迷子の騎士録1
ーー城塞都市ディルベルク。
そこは堅牢な要塞と、屈強な騎士によって守られた街。そこに住む者全てが騎士、またはその関係者といって過言ではない程に、整然とした雰囲気が漂う街である。
しかしその一方で、その格式ばった様式から、訪れる者は窮屈さを感じてしまい、騎士以外からはあまり好まれない堅苦しさが漂う街でもある。
そんな騎士のために存在するような街、ディルベルクが、珍しく人で溢れかえっていた。
ディルベルクは元々観光や、旅の中継地には向かない街だ。街の許容量を超え、混雑よりも先に食材が不足し、また寝床などとうの昔に埋まりきり、道で朝を迎える者が後を絶たない。そんな状況下に至っても、人の数は増える一方で、減る事はないという、ちょっとした珍事件が起きていた。
そんな珍事件を引き起こした彼、彼女達のの目的は今日行われる騎士の着任式だ。もっと言えば、その着任式に出る新しく騎士となる1人の少年が目的だ。
その少年の名は、ディクルド・ベルステッド。
もはやこの大陸でその名を知らない者はいないだろう。惜しくも今年の武闘大会で敗れはしたものの、試合の余波で闘技場を崩壊させ、会場となった街にも被害を及ぼした話は有名だ。
もちろんやり過ぎとの批判的な声もある事はあった。だが、それは少数で、結果的には熱狂的なファンが増えた。
身近に脅威が潜むこの世界で、彼の存在は男女問わず人々の希望になり得たからだ。その期待の表れこそが、この人だかり。
優勝したレイでは得られぬ信頼と期待が、騎士となる彼にはあった。
そんな賑わいを見せる街のほぼ中心にて、この国の最高戦力、王国騎士団。並びにその卵達が勢揃いしていた。本来観客などいはしない式典だが、今年ばかりはその限りでなく、その周りは式典を見に来た人で溢れている。
その大舞台の前に立つのは王国騎士団を率いる団長。さらには、彼の後ろに鎧の上からでも鍛え上げられた肉体が隠せない騎士長達が整然と並び、もしこの10数人だけで何体もの竜を相手取ったとしても、負ける事はないだろうと思わせる風格があった。
そんな彼らの前には、今年から騎士となる少年少女達がズラリと並ぶ。そんな彼らに向けて、騎士団長は祝いの言葉を贈る。
「今日ここに新たな騎士が誕生する。新たに騎士の道を歩まんとする勇敢なる諸君。私から君達に言える事はただ一つ。騎士の誇りを忘れるな。今一度己の胸に手を当て、己が誇りを思い出せ。それがいつ如何なる時でも、困難に立ち向かう力となろう」
少年少女達は、尊敬の眼差しを騎士団長らに向ける。中には、いつかそこに立つと夢見る者の視線もあった。
そんな彼らに共通する思いは、この国を守る為に戦うという強い覚悟。それなくして、ここに立つ者はいない。この6年の月日で、それを抱けない騎士に相応しくない者は振るい落とされた。
入学時、千人を超えていた少年騎士達は今や200人。この場いる者の中に弱い者などいない。誰もが一人の騎士としてその場に立っていた。
「己が誇りに恥じぬ騎士となれ。私からは以上だ」
千差万別の誇りを胸に彼らは騎士となる。騎士団長の言葉を胸に、それに恥じぬ騎士となろうと誇りを掲げる。
「我らは盾! 人々の平和を守る盾である!」
人々の平和に全てを捧げる騎士の姿。
「我らは剣! 外敵を討ち滅ぼす剣である!」
その強く尊い意思はその場にいた観客達にも伝わった。
「我らの誇りは強く気高く、決して折れる事はない‼︎」
一糸乱れぬ動きで、高く掲げた彼らの誇りは決して折れる事はない。折れる事があってはならない。どんな時でも己が身を犠牲にすると心に誓う騎士の姿は、一人の少年を観に来ただけの観客達の心に、いったい何を響かせたのか。
それは彼らには知れぬ事である。
ーーこの日、歴代の騎士の中で最強と謳われる騎士が誕生した。
数多の歴史書が語る。
その者は紛れもない天才であった、と。過去の記録を紐解いても、彼以上の才を持った者はいなかったと誰もが口にする。
その史上最強の騎士の名は、ディクルド・ベルステッド。
しかし、まだ彼は知らない。己の本当の力を。
使いようによっては世界を滅ぼしかねない程の力が、己の中で眠りについている事を。
その力が目覚めるのはまだまだ先のお話。
