138.夢の真実
静かな水面に水滴が落ち、波紋が広がるそんな感覚。
ポツン、ポツンと、幾つもの水滴が落ち、波紋が重なり合い、形を変えて初めて、フッと水面から飛び出す。
「っ……! ちくしょっおぉぉーーーーッ!!!」
それ以上に、今の心情を表す言葉があるだろうか。
言い訳のしようもないほどに、隔絶とした力の差。その力の差に、文字通り転がされ、死に際のこの世界に来る始末。
一言で言えば、悔しい。
だが、とても一言では片付けられないほどの、怒りにも似た激情は、声を張り上げたとてそうなくなるものではなくて、ギリリっと歯軋りを奏でる。
「よぉ、見事なまでの完敗だったな」
不意に投げかけられた声。
「チッ、ノルドか」
それは、舌打ちして確かめるまでもなく、それは死に近付いた時にしか俺の前に現れない男ーーノルドだった。
いつもなら、冗談の一つでも言って、この邂逅を楽しみ、有意義な時間と感じるところだが、今はとてもそんな気にはなれなかった。むしろ何も出来ずに敗北を喫した無様な自分を見られていたと思うと、八つ当たり気味に言葉を返してしまう。
そんな俺にノルドは、どこか安堵の笑みを浮かべて。
「まぁ、良かったじゃねぇか。生きてて。俺も一安心だ」
「じゃあ、負けて良かったとでも? ふざけんなっ、あいつの力を見ただろ! あんな化け物が世界に飛び出したら……!」
「それは杞憂だな」
食ってかかる俺にノルドは嫌な顔一つ見せず、さも当然のごとく杞憂だと口にする。
「あいつはまだ完全に邪神の加護を支配できていない」
「……ますます最悪じゃねぇか」
邪神の加護を支配下に置く、それがどういう状態の事を指しているのかわからないが、あいつの力はまだ完全ではないと言っているように思える。だというのに、杞憂と言ってのけるノルドの気がしれない。
「そうだな、最悪だ。だが、何も問題はない。何故、あいつは誰も殺さずあの場から去ったと思う?」
「それは……」
俺を殺さなかった理由はわかる。だが、言われてみれば、他を殺さなかった理由がわからない。殺人に快楽を覚えるような奴だ。殺さない理由がない。
だから、俺は咄嗟に答える事が出来なかった。そんな俺に、ノルドは数秒おいて答え合わせを始める。
「俺には人の魂が見える。そいつがどういう存在で、何が出来るのかわかる。俺が見たところ、あいつの魂は崖っぷちもいいところ。邪神の加護と、己の魂がまだ完全には馴染んでいない」
「だから、何だ? それが何故殺さない理由になる?」
ノルドは大袈裟に頭を振ると、小馬鹿にするように口を開く。
「やれやれ、まだわからないのか? 死者の怨念こそが、邪神の正体だって事に」
「やっぱりそうなのか……?」
薄々、そんな気はしていた。俺の力が死者の声を聞くものだとしたら、邪神の加護を含んだあの水から聞こえたものは、怨念以外にありはしない、と。
しかし、それならば邪神とは一体何だと言うのだろう?
まさか死者の怨念が集まって神になりましたとは言うまい。それならば、今頃この世界は邪神ばっかりになっているはずだ。
つまり、他にも邪神たらしめる何かがあるのだろう。
だが、今は殺人鬼が何故誰も殺さなかったのかに戻ろう。
「つまり、殺人鬼は邪神の意識に飲まれかけていたって事なのか?」
「まぁ、簡単に言えばそうだ。ここまで来たら、後はわかるだろう」
ノルドは自分で説明しようとはせずに、俺の思考を促した。俺はそれに従い、頭を回す。
「……あの場で人を殺す事は、怨念側の勢力を強化する事に繋がり、あいつにとって不利な状況になる可能性があった、という事か?」
「まぁそれもあるが、難しく考え過ぎたな。答えはもっと単純で、見た目以上にあいつには余裕がなかったのさ。しばらくは夜も眠れぬ日々が続くだろう。奴は、保守的な人間だ。お前とは真逆で、無茶をするタイプじゃない。自らの保身と、欲望を秤に掛けて生きているような、そういう人種だ」
確かにあの逃げっぷりは、保守的なヤツと言ってもいいだろう。だが、余裕がなかったようには見えなかった。ゆっくり話をしていた気が……いや、立ち去り際の事を思えばそうなのかもしれない。俺を治療したりしていた割には、中途半端だった。俺を本気で救う気なら、逃げずに追ってくるかわからない仲間に助けて貰えなどとは言わないはずだ。
しかし、それが余裕のなさの表れだったというのなら、あの行動にも一通りの理解が示せる。
しかし、そうなると……
「自分で邪神の加護を取り込んだのにか?」
当然その疑問が湧く。
そう、それでは余りにも不自然なのだ。邪神の加護を手中に収めたのがあいつなら、何故そんなギリギリにまで自分を追い込んだんだ?
