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迷子の騎士録2

今週は二話投稿。


 

 先程、ディクルドが話をしたのはどうやらこの村の村長だったらしい。彼もそうではないかと思い丁寧に話していたが、やはりそうであったようで、魔物を追う前に村長からこの村を襲った魔物について話を聞く事が出来た。


 村を襲った魔物は5体。どれも正式名称は誰もわからないとの事だった。これは、殆ど魔物と戦う事のない彼らからしてみれば当然のことで、比較的に魔物と戦闘回数の多い冒険者ですら、違う土地に行けば知らぬ魔物との戦闘が殆どとなる。


 だが、どのような魔物かは少しだけ話を聞く事が出来た。

 5体のうち、二体は4足歩行の獣であったそうだ。素速い足で周囲を掛け回り、強靭な顎と鋭い牙で攻撃してくるらしい。

 残る三体はどれも二足歩行であったようだが、どの個体も巨大で、大きさはオーガに匹敵するという。また、そのうち一体はその倍はあるという大きさであったらしい。巨大な金棒で攻撃してくるとも話した。


 ディクルドはこれらの情報を貰うと急ぎ足に村長の家を後にし、ここまで連れてきてくれた行商人の人の下へ向かった。この後、ディルベルクまで送ってくれる約束であったが、そうもいかない理由が出来てしまったからだ。


 レイから教わった空間のスキルを使い、街の中を歩き回りながら探すと、方向音痴の彼でもすぐに彼を見つける事が出来た。

 レイのように範囲を広げられたら、彼の方向音痴もマシになるかもしれないが、それは先の長い話である。基本的に彼の才能は身体能力に偏っているからだ。


 ディクルドは、申し訳なさそうに、ゆっくりと行商人に近付いた。すると、彼もディクルドに気が付き、積荷を荷馬車へと乗せようとしていた手を止める。


「話は聞きましたよ、騎士様。この村を襲った魔物を退治しに行くそうで」

「えっ? もうその話が広がってるんですか?」


 今さっき話を終えたばかりだというのに、もうそれを知ってるなんて耳が早いなと、ディクルドは少し驚いたが、この場合は村長の口が早いとでも言うのかな、と考えを改めた。


「私は、明日の朝まではこの村におります。それまで戻って来られたのなら、約束通りディルベルクまでお送りしましょう」

「それは助かります。けれど、もし私に気を使っているのでしたら……」

「いえいえ、今日は積荷を積むだけで終わってしまうのでね。どちらにしろ、今日はこの村で一夜明かす予定だったのですよ」

「そうでしたか。では、明日の朝までに戻って来られたのなら、お願いいたします」


 ディクルドは行商人にお礼を言うと、その場を立ち去る。そして、急ぎ足に村を出た。

 目指すは東。幸運にもここから見える東に大きな森が見える。目指す場所が視界に収められるのならば、幾ら彼でも迷わない。


「聖光」


 青い光がディクルドを包む。全身に力が漲っていく。


「魔物が大きいなら、そう簡単には見失なわないはず」


 ディクルドは、小さくそう呟くと力一杯地面を蹴った。ドガッと地面が大きく凹む音がして、地面に深く足跡が刻まれる。周囲からみれば、消えたようにも見える速度で、ディクルドは平原を駆け抜ける。

 その途中、ゴブリンやオークなどの低級の魔物をチラホラといたが、ディクルドは止まることなくすれ違い様に、認識されるよりも早く首を落とした。


 目まぐるしく景色が移り変わる。昔は瞬動を使ってようやくだったこのスピード。以前は、線にしか見えなかった景色も、知力が上がったことで、しっかりと認識出来ていた。


 少し日が傾きかけ、太陽が強いオレンジ色を放ち始めてた頃。

 ディクルドは平原を悠然と歩く、巨体を捉えた。その巨大な後ろ姿は、遥か遠くにいた彼にもハッキリと認識出来るものだった。


 ディクルドが一歩その魔物に近付くたびに、その体はドンドン大きくなる。武闘大会で戦った竜達にも匹敵しそうな程大きく、オーガの倍の倍はありそうな大きさだ。


「聖光形状変化、竜」


 肉体のオーラが一瞬消える。それは、一瞬後に竜の形になって彼の体から這い出た。本物の竜のように恐ろしい咆哮を上げる事も、ブレスを打つ事も出来ないが、その巨体に見合うエネルギーを持って生まれたそれは、彼のオーラを半分消費して出来た代物であった。