その前に彼の騎士としての成長……ではなく、もう一つの奇怪な才能が引き起こした大騒動を語ろう。
〜〜〜〜
新米騎士は一様に3級騎士からのスタートになる。それは、特異な彼も例外ではない。しかし、実際の扱いとしてはもっと下。雑用から始まるのが、騎士の習わしであった。
新米騎士は、それぞれ騎士の先輩方に良いように使われる。それは、騎士の序列を身をもって体験し、また上の指示には問答無用で従う事を教えるという建前の上で行われているが、言ってしまえば、使い勝手の良いパシリだ。新米騎士は、そうして先輩の命令には逆らわない事を教え込まれていく。
だが、命令する側も経験してきた慣習であり、無茶を言ったりはしない。後輩いびりでもなんでもないただの慣習なのだ。掃除したり、買い物したりと、特に苦でもない仕事が与えられ、その傍ら先輩の仕事を見て自ら騎士の業務を学んでいく。そんな慣習だ。
また、時には稽古をつけてもらえたり、食事を奢ってもらったりと、いわば騎士達の結束を固める事にも繋がっている。
そうして、新米騎士達はそれぞれ配属された先輩騎士のもとで、そつなくパシリをこなしていくのたが。
中には典型的にダメなパシリもいる。
「ディクルド、何をもたついている! ここが終わってもまだ次があるんだぞ!」
「はい! 師匠!」
返事はいい。だが、如何せん彼は細かい事が大の苦手だった。
彼が配属されたのは、キャランベルの下だった。師と弟子という間柄は、騎士の中どころかファン達の間でも有名な話で、当然の措置といえばそうなのかもしれない。
そんな彼に言い渡されたのは部屋の掃除。尊敬する師匠の部屋の掃除だ。ディクルドは頑張った。超頑張った。頑張り過ぎて、部屋の床が抜ける程に。
「この馬鹿弟子がッ‼︎」
そして、今日も今日とて、彼は悲痛に叫ぶ。いつも苦労をかけられっぱなしの弟子にやりたい放題出来ると、密かにほくそ笑んでいた彼は、今日も苦労を重ねていたのだった。
「す、すいません、師匠っ!」
「……もういい……お前は、買い物にでも行っていろ」
「は、はい、師匠!」
後処理に追われるキャランベルが次にディクルドへと言い渡した仕事は、お使いだった。修理に必要な木材やら何やらを全部買ってこいと、これ以上何かされる前にと、彼を追い出した。
ディクルドを追い出した後、キャランベルは崩れ落ちた床の下に見える壊れた家具を眺め、深くため息を吐き、瓦礫を運び出し始めた。地道に作業を続け、騒ぎを聞きつけ手伝いにやって来たアリスや、その他大勢の知人の手を借り、夜になる頃には瓦礫を全て撤去し終えた。
しかし、彼の馬鹿弟子は一向に戻ってこない。
「まさか、また迷子?」
保護者が静かに呟いた。その呟きにハッとしたのは、キャランベルだ。ついあの天才的な方向感覚を持つ弟子を一人で街に出してしまったと、その場にいた騎士総出での大捜索が始まった。
丸一日かけて瓦礫を撤去し、夜には迷子の捜索。騎士の仕事も大変である。
夜の街を駆ける騎士達。訝かしげな視線と、またかという同情の視線を承りながら、彼らは必死に迷子を探していたのだが、どこを探せども迷子は見つからない。
気が付けば夜は開け、日が昇り始めても尚、ディクルドの姿は街のどこにもありはしなかった。
「あのクソ弟子はどこに消えたんだ……」
もはやキャランベルは諦めの境地に達していた。いずれヒョッコリ迷子の報告が上がってくるだろうなどと考え始めていた時。
「キャランベルさん! 騎士長、じゃなくて、ディクルド君、隣町まで木材買いに行ったらしいです!」
キャランベルはその報告を聞き、頭を押さえた。深いため息が、彼の心情を雄弁に語る。
「……今すぐ、新米騎士達を全方面に探しに行かせろ。馬を使わせるんだ。1日以内で移動出来る範囲を捜索だ」
「は、はい! あの、私も探しに行っても?」
「私も出る。アリスは私に付いてきなさい。だが、あの馬鹿弟子は大概厄介事を抱えて現れる。睡眠をとってからの出発だ」
そうして、ヒョンな事から始まったディクルド捜索の旅。この時は誰も、一年を超える年月がかかる旅だとは思いもしなかった。
二人が迷子を連れディルベルクの街に戻ったのは、それから2年と半年が過ぎた頃だった。