俺なら、余裕がある状況を保つ。保守的というのなら、尚のことそうだろう。
「それは違う。あれは、あいつの魂と邪神の加護が同調し、加護の方から流れ込んだ結果だ。そういう意味で、あいつは最悪だと言える」
「……よくわからない」
前提知識が足りなさ過ぎて、ノルドの言葉がスッと頭に入ってこない。何だが、わざと複雑に話してるんじゃないかと思えてくる。
「もっと簡潔に教えてくれないか?」
「ははっ、まだ難しかったか? つまるところ、あいつは真の魔王となれる器だったという事さ」
真の魔王……?
真ではない魔王がどういうものなのか俺には理解出来ないが、ノルドがそう言うのなら、そうなのだろう。こいつは、俺より遥かに多くの事を知り、また俺の知らないところで何かをしている奴なのだから。
「さて、そろそろあいつの事はいいだろう。今は放っておけ。どうせ今のお前じゃ勝てない」
「…………はっきり言うなよ」
「今更だろ。あれほど分かりやすく負けたんだ。言葉を見繕って何になる?」
それはそうだが、人には気配りというものがあって然るべきだと思うのだ。
例えば、意中の相手に告白し振られた直後に、その相手から、惚気話を聞かされて、傷口に塩を塗られるようなものだ。
テメェの口に塩詰め込んで、ガムテープで蓋してやろうか!
と、思わなくもない。ここには、塩もガムテープもないが……
つまり、何が言いたいかと言うと、傷心中の相手には優しく、甘いハチミツでも塗ってあげようということだ。
ん? ハチミツなら逆にしみそうだな。じゃあ、チョコ? いやいや、話が迷走し始めてる。
……なぁんて、つまらない一人コントをやるぐらいには頭も冷えて、落ち着いた。ノルドが言葉を飾らず、ズバッズバッと言ってくれたお陰かもしれない。
「……それで、今日は何の用なんだ?」
一呼吸置いて俺は、この邂逅が時間制限のある限られた時である事を思い出し、話を急かす。それは、ノルドの用件は大概俺の今後に深く関わる助言が多いからだ。先に用件を聞いておく方が正解だろう。
「そうだな、時間もあるわけでもないし、先に俺の言いたい事だけ言わせてもらおうか。ーーまず、一つ目。今回の件でお前の中に生まれたものがある」
「俺の中に生まれたもの?」
今回の件で俺の中に生まれたという事は、魂の合体の事だろうか。それ以外に俺の中で何か変わった事はないと思う。
もしかしてノルドの言うそれが、あの声が聞こえるようになった原因なのだろうか?