 青白い光が、夕日の代わりに周囲に明かりを灯す。その変化に、さすがに魔物達も気が付いたようだが、オーラが進むスピードの方が遥かに速い。

 目前に迫った光の竜に、最も大きい個体が金棒を振るう。しかし、それを遠目に見ていたディクルドが、指で小さくタクトを振ると竜は、通常不可能であろう旋回を見せて、それを避ける。そして、すぐさま真下に落ち、90度曲がって真横にスライドした光の竜は、足元から巨体に喰らいついた。


 ゴァアァ‼︎


 巨体の痛覚に届いたのか、悲鳴を上げ巨体は竜を引き離そうと激しくもがいた。重量感が地面を伝い、ズシンズシンと音を立てて、伝播していく。

 だが、そのもがきに意味はない。彼のオーラは、彼以外の全てを破壊する光の塊。いくらもがこうと、引き離す事など出来やしないのだ。


「形状変化、矢」


 竜が形を崩し、数え切れない程の小さな矢へと形を変える。そしてーー


「ミリオンアロー!」


 一斉に、あらゆる方向に矢が乱れ飛ぶ。それは、一定範囲内を行き来きし、次々に魔物に打ち込まれていく。

 矢の辿る軌跡が折重なり、光る球体の中に魔物が閉じ込められたのかのようにも見える。見ようによっては、美しくも見える球体だったが、その中で魔物達は終わる事ない矢の嵐に襲われていた。


 このまま、押し切れば……


 と次の瞬間、突如球体が弾け飛んだ。


「なっ……」


 ディクルドの口から思わず驚愕の声が漏れる。


 ゴウァァァ‼︎


 巨大な人形の魔物の雄叫びが、平原を揺らす。魔物の周囲には、形を崩し煙になりかけている魔物死体が4体。それに激怒したかのように、最も大きな巨人が肌を赤く染め怒り狂う。赤熱した肌から、蒸気のような煙が上がり、その憤慨が否応にも伝わってきた。

 そして、巨人の怒りを恐れるかのように辺りの風は止み、平原に慎ましかに生えていた花は逃げるように散る。


「逃げてッーー!騎士様!」


 それは、人の声だった。


 まさかと思い、ディクルドが声のした方向を見ると、そこには汚れた服を纏った女性の姿があった。彼女は、一際背の高い草の中に身を隠すように立っていて、体の前部分には土汚れがこびりついていた。おそらく草に身を隠していたのだろう。


 彼女が村の若者?

 男じゃなかったのか。


 そんな勘違いに修正を入れつつ、ディクルドは女性の大声でその存在に気が付いた巨人へ、霊光矢で牽制をしながら一瞬で彼女に近付いた。


「うへっ⁉︎」

「この近くの村の方ですね?」

「は、はい。って、今どうやって……」

「そんな事より、今すぐにここから逃げて下さい。あの魔物は、危険です」


 目にも止まらぬ速さで目の前に現れたディクルドに、女性は驚きを隠せなかった。ただ、それに取り合う余裕はディクルドにはなく、僅かな会話の間に迫った巨人から棍棒から、女性を抱え後ろに大きく飛び退いた。

