか、わかってたのか。


「なら、後は任せていいのか?」

「はい。ちゃんと隠れる場所は用意してます。僕の部屋で十分ですよね?」

「ああ、十分だ。悪いな、ライクッド」


 頼りになる仲間へと成長を遂げだライクッドに連れられて、俺たちは懐かしの王立学院の大地を踏んだ。



 〜〜〜〜



「どうぞ。何もない場所ですけど、好きに寛いで下さい」


 まさか正面から入るわけにもいかず、窓から部屋に招き入れられた俺は、一言添えてから中に入る。


「ほんとに何もないな」


 ライックッドの部屋は驚くほどに質素だった。ほんとの初期状態。あるのは、机とベットぐらい。

 よくこれで生活してきたなと、呆れてしまうほどに。


「はははっ、ですよね。けど、一応片付けておいたんです。ほら、もうここには戻れないかもしれないでしょう?」


 ライクッドは笑いながら、ベットの裾に隠れていた荷物を撫でて言う。その表情は笑ってはいるが、どこか寂し気で、だけどもワクワクしているような感じもする。

 一つ言えるのは、俺が今からしようとしている事に対して、ライクッドは自分なりに準備と覚悟を整えていたという事だ。


「僕はもう学ぶべき事はもう学んだつもりなので、気にしないで下さい。レイさんに付いていきたいというのは、僕の意思なんですから」

「そっか……けど、そうならないよう頑張るつもりではいるから」


 少年期を過ごしたこの土地から敵視される事態になる事は避けたい。それは、ここにいるみんなが思うところではあるだろう。


「うひゃー、なんか昔を思い出すわ。あんたの部屋に忍び込んだりしてた頃を」


 迷惑でしかなかった思い出に浸りながら、窓から入ってきたアンナ。よいしょっと窓枠から乗り越えてくる様は確かにデジャブ感がある。

 何度蹴り落とそうとした事か。ついつい足が動いてしまいそうだ。


「そういや、アンナはいいのか? ギルクは当事者だし、俺は婚姻を潰さないといけないけど、お前とゴルドはそんなのないだろ?」


 今更過ぎる意思確認に、アンナは困ったような顔になる。


「ん、まぁ、そうなんだけど、逃げる時、シャルが囮になってくれたお陰で、みんな逃げられたわけだし、そのまま放置ってのも気分悪いからねぇ。友達だしさ」

「僕も友達は放っておけないからさぁ〜」


 窓枠から転がり込んできたゴルドはそのままアンナの足元へとゴロン。


「す……スカートじゃないっ……⁉︎」

「そんな動きにくい格好してくるわけないでしょ! っていうか、隙を見て覗こうとしてんじゃないわよ!」


 短パンのアンナが足元を強く踏みつける音が聞こえ、それと同時にゴルドの呻き声を上がる。


「……お前ら、俺が命を狙われている事を忘れてるんじゃないだろうな?」


 ノソッと扉から顔を出したギルクは、じゃれ合う二人に呆れ顔を向ける。


「こんな時に騒ぐな。お前らはいいが、俺としてはハラハラしているんだから」

「はいはい、わかったわよ」


 アンナは背中越しに右手を上げて、それからベットにドサッと座り込む。その顔には不満と書いてある。

 一方、どこか満足気な顔を浮かべるゴルドの目は、赤一色だ。見るものはしっかり見たらしい。


「じゃあ、ひとまず作戦をしっかり決めておこうか。ライクッドも加えたな」



 〜〜〜〜

 


 山の陰から出たまん丸の太陽。半透明の窓を貫き、日は家屋へと差し込む。夜の間に下がった気温が、少しずつ戻り始め、夜行性の生き物達が巣穴で寝息を立て始める。

 そして、夜から昼間活動する生物達が、眠りから目覚め世界の有り様が変わり始める。

 人もまたそれを構成する一要因としての活動を始め、新しい朝を迎える。


 コトコト似たような音を奏で、異なる匂いが村に漂っている。さらには、食材を刻む音が家の中から聞こえてきて、いつもと変わらぬ朝が繰り返される。


 2児の母で、専業主婦のミュラは朝早くから素早く丁寧な包丁捌きで、淡々と色とりどりの野菜を切り刻んでいた。手際よくそれらを切り刻むと、ミュラはお湯を沸かしてあったお鍋の中にそれらを入れて、コトコトと煮込む。

 そして、次へと取り掛かろうとした時、奥の扉が開いた。


「んぁぁーー! よく寝たぜ」


 手をクロスして、グーと後ろに体を伸ばしながら、レディクが、朝から大きな声を出して起床してきた。


「おはよう、レディク。もうすぐ出来るわ」

「おう! 今日は、二人だけだな」

「そうね。けど、レイがシャルステナちゃんを連れ出したら、また来るって言ってたわ」


 取り留めのない会話をしながらも、ミュラの手は止まることなく忙しく動き続ける。もう15年と続けてきた作業だ。何も考えずとも身体に染み付いた動きが、無駄なく発揮される。