「何が俺の中に生まれたんだ?」
「魂の核だ。まぁ、普通は誰でも持って生まれてくるんだがな」
「へぇ、魂の核か」
と相槌を打ってみたものの、内心は『何それ?』で満たされている。
しかし、ノルドが付け加えた『普通は』の部分で、漠然と俺の魂が脆かった理由なのかなと考えた。
「本当にわかってんのかよ?」
「わかってるわけないだろ。けど、質問は後で纏めて挙手するから、先に用件を済ませてくれ」
時間ないんだから。
最悪、用件さえ聞いていれば後で調べられる。
「ま、その辺は誰か神にでも聞け」
「あいよ」
では、また竜神様のお世話になるとしようか。
「じゃあ、続けるぞ。魂が壊れかけた原因を乗り越えたお陰で、支えは必要なくなった。さらに核が出来たお陰で、魂の安定度も増した。ようやく、お前は人になれたんだ」
「おい、傷付くだろ。その言い方だと俺は人じゃなかったみたいに言われてる気がするんだが……」
地味にグサッときたぞ。
「お前の人格は、ただの表層意識の塊みたいなものだったんだ。言っちゃ悪いが、魂で見ればお前の歪さは人のそれじゃなかった」
「さらに傷つく……」
「別にいいだろ? これは喜ばしい事なんだから。やっと安心してお前を見てられる。……まぁ、そうなるように仕向けたのは俺だがな」
ああもう、俺はどうしたらいいんだよ。
俺から記憶を奪った事を恨んだらいいのか、それともそのお陰で今の俺がある事を感謝すべきなのか、物凄く判断に困る。こんな時に最近頼りにしてる俺の心もまた複雑で、判断材料にはなりはしない。
……ま、今はまだいいか。これから先奪わせなければ、俺がこいつを恨む理由はないのだから。
「ーーそれで、用件はもう終わりか? 終わったんなら、そろそろ質問コーナーを始めて欲しいんだが……」
「いいや、まだある。もう一人のお前が消えて、一つに戻った事で、元からお前が持っていた力が解放された。それはもうわかってるだろ?」
「ああ。死者の声を聞くな」
魂の核が原因ではなく、魂の合体が原因であったようだ。深いところが全然わかっていないなりに邪推するに、元々記憶を奪われる前のあいつが持っていたものが俺の力になったという感じかな。
「そうだ。付け加えると、体の能力とか、他にも色々だ。俺も全部把握してるわけじゃないから、後で自分で確かめな」
「ああ、わかった」
そうか、それは少し楽しみでもある。最近、スキルも伸び悩んでいたし。
ただ、もう一人の俺が消えたお陰というのが、素直に喜べない理由だろうか。
「でだ。その死者の声を聞くスキルだがな。それは、未練が捨てきれず、そのまま世界に残っている死んだ者の魂の一部から発せられた声だ。だから、一々その声に惑わされて同調するんじゃないぞ? その声は死者そのものの声じゃない」
「ああ……大丈夫だ。そうなった悪い例を見たところだし、何より……やばい感じを覚えたところだ」
「わかっているならいい。まぁ、安心しろ。お前が飲み込まれそうになったら、俺が奪ってやろう」
アーガスの声と気持ちが途中で消えたのは、ノルドの仕業だったみたいだ。そうではないかと思っていたが、やはりそうだった。
俺は、そう確信得て怖くなった。
「……ああ」
こいつは、俺の存在全てを掌に収めている。改めて、その事に恐怖を覚えた。
ノルドの気分次第で、俺という存在は消えるかもしれない。たとえ、それを恨もうとも俺がこいつに抗う手段などないのだ。もしも俺が死の都に行かないと決断すれば、こいつはその決断ごと奪う事ができる。
今の俺の意思さえ、こいつに都合よく曲げられたものかもしれないのだ。これほど恐ろしいと思える相手が他にいるか?
……俺にはいない。
けれど、ノルドが本気で俺の事を気に掛けてくれているのはわかる。それは、ノルドの目的に俺が必要だからという理由だろう。
ならば、俺は聞かなければならない。それを聞かなければ、俺は判断出来ない。
こいつは本当に俺の味方なのかどうなのかを……
そんな事を頭の奥底で考えていた俺だったが、態度を変えたりする事なく、ノルドの話に耳を傾ける。
「それと、お前が警戒している魔王だがな。あいつは、殺すと厄介になる。できるだけ、殺さない方がいい」
「やっぱりか……そんな気はしてたんだよ。それで、今あいつが俺を狙ってるかはわかる?」
もし知っているなら、俺としては非常に助かる。動きの読めない敵もまた恐ろしいものだから。
「残念だが、魔王の動きは俺にもわからない。とにかく、油断はするな。名前を変えたのは、名案だった。奴らは、人に紛れて街に潜伏している。だから、他にも打てる手があるのなら、打っておけ。今はまだ、本気になったあいつには勝てないからな」
「……ちなみに、後どれぐらいで勝てる?」
「さぁな、お前の成長の仕方にもよるが、最低でも後一度は進化しなければ厳しいだろう」
あれ? それなら、すぐじゃん。今、俺はレベル99なわけだし、案外そう遠くない未来、勝てるかもしれないって事か?