 その一瞬後、つい先ほどまでいた場所に棍棒が落ち、クレーターのように土が弾け飛ぶ。


「きやぁぁっ!」


 衝撃によって吹いた強い風に思わず女性は悲鳴をあげながら、目を瞑る。

 一方で、ディクルドは散弾銃のように次々と飛来する土塊を、女性に当たらないように細心の注意を払いながら、オーラで叩き落としていた。


 彼はその後2度後方へと飛び退き、巨人から十分な距離を取ると、女性を下す。


「私があの巨人を引きつけている間に早く逃げて下さい」

「けど、それでは騎士様が……私足なら騎士様にも負けない自信があるんです。だから、騎士様こそ逃げて下さい。まだ小さいのに、あれと一人でやり合うなんて無茶です」


 そうギュッと拳を握り、力強い目をして彼女は、ディクルドを逃がそうとする。それは、背丈と声から仮面の下がまだ子供の騎士であると推測したからだ。

 幾ら騎士とはいえ、まだ幼い子供を置いて逃げるなど彼女には出来なかったからだ。

 それに言葉通り、足だけは彼女は一般的な騎士と比べても見劣りしない速さを持っていた。だから、沢山の騎士が助けに来てくれるまで、逃げ切る事は出来ると考えていたのだ。


 しかし、ディクルドの誇りは、彼女を置いて逃げる事を良しとはしない。それに、この魔物が他の村を襲わないとも限らない。


 すでに、彼は覚悟を決めていた。それはもうずっと前から。

 初めてこの手に剣を握った時から、ずっと。


 この身は、盾にして人々を守る騎士であると。


「大丈夫です。私があれを倒します。あなたは、逃げる事だけを考えていて下さい」


 ディクルドは兜を外し、顔をさらけ出した。

 邪魔だったのだ。彼が全力を出して戦うには。

 速すぎる動きの中で、視界が狭められるそれは邪魔でしかなかった。


「けど……ッ!」

「お願いします。私にあなたを守らせて下さい」

「ッ……!」


 まだ納得してくれない女性が安心して出来るようにと微笑むと、何故か彼女は顔が赤く染まる。

 だが、彼にその理由を考える暇は与えられていなかった。


「追撃が来ます!早く!」

「えっ、あ、は、はいっ!」


 ディクルドは剣に魔力を通わした。それから、全身に高密度のオーラを纏い、全力で剣を振り抜く。


 空気の抵抗がまるで鋼鉄のような硬度にまで高まる。その抵抗を力でねじ伏せ、空気を切り裂くと生まれる真空の刃。

 その刃は、彼と向かい合う巨人との間の地面に激突し、深い堀を作り上げる。巻き上げられた土埃がお互いの姿を隠し、夕焼けに当てられた大きな影と、その中でも眩しく光るディクルドの姿だけが、見える。

 それに、隠れてディクルドを置いて逃げる事に、後ろ髪引かれる思いだった女性だが、チラリと振り向いた先で立つディクルドの動きに、その心配は吹き飛んだ。


「ここから、先には行かせない」


 宣言と同時に赤い光が天まで駆け上る。


「限界昇華!」


 レイとの戦いで覚醒した力の結晶が、赤く燃え上がる。夕焼けにも負けず劣らず、その赤き光は天をも一時的に赤に染め上げた。


 ディクルドの身体能力が、一段階……いや、三段階は跳ね上がる。


 ーーまだだ。まだ上がる。


 それに加え、オーラの密度がより濃くなる。オーラと限界突破の光がせめぎ合い、彼に圧倒的な身体能力を授ける。それは、先の武闘大会決勝よりも、ずっと高みに彼を持ち上げた。


 巨体のパワーを乗せた棍棒がディクルドへと迫る。それをスッと伸ばした片手を伸ばすディクルド。激しい衝撃に大地が陥没し、振動する。だが、ディクルドは、体格差とは何それ? おいしいの? とでも言うように、腕一本でその巨体のパワーを受け止めた。