「出来たわ。食べましょう」

「今日も美味そうだ」


 レディクは手を合わせていただきますと口にしてから、食事を口に運ぶ。ミュラは、テキパキと片付けをすると、自分もテーブルに着く。

 いつもと変わらぬ動き。しかし、そんな彼女の顔は、どこか浮かない顔をしていて、目元には薄っすらクマが出ている。


「眠れなかったのか?」

「少し考え事をしていて、遅くなっただけよ」

「なんでぇ。ミュラは頭つけぇすぎなんだ」

「あなたは逆に使わな過ぎるけどね」


 ミュラは一つ小さな溜息を吐くと……


「レディク、今日、王都に行かない?」

「それは構わねぇが、急にどうした?」

「レイ達が心配なのよ。思い過ごしだとは思うのだけど……」


 ミュラは少し顔色を曇らせた。


「わかった。なら、今日は王都まで行って、久々に家族全員で飯でも食おう」

「ええ、そうしましょうか」


 思い過ごしなら、考え過ぎているなら、それでいい。

 けれど、ギルク達がここへ逃げてきた事も、ギルクがたまたまシャルステナ達と共にいた時に襲われた事も、レイが帰ってきた途端に彼女の婚姻式が決まったのも。

 確証があるわけではないが、まるで誰かがレイを王都へ誘き出そうとしているように、ミュラには思えてならなかった。


 そうして、ミュラとレディクは、レイに遅れること7時間。

 王都に向けて、十数年ぶりの二人旅と洒落込むのだった。


 一方、その頃。


 王都にあるライノルク家の屋敷では、朝からメイド達が三女にあたるシャルステナの婚姻式典の準備に追われ、慌しく騒ぎ立てながら動き回っていた。

 それもこれも、急過ぎる婚姻であったからに他ならない。


 婚姻式典の流れは、シャルステナとジャニス王子を乗せた馬車が、住民へのお披露目を兼ねて、大通りを通り王城まで二人を運ぶ。そして、城の長い階段の頂上で、人々に見守られながら、婚姻を結ぶというものだ。


 その殆どの準備は、ジャニス王子の側近達によって行われている。だが、その主役の一人であるシャルステナの準備に関しては、ライノルク家の受け持ちだ。


 急遽用意した、純白のドレス。ウェディングドレスとは違う、ピタッと体に張り付くようなドレスだ。それに加え、婚姻の相手がギルク亡き今、次期王と名高い継承権第一位の王子。

 メイド達は少しでも彼女を魅力的に見せようと朝から必死だった。


 その結果が、これ。


「あぁん! 可愛すぎて、おねぇちゃん死んじゃいそう! けど、これはダメ。幾ら品性公正の良いジャニス王子でも獣になるわ。今のうちに暗殺してしまいましょう」


 ライノルク家の長女が壊れた。


「ソールお姉様⁉︎」

「大丈夫よ、シャルちゃん。おねぇちゃんに任せて。バレないようにやるから」

「それは大丈夫じゃないんです!」


 彼女の細い体系が強調されるドレスを身に付け、赤い髪を開いた背中を隠すように流すシャルステナは、目に怪しい光を宿す姉を正気に戻そうと、薄ピンクの唇を震わせた。

 しかし、ソールお姉様の瞳には、妹をたかが王子に渡してなるものかという強い意思が宿っていた。


 シャルステナはその目を見て、どうしようと本心から困惑したが、その時彼女の部屋の扉がノックもなしに開かれた。


「暗殺とは穏やかではありませんね」


 そう、丁寧な口調で部屋に入ってきたのは、青髪の騎士であった。


「えっ、あなたは……」

「失礼。騎士として見過ごせない言葉が聞こえたため、礼を失する行為とわかっていたのですが……今の発言は、どちらが?」


 小さく頭を下げ、突然扉を開け放ったことを詫びたのは、ディクルドだった。彼は、暗殺という穏やかならない企みを耳にし、部屋の中に押し入ってきたのだ。

 と、そこへいつも彼の後始末をさせられているアリスが大声をあげながら駆け付けた。


「ディクルド君! 勝手にいなくなったと思ったら、何してるの!」


 アリスは、ディクルドの背中から首を巻き取り、強引に回収しようとグッと締め付ける。


「ア、アリス……僕はただ暗殺なんて騎士として見過ごせないと……」

「だからって、貴族様とのお話の最中に居なくならない! それと、今更だけど耳良すぎない⁉︎」


 二人はある目的のために、この家を訪れていた。そして、シャルステナの父と話をしている途中で、ディクルドが突然姿を消したのだ。それはもう忽然と。気付いたら消えていた。