一方、自分の師と元副騎士長の少女がそんな迷子探しを始めた事など露知らず、ディクルドはただただ目的地を目指し進んでいた。
彼の目的地とは、ディルベルクのお店で教えて貰った街。彼はそのお店に木材を求め立ち寄ったのだが、運悪く丁度品切れで隣町から取り寄せているとの情報を手に入れたのだ。
ディクルドは思った。
このまま帰れば師匠に怒られるに違いない。隣町まで買いに行かなければと。
そうして、急いで街を飛び出したディクルドだったが、彼の絶望的な方向オンチは健在で既に街とは大きく外れた方向に真っしぐらであった。
具体的に言うと、西にある街を目指していたのだが、ディルベルクが見えなくなったあたりで、彼の西は北へと変わり、東に変わり、そして、南へと変わり、東に変わった。
つまりだ。全くの逆方向に彼は進んでいたのだ。さらにタチの悪い事に、彼は良くも悪くも常に全力。その高い身体能力を活かし、爆走していたのだ。
現在彼は、迷走していた。東へと。
一方、そんな彼の方向音痴を嫌というほど知っている捜索班の二人は、はなから西を探す気など毛程もない。むしろ、西ではないなと決めにかかっていた。彼一人で目的地にたどり着けるはずがないのだからと、確信して。
「この辺り一帯を捜索した騎士達の報告では、ディクルド君の行方は何もわかりませんでした」
「あいつは面倒事を起こさないと気が済まないのか……」
「起こさなければ起こさないで、逆に怖いですけど……」
二人してため息を吐く。そして、キャランベルは気を取り直して、どのように捜索するかの方針を話す。
「騎士団長には、捜索に出る許可はもらったが、国中を探すとなると厄介だ。近くの街で聞き込みをして、馬鹿弟子の行方を探すぞ」
「はい」
アリスに反対意見は特になかったようで、二人はすぐに街の外へ旅立った。捜索にかける時間と労力を減らすため、移動は馬を使っている。一人一騎、とディルベルク周辺に広がる草原を駆け抜ける。
そんなしっかりとした方位磁石を持つ彼らが目指すは、北。理由は単純に街があるから。ちなみに東には、未開拓地と呼ばれる人外未踏の地が広がっている。
それまでにあるのは農作が盛んな小さな村々のみだ。そこで採れた作物を行商人達が、街へと出荷する。そのため、人の行き来はある程度多い。それはつまり、ディクルドの目撃情報が街に入ってくるかもしれないという事だ。
この辺りの大きな街は三つある。ディルベルクと、その北と西に位置する街。さすがに遥か南の王都はないだろう。西は絶対ない。ディルベルクに関しては騎士団が常駐しているため、彼ら二人がいる必要はない。残るは北という考えがキャランベルの頭にはあった。
北の街へはおよそ2、3日の距離。彼ら二人の使う馬は、訓練を受けた特別馬だが、移動にはある程度時間がかかる。その間にも、迷子は東へと一直線。
そうして、二人とディルベルクとの距離は遠く離れていくのだった。
〜〜〜〜
ーーディクルドが迷子になって4日目。
とうとう彼は気が付いた。
「迷った……」
そう、自分が迷子になっている事に。
2日もあれば踏破できる距離の街へ、4日間走り続けているのに街の影が見えない。それで漸く迷っている事に気が付いたのだ。
だが、そこで彼に救いの手が差し伸べられた。
「あっ、人だ!」
彼の行く手には、1台の馬車の姿があった。その馬車に乗っているのは一人。行台に乗って馬を操っている。その後ろに積荷を乗せた荷台があり、一見して行商人のように見えた。
もう迷子であると自覚したディクルドは、助かったとばかりに道を尋ねようと彼に近付いた。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは。見た所、君は騎士のようだが、こんな所でどうしたのかな?」
「恥ずかしながら、道に迷ってしまいまして。ディルベルクがどっちの方角か教えて頂けないでしょうか?」
ディクルドは丁寧な口調で挨拶し、行商人に道を尋ねた。そんな彼に行商人は、人の良さそうな顔をして、一緒に行きますかと声をかける。
「私はこの辺りの村々を回ってディルベルクに作物を届ける仕事をしていてね。もう後一つ村に寄ってから、ディルベルクに戻るところなんだ。子供とはいえ騎士様がいれば、私も心強い。一緒に行くかい?」