「はあぁぁっ!」


 気合いとともに腕を伸ばし、剣で棍棒を弾き返すディクルド。巨木の如き腕が空に跳ね上がり、背が伸びる。だが怒吼を一つ。

 仰け反った巨人が体を戻し、彼がいた場所に目を向けた時、そこには誰も立ってはいなかった。


 と、突然巨人は足に違和感を覚えた。その違和感の正体を確かめるよりも早く、今度はもう一方の足にも違和感が生じる。

 そして、次の瞬間には沈みこんでいく体。このときになって、巨人は違和感の正体が何かを認識した。


 これはーー痛みだ。


 ゴゥァァァア‼︎


 土台となる足から先を切り落とされ、体は地面への落下を余儀なくされた。

 しかし、痛みはそれだけでは終わらない。真空波が肉体を切り裂く痛みが、地面へと落下するわずかな時間に、全身にあまなく切り傷が刻まれた。高速移動中のディクルドの姿は、巨人の目には一瞬たりとも映らない。


 ーー許さぬ。許さぬぞ、小虫がッーー!


「ゴゥァァァァァーー‼︎」


 耳を打つ咆哮が鳴り響き、地面が振動する。その振動に、答えるような地響きと叫びが、遠く離れた森から響いた。それは、まるで森が怒りの叫びをあげているかのようだった。

 その異様な光景に、ディクルドは思わずトドメをさすのを忘れ、動きを止めた。


「い、今のは……」


 まさか、仲間を呼ばれた……?


 そんな最悪の光景を思い描き、彼はグッと覚悟を改めざるを得なかった。

 巨人の集団が、森から進軍してくる。いや、実際はそれだけではないのかもしれない。森の中に潜むその他の種を巻き込み、進軍してきているのだとたしら、状況はさらに最悪と言えるだろう。


 大規模な魔物の進行。それも、先の村の襲った魔物と同等以上の個体で形成された群れであれば、その先に待つのは、惨たらしい惨劇以外にありはしない。


 おそらく、この辺りの村は壊滅だろう。

 今、この辺りにどれ程騎士がいるかは彼の知るところではないが、これに対抗できる戦力が揃っているわけがない。

 良くて村は壊滅。村人が逃げる時間が稼げれば、御の字だろう。

 今ここで、自分が逃げればだが。


「ここで……食い止めるしかない。応援が来るまで」


 たった一人で。

 そう覚悟を決めた時、風前の灯火であった巨人の大きな口が憎たらしげに開く。


『小虫めが……』

「えっ……?」


 ディクルドはその声に、開いた口が閉まらなかった。


『貴様ら、人間が我が眷属に植え付けた呪いの怒りを受けるがいい』

「あなたはまさか……魔獣……?」


 ディクルドは大きな衝撃を受けていた。まさか、魔物だと思い倒した巨人の正体が、魔獣であるとは考えもしなかった。

 それは、一つに魔獣が人を襲う事例が少ないことと、この巨人が従えていたのは、確実に魔物であったからだ。目の前の巨人においてもそう。明らかに、ハクやウェアリーゼ達竜種とは、異なる目をしていた。


『もはや、我が一族に理性を保つものはおらぬ。貴様ら人間の呪いのせいでな。我でさえも、呪いに抗うのは難しい。すべて貴様らのせいだ』

「ちょ、ちょっと待ってください! 人間の呪いって何ですか⁉︎ それが、貴方達魔獣を、魔物のように変えてしまったんですか⁉︎」

『貴様ら人間は欲深い。時に、非道も辞さない。ならば、人間しかいまい』


 大きな赤い目がディクルドを睨み付ける。怒りという炎が瞳の奥で、濛々と燃え上り、その火に身を焼かれているような気分に彼は陥った。


『我が一族の怒りに滅ぶがよい』


 それを最後に、巨人の魔獣は姿を消した。文字通りこの世界から、黒い煙となって消え失せた。


「…………」


 巨人の怒りをぶつけられたディクルドはしばらく呆然とその場に立ち尽くした。

 魔物ではない存在を、初めてその手にかけ、命を奪った。ある意味で、それは人殺しと何ら変わらない。

 だがーー


 それでも僕は騎士として、人々を守らなければならない。たとえ、それが人の命を奪う結果になっても、僕はこの国の人々を守る盾であり、外敵を討ち滅ぼす剣だ。


 後悔はしない。絶対に。


 剣を強く握り締めると、ディクルドは勇よく地を蹴り抜いた。

 彼が目指すのは、なぎ倒された木々を踏み抜き、進行を始めた巨人の群れ。その中には、他の種の姿もあるが、一際大きく目立つ巨人が、群れをなして進軍する様は、脅威そのものだ。