戻ったらすぐ進化するか。いやけどなぁ……経験値貯めときたい気も無きにしも非ずなんだよ。
魔王クラスとやったら、今ある量の魔力で太刀打ち出来るとも限らないし……
まぁ、頃合いを見計らってという事になるか。
「さて、最後に一つだけ頼みがある」
「頼み?」
「破壊された屋敷の地下のどこかに、邪神の結晶がある。おそらく邪神の加護は残ってはいないが、回収しておいてくれ」
残ってないのに、する必要があるのか?
そう思わなくもないが、まったく危険性がないとも言い切れない。それも、ノルドがわざわざ頼むぐらいだから、なお怪しい。
「ああ、わかった」
俺はすぐ二つ返事で引き受けた。
「さてと、俺の話はこれで終わりだが、まだ時間が残っているようだ。お前の治療が遅いお陰だな」
「いや、そんな良かったなみたいな感じで言われても……死なないよな?」
「まぁ、大丈夫だろう。俺の見ている限りじゃ、魂と肉体の繋がりは順調に回復しているからな」
「へぇ……」
また、意味のわからない事を言いやがって。俺は今、専門用語で固められた大学の授業でも受けている気分だぞ。
「……まぁ、死なないならいい。丁度聞きたい事が色々と溜まってたから、俺も助かるし……」
「じゃあ、お待ちかねの質問コーナーだ。都合の悪いこと以外は答えてやる」
「都合の悪いことは答えねぇのかよ……」
逆に開き直られると、こちらも責めにくい。だから、俺はそれを言及する事はせず、質問を投げかけた。
「じゃあ、まず一つ目。春樹達を呼んだのは、ノルドなのか? もしそうなら、あいつらを呼んだ理由はなんだ?」
「……物凄く答えにくい質問だな。まぁ、その答えはイエスでもあり、ノーでもあるわけだが……俺が何かをさせようと思って勇者達を呼んだんじゃない」
「もっと、噛み砕いて教えてくれると助かるんだが……」
ボヤかした言い方で、その内容というか、どちらでもない根拠がまったくもってわからない。だが、先ほど都合の悪い事は答えないと宣言されたため、控えめな返しで、具体的に説明してくれるように頼んだ。
それに対して、ノルドは少し思考を整理するような素振りを見せてから、説明してくれた。どうやら都合が悪いわけではないらしい。
「ああ、そうだな……どう言えばいいか…………この世界には、お前以外にも転生者がいるだろう?」
「ああ、殺人鬼とアーシュだろ。他にもいるかは知らないけどさ」
「ああ、俺も知らない。そもそも、あいつらを俺が故意に呼んだわけじゃないんだ」
故意ではない?
じゃあ、何であいつらはこの世界に来ることになったんだ?
「俺はお前をこの世界に転生させる必要があった。そのために、お前の力を使った」
「俺の力……? ユニークスキルの事か?」
「いや、その力は俺も持っている。わざわざお前の力を使う必要もない。今、言っているのは、世界と世界の境界に穴を開ける力だ。その力を使って、お前をこの世界に来させた」
俺にそんな力が……
なら、もしかして元の一人に戻った今の俺は自由に世界を移動出来るって事なのか?