「えっ? よろしいので?」
「ああ。この辺りは辺境で魔物も多い。私達も少しは戦えるが、強い魔物には手も足もでない。君が来てくれると、心強いんだよ」
ディクルドは行商人の言葉に甘える事にした。このまま一人で帰っても道に迷うのがオチだ。彼は迷子になり易いだけで、そういった事に頭は回るのだ。そう、方向感覚が絶望的なだけで。
〜〜〜〜
馬車に揺られる事、数時間。
村が遠目に見えてきた。小さな村だ。シエラ村よりも遥かに小さい。
そんな村の様子を、鍛え上げられたスキルの力で見ながら、彼はふと思い出していた。
『いいですか、騎士長。他の町に行ったら、必ず兜を被るんですよ? 他の町に行く度に毎回毎回、ファンの子達が押し寄せてきて、こっちが大変なんですから』
そう昔、愚痴混じりに自分の副官から注意されたことを。
「どうかしたのかい?」
「あっ、いえ」
ボーと昔を思い出していたディクルドは、ハッと現実に戻ると、荷物の中から兜を取り出す。
「騎士様は、街や村に入る時は兜を付けなきゃいけない決まりでもあるのかい?」
「そうではないんですが……気持ちの問題でしょうか」
そう言葉を濁し、ディクルドは誤魔化した。
「はははっ、立派な騎士様だ」
聞きようによっては馬鹿にしたかのような言い方だが、行商人の男の顔は晴れやかで、そんなものは含まれていなかった。
まだ小さい騎士がしっかりとした志を持っていると感じて、その未来を思い笑ったのだ。
相対しているディクルドは、そんな行商人の様子に少し照れ臭そうにしながらも、しっかりと兜を被り顔をすっぽりと覆った。
馬車が村の入り口へと近付き、行商人は顔見知りであった門番と軽く挨拶を交わし、いつも通り顔パスしようとしたところ、今日は横にディクルドの姿があるためか、進路に門番が割り込んだ。
しかし、それは怪しい人物として疑われての事ではなく。
「騎士様、お待ちしておりました!」
むしろ歓迎されての事であった。待ち侘びていたと言わんばかりに、ディクルドを歓迎する門番。それだけでなく、近くにいた村人までもが、ディクを騎士様、騎士様と敬い、歓迎し始めた。
ディクルドはそれに少し違和感を覚えたが、村人達はその理由を話さず、ただ彼を歓迎するだけである。気にはなったが、辺境の村に訪れた事が少ない彼は、物珍しさに歓迎されているのかもしれないと一人で勝手に納得した。
と、そこへ一人の老人が杖を支えにゆっくりと歩いてきた。
「お待ちしておりました、騎士様。さぁ、どうぞこちらへ」
「あっ、はい」
基本流されやすい彼は、老人に案内されるがままに、村の奥にある老人の家に招かれた。招待に応じたため、先の行商人とは一度別れる形になってしまったが、村の中にいる限り合流も難しくないだろう。
彼は流されるままに、出されたお茶を一口含む。
「如何ですかな?」
「とても美味しいです。苦味が少なく、舌が子供の私でも飲みやすいです」
「ホッホッホ、お気に召されたようで何より。そのお茶はこの村で取れた茶葉を使用しているのですよ。よければお持ち下さい」
「よろしいのですか?」
ディクルドは手渡された茶葉の束を受け取ると、老人の顔を見ながら伺いを立てる。
「ええ。これから、助けて頂こうという騎士様に少しでも、恩返しとなればこれに越した事はありませんから」
「助けて……? この村で、何か問題でも?」
「はて、救援要請を受けてこの村にいらしたのではないのですかな?」
「はい、私はそのような任を受けてはおりません」
救援要請などという大層な名目をもって彼がこの村に来ていたのなら良かったが、単なる迷子とは言いにくい。ディクルドは、それには触れずに問題が起きているのなら、騎士として対処しなければならないと気持ちを改める。
「いやはや、そうでしたか。私もおかしいとは思っていたのですよ。失礼ですが、貴方はまだ騎士になったばかりでは? それに一人で派遣されてくるとは思いもしなかったもので。なるほど、なるほど、私共の勘違いということですな」
「はい、残念ながら。救援要請を出されたのなら、数日のうちに誰かしら騎士がやって来るとは思いますが……急を要する事態でしょうか?」
「……隠さず言えばそうですな。既に村の人間にも被害が……」