 彼が姿を消した理由は何度も彼が言っているように、ソールが暗殺と口にした為だが、彼らが今いる場所と先程までいた場所の間には部屋が10はある。

 それもこれも、行き過ぎた感覚強化の恩恵に過ぎないが、それでも反応してしまう彼の耳の良さは流石というところか。


「アリスさん、ディクルド君を離してあげて下さい。それと、暗殺はお姉様の冗談ですから」


 シャルステナは少し恥ずかしそうに姉の失言をカバーした。いや、まさか失言になるとは思ってもいなかったが、3度目となるシャルステナとディクルドの邂逅はそんなちょっとした騒動から始まった。


「本当に申し訳ありませんでした。このお馬鹿な騎士には後でキツく言っておきますので」

「ええっ⁉︎ キツく⁉︎」


 アリスにボコボコにされた記憶が蘇る。ディクルドは背筋が寒くなるのを感じずにはいられなかった。

 そんな尻の敷かれようが予想外だったシャルステナは、生暖かい視線を彼に送りながら、笑い声を漏らした。


「あまり叱らないであげてね」

「善処します」


 アリスは詫びの気持ちから一度頭を下げてから、『ところで……』と話を変えた。


「シャルステナ様は、レイという方とお付き合いされていたのですよね?」

「いた……ね。……うん、そうですね」


 アリスの過去形の問いに一瞬顔色を悪くしたシャルステナ。アリスも、ディクルドもその事に気付き疑問に思ったが、男女の仲に口を挟む気はなかった。まぁ、片方はよくわからないと言うのが大きかったようだが……

 だから、アリスは気を使って、一言添えてから本題を打ち明けた。


「失礼を承知でお聞きします。その方が今どこにいるかご存知ないでしょうか?」

「レイの居場所?」


 何故そんな事を聞くのだろうかと、シャルステナは首を傾げる。レイが何かに巻き込まれたのかと不安が胸に過るが……


「実は、王国の東北地域にて、王都大進行に似た現象が起きておりまして」

「東北地域……?」


 東北地域といえば、数年前から厳戒態勢が敷かれるようになった場所だ。詳細な事に関しては、彼女は何も知らなかったが、王都大進行と聞いてそれを解決に導いたレイを探してここまで来たのだろう事は容易に推測出来た。


「ごめんなさい。レイがどこにいるかまではわからないの」


 彼女がレイと別れてから、一年と半年。その内、半年以上は、セーラと二人で旅をしていた。今こうしてこの家にいるのは、どこにいるかわからないレイが迎えに来てくれると信じているからだ。

 そして、それは先日ジャニス王子の親衛隊に襲われて以降、彼女の中でより強くなった。


「けど、レイはもうすぐここに来ると思う」


 魔具を通して聞いたレイの声は、焦燥感に溢れていた。今頃、必死にここへ向かって来ているに違いない。今、どこにいるかはわからないが、それだけで彼女の心は、親が決めた婚姻にも向かい合えた……というよりは、それを利用して今回の騒動を終わらせるつもりでいた。


「ついこないだレイと連絡が取れたの。色々あって殆ど話らしい話は出来なかったけど、たぶん今頃レイはここに向かって来ていると思う。友達がピンチの時に、放っておける人じゃないから」

「ギルク王子の事ですか……? 確か、彼は……」

「死んでない、絶対。ギルクは、とにかくしぶといの。だから、絶対生きてる」


 シャルステナは強い口調で言い切った。それを言えるだけの確信が他にもあったから、ギルクも、アンナも、ゴルドもみんな無事だと。

 何故なら、彼らを生かすために、今彼女はここにいるのだから。


「詳しい話をしちゃうと、あなた達を巻き込んでしまうから避けるけど、王都で待っていればそのうちレイには会えると思う。絶対何か騒ぎを起こすから」

「なるほど、そういう事か……だから、今日は朝から……」


 ディクルドは何かに納得したという感じで、後半独り言のように小さく呟いた。

 そして、整然と振舞っていたディクルドの表情が、幼さを取り戻す。


「楽しみだ」


 抑えられない気持ちを顔に収めこむように、活き活きとそして、滅多に見せる事ない闘争心が露わになる。その表情は、どこか凶悪な表情にも見えるが、ディクルドの纏う雰囲気が180度変わった事に気が付いたアリスがチラリと視線を送り、心の中の彼女が銃弾に撃たれたかのように仰け反ったのは、彼女だけの秘密だ。


「アリス、行こう。それでは、僕達はここで失礼します」

「あっ、うん。あの、ありがとうございました」


 軽く一礼するディクルドと、慌てて深く頭を下げてから彼を追うように部屋を後にしたアリス。

 シャルステナは、そんな二人の嵐のような訪問に、彼はレイにどこか似ていると苦笑いしながら、ブツブツと暗殺の算段を立てている姉に向き直った。


「やはり、ここは手練れを手配するしか……しかし、今日の昼までに手配できるでしょうか。ならば、いっそ数で……」


 どうやらギルクの件より先にどうにかしなければならない問題があるようだ。

 シャルステナは深いため息を吐くのだった。


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