「向こうの世界でお前に夢を通じてこの世界に来させていたのは、その力をお前の魂に覚えさせるためだった」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その力を俺が元々持っていなかったのなら、どうやって夢で世界を渡ってたんだ?」
俺は、ノルドの言葉に矛盾を覚え、すかさず口を挟んだ。
「それは、簡単な話だ。俺の力で、お前の魂の一部を魂の繋がりを通じて奪った。その引力を使って、無理矢理お前を引っ張ってきたのさ」
どこが簡単だ。そんな方法、俺は思いつかねぇよ。
と、思ったが口には出さず、代わりに疑問に思った事を口にした。
「それなら、何故全部奪わなかったんだ? その方が、一発でこっちに連れてこれただろう?」
「いや、そうでもない。俺の力は、魂にしか作用出来ない。夢の中でこの世界に来た時、俺が用意した体を覚えているか?」
用意した体……
あの不思議と入れ替わる体か。
「忘れるわけないだろ。目が覚めたら、顔も体も、偶に性別まで変わってる衝撃はそうそうないだろ」
「ははっ、確かにそうだな。あの体はな、実はーー死体だったんだ」
「…………はっ?」
半笑いでとんでもない事を口にしたノルドに、俺は思わず間抜けた声を漏らした。
この世界に転生してから、何度かあの体は誰のものだったんだろうと考えた事があった。ひょっとしたら、どこかでバッタリ会って、ノルドの事を聞けるかもしれないと思った事もあった。
だが、死体だったとは一度も考えた事はなかった。自分が動かしてた体が死体とか、予想外にも程がある。
っていうか、俺……死んだ人の体勝手に使ってたのか?
怖っ……
「死んだ人間の魂に俺の魂を加護みたいな形で与え、進化させる事で生前の姿へと戻した。それをお前の受け皿として使っていたんだ」
「お前……絶対呪われてるぞ」
知らずに使っていた俺まで呪われてるかもしれない。
ちくしょぉ、トバッチリだ。
あぁ、どうか呪うのならこの罰当たりな奴だけを!
「お前が取り憑いている間は生き返らせてやったんだ。呪われる理由がない」
「人を生き返らせた……?」
「厳密には違う。進化させたとはいえ、その体が死体であることは変わらない。だから、その体はゆっくりと死に近づく。肉体にもよるがおおよそ一年が限界だった。創世神の作った世界の理は、そうそう覆せない」
それでも、人を生き返らせる事がこいつには出来る。まさに神じゃないか。
いったいお前は何者なんだよ?
「まぁ、一人目は最高だった。何せ、当時の英雄の体だったからな。かなり長くもった」
「お前の恐れのなさが俺は恐ろしいよ……」
どの英雄かは知らないが、俺を呪わないでくださいと祈るばかりだ。呪うならこのバチあたりというか、神をも恐れぬこいつを呪ってくれと。
「……でだ、死体と言っても、その体はお前のものじゃない。だから、すぐに拒否反応、つまりは肉体と魂の繋がりが途絶えるんだ。すると、お前の魂は、生きている元の魂との繋がりに引かれ、元の体へと戻る」
なるほど、それが3日という時間制限だったのか。
「だが、魂全てを連れてきてしまえば、繋がりが途絶えた時、お前の魂に何が起きるかはわからない。何故なら、それはこの世界に死と認識されない死だからだ」
「最悪消滅するかもしれないって事か?」
「ああ。俺の目的のためには、お前が生きてここに来なければ意味はないからな」
なるほど、なるほど。かなり話が明後日の方向にシフトしたが、そういう事だったのか。
14年経ってようやく辿り着いた真実。感慨深い。
「さて、話を戻すが、死んだお前の力を使って、世界を隔てる壁に穴を開けた。その時、紛れ込んだ奴らが、他の転生者達だ。まぁ、かなり無理矢理こじ開けたから、お前の魂もかなりのダメージを受けた。そのせいで、その力は失われてしまったが、一度発動した力の残滓は未だ残っているんだ。帝国が、勇者召喚を行った際、その脆くなった次元の裂け目が開いた。多少のズレはあったようだが、お前が生きた世界、生活していた地域で裂け目が開いたんだ」
「なるほど……だから、ノルドの所為だけど、意図した事ではないって事なのか」
ひとまず彼らがこの世界に来てしまった理由についてはわかった。そして、それはノルドの意思に関係ないという事も。