 王都進行が可愛く思えるほどに……


 ドンという接地音とともに、集団の前に一人躍り出たディクルド。その背丈は、巨人と比べ余りにも小さい。


「僕の名は、ディクルド・ベルステッド。君達の長を殺したのは、僕だ」


 名乗りを上げたディクルドに、その意味が通じてるかは定かではなかったが、雄叫びをあげる個体がチラホラ。


「ここを通すわけにはいかない。引かないなのら、斬る」


 魔獣である事に一縷の望みを託し、そう口に出したディクルドだったが、巨人の長が口にしたように、彼らの中に理性を保っている者はいなかった。

 ディクルドの言葉の返答として返された咆哮と、地団駄から生まれた揺れが、彼を襲う。


「……残念だよ」


 それは、誰に向けた言葉か。あるいは彼自身に向けられた言葉かもしれない。


 最初の標的を見定め猛り狂う群れ。それと、正面切ってぶつかり合えば、彼の命はないだろう。強化に強化を重ねた彼の力は、長期戦には向いていないのだ。まして、今やとっておきまで使い、残り時間は1分とない。

 その効果時間の切れ目が、生と死の境界線と言っても過言ではなかった。


 だが、そうとわかっていても引くわけにはいかない。この身が朽ちようと人々を守り抜く。それが彼の覚悟なのだから。

 しかし、今彼が死ねば、魔物達は周辺の村々を襲う事になるだろう。だから、死ぬわけにもいかなかった。


「行くぞっ!」


 そう、勇ましく吠えた瞬間地面が爆砕し、血飛沫が舞う。1秒にも満たない僅かな時間で、20は命を刈り取った死神の風は、止まる事を知らない。

 だが、その風も集団という数の壁を崩すには弱すぎた。


 一抹の風が吹き抜けるたびに、魔物と大差がなくなった魔獣達は、無残にもその命を散らしていく。

 夥しいほどの血の雨。魔物の死を知らせる黒い煙。

 赤と黒に染められたそこは、もはや戦場と言っても過言ではないほどに、死が溢れていた。


 しかし、一人に対して、パッと見ただけでは数え切れない数の魔物。風が止まる時、それは数の暴力を露わにする。


 赤の発光が、突如として霧散する。残るは青白い光のみ。

 それと同時に襲い来る倦怠感。それらは、ディクルドの動きを大きく鈍らせた。


 巨大な体と隆起した筋肉。二つに分かれた長い尻尾を持つ狼。トカゲのような顔をした二足歩行の魔物。

 改めて見ても、どれも一度も目にした事はないものばかりだ。


 そんな見覚えのない魔物に共通しているのは、どれも強力極まりない個体である事か。

 絶対的な速さと力と魔物達を翻弄してきたディクルドだったが、事ここに至っては苦戦を免れない。

 一体一体が、S級と堂々の強さを持ち、その種類も多い。


 この時、ディクルドは何故この地域が長らく放置されてきたのかを理解した。いや、放置せざるを得なかったのだと、その身を通じて知ったのだ。

 ここには、いるのだ。人が決して手を出してはいけないと古くから言われ続けた、超災害級のアレが。


「うっ……」


 足が鉛のように重い。手が鈍重な巨人の攻撃に追いつかない。反動が、彼の身体能力の高さを殺していた。

 普段ならば、当たるはずのない攻撃に、危機感を体に裂傷を刻む。

 その程度ならまだいいが、全方位から迫り来る様々な攻撃に対して、全てを躱しきる何てことは今の彼には不可能だ。

 次第に危ない場面が増えてくる。それに合わせ、裂傷は切り傷となり、鎧に走る傷跡は増える。


 だが、それでも毎日欠かす事なく振るってきた剣が、師との修行によって鍛えられた彼の底力が、彼に膝を折らせない。倒れる事を良しとしない。


「ハァァァァ‼︎」


 剣に込められた魔力が、火へと変わる。体を回転させ、全方位に放たれたそれは、円状に燃え上がる。

 しかし、その程度では魔物達に深い傷を負わす事は叶わない。精々、ほんの少し火という壁を使って身を守る程度。

 しかし、今この場において、そのほんの僅かな時間が、彼にとっては必要だった。


 ーーどうする?


 もう限界昇華の力は消えた。残っていた魔力も今ので使い果たした。

 まだ残っているのは、もう2割を切ったオーラの力のみ。

 しかも、反動で本来の力を出せないでいる。


 このままでは、後一時間持ち堪えられるかも怪しい。

 そうなれば、1日とおかずこの辺りの村は魔物の大群に蹂躙されてしまう。

 それだけは……それだけは避けなければ……


 今僕に取れる方法があるとすれば、それは一つしかない。だが、それはーー


 バキッバキッ


 木が割れる音。燃える木が大きな足で踏み躙られ、無残に木片を散らしながら、崩れていく。


 ーー迷っている暇はないみたいだ。


 ディクルドは火の勢いが弱まり、バリケードを足で潰された方向へ、剣を後ろに流しながら突撃した。グウォと接近しつつあるディクルドに気が付いた巨人。手には棍棒があり、それをディクルド目掛けてて叩きつける。

 ディクルドはすかさずその棍棒を横に飛ぶ事で避け、僅かに出来た隙をついて、その巨人の足下に近づくと、剣を肩の高さに上げ一回転。

 ズババッと皮膚を裂き、肉を切ったディクルドは、その傷跡を確認するよりも先に、巨人の胴下を潜り抜け、木々が生い茂る森へと一直線に走り抜ける。


「こっちだっ! 付いて来いっ!」


 意味は通じないとわかっていても、戦闘中という事もあって、気にする事なく言葉で相手を挑発する。それに、雄叫びをあげる魔物達。

 ディクルドは、邪魔になる魔物だけを相手取り、血花を咲かしながら、森の中に転がり込んだ。


「くっ……こっちに来い!」


 残り少ない魔力で、注意を引くためだけに空に、火炎を打ち上げたディクルド。ボアッと彼の剣先から燃え上がった火は、空高く上がり、魔物の集団はそれを見て一斉に森の中へと誘い込まれた。