老人は目を伏せ、悔やむように口にする。
「数日前の事です。この村を数匹の魔物が襲って参りました。我々は力を合わせ戦ったのですが、手も足も出ず勇敢な若者が囮となり魔物を引き連れ、村を離れた事で事なきを得ました。しかし、その若者は未だ戻ってきておりませぬ」
「そう、ですか……」
並みの人間では相手にならない魔物……おそらくA級以上。しかも、そのクラスの魔物が群れを成して人里に下りてくるという事は……
「その魔物がどこから来たかはわかりますか?」
「この近くには、人が足を踏み入れぬ未開発な土地が存在します。そこは手付かずのため、数多くの魔物がおり、強力な個体も多数いると言われているとても危険な場所です。おそらくそこから流れてきたのではないかと」
老人が口にする未開発な土地。そこは、いわゆる秘境と呼ばれるに値する場所であった。しかし、レイがその制覇を目標としている7大秘境とは別のものだ。7大秘境は、秘境というわりには知名度が高く、また挑戦しようという者も多い。
そこには、神や、貴重なアイテムの存在が確認されていたり、まったくの未知であるがために、人々を駆り立てる何かがある。
しかし、今言う秘境とは、危険な故に人が踏み入る事がないそんな場所の事である。この場合の危険は、火山などの自然的要因ではなく、純粋に魔物の脅威故である。
年に数度騎士団によって、この地域の魔物は狩られ、断崖山の時のような進行を押さえているのだが、数が多く広大なため、近くの村々に魔物の存在が確認される事は多々あった。
しかしだ。それならば、対策を講じないはずがない。
騎士団はすぐに対処出来るよう、この辺りの村々には騎士の小隊を常駐させていたはずである。その人達は何をしているんだ?
学校で騎士の仕事について学んでいたディクルドはそこに至り、老人へと問いかける。
「常駐している騎士はおられないのですか?」
「……先の魔物から村人を庇い……お亡くなりになられました」
ディクルドはその老人の発言に、少なからず驚きを覚えた。
騎士の小隊が負けた。その事実が、その魔物の群れの強力さを物語っていた。
「ぜ、全員ですか?」
「いえ、お二人だけまだ生きていらっしゃいますが、酷い怪我で……こんな場所ですから治療もままならず……」
おおよその事態は飲み込めた。
現状、この村を守る騎士はおらず、周囲には強力な個体が存在している。また、その個体を引き付けている若者が一人、生死不明である。
ディクルドは、話を聞いて、目を閉じ考えた。
騎士の小隊を倒す魔物の群れ。村人達の戦力を考えると、S級の個体が率いる群れ。それも、かなり強力なものである可能性が高い。SS級でも、あり得る。
今の自分で、それら相手に勝ち目はあるのか?
そんな考えを巡らしていた彼は、ふと数日前に聞いた言葉を思い出す。
『己の誇りに恥じぬ騎士であれ』
その言葉が、彼の頭を軽くし、胸を重くする。
「……わかりました。少ないですが、このポーションで騎士達の治療をお願いできますか?」
「あぁ、ありがとうございます!あの騎士様達はもうこの村の一員。気が気でなかったのです。感謝……感謝致します、騎士様」
泣き崩れるかのようにお礼を言う老人に、ディクルドは覚悟を決めた。
己の誇りに恥じぬ騎士であろうと、生死不明の村人のため、一人で魔物の群れに挑む事を決意を固めたのだ。
「若者はどちらへ逃げたのでしょうか?」
「東ですが……まさかお一人で?」
「はい」
ディクルドは勇ましくも、その場で立ち上がる。しかし、その体は年相応に小さく、頼り甲斐があるかと言われればそうではない。
老人は、一瞬村の若者を思い浮かべ、だがそれでもここで同じく年若い身のディクルドを一人で行かする事に躊躇いを覚えた。
「しかし、相手は騎士の小隊を倒すような相手です。失礼ながら、貴方はまだお若い。無理をなされれば……」
当然ながら、老人は彼を止めようとするが。
「たとえ無理でも、死ぬとわかっていても、今この時、誰かが助けを求めているのなら、私は行きます。それが、私の騎士としての誇りです」
師から学んだ彼の誇りは、彼の歩みを止めさせなかった。
「小さいのに立派な騎士であらせられるのですね。……ご武運を」
「はい」