「ああ……さて、そろそろ時間もなくなってきたが、他に聞きたい事は?」
「なら、お前の目的について、話せる範囲で教えてくれ」
どうせ都合の悪い事だらけだと思ったが、一応聞いておいた。
「俺の目的か……まぁ、知りたいと思うのは当然か」
しかし、ノルドはほんの少しだけ自分の目的を教えてくれた。
「簡単に言えば、俺の目的はこの世界を救う事だ」
「世界を?」
「ああ。俺がここから出なければ、この世界はそう遠くない未来、必ず滅ぶ」
しかも、かなり深刻そうな情報を付けて。
「だが、そう気負うな。お前はここに来る事だけを考えていればそれでいい。世界の滅亡を止めるのは、俺の仕事だ。時間はまだある」
「…………何でこの世界は滅亡しようとしてるんだ?」
今俺が生きているこの世界がもうすぐ滅ぶなんて、簡単には信じられないが、ノルドという特殊な存在がそれを口にするのだから、きっと本当の事だ。なら、何故世界が滅んでしまうのか知りたいと思うのは、当然だろう。
それに対しノルドは俯きかけに一言。
「……俺のせいさ」
そう、口にした。
「俺が弱かった。力が足りなかった。何もかも」
「……具体的には、教えてくれないんだな」
「……自分の過ちを好き好んで話す奴がいるか?」
「確かに……」
これ以上は都合が悪いととっていいだろう。少なくとも今はノルドに話す気はなさそうだ。
「なら、最後に一つ聞かせてくれ。お前が俺から奪ったものは、もう戻せないのか?」
「ああ、2度と戻らない」
……つまり、俺はセルナや春樹達、前世での親達と過ごした思い出を2度と思い出せないって事なのか。
だけど、予想はしてた。やっぱりそうなのかと、その程度の気持ちしか、俺の中には生まれなかった。それが、ほんの少しだけ……悲しかった。
「そっか……じゃあ、お前に会った時、一発殴らせろ。それで、チャラにしてやる」
どうせ、俺は本気でこいつに怒れない。本気になれる思い出がない。
なら、一発殴る程度で許してやっていい。そう思えた。
「くっ……はっはっは!俺を殴ってチャラか。ああ、いいぜ。思いっきり殴れよ。気が済むまでな」
「何で笑ってんだよ」
「いや、やっぱお前は俺そっくりだと、思ってな」
「はぁ?」
わけのわからない事を言うノルドに、俺は思わず首を傾げた。だが、続く言葉には怒りを覚えずにはいられなかった。
「まぁ、安心しろ。もうお前から記憶を奪う必要はなくなった。もうやり直してる時間もない。これが最後だ。お前の中の淀みを奪ってやる」
「やめろ。必要ない。淀みも含めて俺だ。2度と俺から奪うな」
スッと伸ばされた手を俺は強く弾いた。2度と奪わさない。それは、もう一人の俺との約束だ。
それだけは、絶対に守らないといけないんだ。消えていったあいつの思いに応えるために。
「……はははっ、反抗期か? まぁいい。その程度なら、不安要素にはならないだろうしな」
そう言ったノルドの顔が薄れていく。どうやら、時間が来たようだ。
しかし、それにしても今回の邂逅はかなり長かったな。ひょっとして、かなり危ないところまでいってしまったのだろうか?
「じゃあ、またな」
「ああ、早く俺を迎えに来てくれよ?」
ノルドの別れ際の言葉に俺は、『まだ手掛かりすらねぇよ』と素っ気なく返し、世界へと戻っていった。
ーーそして、残されたノルドは。
「……ゆっくり来い。出来るだけ、ゆっくり。世界の崩壊が始まる直前まで……」
見送りとは真逆の事を口にして。
そして、聞かれてはならない事を口にする。
「ーー俺と出会った時、お前の人生はそこで終わるんだから」
ゆっくりと。本当に少しずつ。
残酷に時が刻まれる。
それを知る事なく、時計の針を動かすレイは。
ーー否。
動かされているレイは。
「せめて、傀儡としての楽しみを謳歌しろ」
世界を欺き続ける男の本性を、まだ知らない。
異夢世界を読んでいただきありがとうございます。
本章も残すところ、10話程……はい、まだまだです。ですが、キリが良いので、閑話を2話程挟みます。
時系列的には、武闘大会からおよそ一カ月後。レイのライバルである彼の、類い稀なる才能が発揮されるお話となっております。
という事で、次回ーー
ーー『迷子の騎士録1』