「やった……」


 そう口では思い通りになった事に安堵の息を吐きつつも、無数の足音と雄叫びが、彼自身を安堵させるには至らない。

 ディクルドは、グッと剣を握りしめると、森の奥へ走り出す。


 既に体は限界を迎え、オーラはいつものようにクッキリと体に張り付いてはいない。まるで陽炎のようにユラユラと揺れて、今にも消えそうなほどだ。

 魔力はまだ残っているが、余っている何て事もない。あと数回注意を引くために火柱を立てるのが限界だろう。

 体も万全とは言い難い。体中あちこちに傷を負い、また限界昇華の影響で、木の根っこに足を取られ転ぶ程である。


 だが、彼は後ろから追ってくる魔物達から逃げ続け、時折隙を見ては火柱をあげながら、奥へ奥へと進む。

 やがて見えてきたのは、木が生えていない小さなスペース。そこには、木の葉に遮られる事なく月光が降り注いでいた。


 彼がその開けた場所に足を踏み入れた時、反対側から木々をなぎ倒して魔物が現れた。

 4本足で地面に立ち、黒い蹄で穴を掘るようにこちらを威嚇する魔物。象のような大きい体と、闘牛のようなツノが生えている。


 ディクルドは一瞬だが、そこで足を止めてしまった。その一瞬の間に、まるでそこがリングだとでも言うように、次々と月明かりの下に魔物達が姿を現す。

 魔物達の注意を引くためにあげた火炎は、森の中にいた関係のない魔物までも誘き出してしまったのだ。


「ここまでか……けど」


 息は途絶え途絶え。体はもうフラフラ。魔力は初級魔法が使えればいい方か。彼の取って置きはもうーー消えている。


「簡単に殺されるつもりはないよ。最後まで足掻かせてもらう!」


 だけど、剣と志だけは捨てず、最後まで抗う事を決めたディクルドは、自ら黒蹄の闘牛に突撃した。文字通り死にものぐらいとなった彼は、残る力の全てを注ぎ込む。


 もはや、何の強化もされていない剣は、魔物の肉を簡単に切り裂く鋭さも、強烈な一撃に耐えうる強度も持ち合わせてはいない。

 だが、持ち前の鋭さと硬さで、ディクルドの動きに必死に追随する。

 紫色の血を撒き散らし、角や棍棒の攻撃を受け止め、時折散る火花は剣の必死の抵抗だ。チリチリと赤い斑点が空気中に生まれるたび、剣は刃こぼれを起こし、元の鋭さを失っていく。

 やがてそれは肉を断ち切る事が叶わないほどに、ガタガタの刃になって、ディクルドの動きに付いていけなくなる。それは、彼の動きを致命的に鈍らせ……


「がはっ……!」


 猛烈な頭突きにディクルドは襲われた。脳まで伝わる衝撃は、一瞬彼の意識をフェードアウトさせ、木に叩き付けられた衝撃が彼を起こす。

 しかし、その目覚めを待っていたかのように棍棒がディクルドを叩き潰た。


 全身を地面に押し付けられたディクルドは堪らず吐血した。だが、重しがなくなると、まだだとばかりに体を起こす。

 と、その途中、月光が遮られ、真上から2度目の撃ち墜とし。彼は、顔面からそれを受けた。

 続く第3撃、第4撃も、彼は立ち上がる途中で、押し潰され、そのたびに体のどこかの骨が折れ、吐血する。


 何度それを受けただろうか。

 木霊するのは、地面を砕く轟音と、次第に弱々しく、苦しげになる呻き。


 容赦などない撃ち墜としに、彼はもう動く事すら出来なかった。

 地面にめり込んで、虚ろな目で空を見上げるディクルド。辛うじて残った意識は、死を予感していた。


 最低でもSクラスの魔物の集団。たった一体でも下手すれば街や村が滅び兼ねないレベルだ。それが何百と自分だけを狙ってきている。

 心だけで勝てる相手ではない。

 幾人もの人が力及ばず、こうやって魔物の集団の前に命を散らしてきた。


 それはディクルドとて同じはずであった。


 ただ、一つ違うとすれば、彼の本当の力が、心を具現化する力であった事か。


 心が折れぬ限り。

 闘志が消えぬ限り。

 心が強く高鳴る限り。


 そして、何より強い気持ちが彼の心に浮かんだ時。


 その時だけ、彼の力は、尽きない魔力よりも、あらゆる上限を超える力よりも、あるいは神よりも、強い力を生む。


 ーー死にたくない。


 まだ死にたくない。

 まだ夢を叶えていない。

 父さんのような強くて、かっこいい騎士に、僕はまだなれていない。


 ーー死ねない。


 これは、まだ途中なんだ。

 僕の夢と、レイの夢、どちからが先に叶えるかの勝負の途中なんだ。

 途中で投げ出しら、レイが怒る。


「こんな、所で……」


 心の力こそ、彼の力。

 それこそが、彼の力の根源。あらゆる不条理を心の力だけで覆す力を。

 彼は持って生まれてきたのだ。


「死ね……ない……」


 弱々しい言葉。だが、それとは真逆の力強い光が彼を包む。

 それは、振り落とされた棍棒をはじき返し、あまつさえそれを振り下ろした巨人も、周りを囲む魔物さえも巻き込んで、大きく膨れ上がる。

 青々と輝く光はディクルド以外を認めない否定の光。その光に包まれただけで、魔物達は次々に断末魔の悲鳴をあげ、かき消えていく。

 だが、同時にその光は、まだ目覚めるのは早いとばかりにディクルド自身の意識さえも奪い取っていった。


 そして、数多の命と、ディクルドの意識を奪った光の膨張は収縮へと変わりーー青いディクルドが生まれた。



 〜〜〜〜



 ポツ……


 頬に何かが落ちた感覚。


「うっ……」


 意識を取り戻し、目を開けようとした瞬間、痛みに襲われ、ディクルドは思わず開こうと目を、ぐっと閉じた。


 一呼吸置き、今度こそ目を開いたディクルド。彼の視線の先には真っ暗な空が広がる。星の光さえない夜の空には、雲が伸び、雨がポツポツと降り始めていた。


 ディクルドは、空を仰ぎ、何も言わぬまま、右手の小手を外した。そして、鎧の隙間に右手を差し込むと、そこにある袋を取り出した。その袋からは緑色の液体で濡れていて、中からガチャガチャとガラスが擦れる音が聞こえた。


 ディクルドはその袋から垂れる水滴を口へと垂らし続けた。ガラス瓶が割れ、その中に入っていたポーションの水滴が雨粒とともにディクルドの口へと落ちる。

 一滴一滴の力は小さい。だが、溢れたポーションは、ディクルドの体を少しずつ癒し、痛みを緩和させていく。


「ふぅ……」


 麻袋を胸に抱き、ディクルドは短く息を吐いた。そして、コテンと首を転がし、周囲に目を向ける。


 激しい戦闘痕。魔石や魔物の素材が、無秩序に散乱している。周りの木は根元から折れ、地面には穴が空いている。それだけでなく、引っ掻いた後や、噛み付いた後が残り、消し炭になった木もあった。


 誰が助けてくれたのだろう……?


 そう思い、ふと気を失う前の事を思い出す。

 最後にみたのは、棍棒が青い光に弾き返された光景。あれはなんだったのだろうか?

 前にも見た事があるような気がする。しかし、それが自分の力だとはまだディクルド自身気が付いていない。


「とにかく、ここから移動しないと」


 少しだけ楽になった体を起こし、ディクルドは近くに落ちていた自身の剣を拾い、鞘に収めた。たったそれだけの動作だが、全身が傷だらけの彼にとっては辛い動作だ。

 だが、泣き言を言うのは後回しにして、折角拾った命を大事にしなければと、いつ匂いを嗅ぎつけてくるかわからない獣型の魔物から逃げるために、足を引きずりながら、移動する。


 ポタポタと、止まりきらなかった血が地面に斑点をつくる。それに気が付いたディクルドは、出血の酷い箇所に服の布を破って巻きつけ、血の跡を残さないようにして、木々の合間を通り抜けていく。


 静かだった。

 まるで彼以外には何者もいないかのように、雨音と彼が足を引きずる音だけが聞こえる。


「ハァハァ……」


 激しく動いてもいないのに、息が切れる。


 覚えつかない足を無理に動かして、フラフラになりながら。


 そして、ディクルドの姿は、雨の中に消えていった。



 ーー新創世歴5千年4月。


 ディクルド・ベルステッドは、未開発地区にて魔物の大群を一人で迎え撃ち、行方を絶った。

 その事実は、推定敵国を警戒して騎士団長以下数名によって隠された。


異夢世界を読んでいただきありがとうございます。


ディクルドの番外編はひとまず終わりで、次からは本編に戻ります。

それと、ようやく忙しさが落ち着いてきたので、今週は二話投稿します。けれど、来週は無理そうなので、暫くは週一回か、二回の更新頻度にしたいと思います。


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